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五十九話 酒場の決闘

 してやられたのかもしれないな。


 酒場に閉じ込められ、スノウと相対する事になった状況。

 入り口からも裏口からも、助けが入る気配はない。

 外の戦力を足止めできる相手がいるという事だ。


 どうしたもんだろう。

 総員で囲んで叩くか?

 致命打は与えられなくてもリューの付け入る隙ぐらいなら作れるはずだ。


「本当は一対一でやりたかったんだが。この戦いは確実に勝たなくちゃならない。全員で行くぜ」

「お前以外、ものの数にも入らねぇよ」


 スノウはそう言って周囲を見回し、あざ笑った。

 事実なんだろうな。


 リューがどこまでスノウの実力に迫ったかわからない。

 見極めずに攻めても、被害を増やすだけに終わるかもしれない。


「総員、手を出さないように」


 私は他の人員に通達する。

 どうするかは様子を見てからでも遅くない。

 いけそうなら、改めて総攻撃の指示を出す。


「いいのか?」

「ダメそうなら私も手を出すよ」

「……大丈夫なのか?」


 心配されてしまった。

 私だって心配だ。

 でも、できるなら一対一でいい勝負ができるくらいにはなっていてほしい。


 丁度良い機会だ。

 リューがどこまで強くなったのか、ここで見極めさせてもらう。


「君が勝てば問題ない」

「わかった。必ず勝つ」


 答えて、リューはスノウへ挑みかかった。


 二人の攻防が始まる。

 戦斧(オーディン)を振るうリューに対し、スノウは二本の短剣で挑んだ。


 スノウは短剣を順手、逆手と自在に持ち替え、トリッキーな動きでリューを攻める。

 手数の多い猛攻だが、それでもリューはそれに対応していた。


「ちったぁ強くなったじゃないか!」


 これなら何とかなるかも……。

 と、思い始めた矢先、リューが壁へ追い詰められた。

 リューの顔に明らかな焦りが見えた。


 そこを衝く様に、逆手に持った右の短剣の切りつけ。

 リューは避けたが、それを意識しすぎたためか、コンビネーションで放たれたローキックを足へ受けた。


「うっ……」


 畳み掛けるように、短剣を握ったままで放たれた拳がリューを殴り倒した。


 これはダメそうだ。

 仕方ない。


 リューはすぐに転がって距離を取り、それをスノウが追う。

 再び接近する前に、私が横から手を出した。


 手の平の甲でスノウの顔を打つ。

 ついでに指で目を狙い、実際に指が目を撫でる感触が伝わってきた。

 しかし、眼球も魔力で硬くなるという事を私はその一撃で知った。


 特に効いた様子もなく、短剣の反撃を受ける。

 指で打たれたはずの眼球が、瞳孔をこちらへ定めていた。

 一歩退きつつ、相手の手首を打ってその攻撃を受け流す。


「ロッ……シャル!」

「少し休んでて」


 私が素手である事を見て取ると、スノウは短剣を順手に持ち替えた。

 刀身のリーチ差で攻める算段だろう。


 攻め手がリューに向けてのものより激しいのは、私に対する侮りがあるからだろう。

 一目見て私が弱い事はわかる。

 体の部位で魔力の強弱を看破できるというのも考え物だ。


 小刻みな連撃の弾幕をかわし、相手との距離を詰める事を意識して戦う。

 確かな技術を感じるが、それでもクローディアほどではない。

 なら、私でも対応できる。


 見切り、避け、受け、わずかな隙を見つけては掌底を見舞う。

 炎熱を警戒すれば、関節技は使えない。

 密着した状態で炎を出されたら致命傷は免れないだろう。


 私の攻撃など意にも介さないだろうに、急所だけは狙えないように立ち回っている。

 もう少し侮ってくれてもいいんだけどね。


 そんな事を考えていると、スノウが人差し指を私の方に向けた。

 嫌な予感がして、その直線上から逃れるように身を捩る。

 一瞬の後、彼女の指から発せられた光線が背後のテーブルを真っ二つに切り裂いた。


 こんな事もできるのか……。

 出せるのは人差し指からだけなんだろうか?

 離れても近づいても危険だ。


 回避した私に、スノウは追撃を仕掛けてきた。


 わざわざ接近するという事は、連射ができないのかもしれない。

 いや、そう思わせて確実に当たるタイミングで撃ってくる算段もありえる。


 私は右からの横薙ぎを見て、その手首を受けるとそのまま腕を取って足首を(かかと)で蹴る。


「何っ!」


 体勢を崩したスノウの胸を押し、背後の壁へ強引に叩きつけた。


「がっ」


 スノウはうめく。

 肺腑の空気が出ただけか、痛みの悲鳴かは判断できない。


 怯んだ隙に脛を蹴り踏みつつ、腕を引いて引き倒す。


「リュー!」

「わかってらぁ!」


 うつ伏せに倒れたスノウへ向けて、跳び上がったスノウが戦斧(オーディン)を叩きつける。

 しかし、スノウはすぐに転がってそれを避けた。


 気になるのは、リューが刃を寝かせて打とうとした事だ。

 殺さないようにする配慮だ。

 妙に執着しているようだし、捕まっている間に(ほだ)されでもしたか?


 リューとスノウの攻防が再開される。


 彼女が隙を衝かれそうになる所を補うように、私は手を出した。


 そうして、自然と私がスノウの体勢を崩し、リューが致命打を与えるという役割分担ができあがる。


 そうなると、スノウの中で私の優先度が変わったようである。

 私の方が厄介であり、なおかつリューよりも打たれ弱い事は確かだ。

 強引にでも、力ずくでも倒そうとするだろう。


 技術を捨て、力技で……。

 だがそれこそが命取り――


 私を狙い、向かってこようとする途中でスノウは足を留めた。


「お前、私を殺せるな?」


 へぇ……。


「うおおおおっ!」


 不用意に突っ込んだリューをスノウは殴りつける。

 戦斧(オーディン)の柄で受け、それでも威力を殺せずに膝を折った。


 その間に、スノウは私に向き直る。


「お前は頭が良さそうだ。私に狙われる事はわかってるはずだし、自分が弱い事もわかってる。それでも焦りが無い。何とかできる手段があるんだろ? 隠し持ってるその短剣か?」


 リューと似た顔と言動で錯覚していたけれど、この人は戦いに対して繊細だ。

 考えて、合理的に戦うタイプのようだ。


「分が悪いな」


 立ち上がったリューを見て舌打ちする。


「リサ! あたしは撤退するぞ!」


 入り口の方へ叫ぶと、スノウは駆け出した。

 私を避け、二階への階段を目指す。


 それに気付いた反乱軍の人員が道を塞ぐが、簡単に蹴散らされてしまった。


「被害が出る! 逃がせ!」


 リューを交えれば人員も生かせるが、単独で挑ませるのは酷だ。


 スノウは難なく階段を駆け上っていった。

 客室の一つに入り、その後ガラスの割れる音が響く。

 窓を突き破って外へ出たのだろう。


 これはスノウの敗走と見ていいだろう。

 こちらの勝ちだ。


 とりあえず、目的は果たせた。


 民間の目撃者も確保できた。

 そう思いながら、バーカウンターから恐る恐るこちらを覗くバーテンダーへ目をやる。


 さて。


 入り口へ向かい、扉を開く。

 同時に、金属のぶつかる激しい音が響いた。


 見ると、互いの拳を頬で受け止めるケイと相手の姿があった。


 リサとスノウは呼んでいたか。


 二人は、ふらつくように距離を取った。


 どれだけ殴り合っていたのか、ケイは額から激しく出血していた。

 顔の上半分は完全に真っ赤だ。

 対するリサも、むき出した歯が真っ赤に染まっている。


 再び近づいた二人は、拳が届く範囲で足を留めて殴りあいを始めた。


「そこまでだ」


 私が声を上げると、二人がこちらを見る。


「同僚は逃げたぞ」


 リサは口の血を吐き出しながら笑う。


「根性が足りないね、スノウは」

「いや、妥当な判断だ」


 答えた声は、店内からのものだった。

 視線を向けると、ポニーテールの女性が店から出てくる所だった。


「ウィン」


 女性を見てリューが名を呼ぶ。


「元気そうだな」


 リューに一言返すと、ウィンはリサへ向き直る。


「何でこっちに?」

「スノウが逃げたらしいからな。お前は、声が聞こえていなかったようだが」


 呆れた様子でウィンは言う。


「二人なら斬り抜けられるし、なんなら裏口には人がいない。馬も用意している」

「マコトとジーナは!」

「誰かは知らんが殺しちゃいない。恨まれたくないからな」


 二人は無事、という事でいいのか。

 でも、負けたんだね。


「敵に背を向けるってか?」

「昔の顔が覗いている。子供が泣くぞ」

「……冷静になったよ」


 リサは大きく息を吐き、そう答えて店の方へ向かう。

 追おうとするケイに、ウィンは剣を抜いて切っ先を向けた。


 他の人員も二人を包囲するように動くが、それをけん制しつつウィンはじりじりと後退する。


「では、またの機会に」


 そう言い置くと、店の奥へ消えたリサを追ってウィンは駆け出した。

 リューを含めた反乱軍の人員が動こうとする。


「追わなくていい」

「いいのか!」

「二人相手に勝てないでしょ」

「いけるだろ!」

「もう少し自分を顧みてほしい」


 消耗しているとはいえリサがどれだけ余力を残しているかわからないし、ウィンにいたってはほぼ無傷だった。

 実質的にこちらの戦力はリューとケイだけ。


 勝ち目は無い。


「客観的に見て、私達の勝ちだ。逃げてくれるなら、放っておいていいんだよ」

「勝ち? 本当に?」

「実際に戦っていた身としては、実感が湧かないかもしれないけれど」


 私達は目的を果たしている。

 勝ちは勝ちだ。

 これからはかなり有利に立ち回れる。


 これからは戦術的ではなく、戦略的な勝負に持っていく事ができるだろう。


「……ケイと一対一で戦わせていたのはどうして?」

「ご説明しましょう!」


 ミラに問いかけたら、リアが割り込んでくる。


「ケイ殿の正義があれば、なんとかできると思いました。以上!」

「もう少し噛み砕いて説明して」

「わかりました! 粉になるまで噛み砕きましょうとも」

「それはもう挽いてるよ」

「では、粗挽きにします」


 噛み砕けと言っている。


「体つきから、真っ向勝負を好む相手だと思いましたので。攻撃が当たるなら、ケイ殿は打ち負けません」


 リアはそう説明する。


 ケイと同じタイプの相手だったのか。

 戦いぶりを見ていても確かにその通りだった。


「打ち合いならば、聖具のあるケイ殿が有利です。……そのはずだったのですが、まともに打ち合ってましたね、あの方は。呆れたタフさです」

「そうッス。素手なら、完全にあたいの負けッスよ」


 そう答えたケイは少し悔しそうだった。

 少なくとも彼女は、反乱軍の面々に素手で負けた事がないそうだ。

 自信はあったし、自負もあった。


 それが通用しない相手がいて、しかも完全に負けたと思っている。

 それが悔しいのだろう。


「機会はあるさ、これからね」


 さぁ、忙しくなるぞ。

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