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閑話 待ち伏せ作戦

今回の更新は三話分になります。

 作戦の準備が整い、反乱軍は移動を開始した。


 シャパド領における重要地点三つを反乱軍が襲撃するという情報を流し、それに対応した領軍を撃破する。


 作戦の狙いは三将(戦力)の分散。

 その各個撃破である。


 収穫物を保管しておく倉庫群。

 領境を警備する砦。

 各領との交易拠点となる宿場町。


 これら三地点に反乱軍の姿があったという情報を流した。


 その内、ミラが襲撃地点として選んだのは宿場町である。

 この宿場町は領の北東に位置し、隣接する各領から伸びる三つの街道を束ねる形で繋がっていた。


 行商人からすれば領境を越えて初めて訪れる事となる町であり、三つの領から人の訪れるそこは交易の点から見ても重要な地点である。

 ミラは、ここが最も重視されている地点であると踏んだ。


 反乱軍は宿場町が一望できる丘の近くに野営地を設営した。

 目の良い者を監視につけ、将の到着を待つ事になったのだが……。


「スノウの姿を確認しました」


 宿場町を一望した人員は、同行していたミラに報告した。


「早すぎる……」


 情報を流すのとほぼ同時に、反乱軍は出発した。

 シャパド領主は後手に回ったはずである。

 しかし実際は、反乱軍よりも先にスノウは現地に到着していた。


「役人用の宿舎、その庭でくつろいでます」

「……馬車はありますか?」

「いえ、見当たりません」

「単騎駆けで急いで来たという所ですか」


 できれば、町へ入る前に補足して街道などで襲撃をかけたかった。

 しかしもはやそれは叶わない。

 ならば、他の案を出さなければならない。


 手勢を連れずに来ているならば好都合ではある。

 時間をかければ追加の戦力が投入される可能性があるため、すぐ攻めるべきかもしれないが……。

 少し考え、ミラは慎重を重ねる判断を下す。


「しばらく監視を続けてください。他の将がいないかの確認と宿舎の外へ出る事があればその行き先も含めて報告を」

「了解しました」


 兵士が詰めている可能性のある宿舎へ襲撃をかけるのはリスクが高い。

 なら、別の場所で襲撃をかける必要がある。


 それから数日。

 監視の結果、スノウが一日に一度、酒場へ出かけていると監視から報告があった。


 他に外出している様子はなく、スノウ以外の将も見かける事はなかった。


 襲撃の機会は今しかないと判断し、ミラは酒場における襲撃作戦を立ててこれを実行する。


 酒場は宿と兼業しており、一階は広いホール、二階は宿泊用の部屋が占めていた。

 反乱軍の人員を客として時間をわけて入店、他の戦力を店の入り口と裏口が見張れる場所へ配置した。


 店内にはロッティとリュー、入り口の見張りにはミラとケイとリア、裏口の見張りにはジーナとマコトが配置されている。

 スノウの入店を確認後、一斉に襲撃をかける手はずとなっている。


 そしてその日もスノウは酒場に入り、一杯のエールと焼いたベーコンを注文した。

 ベーコンにフォークを突き刺す。


 日常の一幕。油断しきり、気を緩める一場面。

 ロッティは襲撃の合図をリューに出した。

 その時である。


「お前もどうだ、リュー」


 離れた席。

 相手から見えないよう、ロッティで遮る形で座っていた。

 顔も見えぬよう、口元は布で隠している。


 それでも、スノウの視線はリューを正確に捉えていた。

 リューへ向けて、ベーコンの刺さったフォークの先端を向ける。


 動揺を見せるリュー。彼女へ行動を促すよう、ロッティは立ち上がってスノウへ向き直る。

 ロッティの様子を見て、リューも気を取り直す。

 立ち上がり、戦斧(オーディン)から巻いていた布を解いた。


「スノウ! 決着、つけにきたぜ!」

「なら、一対一の方がいいよな?」


 問いかけるスノウの言葉の後、入り口がバタンと音を立てて閉じられた。


 閉じたのはシャパド領の将が一人、リサである。

 扉を塞ぐように立ち、通りを挟んだ建物の路地へ目を向ける。

 そこから、見張っていたミラとケイとリアが姿を現す。


 同時刻、裏口の扉を前にウィンが立ち塞がっていた。


 それを見たマコトとジーナも彼女の前へ姿を現す。


 この地には、三人の将が集っていた。

 情報を得たシャパド領主はそれが故意に流されたものだと理解していた。

 前回の襲撃で反乱軍が各個撃破を狙うつもりなのではないかと考えた彼は、それを逆手に取る形で三将をぶつける事にした。


 スノウをこれ見よがしな囮として宿舎で生活させ、他の二人を酒場の宿屋で待機させていたのだ。

 反乱軍が襲撃に際して酒場を現場として選ぶと考えての事である。


 反乱軍は三将をおびき寄せるつもりが、逆におびき寄せられる形で襲撃を受けたのだった。




 裏口。

 路地に面して狭い事もあり、ここにはマコトとジーナの二人だけが配されていた。

 その二人を前に、立ち塞がったのはウィンである。


 マコトとジーナを前にしたウィンは、腰に佩いた剣を抜く。

 抜き放たれた刃は片刃の直刀である。


 切っ先がマコトへ向けられる。


 静かに、しかし強かに打ちつけられた殺気に、マコトは大剣(スルト)を握る手に知らず力を込めた。

 手に汗が滲む。


 怖気があった。

 それがマコトの意気を挫く。

 怯みに縫いとめられた足が、攻める事を躊躇わせる。


 そんなマコトを尻目に、ジーナが先んじて動く。

 その姿を見たマコトは気合を入れなおして続いた。


 接近の寸前、目に見えぬ速度に達して蹴りを放つジーナ。

 突くような蹴りをウィンは身を捩るのみでかわすと、刃先を上にして剣を切り上げた。


 膝裏を狙う斬り上げ、関節を的確に狙い切り分ける事を目的とした反撃。

 脚甲(ヴィシュヌ)が斬れる事はなかったが、純粋な腕力の強さで叩かれて後方へ飛ばされる。


 次いで放たれるマコトの一刀。

 振り下ろされようとするそれを見るや、ウィンはかすかに眉根を寄せた。


「きえええええぇっ!」


 気合の叫びと共に振り下ろされた刃を一歩退くだけでウィンは避ける。

 本来ならばその程度で避けられぬ技であるが、今も放たれるウィンの殺気がマコトに一歩踏み出す事を躊躇わせたのだ。


 逆に目前へ迫っていた剣の切っ先に気付き、必死で避ける。

 しかし避けきれず、目の横からこめかみまでを刃に擦られた。

 火花が散る。


 マコトには距離を取って逃げる以外の(すべ)はなかった。

 ウィンはそれに追撃せず、じっとマコトを見る。


「……お前は、ヨシカの弟子か?」


 ウィンは落ち着いた口調で問いかける。


義母(母さん)を知っているのか?」

「子供だったか……。だろうな。お前と同じ構えはいくつか見た。しかし、その握り、重心を置く位置、呼吸……。ヨシカの色がある」


 ウィンの言葉に、マコトは構えたまま沈黙で応じる。


「私は、お前の母親に憧れている。いずれ超えるための壁として、私の心に留まり続けている。しかし、その心の中の像とお前は重ならない」


 ウィンは深いため息を吐く。


「未熟すぎる。手音には程遠い」

「なんだと!」

「怒りを覚えたならば、技で撤回させろ。怯えで踏み込みが甘くなるようではまだまだだ」

「言われなくともそうするさ!」


 もう一度、マコトはウィンに向けて上段から斬り込んだ。

 完璧な踏み込み。

 振り下ろされれば確実に頭蓋を叩き割るであろう一撃。


 しかし、ウィンは避けなかった。

 代わりに剣を振るう。

 持ち手の腕は筋肉の隆起を見せ、一回り膨れ上がった。

 その様子から、力が十全以上に込められている事が見て取れる。


 そうして放たれる横薙ぎの剣閃は、振り下ろされたマコトの斬撃に真っ向から応じる。

 横合いから叩かれた剣閃は鈍り、目測を誤る。

 切っ先はウィンを傷つける事もできず、足元へ落ちた。


 マコトの流派において、渾身の一刀は何物にも揺るがされない事が基本となる。

 どのような時であれ、太刀筋に歪みがあってはならない。

 たとえそれが、何かしらの妨害を受けた結果だとしても。


 渾身の上段振りを、同じく渾身の横薙ぎで叩く。

 相手ではなく、剣の命脈を絶つ事を前提とした技である。


 これはヨシカの剣へ対抗する手段としてウィンが打ち出した答えであり、ウィンからすればこれはなるべくしてなった結果であった。

 想定外があるとすれば、それは相手の剣を断てなかった事である。


 ヨシカが本気で振る剣の一閃は、一切の防ぐ手立てがない(わざ)である。

 ゆえに、剣そのものを殺さねばならない。

 しかし、聖具である大剣(スルト)を断つ事はできなかった。


「未熟すぎるが、練習にはなったか」


 言いながら、ウィンはその首を跳ね飛ばさんと返す刀でマコトを狙う。

 避ける暇はなかった。


「二人の世界を作らないでくれるか」


 音速を超える速度からなる無規則な機動で接近したジーナが、ウィンの腹を狙って蹴りを放つ。

 ウィンはそれを避けられず、しかし両手で握った剣を地面に突き立てて防いだ。


「これはチーム戦だ」

「すまない」

「謝るより礼をくれ」

「ああ、ありがとう」


 そのやり取りを交わし、二人は並び立って武器を構えた。




 酒場の入り口前では、扉を背にして立つリサを前にケイが挑んでいた。


 その後ろで、ミラとリアが見ている。


 想定していなかったわけではない。

 複数の将が派遣される事を。


 それでも、ミラは勝てると算段をつけていた。


 相手は一人。

 そしてこちらにはリアがいる。

 将の一人は確実に討ち取れる。


 しかし、頼みの綱であるリアは動こうとしなかった。

 ケイがリサを前に一歩踏み出すのを見ても、リアはそれを眺めるばかりだ。


「総員――」

「いけません」


 全員に攻撃の指示を出そうとして、リアに止められる。


「牢獄で会った相手ならともかく、あれに兵をぶつけるのはよくありません」

「何故?」

「技よりも力に重きを置く相手だからです。消耗も少なくぞんざいに腕を振るだけで命を奪える、そういう手合いです」

「だからと言って、ケイ一人に任せるつもりですか? リア、あれを倒してください」

「ケイ殿を信じましょう」


 この期に及んで信じられない。

 ミラは(アマテラス)の下で顔を顰める。


「あなたがシャルの言葉に利点を見出しているのはわかります。ですが、ここで負ければ全てが水の泡と消えるのですよ?」

「その時はその時です。ここで負けるようならば、この先に進んでも意味はありません」


 リアがロッティの言葉に何かしらの利点を見出している事は間違いない。

 しかし、それが何なのかミラにはわからなかった。

 それがもどかしく、腹立たしい。


 それほどまでに、リアの求める物は重要なのか?

 この大局をどうでもよいと思えるほどに。


 どうにか説き伏せられないか……。


「大丈夫ですとも。何故なら、正義は悪に屈しないのですから!」


 もう少し具体的に説得力のある答えがほしい。


 ミラがそう思う間に、ケイとリサは殴り合い始めた。


 片や聖具の拳、片や素手。

 まさしく、肉弾戦。

 お互いの体を潰しあう、激しい金属音が響き渡る。


 激しいぶつかり合いに流血が散る。


「ルージュさん! やっぱりあたし達も行きます!」

「待ちなさい」


 加勢しようとする反乱軍人員をリアは留める。


「逸る気持ちはわかりますが、あなた方では一撃受けるだけで致命傷となりかねません」


 そう言われて、反乱軍の人員は怯む。


 実際に見て、ミラもリアの判断に納得していた。

 頑丈なケイだからこそ耐えられている。

 他の者では、あの嵐のような暴威の中へ入り込む事はできない。


「大丈夫ですよ、ケイ殿なら」


 そんな中、ケイのアッパーがリサの顎を打ち上げ、応酬の前蹴りがケイの腹を蹴りつけた。

 蹴り飛ばされ、互いの距離が離れる。


 顎を殴られたリサの口元から、血が垂れていた。

 それを親指で乱雑に拭う。


「これは……面白い!」


 リサは声を張り上げる。


「私には、五人の子供がいる」

「え?」

「子供は可愛らしくて、育てるのがとても楽しいんだ。これ以上楽しい事はない。そう思えるよ」

「いいじゃないッスか。いいお母さんで」

「ああ、でも思い出したよ。昔はそうじゃなかったって。私は、人を殴り潰す事が何よりも好きだったんだ。これほど楽しい事は他にないって、そう思ってた。今、それを思い出した!」


 リサが拳を握り、同時にパンッと空気の破裂する音が鳴った。


「私の手は子供を慈しむためにあるんじゃない。拳を握るためにあるんだ。それを思い出したんだよ!」


 改めて、リサは構えを取り直す。


「さぁ、やろうか! もっと!」

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