五十八話 今後の方針
「私の荷物から本が一冊消えていたんですが……」
ミラが何かを探るようにそう問いかけてきた。
心当たりがあったので教えてあげる。
「リューがマコトと一緒に読んでたよぉ」
「……あれはたまたま、暇つぶしとして適当に持ってきただけの一冊で、あえて持ってきたわけではありません」
「そうなんだぁ」
「普段から、本を目にすると内容を気にせず買うようにしているんです」
「へぇ。いいんじゃなぁい?」
「持ってくる時も適当に取っているので、内容を吟味していたわけではありません」
「わかった。わかったからぁ。その言葉は疑ってないからさぁ」
そのわりにぐいぐい来る……。
「それより、今後の作戦方針について話さないか?」
私も強引に話を変える。
「そうですね。リアからもお墨付きをいただいた事ですし」
リュー達はリアとの訓練によって、ある程度パワーアップしていた。
四人がかりでなんとか……リアへ一撃加えられるようになった。
倒すまでにはもう少しかかりそうだ。
それでもリアからは十分だと太鼓判を押されている。
「私の戦った相手と同じ力量ならば、良い勝負ができる事でしょう。し・か・し! 皆様の正義の心があればどのような困難に――」
面倒な話になりそうだったのでその時はサッとその場を離れた。
「今後も同じように将の各個撃破を狙うのかなぁ?」
「それ以外の方法が取れないというのが正しいですが……。最初の奇襲が失敗した以上、困難が予想されます」
「対策を取られる、と」
「こちらを侮る方であるならば良いのですが」
「それはないかなぁ。リシュコールで一番の収益を上げる優秀な領主だ。ボンクラである事は期待できないだろうなぁ」
法律の穴を利用して自分の戦力を確保しておくような抜け目の無さもある。
「となれば、情報戦となるでしょう。流言を用いたい所ですが、それをするにも人手が足りない」
「グリアスに頼り過ぎれば、足も付く……。存在を気付かれれば対策も取られる。できれば現地の民に頼るのがいい。そのためには民の信が必要。けれど味方につけるには将の打倒が必要……」
「細々と手段は用意していますが、それを用いるにも最初の一手があまりにも困難ですね」
なら、初手はやっぱりグリアスに頼る以外ない。
情報収集だけならば、グリアスとこちらの関与は気付かれないだろう。
しかし、そこに流言などの情報操作が混じると気付かれる可能性は高い。
グリアスの諜報活動に気付かれ、対策される事を考えると情報操作を使えるのは一度きりになるだろう。
情報戦で有利になる状況を整え、その一度きりの有利な状況で将を打ち崩す。
それで現地民への印象が良くなれば、現地民にもこちらに協力してくる人間も出てくるはずだ。
マンパワーを確保すれば取れる作戦の幅も増える。
だが、失敗すればもうチャンスはない。
この領での作戦を断念しなければならないだろう。
次の機会は、小細工なしにリュー達が戦えるようになってからだが……。
さて、ここを逃してリュー達に成長の機会があるだろうか?
だから、失敗は許されない。
「情報を流すとしてどのような物を流すつもりかなぁ?」
「グリアス殿に頼って、三つの離れた地域に反乱軍の姿があったと流してもらいます。選ぶ地点は、それぞれ領にとって重要と思われる場所を選ぶ予定です」
「三つの地点というのが意図的だなぁ。狙いを気付かれないか?」
「こちらは一箇所に戦力を集めて対応しなければなりません。五つの地点を候補にして、空振りしたら元も子もありません」
潜水艦ゲームみたいだな。
「多少疑われても、重要な場所ならば将を向かわせなければならない。素直に三方へ一人ずつ将を向かわせるとも思えませんが、多くても二人と一人に分けて二箇所に派遣するでしょう」
「だとすれば、一箇所が必然的に空く。空振りの可能性も出てくるなぁ」
「なので、こちらは最重要と思われる地点を選んで待ち伏せします」
「二人を相手にする可能性もそれだけ高くなると思うけれど、方法としてはそれしかないわけだ」
肯定するようにミラは頷く。
「機会を整えるのに数日いただきます」
「よろしく頼むよ」
方針は決まった。
さて、どう転がるかな?
「ちょっと修業に付き合ってくれよ」
リューに頼まれ、私は彼女と模擬戦を行う事になった。
序盤は互いに様子を見合い、手を出し合う。
優勢なのは私。
大振り攻撃には反撃の掌底を頬へ返し、ハイキックには膝裏へのローキックを合わせた。
相手へのダメージはないが、模擬戦なのだから問題ない。
要は、技術向上を目的としたものだ。
しかし、ダメージが無くとも一方的に攻撃を加えられる事は面白くないのだろう。
リューの攻撃は次第に力が篭っていき、余計に大振りなものへなっていく。
私、これに当たったら死ぬんじゃないかな? と思いもするが、残念ながら当たる気がしない。
「んぐっ……」
そんな中、カウンター気味に入った掌底アッパーがリューの顎を深く捕らえた。
想定していた以上の痛烈な当たりに、私の手首がミシリと悲鳴を上げる。
「ここまでにしましょう」
脳が揺れたのか、ふらつくリューにそう告げる。
「まだまだぁ!」
「私はまだまだじゃない」
意欲十分のリューをかわして、タオルを持って控えてくれていたケイの方へ向かう。
ジーナとマコトもそこにいる。
「お疲れッス」
「ありがとう」
タオルを受け取り、服を脱いだ。
「その脱ぐのに躊躇いないの何なんスか?」
「汗をかいた体を風で冷やすのは気持ちいいでしょう?」
上半身の汗を拭う。
「それでも人前では普通しないッスよ。まるで、ゼルダと同じッスね」
なんだと……?
軽いショックを受ける。
前世の記憶がある分、私はまともだと思っていたがリシュコールの血の影響を十分に受けていたらしい。
確かに、人前で脱ぐ事を恥ずかしいと思った事がない。
「あんた、強いんだな。それに、凄い体してんな……。まるでカミソリみたいだ」
マコトが声をかけてくる。
まぁ、こちらに来て大分絞られたからな。
ちょっと脂肪を蓄えてから来たのだけれど、動き回ってたからすぐに消滅した。
「別に……ベツニツヨクナイヨ。モギセンダカラナントカヤレテルダケダヨ」
「なぁ、ちゃんと話してくれないか? 聞き取りにくい」
「チャントシテルヨ」
マコトに微妙な顔をされる。
まぁ、普段からうっかり地声を出してもバレてないからいいか。
ちょっと口調と声色は変えるけれど。
「私は魔力に恵まれていないのです。なので、技術のすり合わせである模擬戦ならば戦えますが、実戦では何の役にも立ちません」
打撃はダメージを与えられないし、組技も炎熱や雷撃への変換を用いる相手には無意味だ。
「現に……」
私は右手首を労わりながら答える。
「致命打を与えたはずの私が、リュー以上にダメージを受けている」
ぶっ倒れるくらいに普段から体を鍛え上げても、魔力の有無は残酷なまでの差異を生む。
それでも、そんな私が目的を果たすには今ぐらいの身体能力が最低限必要だ。
「そうなのか」
「剣も扱えますので、練習相手ならできますよ」
「じゃあ、今度声をかけさせてもらうよ」
雑談していると、リューも近づいてくる。
「なぁ、全然勝てる気がしないんだけど、どうやったらお前に勝てる?」
「武器や炎熱を使われたら私にはどうしようもないですよ」
「そうじゃない。それじゃダメだ」
「何がダメなんです?」
「スノウは、武器を使っても炎を使っても勝てなかった。じゃあ、それ以外で勝つしかない。魔力の弱いお前が、俺を倒すみたいに……」
なるほど。
スノウを想定しての事か。
だったら、私はいい参考になるわけだ。
「近道はない。今みたいに、実際戦って経験を重ねる以外にないでしょう」
私もクローディアとの模擬戦を何度も行って戦い方を覚えた。
手加減しつつ、それでも致命的な一撃の加えられるクローディアはいい先生だった。
少しでも甘い動きをすれば、容赦なく痛烈な一撃を受ける。
私はその痛みで戦い方を覚えた。
痛みを避けたいという気持ちは本能だ。
避ける事ができず、挑み続けるしかなければ適応できるようになってくる。
「でも、今は悠長に鍛える時間もありません。だから、スノウとの一騎打ちは諦めてください」
釘を刺すとリューは黙り込んだ。
多分、納得していない。
これは戦場にスノウが出てきたら一人で突っ込むな。
説得は無駄だ。
フォローする方向で対応策を練っていた方がいいだろう。
ルージュと相談して、どんな状況でも対応できるよう複数用意しておこう。
今回の更新分はここまでです。
また月末に更新させていただきます。




