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五十七話 レベル上げ

 リアは私が求めていた最後の人間だ。

 聖具、外套(シヴァ)を有している。

 外套の能力は空間転移であり、ゲームでの性能は地形やZOCを無視して移動できるというものだ。

 仲間に入った時から高水準のステータスを持ち、頼りになるユニットだ。

 しかしそれは最初だけだ。

 成長率がとても低いためシナリオが進むにつれて、他の面々の方が強くなっていく。

 最終的には力不足に陥る。

 中盤からのお助けキャラという印象が強い。


 キャラクターの背景を考えると、すでに完成された強さを持っているという事を性能で表現したのだろう。


 その強さは今の私達にとっても頼りになるだろう。

 が、正直に言うと少し邪魔だ。


「この度より、皆様の末席に加えさせていただく事になりました。リアと申します。さぁ、正義を成しましょう!」


 反乱軍の面々を前にして、リアはそんな自己紹介をかましていた。

 ソシャゲのガチャ演出みたいな自己紹介である。


 実際にそれを向けられた反応としては困惑が多かった。

 リューが苦笑していたのが印象的だ。


 あんな顔するんだな、と小さな驚きがあった。


 とにかく、これで聖具使い全員の所在を掴めた。

 あとは、戦力の増強だ。

 心の中のやらなくてはならない事リストにチェックを入れておく。


 その後、作戦会議にて。


「リアがスノウを圧倒した、という話でしたか?」

「ああ。本当に、あしらうみたいだったよ」


 ミラの聞き取りにおいて、リューは脱出時の事を話した。


「リアの強さは攻略の糸口になりそうですね」

「お役に立てるならば、ぜひこの身をお使いください。存分に」

「そうですね。三将に匹敵するならば今後の策の見直しも――」

「待った」


 私はミラとリアの会話に割り込んだ。


「当初の予定通り、リアを抜いた戦力でシャパド領を攻略する策を取ってもらいたい」

「わかりました」


 疑問を挟まず、ミラは了承する。


「何故ですか?」


 リアが問いかけてくる。


「この程度の相手に勝てないようでは、この先の相手に勝てないからです。勝てないなら、勝てるようにならなければならないでしょう」

「……もしやあなたは、帝国を? そこまで考えておられるのですか?」

「まさか……。私の狙いは、さらに先。聖具使いが本来戦わねばならないもの。そう言えばわかるでしょう?」


 答えると、リアは大きく目を見開いた。

 その開かれた目から、だばっと涙が溢れ出た。


 怖っ!


「おお、おお、ついに……。今が、その時なのですね……!」

「あなたにとっても悲願でしょう?」


 私の問いにリアは驚きを見せた。


「となれば、理解しました。しかし……あなたは、何者です?」

「それはいずれ……近い内に話しましょう」


 そう言ってリアとの会話を切り上げてミラに向き直る。

 彼女はこれで納得してくれるだろう。


「リューの救出が成った以上、急ぐ必要はなくなりました。だから、今の戦力で勝てる方策を改めて考えてください」

「それは先ほど言っていた通り、反乱軍全体の戦力を鍛え上げるためですね?」

「ええ。けれど、あなたにも弱兵で強兵に勝てる軍師となってもらいます」

「かしこまりました」


 リュー、ジーナ、ケイの三人にも視線を向けた。


「三将の打倒はあなた達が行ってください。こればかりは、あなた方でなければ成せないでしょう。一対一で勝てとはいいません。三対一であしらわれる事がないようになっていただきます」

「一対一でも勝つさ」


 リューが答える。


「勝てるようになる。スノウは俺が倒す。いいよな?」

「口だけじゃない所を見せてくれるなら」

「まかせろ」


 私はリアへ声をかける。


「聖具使い達を鍛えてあげてください」

「わかりました。非才なる身ですが、我が全霊を以って成して見せましょう」


 それから今後の事を話し合い、会議は終わった。




 現状戦力で実行可能な作戦をこなしつつ、リュー達の戦力アップが行われた。


 今のリュー達は、私の知るゲームのリュー達とは違っている。

 圧政に耐えていたという事実がないからか、帝国への怒りや執念のようなものが足りないように思える。


 打倒したいという意欲がないから、あまり強くない気がする。

 だから、ここで不足した強さを培っておきたい。


 私の見る前で、リュー、ジーナ、ケイ、マコトの四人がリアから稽古をつけてもらっていた。


 聖具を使う四人を前にリアは素手で戦い、それでも互角以上に戦っている。

 というより、あしらわれているという方が正しい。

 リアの様子からは危機感が見えなかった。


 多分、手加減までしているだろう。

 今の四人は、私の思う以上に弱いのかもしれない。

 危機感を覚える。


「四人はどうですか?」


 稽古が終わって、リアに問いかける。


「彼女達に足りないのは実戦経験だけですね。威力だけならば十分です」

「技術が足りないわけですか」

「しかし皆様は強くなる事への意欲が高い。きっと、すぐに私も勝てなくなるでしょう」

「それは四人がかりの場合、ですよね?」

「それは、まぁ……」


 私の問いにリアは言葉を濁した。

 しかし四人がかりでリアに勝てるなら、シャパド領の三将にも勝てるだろう。

 今はそれでいい。


「本格的に軍事的な作戦を取るのは四人が習熟してからでしょうね」

「じゃあ、軍事的ではない現状の作戦はどうなっていますか?」


 具体的には情報収集と反乱軍人員の募集だ。

 人員募集と言えば聞こえはいいが、要は反乱の扇動と言った方が正確だ。

 シャパド領主の統治に不満を持つ者を勧誘し、戦力とするのが目的らしい。


「芳しくありません。思いのほか、賛同が得られない状態でして」

「三将の誰かに勝てれば流れは変わるでしょうね」

「何故そう思うのですか?」

「農民は領への忠誠心で動いているわけじゃない。今の生活に満足しているわけでもない。マシな方を選んでいるだけです。博打をするほど、切羽詰っているわけでもない。民は今の生活と私達が提示する未来の生活を天秤にかけ、より良い方を選んでいる」


 まぁ、これもオスカルからの受け売りだけれど。


 今の生活も厳しさはあるが、生きる事は保障されている。

 その生活を捨てる事は難しい。

 けれど、楽に流されるのも人の性質なのだという。


「しかし、それは現実感のない選択肢だからというのもあります。実現不可能だからこそ、賭ける価値はない、と。ここにわずかでも勝ちの目が出てくると話は変わってくる。楽な方を選びたいと思う人間は必ず出てきます」


 ヨシカが頼られていたように、領へ抗するお手軽な手段を提示してやればそちらに賭けようと思う人間もいるはずだ。

 シャパド領の最大戦力である三将の誰かを撃破できれば、賭けるべき選択肢として認識してもらえるだろう。


「提示する賭けのリスクを低くすると考えてもらえばわかりやすいでしょう。私も実体験ではないから自信はないのですが、前例は知っています。今はそれを目標に動いてください」

「わかりました」

「それと、ルージュ。君は他人を駒として作戦を立てていますよね?」

「……それは、そうですね」


 私の意図を量ろうとしているのか、言葉を選ぶように答えた。


「上手くいくなら良いんです。けれどもう少し、戦術の幅を広げてもいいかもしれませんよ」

「はぁ……」

「具体性のない話でしたね。忘れてください」




「ここに来てから私は、一日に何度も下着を変える事になって大変なのです。どうしましょう」

「もう下着履くなよ」


 リアとリューが何か変な会話を交わしている。


「確かにもう無事な下着はありませんが、ノーパンは悪です」


 じゃあ、今何穿いてるの?


「そもそも何でそんな事になるんだよ?」

「この場所には正義が溢れているからです」

「?」

「正義について語り合えば皆様怪訝な表情をなさる。しかし、語る言葉一つ一つが正義なのです。尊いのです! ンアーッ!」


 突然興奮するリア。

 何を言いたいのかよくわからないが、とにかくリアがいい空気吸ってるのはわかる。


「マコト様は「正義? そんなの知らない。俺はただ、みんなが笑って暮らせるようにしたいだけさ」と申されました。ケイ様は「正義はよくわかんないッス。みんながお腹いっぱい美味いもの食えるようになればいいなって思ってるだけッス」と申されました。正義です!」

「お前の正義認定よくわかんねぇ」


 ゲームでも正義に拘る変な人だったけど、ここまでおかしかったかな?


「それに、みんなが言ってるのは当然の事だろ? 何がおかしいんだ?」

「ンンンンンンンッ!」


 リアが醒鋭孔を突かれたような顔で奇声を発した。

 ビクビクと小刻みに震えている。


 あれれー? 思っていたよりも様子がおかしいぞ?


「おい、リアが倒れたぞ! 痙攣してる!」

「天幕まで運ぶぞ。足持ってくれ」

「え! この人パンツ穿いてない! ……と、思ったら何か貼ってる!」


 早い複線回収だったな。




 昼食後に、休んでいた時だ。


「マコト。お前、字が読めたよな」

「ああ。読めるぞ」

「これ、ルージュの持ち物にあったの持ってきたんだけど」


 リューは言いながら一冊の本をマコトへ渡した。

 もしかして黙って持ってきたのか?


「何でそんな事を?」

「勉強しようと思って。でもわかんないから読んでくれねぇ?」

「まぁいいけど。何だこの本」

「わかんねぇ。適当に持ってきたから」

「勉強になるかすらわからないじゃないか」

「本なんだから、何か難しい事書いてるって。難しくてわからねぇ事をわかるようになりてぇんだよ、俺は」


 マコトは本を開いてハキハキと朗読し始めた。


「私とお嬢様の出会いは奉公に出され、屋敷へ訪れた二年前の事になります。

 鮮烈な出会いを経て、虜とされてしまった私はこの甘美な牢獄となったお屋敷に囚われておりました。

 いけない事、そう思いつつ私はお嬢様に抗えないのです。

 夕食を済ませ、食器を片付ける私の耳元へお嬢様は甘い呼気で以って囁きかけ……。私は今宵も闇の帳が深く下ろされた廊下を歩み、言われるままお嬢様の部屋へと召されます。

 部屋へ入るや否や、お嬢様は私へ迫りました。壁へ追い詰められる私を前に、お嬢様は自らの胸元へ手をやり……。

 胸のボタンを順に、じっくりと、自ら外していきました。

 言葉はありません。当然の如く自然な所作で行われる事に、私は抗えぬまま……。

 その光景の虜となった私の目の前で最後のボタンが外され、隠されていたお嬢様の双丘が零れんばかりに現れます。衣服の合間より見えるそれはさながら器いっぱいに満たされた液体の如く、かすかな体の仕草によってふるふると柔らかな揺れを私に見せつけました。

 じっとりと汗ばむ肌に、むわっと立ち昇る獣の如き野性の香り。そこに混ざるかすかな甘さを感じ取った私はクラクラと……ってなんだよこれ」


 そこまで朗読していたマコトが顔を真っ赤にして本を閉じた。


「え、続きは?」

「自分で読めよ」

「読めないって言っただろ! あと内容もよくわかんねぇよ! 器いっぱいの液体ってどういう意味? お嬢様、胸がコップなの? 丘もあんの?」

「自分で考えろバカ! わからねぇ事わかりたいんだろ!」

「何でキレてんの?」


 マコトは本をリューの胸元へパンッと投げ返した。

 リューの双丘が液体の如く波打った。


「あれどう思うッス?」


 ケイに問いかけられる。


「冒頭に興味を惹く内容は上手い手法だと思うなぁ。これはこういう話ですよ、というコンセプトの提示は、読む人間としても安心するなぁ」

「いや、そういう事じゃなくて」

「ルージュがエロ本持ち歩いてる事かなぁ?」

「それも気になるッスけど」

「……リューが急に勉強しようとし始めた方か?」

「そうッス」


 確かに気にはなる。

 リューは、地道に研鑽を積む人間ではなかった。

 それが戻ってきてから、自分を磨く事に貪欲さを見せるようになった気がする。


 リアとの鍛錬も素直に、それどころか熱心に受けているし。

 今のように知識も蓄えようとしている。

 捕らえられている間に何があったのか?


 まぁ何であれ、いい方向に向かっているのかもしれないな。

 普段書かないタイプの文章は妙に気合が入る。

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