五十五話 第一の将
反乱軍の野営地。
夕食の時間。
食事をとりに行ってマコトと遭遇した。
とても怪訝な顔で見られた。
顔を仮面で隠して、ローブとフードを着用しているのでそんな目で見られるのも仕方がないだろうが。
「あんたは?」
「シャルダヨ。ヨロシクネ」
声でバレてしまうかもしれなかったので裏声で答える。
余計に警戒された。
「……なんで裏声なんだ?」
「ジゴエダヨ」
「本当に?」
「ホントウダヨ」
結局、疑いを晴らす事はできなかった。
怪訝な顔で見られながら、私はしれっと食事をとり続けた。
ここではあまり口を開かない方が良さそうだ。
食事を終えて、ぼんやり一人で座っていると。
「食休みか?」
問いかけながら、リューが私の隣に座る。
「ああ。なかなか美味かったな。野生のイノシシとは思えない味わいだった」
「ケイがいてくれるからな。あの肉もなんか草と一緒にいろいろ混ぜたくった汁と付け込んでから焼いてるんだぜ」
「その言い方だとあまり良いイメージはもてないな。……草はローズマリーかな?」
「おう、そんなんだったと思う」
野生動物を食べる上でネックになるのは臭いだ。
それが気にならなかったのは、下ごしらえがあっての事だろう。
かすかな香ばしさは、焦がした野菜を入れたからか。
にんにく……は入ってないな。
手に入らなかったか。
「……なぁ、俺さ」
「何だい?」
「最初は、何でお前が俺達にこんな事を頼んだかわからなかった。でも、今なら……いや、やっぱわからねぇけど」
「はっはっは」
「笑うなよ」
「悪いね。でも、思いがけなかったからつい」
「あー! もう、どう言えばいいんだよ!」
「ちゃんと聞くよ。ゆっくり考えてもいいし、上手く話そうとしなくてもいい。言いたい事をそのまま伝えてくれればいい」
私がそう促すと、リューは一息吐いて黙り込んだ。
野営地から聞こえてくる、人の営む音が二人の間に流れる。
少しして、リューは口を開いた。
「お前が考えている事、はっきりとわからねぇ。何で、俺達だったのかが一番わからない。俺達じゃなくても、もっと強い奴はいる。クローディアとか。そういう奴に頼んだ方が、きっともっと上手くできるんじゃないかと思うんだ。でも、声をかけてもらえてよかったと思ってる」
「どうよかった?」
「村の外に出られた。お前に頼まれなきゃ、俺はずっとあの村から出なかった気がするんだ。で、そこには村にはなかった物がいっぱいあった。いろんな人、いろんなもの、今まで知らなかったものだ。そして、なんとかしなくちゃならない事も」
「そうだね」
「俺はそれなりに強いが、そんなに強くない。クローディアにも、ゼルダにも、バルドザードの奴にだって勝てなかった。力が足りないんだ。でも、俺には気持ちがある。困ってる人間を助けたいって気持ちだ。どんなに強くても、その気持ちがなければ人は助けられない。だから、よかった」
「そう」
そこまで言うと、リューは私の方を見た。
私はそんな彼女に微笑みかける。
どういうわけか、リューの顔に赤みがさし始める。
「そういう事!」
「どういう事?」
「ありがとう!」
もはや叫びに近い声を上げて、リューは逃げるようにその場から去っていった。
グリアスからの報せがあったのは、私達が到着して二日後の事だった。
封をされた書簡という形で届けられたそれは、速やかにミラの手へ渡された。
私とリュー達が天幕に集ってしばし待つと、書簡を手にしたミラが足を踏み入れてくる。
「グリアス殿は優秀ですね。思った以上に容易く状況は終了するかもしれません」
開口早々にミラは告げた。
「なんで?」
全員の疑問をリューが代弁する。
「明日、北東部の町へ領主が向かうそうです。その護衛として目的の将の一人、スノウ夫人が同行しています」
「領主を直接叩ける絶好の機会ってわけだ」
ジーナが意図を把握して答えた。
「はい。作戦を将の襲撃ではなく、領主の襲撃に切り替えます」
「それで何が変わるんだよ?」
「襲撃する事には違いありません」
「何も変わらないって事だな」
「はい。なのですぐに人員をまとめてください。済み次第、移動を開始します。解散」
それからすぐに準備へとりかかる。
シャパド領は広く、襲撃予定地点までには距離があった。
反乱軍には大量の飼葉を必要とする馬を維持する事などできず、基本的に徒歩もしくは牛車を利用しての移動となる。
だから急ぐ必要があった。
これまでもこういう事はあったのだろう。
皆、手馴れており三十分も経たずに準備が整った。
私とミラだけが馬に乗り、他の戦闘員を牛車に乗せて目的地までの行軍である。
朝に野営地を出発し、着いたのは深夜となった。
隠れ休むには丁度良い時分である。
野営などせず、それぞれが毛布一枚だけで休息を取った。
シャパド領主の一団が街道を通ったのは早朝。
森林の中を突っ切る一本道で周囲を見渡せず、霧も立ち込めて視界は悪かった。
襲撃するにはもってこいの状況である。
私達は木々の陰や草むらに隠れ、待ち伏せていた。
一台の馬車とそれを護衛する兵士達。
兵士の数は少ないが、装備は統一されたものだ。
プレートの類を急所や関節部だけに配して他を皮で作った軽装備で、得物は短槍と弓。
中長距離を想定した装備だ。
品質も良さそうで、兵士達の体つきもよく鍛えられていて武具がしっくりと似合っていた。
足並みも揃っており、精鋭である事がわかる。
件の将がその中にいるのかどうか、それは判別がつかない。
「練度が高い。部隊による陽動は被害を増やす結果になる、か」
ミラが陣容を見てそう呟いた。
「リュー。単独で一当てしてください」
「今すぐ?」
計画では、道の前後を挟んで反乱軍の部隊による挟撃。
相手の注意を引きつつ、手薄になった領主の馬車をリュー、ジーナ、ケイ、マコトの聖具持ちで強襲する予定だった。
それが状況に合わないと判断したのだろう。
もう馬車が目前まで迫った今、その計画変更を全軍に周知する時間は無い。
だから、リューに場を乱させて囮にするつもりかな?
そこからどう動くのか、私にはわからないけれど。
「派手に行ってください」
「は、派手? なんとかする!」
答えて、戦斧を手にしたリューが突っ込んでいく。
「うおおおおおおっ!」
叫びを上げながら突っ込むリューに、領主の私兵が警戒を見せる。
「襲撃! 襲撃!」
叫び、注意を促しながら戦闘の私兵がリューを迎え撃つ。
「燃え上がれ!」
私兵に対してリューが戦斧を振るうと、その刃から炎が走った。
炎と共に走った衝撃が私兵を二人吹き飛ばし、三人目に防がれる。
いつの間にか、リューは炎熱の属性を獲得していたようだ。
「きええええええっ!」
同時に、一団の背後からも叫び声が聞こえる。
マコトだ。
大剣の推進力により一気に距離を詰めたマコトが、後方の私兵に斬りかかっていった。
「何してる!」
「ルージュがやれって言った!」
領主の一団を前後から挟む形で、リューとマコトは大声で声を掛け合った。
その様子を見てもミラに動じた様子はない。
リューが出るとこうなる事が読めていたという事だろうか?
真意はともかくとして、状況は動きつつあった。
リューは戦斧と炎で私兵を次々と倒していき、マコトも力の入った斬撃で一刀の下確実に切り伏せていった。
最初こそ、持ち場を維持して警戒に当たっていた私兵達の陣形が、徐々に崩れ始めていた。
リューとマコトへ戦力が集中し始め、馬車の守りが薄くなる。
「今ですね」
ミラが草むらから飛び出した。
同じく隠れていた私と反乱軍の人員も彼女に続く。
「馬車へ!」
強く声を張り上げるミラに呼応して、他の場所に隠れていた面々が姿を現す。
ケイとジーナを先頭に、部隊が領主の馬車へと殺到した。
先にジーナが辿り着き、馬車の扉へ手をかける。
と同時に、扉が勢い良く開いた。
ジーナの体が扉にぶつかり、倒れるまでいかないまでもよろめいた。
開かれた馬車の入り口からは、足が伸びていた。
その足が扉を蹴り開けたのだろう。
スラリと伸びた綺麗な足。
その持ち主が緩やかに馬車から降りる。
そうして現れたのは成熟した女性で、彼女は反乱軍に囲まれながらも馬車から降り、開かれた扉を閉めた。
戦場に立つには似つかわしくない赤を基調としたノースリーブのドレス姿。
鮮烈な赤。それ以上に目を引くのは明るい銀髪だが……。
私は、その下にある気だるげな表情に不思議と目を惹かれた。
誰かに似ている?
「おい、スノウ。装備もなしでやれるのか?」
扉の窓からシャパド領主が身を乗り出し、出てきた女性に声をかける。
彼女がスノウか……。
やっぱり、私の知らない人間だ。
「危ねぇからあたしに任せて大人しくしてろ、ハゲ」
「大口を叩いた分、結果を見せろよ」
言い置いて、シャパド領主は再び馬車の中へ身を隠した。
直後、ジーナが切り込むようにスノウへ迫った。
高速移動から繰り出される死角外の一撃。
スノウは直前にそれを察知し、紙一重でかわすと拳を固めた鉄槌でジーナの体を馬車へ叩きつけた。
「ぐあっ! ううっ!」
地面に倒れこんだジーナをヒールの高い靴で踏みつける。
「弓を貸せ」
近くの兵にそう声をかけるスノウ目掛け、ケイも襲い掛かる。
「ジーナを放せ!」
が、その拳が届く前にスノウの手がケイの首を掴んだ。
そして、一瞬にしてケイの体が炎に巻かれる。
炎、いや爆炎だ。
それだけで彼女が優れた炎熱変換の使い手である事がわかる。
「やっぱ、弓はいらねぇか」
そんな中、炎の中からスノウへ向けて両手が伸びた。
手甲を纏うケイの腕だ。
舌を打ち、スノウはケイの首から首を離す。
伸ばされた腕を避けるように後退し、重心が変わった隙を衝いてジーナがスノウの膝裏を殴る。
わずかばかりにバランスが崩れ、それを基点にジーナは踏み付けから脱出する。
脱出と同時に、両手で地面を押してスノウの顎を狙った蹴りを放つ。
スノウは蹴りを避け、ジーナはさらに逆立ちのまま連続で蹴りつけた。
「めんどくせぇな!」
叫び、スノウは手を振るう。
炎の波が起き、ジーナの体を撫で付けた。
それから逃れるようにジーナは後方へ跳び、炎を消し飛ばしたケイの隣に立つ。
「バラバラにしてやるつもりだったのに、頑丈な奴だな」
スノウはイライラした様子で言う。
「どうせ死ぬしかないんだ。苦しまない内にさっさと逝っとけよ」
「違うぜ。負けるのは、お前の方だ!」
スノウの言葉へ返答する声と共に、馬車を踏み台に跳び上がったリューが空中で反転してスノウへ斬りかかった。
それを避けたスノウは、リューへ回し蹴りを返した。
リューは戦斧を盾代わりに防ぐ。
蹴りの威力でリューの体がずるりと地面を滑った。
体勢を立て直し、向かい合う二人。
その時になって私は納得した。
誰かに似てると思ったスノウの顔。
その似ている誰かが近くにいれば、一目瞭然である。
髪の色、年齢の違いはあるが、スノウの顔はリューとよく似ていた。




