五十四話 襲撃計画
今回は三話分更新させていただきます。
反乱軍は頻繁に隠れ処を変えていて、今はシャパド領に近い森の中を所在としていた。
先触れを放ち、そこで合流する予定になっている。
部下を領の代官に任命し、私はミラを伴ってその合流地点へ向かっていた。
クローディアとヨシカは別行動である。
反乱軍にはマコトがいるので、変装させても流石にヨシカはバレてしまうだろう。
件の森へ近づくと休憩を兼ねて着替えを始める。
正体を隠さなければならないのは私も同じだ。
とはいえ、フードつきのローブを着込むだけだ。
下の衣服は城を出る時から着替えている。
普段着では質が良すぎるのだ。
反乱軍に在籍していて、貴族が着るような材質の服を着ていたら胡散臭いにもほどがある。
「シャパド領を攻める理由をお聞きしても?」
ミラに問われる。
「説明は必要ないと思ったんだが?」
「あなたの考えを理解していた方が今後の献策にも影響しましょう」
「理由としては二つ。一つは懐柔に失敗したから、もう一つはリシュコールにとって最も重要な領地だからさ」
第一の理由に関しては。
リシュコールとバルドザードの戦況を今しばらく維持したいという思惑からだ。
今のゼリアに物資を任せても戦果なくいたずらに消耗するだけなので、収穫量をコントロールしたい。
そのためには、融通を利かせられるように懐柔しておく必要があるのだ。
今のシャパド領主が引き込めないならば、潰してしまった方がまだ良い。
結果がどうあれ、別の領主に挿げ替えてもらえるならそれでも良い。
バルドザードとしても戦況の膠着を目論んでいるだろうから、物資不足でリシュコールの調子が悪くとも手加減はするはずだ。
その間に、私はリュー達の育成と十二人の聖具使いの確保をしておく。
私はもう、バルドザードとの戦いを止めようと思わない。
それは復讐を果たすためにバルドザードを滅ぼす必要があるからだ。
だからの今の私は、戦争に勝つため動いている。
「国にとって重要だから攻める? それは第一の理由とは別の理由だという事ですか?」
ミラは問い返す。
第一の理由に関しては理解したのだろうが、第二の理由には思い至らなかったようだ。
それも当然だ。
これは私にしか知りえない事から出た理由なのだから。
私の知る歴史通りに事を進めるため、反乱軍がリシュコールから敵視される状態を作りたい。
それが理由だ。
有力な領を潰されれば、流石に注目せざるをえなくなるだろう。
本来敵を作る事にしかならないこの行動は私にしか利のないものであり、他から見ればリスクこそあれ意味はないだろう。
実は、私にとってこちらの方が重要だ。
シナリオ通りに進めたいのもあるが、何より……。
今のリュー達は弱すぎる気がする。
もっと、経験を積む必要がある。
戦時下でありながら領に残される雑兵でなく、もう少し強い相手との戦いが必要だ。
「それに関しては考えなくていいよ」
「……未来に関わる話ですか?」
「そんな所さ」
言いながら、私は仮面を被った。
リュー達以外の反乱軍に顔を見られないための措置だ。
マコトには特に見られてはならない。
茶番がバレてしまう。
「これもまた、同じ権能を持つ物なのですけどね」
ミラも兜を被った。
兜は頭半分を隠すタイプなので、それだけで顔を隠す事ができる。
「少し先の未来が見えるだけ。歴史を見渡すような視点は持てない」
「僕のは権能じゃないからね。それに、伝えたい相手に思念を送るという力だってあるじゃないか」
兜の力は少し先の未来を見る力と思念の伝達。
ゲーム的に描写すると回避率・命中率のアップと味方ユニットに対するバフだ。
サポートに特化した能力である。
「君なら十全に真価を発揮できると僕は思うがねぇ」
「尽力致します」
変装を済ませるといよいよ反乱軍の隠れ処へ向かう。
道から外れて森の木々に上手く隠れるようにして反乱軍の隠れ処はあった。
「無事に着けたようッスね」
隠れ処に着いた私達をケイが出迎えてくれる。
「えーとルージュさんはともかく、どう呼べばいいッスか?」
ケイは困り顔で私に問いかけた。
ルージュはミラの偽名だ。
「……シャーロット、いや、シャー……シャア……シャルでいいか」
「わかったッス」
そのやり取りを経て、野営地に一つだけ建てられた天幕へ向かう。
中に入るとリューとジーナが待っていた。
「やぁ、二人共。元気にしてたか?」
「ああ、お前ロッティか」
仮面で解らなかったのだろう。
声をかけた事で気付いたらしく、リューは笑顔を作った。
「元気だぜ。お前は?」
「もちろん絶好調だ。ただ、僕の事はシャルと呼んでくれ」
「何で?」
「バレちゃいけないだろ?」
「何で隠すのか、俺よくわかってねぇよ」
「内緒にしたいという事だけわかってくれればいい。人の嫌がる事はしないだろう? 君は」
リューは一応の納得を見せる。
「それで、マコトが来てから何かあったか?」
「何かあったか?」
リューは私の質問をそのままケイに流した。
「報告するような事はないッス。領境も問題なく通れたし、まだ事を起こしてもいないから荒事もなかったッス」
「グリアスとの連絡は?」
「定期的に。予定のズレもなく取れてるッス」
「よくわかった。順調だな。じゃあ始めよう」
私はミラに視線を向けた。
意図を察したミラが一歩前へ出て、今後の行動について解説する。
「最終目的はシャパド領の制圧、占領となります」
「領主の排除じゃないのか? 頭の挿げ替えが目的だと思ったんだが」
ジーナが問い返す。
あまり喋らないからよくわからなかったが、彼女は状況をよく理解しているようだ。
私の目的を把握していて、そのための手段についても思い至っている。
「そろそろ存在感を強めておくのもいいだろう? 拠点のない組織なんて存在しないもおなじだからな」
ゲームの反乱軍は拠点を持たない根無し草で各地を動き回っていたが、リシュコール側から積極的に狙う動機のない現状ではそこを変えてでも注目させるべきだと判断した。
「殿下の考えは知らんが、反乱軍の戦力で現実的に征圧なんて可能か?」
「むしろ、暗殺の方が難しいと聞いているが?」
問い返すとジーナは皮肉っぽく笑った。
「ここの領主はよくわかっているよ。守りが必要な所とそれ以外の分別がよくできてる。攻めやすい所ほど、攻める意味が見出せない。当然、領主自身の守りが一番堅い。だからと言って、制圧が容易いとも思えないが」
「との事だ。軍師殿の考えを聞きたいね」
ミラへ話を振る。
彼女は一度頷いて語りだした。
「十分に可能だと思われます。戦力的に劣っていますが、シャパド領と我々の違いは全体像を把握しているか否かという点です」
「私達はシャパド領の戦力を把握しているが、相手はこちらの戦力を把握していないという事だな」
ミラは頷いて肯定する。
「これを隠し通したまま戦うため、戦力を分散して各地に当たらせます」
「ただでさえ少ないのに分けるのか?」
「元より集結させて一転突破できるだけの戦力がありません。ならば反乱軍の全体像を悟らせぬ方が有利に働くと私は考えます」
「いや、マコトもいるんだから全員で行けば正面からでもいけるんじゃねぇか?」
リューが口を挟む。
「と、首魁殿が主張しているが、どう思う?」
実際、一個の武勇が幾千の雑多を駆逐する世界だ。
私にはリューの主張が正しい事なのか判断がつけられない。
ミラは眉間を揉みながら難しい顔をした。
「あなたがゼリア様、いえ、ジークリンデ様ほどの力量を持っているならそれも可能でしょう。が、聖具の力を含めてもあなたはそれに及びません」
リューはムッとして言い返す。
「なんだと? これでも今まで負け知らずなんだぜ。どれだけ多くの兵士に囲まれたって負けなかった」
「貯蔵倉庫と兵舎を間違えて突っ込んだ挙句、囲まれた時は生きた心地がしなかったな」
「でも蹴散らせただろうが!」
「まぁな」
呆れた様子のジーナにリューは反論する。
それに対して、ジーナも否定はしなかった。
実際、その危機からは容易く脱せたのだろう。
「一定の力量を持つ者は数を物ともしない。その通りではありましょうが、領主の私兵に留まっている者を引き合いに出しても意味はありません。これから相手にするのは、力ある将なのですから」
「将?」
「今の時勢、そのような方は国軍として召し上げられるものでありますが、シャパド領には三人の勇将が残っています」
それはグリアスからもらった情報だ。
かつて彼は商家の傍らにパパの手伝いで諜報を行っていたが、今は私がパパの立場を継いで彼から情報を得ている。
「何で残ってるんだ? 本当なら戦場に出るもんなんだろ?」
「三人とも、シャパド領主の妻だからですよ」
「妻だったらいかなくていいのか?」
「簡単に説明すれば、男性貴族は戦時の招集命令を免除されるという制度がこの国にはあります。そして、領主の配偶者にも免除は適用できます」
そこで私はミラの言葉を継いで答える。
「どちらも男性を戦場に向かわせない配慮だ」
この世界において、男性は戦場で戦力にならない。
だから男性貴族が戦場へ向かわなくてよいし、大半が女性貴族であるこの国において配偶者は男性である。
どちらも男性を戦場へ向かわせないようにするための制度だ。
シャパド領主はそれを上手く利用して、自領の戦力を確保したわけだ。
「よくわかんねぇけど、強い奴がいるって話だろ? みんなでいけば負けないだろ」
リューは楽天的にそう述べる。
「……物申したい所はありますが、初手はその予定です」
ミラは溜息を吐いてから答えた。
「一転突破するという事か?」
「突破するというより、目標を将の一人に絞ります。相手がこちらの存在に気付いていない内に、将の一人を奇襲して撃破するのが目的です」
「ほらな」
得意げに言うリュー。
何が「ほらな」なのさ?
「ま、俺一人でもなんとかなるかもしれねぇけどな」
「多分、相手は子供の頃のゼルダより強いぞ」
「うぐ」
私の言葉で昔の事を思い出したのか、リューは言葉に詰まった。
その間に、ミラは話を再開する。
「三人の妻は領主の護衛はもちろん、領内の治安維持も担っています。
基本的に三人は別行動であり、現状ならば単独で行動している所を狙う事は容易いでしょう。
それを撃破。
相手はそれに対して要所への防備を固める可能性が高いので、私達は戦力を分散して取れそうな場所を占領します」
「そんなお前の言う通りにいくか?」
リューが懐疑的に問い返す。
「今までもそれなりに力は見せたはずです」
「でも言う事聞いて兵士に囲まれた事あるし」
「あなたが間違えて兵舎につっこんだだけでしょう」
冷静に返すミラだったが、口の端がヒクついているのが見えた。
ちょっとイラついているのかもしれない。
言う事を聞かないと前にも言っていたからなぁ。
「確かに今はまだ空論です。想定外の行動に出る事もあるでしょう。ですが、どのような行動に出ても私は都度その上を行き、勝利を掴み取ってみせます」
「だ、そうだ。実際、今まで大丈夫だったんだろう? リュー」
私は問いかける。
「そりゃあな。でも、俺達の活躍だってあるはずだぜ」
「そうだとも。君達は強いからな。思いがけない事があっても、どうにかしてくれるんだろう?」
「もちろん。俺達に任せろよ」
リューは立派な胸を張ってみせる。
「では、グリアスからの情報を待って襲撃をかけます。いつでも動けるよう準備をしておいてください」
ミラのその言葉で場は閉められ、会議は終わった。




