五十二話 ある町にて
湯船に浮かぶ魔力袋は半ばよりも上が湯に浮いていた。
さながらゴムボールを湯に落とした時のようであった。
これは魔力が湯に対して比重がかなり軽いからだろう。
やはり魔力が浮力を持っているという私の仮説は正しいという事……。
そんな事を考えながら、私はベンチに腰掛けていた。
古い町にある古い噴水を中心に据えた広場。
そうしていると、一人の女性が隣に座った。
気重ねた衣服にケープを乗せた肩、長いスカートはくるぶし近くまでを隠している。
この国でよく見かける、農村に住まうごく普通の村娘のいでたちだ。
流石と言うべきか、胸のサイズだけ普通ではない。
色素が薄く灰色に近い髪色に、淡い青の瞳。
作る表情は物憂げで、しかし険しさも混在していた。
「やぁ、元気だったかな」
「そんなものはないかな」
「元気そうでよかった」
答えると、彼女はかすかに口の端を歪めた。
「見つけたの?」
「まだだよ。今日は定期連絡に来ただけだ。だけど、そう遠くない」
「信じていいんでしょうね?」
「もちろん」
「わかったわ」
女性はベンチから立ち上がる。
「おや、ランチでも一緒にと思ったんだが?」
「必要以上に馴れ合うつもりはないわ。私達は仲間というわけではないのだから」
「それはそうだ。目的が同じだというだけ」
「そういう事よ。じゃあね」
「ああ、また会おう。ハジキ」
私の言葉に手を振り替えし、けれど振り返らずにハジキは去っていった。
用事が済んで、時間も余った。
これからどうするべきか……。
そんな事を考えながら何気なく視線を動かすと、面白いものを見つけた。
立ち上がってそちらに向かう。
それに気付いた相手は、そそくさと逃げ出す。
その相手に向けて、人差し指と中指を揃えて指し示す仕草を取って合図する。
早歩きで人に紛れながら逃げようとする彼女は、人垣が途切れると路地の奥地へ逃げ込もうとする。
それを追いかけて私も路地の中へ足を踏み入れた。
「どうして逃げるんだい、シロ」
相手に呼びかけながら、走り出したシロを追いかける。
「ぎゃー! どうして追いかけてくるんです!」
「話がしたいからだろぉ」
「シロは話したくないですよ!」
悲鳴じみた声を上げながら、彼女は路地を逃げていく。
入り組んだ路地で相手を見失っても、その声でなんとなくどちらに逃げたのか把握できた。
「つれないなぁ。友達だろう」
「と、友達ですけど! ぶっ」
声のした先へ辿り着くと、クローディアがシロを壁へ体を押し付けるようにして拘束していた。
先ほどの合図で、しっかりと私の意図を察してくれていたようだ。
「友達だと言ってくれるから、顔を合わせられないんですよ……」
私から視線を外しながら語るシロと距離を詰めた。
クローディアはシロの両手を後ろ手に拘束したまま、私に向き直らせた。
「どうして?」
「だ、だって……」
「昔、襲撃された時に、君は僕を狙わないでくれただろう」
私が言うと、シロはようやく私と視線を合わせた。
その表情には驚きがあった。
「知っていたんですか!?」
「ああ、もちろん。そんな君が顔を合わせられないなんて事があるか?」
そう問いかけると、シロはまた目を泳がせてから視線を逸らした。
「そ、それを知ってるって事はシロの正体も知ってるって事ですよね。やっぱり、顔を合わせられないですよ! だって、だって……友達に恨まれるかもしれないなんて、嫌です!」
「恨まれる? ああ、君がバルドザードの幹部だという話か? 僕の父親を殺したかもしれない相手だと?」
シロは絶望した表情になり、顔をうつむけた。
「大丈夫だよ、シロ。そんな事は疑っていない。殺したのは君じゃない。ちゃんとわかっているさ」
安心させるよう、静かな口調で彼女の耳元へ囁く。
「ど、どうしてシロを信じてくれるんですか?」
「僕にも独自の情報網があるって事だよ」
そういうと、シロは少しだけ緊張を解いた。
「本当に、怒ってないんですね。……まだ、友達だと思ってくれているんですね」
どこか不安な様子を見せながら上目遣いで、シロは確認するように問いかける。
「もちろんだ。ああ、せっかくだ。ランチをどうかな? 実はもうお腹ペコペコなんだ。いつもここへ来た時に食べるサンドイッチの店があるんだが。あそこはこの辺りで一番ベーコンを厚く切ってくれてる。それにレモンベースのソースも良く合うんだ。口の中で味が弾けるようだよ」
「ご、ご一緒します。……よろしければ」
私達は店へ向かって歩き始める。
「でも、どうしてそんなに詳しいんですか? ここは、バルドザード国内ですよ?」
当然の疑問をシロは口にする。
「そりゃあ、用事があってたまに来るからさ」




