五十一話 ロッティ包囲結界
私は部屋に訪れた。
王城にある私の自室だ。
今となっては殆ど利用する事のない部屋である。
今日のように、会議で集まる時でもなければ。
一人になるのは久しぶりだった。
この城にいる間、クローディアは護衛の任を解いている。
ベッドに横たわり、部屋の中を見回す。
二年前から、何も変わらない部屋だ。
それでも掃除だけは行き届いていた。
目を閉じると、自然に意識が眠りに落ちた。
どれだけの時間を睡眠に費やしたかわからないが、目覚めると窓から見える景色から光が消えている。
「お風呂でも行こうか」
外へ出て、部屋の外に待機していたメイドさんに湯を沸かしてほしいと伝える。
湯が沸いた事をメイドさんが伝えに来てくれるのを待ち、大浴場に向かった。
脱衣場でさっと服を脱いで中へ入る。
「ふー……」
自分の領城にも風呂はあるが、ここまで広くない。
湯を節約するために、布で清める事の方が多いし。
だから気持ちが良い。
気分も良い。
実家のような安心感とはまさにこれか。
もう少しで歌いだしそうな気分の良さに浸っている頃、入り口の開く音が聞こえた。
そうしてぞろぞろと人が入ってくる。
「一緒に入らせてもらうぞ」
そう言って、先頭を歩くゼルダが湯に浸かる。
裸になった彼女の胸元には、大きな傷ができていた。
二年前の戦いで負ったものだ。
「久しぶり、お姉様」
続いてグレイスも湯に入ってきた。
グレイスは雰囲気こそ変わらないが、身長が伸びて姉妹の中で私の次に身長が高くなっていた。
「お久しぶりね」
「お姉様」
最後に、カルヴィナとスーリアも入ってくる。
この二年で一番変化したのは彼女達だろう。
二年前の戦いで何を思ったのか、カルヴィナはばっさりと髪を切り、逆にスーリアは髪を長く伸ばすようになった。
そのおかげで、どちらがどちらか見分けがつきやすくなった。
正直に言うと、今の彼女達の方が私には馴染みがあった。
ゲームにおける、リシュコール四天王そのものの容姿に変わったのだから。
私がゼルダに返事をする間もなく、四人は私の四方を囲うように風呂へ浸かった。
この二年で育った姉妹達の魔力袋が私を威圧し、実際のサイズ以上の圧迫感を与えてくる。
何これ?
風呂入るだけなら私を囲む必要ないじゃん。
どうにかその囲いから抜けようとするが、行く先にいたグレイスに道を塞がれる。
ん、これは逃げられない。
「みんな揃って、何か用なのか?」
「お前が話し合いから逃げるからだろうが」
「機会を改めて欲しかっただけなんだけどなぁ。僕だって人間だ。気分の乗らない時はある」
「グレイスも、お姉様と話したいと思ったから」
ゼルダではなく、グレイスが代わりに答える。
「みんな話がしたいから、一緒に行こうって話になったの」
グレイスはおずおずと続ける。
「わかった。のぼせる前に話をしよう」
私は諦めて、みんなの話とやらを聞く事にした。
「お姉様、どうして家に帰ってこないの?」
「忙しいからかな」
「そういう事じゃなくて……」
グレイスはもごもごと口ごもる。
「グレイスが訊きたい事はそういう意味じゃない。お前は最近、家族を避けているように感じるんだ。いや、最近じゃないな。二年前から、お前は極端に家へ帰ってくる事を避けているだろう?」
「そんなつもりはないんだけど」
「王城にも報告会でしか帰ってこない。帰ってきても仕事の話をして領へ戻るだけ。話しかけても早々に切り上げて逃げようとする。避けていないは無理があるんじゃないか?」
意識していなかったけど、そうなのかもしれないな。
「忙しいんだよ。ゼルダも領主になったならわかるだろぉ? この国の先行きも、民の暮らしも、全部僕の肩に乗っかってるんだ。おちおちと休んでいられない」
「そういう主張をするのならそれでもいい。だが、もう少しママにも歩み寄ってやれ」
「向こうがそうしたがらないだけだよ」
「馬鹿を言うな!」
ゼルダは怒鳴った。
風呂場に強く反響して耳が痛いくらいだった。
「ママはあの日口走った事を後悔している。仲直りしたいとも思ってる。私でも気付いているんだぞ! お前が気付かないわけないだろう! なのにお前はそんなママと話す機会も作らせない! 機会ぐらい与えてもいいだろう?」
「そうなの? 僕にはわからなかった」
答えるとゼルダは溜息を吐いた。
「お前も怒っているのかもしれない。許せない気持ちもあるのかもしれない。それでもいい。少しでもいいから親子として接してやってほしいんだ」
……本当は、わかってるんだけどね。
ママは今も私に愛情を向けてくれている。
それはありがたい事だ。
「話は終わりだね?」
私は言いながら、グレイスの乳首をくりくりと弄んだ。
「あっ……」
声を上げてびくっと震えるグレイスの隙を衝き、囲みを突破する。
「おい! わかってくれたのか?」
「心には留めておくよ」
答え返して、私は風呂から出て行った。
火照った体を冷ます為に、バルコニーに出て涼んでいた時だ。
「「お姉様」」
私を呼ぶ声がステレオに聞こえた。
視線を向けるとカルヴィナとスーリアがいる。
二人は昔、同じドレスを着ていて見分ける事が難しかった。
不思議な事に、生まれた時から知っている家族はみんな見分けがついたけれど。
外見的な特徴があるわけでもないのに、なんとなくわかるのだ。
けれど今の二人には明確な見た目の違いがある。
髪の長さが違うだけでなく、その服装も代わっている。
カルヴィナはマニッシュな服装で、スーリアは前以上にガーリッシュさに磨きがかかっている。
どちらもゴスロリ風で、共通するのは黒いアイラインだ。
ただでさえ白い肌には、黒いアイラインが良く映える。
……こいつら、これから寝る時間だろうにばっちりメイクしてんのか?
まぁいい。
「前々から訊きたかったんだが、どうしてイメチェンしようと思ったんだい?」
二人にそう声をなげかける。
「悔しいからよ」
「勝ちたいからよ」
二人は答える。
「私達、負けちゃったの。あの戦場で」
「あの王様に」
「私達は同じ強さで」
「同じぐらい賢いけれど」
「それでも負けちゃったの」
「それでも勝てなかったの」
「だから同じぐらいじゃダメなの」
「だから私達、同じじゃない強さがほしいの」
「私は強さを」
「私は賢さを」
「別の方向に高めようと思ったの」
「突き詰めようと思ったの」
「偏ってしまう私達だけれど」
「それでも戦う時には二人で一人よ」
「突き詰めた強さと賢さで」
「今以上の私達になれるわ」
つまり、肉体労働と頭脳労働で役割を分けたという事か。
それで強くなれるのか、私にはわからない。
でも、二人には確証があるのだろう。
「「私達も質問していいかしら?」」
「どうぞ」
「「お姉様は、どうして反乱軍を作ったの?」」
思考が一瞬停止する。
そんな素振りを見せた覚えはない。
気付かれる要素なんてなかったはずだ。
「反乱軍はリュー達なんでしょう?」
「リューとお姉様は友達なんでしょう?」
その情報は、今まで城に持ち帰った事がない。
いや、ゼルダには話したな。
そこから感づいたか?
だとしても、私が反乱軍を作ったなんて考えに行き着くか?
「「やっぱりそうなのね」」
双子はお互いの手を合わせて嬉しそうに言った。
「「良いわ良いわ、詳しく話さなくても」」
「いつでも理性的なお姉様だもの」
「理由があるのよね」
「お母様を遠ざけるのも、きっと理由があるんでしょうね」
「その方がお得だって、考えている事があるんでしょうね」
そうでもない。
ただ、過剰に傷つける趣味がないだけだよ。
今ママと仲直りしたら、余計に傷つけすぎてしまう可能性がある。
それは私の感傷的な理由だ。
「面白そうね!」
「楽しそうだわ!」
「「私達も、一口噛ませてほしいわ」」
私は肩を竦めた。
「意味深な考察をどうも。ま、思うだけなら自由さ」
私に答えられたのはそれだけだ。
余計な事は言わない。
多分、この二人には証拠どころか根拠すらないだろうから。
「お祭りがある時は声をかけてね」
「私達も一緒に行きたいわ」
始めから私の言葉など聞いていないかのように、二人は振舞う。
「君達は、姿を変えても中身が変わらないな。新しいコンセプト的にそれでいいのか?」
二人は顔を見合わせた。
「「私達は同じだもの。同じだからこそ、別々の事をしても一つに戻れるのよ」」




