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五十話 定期領主会議

 リシュコール帝都、王城にて定期報告会が行われた。

 各地の領主達が集まり、領の現状を報告する。

 報告会の様子を睥睨しつつ玉座に座るのは、二年前の戦いから公私の衣服を軍装と定めたリシュコール皇帝ゼリアである。


 絶えず放たれる威圧感により、重苦しい空気の満ちる空間で領主達は緊張を強いられていた。

 緊張を見せない領主は私以外に二人。


 一年前に拝領し、領の経営を始めたゼルダ。

 そして、シャパド領主。

 この国では数少ない男性領主だ。


 贅で培われたであろう不摂生を惜しげもなく押し出したような外面をしている。

 脂肪で弛んだ顔は脂でテカテカと光っていた。

 彼は他の領主の報告に興味がないようで、ゼリアを盗み見ていた。


 その視線はどこか粘つくようで、ゼリアを皇帝としてではなく女として見ているように思えた。

 その様子を見ていると少し……いや、かなり不愉快な気持ちになる。


 いつもはジークリンデも参加するが、手が離せない公務があるのか今日はいない。


「我が領は例によって寒冷地のため作物は望めませんが、大型蒸し風呂施設の観光収入で税収を賄っております。経営は順調であり、今しばらくは安定した税収をお納めできるかと思います。これにて、報告を終わります」

「ご苦労」


 一人の領主が報告を終えると、座る間際に私の方をチラリと見た。

 私はそれを無視する。

 彼女とは繋がりをもっているが、他に悟らせるつもりはない。


「次はロ……ディナール領主」


 ゼリアに促され、私も報告を始める。

 領主達の視線が私に注がれる。

 そんな中、私が報告する内容は改ざんされたものだ。


 国の規定値よりも多いが、本来の収益よりもかなり抑えられたものである。


「以上になります」

「うむ」


 報告を終えて着席する。

 次の領主が報告を始める。

 シャパド領主だ。


 回されてきた資料を目にしつつ、シャパド領主の報告を聞く。


「見ての通り、我が領は普段通り。税収も作物も潤沢であり、国への供給も潤滑に行えます。どれでも最高の状態と言えます」


 口だけでなく、彼はいつも結果をもたらしている。

 税収は改ざんする前の私の報告書より多い。

 シャパド領が広い土地を有しているが、きっと理由はそれだけではない。


「確かに、国としては喜ぶべき事だ。この結果をもたらし続けられるなら、どのような手腕を振るっているかは問わない。何か褒美を取らせてもよいくらいだ」

「であるならば、僭越ながら。公のみならず、私的にも懇意にしたく……。お食事でもいかがでしょう?」


 個人的にお付き合いしたいって事?


 それに対して、ゼリアは嫌そうな顔を隠そうともしなかった。


「……正直に言うと、私はお前があまり好きじゃない。他の褒美を考えておけ」

「これは手厳しい」


 しかし、シャパドは気分を害した様子もなく笑顔で答えた。


 ゼリアに女性としての価値を見出す男性も珍しい。

 男性からすればこれほど恐ろしい存在もないであろうに。


「次だ」


 次の領主の報告へ移る。


「税収がずいぶんと減っているようだが?」


 ゼリアの指摘に報告していた領主が青ざめる。


「は、はい。しかし、これは我が領で盗賊の被害が出ているからでして……」


 ゼリアがバルドザードと戦いに集中し、目が届かないと知るや今まで大人しかった賊の類が活発に動き出すようになっていた。


 しかしまぁ、彼女の領を襲っているのはリューの反乱軍だ。

 私は優秀な領主と手を結ぶように動いているが、彼女はその誘いを突っぱねた。

 手腕は良いので放っておけばしっかりと結果を出す人間であり、だから報復として貶める必要があるのだ。


「ならば対処せよ」

「しかし、私には私兵が少なく」


 国で対処してくれる事を期待していたのだろう。

 しかし、ゼリアは領主を睨み付けて告げる。


「賊如きに遅れを取る者を抱えるつもりはないぞ」

「は、はい! 速やかに対処致します」


 国として反乱軍に対処するつもりがないのか。

 それは少し困るなぁ。

 本来(ゲーム)では、とうに国軍がリュー達の討伐に動き出している頃だ。


 つまりこれは歴史の歪みであり、手放しに喜べる状況でもなかった。

 外敵がいるから、そちらに戦力が割けないというのは当然と言えば当然だが。

 まともに考えればゲーム展開の方が、非合理的だ。


 何故そうなったのか、その理由は把握しているが……。

 この問題はどうするべきだろうか……?


 問題はそれだけでなく、私の知るゲームの姿と今のリュー達の姿が違う事も気にするべき点だ。

 一作目の時……というより、続編のキャラデザインに近い風貌になっている。

 続編は一作目の一年後という設定があるので、恐らくこの世界は一年ほど時間がずれているのだろう。

 原因は恐らく、パパが死んだ時期だろう。


 初めて私がシロから襲われた時。

 本来はあの時に狙われるのは私ではなくパパで、その時にパパが死ぬはずだった可能性がある。


 だから一年ずれているのではないか、と私は予想している。


 このずれが今後どう影響するのか?

 どう対処するのが正解なのか?

 それを考えると溜息が出る。


 ゲーム展開に沿うよう頑張っても、すでに取り返しがつかないという事もあるか。

 その時にどうするかという事も考えておこう。


 そんな事を考えている間にも、他の領主達が次々に報告を行っていった。


「追って、これからの処遇を通達する」


 全ての報告が終わり、ゼリアは宣言する。

 処遇というのは、領主達の進退についてだ。

 今の方針では、劣っていると判断された領主はすぐに首を挿げ替えられるからである。

 不備を指摘された領主達は意気消沈した様子でうな垂れていた。


 その宣言の後、ゼリアの退室を以って会は終わる。


 領主達がそれぞれ雑談を始める中、一人の領主が私に近づいてきた。

 ヴィブランシュの領主、ミラの父親である。


「娘はご迷惑になっておりませんか?」


 挨拶を交わし、他愛無い雑談を挟んでから彼は問いかけた。


「彼女は優秀です。助けられる事ばかりですよ」

「ならよかった」


 ヴィブランシュ領主は安心した様子を見せる。

 そんな折、もう一人近づいてくる。

 それに気付いたヴィブランシュ領主は別れの挨拶を述べて離れた。


「ロッティ。話をしたい」

「いいよ。ゼルダ」

「場所を変えよう」


 ゼルダに言われ、部屋を出る。

 誰もいないバルコニーへ向かった。


 ゼルダに短剣を渡す。


「これはパパの?」

「魔力を補充してくれないか?」


 ゼルダは了承し、短剣を手に取った。


「それで?」

「ああ、そうだな……」


 なんとも歯切れが悪い。


「領主の仕事について、一つ二つアドバイスがほしい。私も拝領したはいいが、ロッティほど上手くできなくて」


 先ほどもゼルダは、申し訳なさそうに規定値を下回った税収の報告を行っていた。


「最初なんてそんなもんさ。陛下がゼルダを外す事なんてないだろうから、ゆっくりノウハウを培っていけばいいと思うよ」

「だからこそ申し訳ないんだがな。それに、自分の不徳で民が苦しむのも見ていられない」


 これも歪みだな。

 ゲームでの彼女は、民の事など考えていない圧政者だった。

 庶民(リュー)と友誼を結んだ事が、民を思いやる土壌となったのだろう。


「ゼルダは前線にも出るのに、領主までやるのは大変だな」

「ほぼ代官にまかせきりなんだがな。しかし、お飾りのままというのも良くないだろう」

「戦況はどうなってる?」

「相変わらず一進一退だ。少しでも維持できるよう今回は伯母様が残って指揮を執ってくださっているが……」


 まぁ、それだけで維持はできないだろう。

 人材が不足している。

 呪具使いが相手では、並の武将で対処できない。


 聖具使いで当たるべきだろうが、リシュコール側の使い手が四天王だけだから布陣に穴ができてしまう。

 何よりその四天王すらまだ聖具使いとして未熟だ。

 ゼリアが単独での運用を許さないのも問題だ。


 攻め手に欠けるし、守りも不足。

 ゼリアならどちらもこなせるだろうが、一点だけでは層の厚い呪具使いに対応しきれない。

 それでも戦況は拮抗しているが、バルドザードの狙いがその拮抗なので状況は不利だ。


 個人的に、その状況を焦る事はないんだけど。

 私の目的を果たすためには、むしろ都合はいい。


「それで、ゼルダは私に何を聞きたいの?」

「ああ、そうだな。とりあえず、収穫物について。収穫量が驚くほど増えなくて――」


 それからしばらく、ゼルダの相談にアドバイスをした。

 相談が一段落した時である。


「ありがとう。参考にしてみる」

「うん。頑張って」

「ところで、リュー達とは仲良くしてるか?」

「してないよ。今は全然会ってない。子供の頃の縁がそのまま残るとは限らないでしょ。それに、身分が違うし」


 ゼルダはショックを受けたような表情を作る。


「……じゃあ、ディナール領に圧政を敷いているというのは本当なのか?」

「そうだね。他の領に比べても厳しいくらいにしているかなぁ」

「どうして……!?」


 私はわざとらしく溜息を吐いた。


「今は国力を上げなくてはならない時期だ。民達から少しでも税収を搾り取らなくちゃならない。わかるだろぉ? 戦地に出てる人間なんだからさぁ」


 ゼルダは言葉に詰まる。

 それでも納得できない様子で、反論を試みた。


「でも、お前なら私と違って民の負担を抑えながら利益を出せるんじゃないか?」

「民の負担を考えない方がより多くの利益は出せるんだよ」

「そ、それはそうだろうが……」

「やりたいならゼルダがやればいいだろぉ」

「疎遠になったとしても、友達だったはずだ。なのに、そんな相手を苦しめるような事をするのか?」

「身分が違うんだ、身分が」

「……やっぱり、聞いていた通り本当の事だったんだな」


 ゼルダは険しい表情で呟く。


「誰に聞いたのかな?」


 そう問い返すと、ゼルダは戸惑いを見せた。


「そ、それは……」

「もしかして、リューに会った?」

「いや、そんな事は……」

「もし会ったなら教えて欲しいねぇ。陛下には報告していなかったけど、彼女は今国に反逆行為を行っている犯罪者だ。見つけたら、捕まえなくちゃならない」

「……! み、見てない。会ってない」


 ゼルダは隠し事ができないね。


 きっと、リューと会って話を聞いたのだろう。

 こういう場合を想定して、カバーストーリーを決めて徹底的に教え込んでいた。

 リューの事だから、うっかり本当の事を言いそうだと思っていたけれど。


 でも、ちゃんと私の思惑通りにいったようだ。

 私と反乱軍の繋がりがバレないように、その辺りはちゃんとしておかなければならないのだ。


「そ、ならいいんだ。話は終わりだね」


 私はゼルダの手から短剣を取り上げ、彼女から離れる。


「待て、まだ話したい事がある」

「今度にして」


 呼び止めようとするゼルダを意に介さず、私はバルコニーを出た。

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