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閑話 反乱軍

 今回は今日と明日に分けて更新させていただきます。

 マコトを独房から助け出したのは、ジーナという女だった。


 真夜中に音もなく独房の扉は開かれ、ジーナは事も無げに中へ入ってきた。

 明らかに城の人間ではない風貌の女性にマコトは警戒心を働かせたが、四肢を枷で壁に固定された状態では何もできなかった。


 ジーナはおもむろにマコトへ近づくと、枷の鍵穴を針金でこちょこちょと弄った。

 それほど時間をかけずに、枷が外れる。

 その行動で、マコトは彼女が自分を助けに来たのだと悟った。


 だとしても、誰がこんな手引きをしたのだろう?

 孤児院の防衛に協力してくれた仲間もみんな捕まった。

 他の仲間も、領城へ潜入するだけの力はないだろう。


 そんな事を考えている内に、マコトの枷は全て外された。


「あんたは?」


 問いかける言葉。

 それを遮るように、人差し指を口に添えられる。


「出てからでも遅くない」


 見ず知らずの相手だ。疑いはある。

 しかしジーナの行動は、信じる動機として十分な物だった。


「もう一人……。母さんも助けて欲しい」

「……いいだろう」


 提案を飲んでくれたジーナと共に、ヨシカを探し歩く。

 その道中には、気を失った牢番が転がっていた。


「あんたがやったのか?」

「邪魔だったからな」


 何気なく答えるジーナ。

 彼女はそう簡単に言ってのけられるほどの手練(てだれ)なのだろう。


 そうして、ヨシカの独房を見つける。


「母さん!」


 ヨシカを見つけられた喜びから少し大きな声が出た。

 ジーナは「静かに」と嗜め、マコトも素直に「ごめん」と謝った。


「マコトか」

「助けが来てくれた。早く逃げよう」

「いらん。お前だけ逃げろ」

「どうして!」


 ヨシカは溜息を吐く。


「物事の責任を取る人間が必要だ」

「責任って……」

「取らねば、どこへ責任の所在を求められるかわからない。責任の重い人間が逃げれば、次に矛先が向くのは縁者と相場が決まっている」


 縁者、と言われてマコトは孤児院の子供達が思い浮かんだ。


 事件の首謀者は自分である。

 今回に関してはヨシカも手を貸した。

 その両名がいなくなれば、どこに責任を求められるかわからない。


 残る縁者が孤児院の子供達だけならば、そこに罰が行く事も十分に考えられた。

 いや、その可能性以外にない。


「そんな、悪いのは俺なのに……」

「お前は考えが足りない。いいか? 俺達の流派は無心で打ち込む事を基本としている。だから、あえて考えを捨てさせるように教えたのは俺だ。だが、あくまでも基本だ。無心なだけでは最高の手音には至れない」


 手音は、ヨシカの流派において重視される考えだった。

 正しい打ち込みが成せているか否かを音で判断するからである。


「これからは考えろ。その上で、打ち込む際に雑念だけを捨てられるようになれ。さぁ、行け。

 これが俺からお前に贈れる、最後の教えだ」

「でも、ここに残ったら母さんが……」

「気持ちだけで動くんじゃない。納得しなくていい。理解はしろ」


 恐らくこれが今生の別れとなるだろう。

 それを思うと、マコトの目じりに涙が滲んだ。


「長居はここまでだ」


 ジーナに促され、マコトは牢から離れようとする。

 しかし、一歩経たぬ内に足が動かなくなる。


「行け!」


 ヨシカの強い口調に押されるように、マコトはようやく歩み出す事ができた。




 それからはジーナの手引きで、マコトは無事に脱出する事ができた。


 城を出て、町を出て、領を出た。

 領を出るのは初めてだった。


 そうして案内されたのは、森の奥。

 隠れるように造られた野営地だった。


 丸太を椅子代わりに座っている女性の元へ、マコトは案内される。

 その女性は目を奪われるほどに鮮烈な赤髪をしていた。


 ジーナに比べると小柄だが、しっかりと筋肉がついている。

 戦うための体だと一目見てわかる体つきだった。

 ボリュームのある赤髪は雄々しく見えるが、顔つきには可憐さを残している。


 そんな彼女の傍ら、地面に大きな長柄の斧が突き刺さっていた。

 それを見て、直感的に自分の持っているスルトと同種の物だと理解する。


『オーディン……。あまり関わりたくない相手ですね』


 背に負ったスルトが頭の中で語りかけてくる。


 女性は、マコトとジーナを見て笑いかけた。

 子供のような無邪気さと快活さで笑う。

 マコトはそんな感想を持った。


「そいつが例のやつか?」

「そのはずだ」


 問いかけられ、ジーナは答える。


「あんたは?」

「一応、ここで頭張らせてもらってる。リューって言うんだ。よろしくな」


 リューは立ち上がり、握手のために手を差し出した。


「いや、こっちもやる事があったからそのついでだ」

「やる事?」

「他の領地の農民をリオーに送り届けてた」


 それを聞いて、マコトの怒りがカッと燃え上がった。


「何でそんな事をするんだ!」


 マコトはリューに向けて殴りかかる。

 その拳をリューは受け止めた。


「何しやがる」


 笑顔から一転、イラついたような表情で言うリューの顎を空いている方の手でかち上げるマコト。


「リオーは農民を苦しめる場所なんだ! 農民を苦しめたいのぐぁっ!」


 マコトがリューに殴り返されてよろめく。


「馬鹿言ってんなよ、馬鹿が!」


 怒声を上げながら、間髪入れずにマコトを殴る。

 マコトもそれを受けながら、反撃の拳を振るった。


「このー!」

「オラァ!」


 金属を響かせ、火花を散らしながら、二人の殴り合いは苛烈になっていく。


 そんな二人の所に、反乱軍の団員に呼ばれたケイが駆けてきた。


「ケイさん、こっちです」

「うわ、派手ッスね」


 お互い、ノーガードで殴り合う二人を見てケイは少し引く。

 彼女が来た時、二人はお互いの頭に腕を回し合い、至近距離で顔を殴り合っていた。


「ジーナ、何眺めてんスか?」

「面白かったからな」

()めろッス!」


 ケイが怒鳴り、二人の間に割って入る。


「二人とも、()めるッス」

「うるせぇ!」

「引っ込んでろ」


 ケイは二人を引き離したが、それに怒った二人は同時にケイの頭を両端から挟むように殴った。


「あっ!」


 殴った相手がケイだと気付き、リューは一瞬正気に戻る。


「やめろっつってんだろ! ハゲ!」


 怒声を上げ、ケイはリューを殴り、マコトを蹴り飛ばした。


「何しやがる!」

「何なんだ、あんた! 邪魔するな!」

「つべこべ言わずかかってこいッス!」


 ケイは怒り、二人の殴り合いから三人の殴り合いに発展した。


「ジーナさん、止めてください」

「決着がつけば終わるさ。何、そんなに時間はかからんよ。殴り合いでケイに勝てるやつはここにいないからな」


 団員に乞われたが、ジーナはそう言って笑った。

 実際、その言葉通りになる。

 壮絶な殴り合いの末、ぼこぼこに殴り倒された二人と肩で息を切らせるケイが残った。


「いい加減にするッス。リュー意外と打たれ弱いんスから」

「お前が頑丈すぎるだけだろ」

「新入りちゃんも、あんまりやんちゃな事しちゃダメッスよ」

「誰が新入りだ! あんた達なんかと一緒にやってられるか!」

「何があったんスか?」


 そこでケイは詳しい話を現場にいた団員から聞く。


「あんな酷い場所に人を送り込むような奴らの仲間になんかなるつもりはない!」


 話を聞き終えたケイに、マコトは啖呵を切る。


「うーん、それは勘違いッスよ」

「何が勘違いだっていうんだ!」


 マコトとケイのやりとりを見て、リューが笑い出す。

 それに不快感を覚えたマコトは「何がおかしい?」と問い返した。


「俺も物は知らない方だけど、お前はそれ以上だな。他の領地に比べたら、リオーは天国なんだぜ」

「何だと?」

「お前、住民の半分が死体になってる村を見た事あるか?」


 マコトは言葉に詰まる。

 そんな物は見た事ないし、想像すると言葉が出てこなかった。


「俺は見たぜ。干からびた死体が転がっててよ、生きてる農民も骨と皮だけで誰が生きてて誰が死んでるのかわからねぇ有様だったぜ」

「死体だと思って目を閉じさせたら、「わしゃ生きとるよ」って言われた時はむっちゃビビッてたッスね」

「そいつは忘れろよ」


 ケイに口を挟まれて、リューは恥ずかしそうに返した。


「残飯みたいな飯食って、動き続けられる体力がないから何度もぶっ倒れて休み休みどうにか一日かけてずっと農作業して、余裕がないから転がった死体も片付けられない。まぁ、今はあの爺さんも他の領で元気に暮らしてるけどな」


 リューはマコトを見据えながら続ける。


「リオーではそういう事ないだろ?」

「……」

「俺も外を見て、俺達の育った領は幸せだったんだな、って思ったもんだよ」


 そう言うリューにケイが口を挟む。


「いや、うちの領も酷かったッスよね?」

「え、そんな事は――」

「酷かったッスよね?」


 リューの言葉を遮り、念を押すようにケイは再度言う。


「あー、そうだったな。ちょー酷かったな。だから、反乱軍を作ったんだよな。うちのロッティっていう領主がめっちゃ酷い奴だったんだよ」

「ロッティ? あんたら、ロッティの領の人間だったのか?」

「今は違うぜ。俺達のいる場所が、俺達の居場所だ」


 じっと見詰めるマコトの視線から、リューは目を逸らした。

 まぁ、そんな事はどうでもいい、と誤魔化すように言ってマコトと改めて目を合わせる。


「お前はリオーが酷い領って言うが、乳がでないせいで死んだ子供の亡骸を抱き続ける母親だの、他の家族を生かすために子供売っぱらう父親だの、見た事あるか?」

「それは……ない」

「それがありふれた光景になってたらお前、どう思う」

「ゆるせない……!」


 問われたマコトは、怒りに身を震わせながら答えた。

 その様子にリューは笑う。


「そうだ、ゆるせないよな。どうにかしてやりたいって思うよな。だから、俺はそういう人間をマシな領に移してる。咎められるなら、国の兵士と戦う事になったって構わない。お前はどうだ?」

「俺だって戦える」


 淀みなく答えたマコトに、リューは握手のための手を差し出した。


「言葉だけじゃ実感できねぇだろうが。俺達と一緒に行動してれば、何が本当かわかるぜ。どうする? 少しばかり、俺達と一緒にいるつもりはねぇか?」


 マコトは少しの迷いを見せた。

 しかし、それはほんの少しだ。

 すぐに力強くリューの手を取った。


「よろしくな、マコト」

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