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四十九話 掌の上

すみません。

一話分忘れていました。

 領城の一室。


「殿下、ご報告が……」


 ノックの後、オスカルの声が扉越しに聞こえてくる。


「どうぞ」


 クローディアがドアを開けると、オスカルが入室する。


「……殿下、何をなさっているのですか?」

「日課の運動だよ」


 私は上半身裸の状態で、壷いっぱいに詰められた砂の中に抜き手を繰り返す鍛錬を行っていた。


「それで、どうしたんだい?」

「はい。地下牢に繋いでいたマコトが姿を消しましたわ」

「そう……」

「驚かれないのですね」


 この世界の人間と言えど、並みの人間では鉄の扉を素手で破る事はできない。

 マコトはそれができる側の人間だ。

 素手でもできるだろうし、スルトを呼び出す事もできる。

 だから、そういった一部の人間のために、この世界の牢獄は基本的に獄内での更なる拘束を必要とする。


 マコトは独房の中で、手足を枷で壁に固定されていた。

 しかし、問題はできるかできないかの問題ではない。

 マコトは私に従わないだろう。

 そう思っていたからこそ、逃げ出した事に驚きはなかった。


「ヨシカさんは?」

「彼女は、残っておりますわ。どうやってマコトが逃げ出したのか、について()(ただ)しても話しませんが」


 マコトが逃げる時に、ヨシカへ声をかけないわけがない。

 その申し出をヨシカは拒否したのだろう。

 逃げ出した方法については、心当たりがある。


 私は服を着替え、地下牢へ向かった。


 ヨシカはクローディアとの戦いの末、マコトが敗れた事を知った時に大人しく投降した。


「開けて」


 ヨシカの独房を前に、牢番に要求する。


「よろしいのですか?」


 そう、牢番がオスカルに伺いを立てる。

 オスカルが頷くと、牢番も頷き返し、独房の扉を開いた。

 厚い鉄の扉が軋みながら開くと、闇の中に蝋燭の灯りが()す。


 照らされたその中に、ヨシカの姿はあった。


 独房の中へ私は足を踏み入れる。


「お久しぶりですね、ヨシカさん」

「ロッティか……。久しぶりだな」


 怒っているのではないかと思ったが、静かな態度でヨシカは応じてくれた。


「一緒に行かなかったのですね」

「責を負う人間は必要だろう」

「だから、マコトと他の子供達には手を出すな、と?」

「ああ。その代わりにくれてやる」


 そう言って、ヨシカは自分の首を軽く二回叩いた。


「俺としては手の内の全てを救いたいが、この身は二つに分けられない。この身一つで足りる方法しか選べない」

「それを困りましたね。首だけでは価値が下がる」


 ヨシカは興味深そうに目を細めた。


「首だけでは大損です。それならばいっそ、体ごと僕にくださいませんか?」

「……子供達は?」

「今後、あの孤児院は僕の預かりとします」

「人質か」

「あなたが裏切っても、手を出すような事はしませんよ。そういう態度の方が、あなたも好みでしょう?」

「食えない人間になったな。そう言っておきながら、平然と約定を破りそうだ。わかった。お前に従おう」


 私は口の端を歪めた。


「今後、マコトと戦う事になるかもしれませんがよろしいですね?」

「構わない。あいつと戦う時に、手心を加えられるのは俺だけだからな」




 後の事をオスカルに任せ、私はリオー領を後にした。

 クローディアとヨシカを加えての出立である。


 しかしそのまま自領に戻らず、北方の村へ立ち寄った。

 イツキが住んでいる村である。


 初めて訪れた時と比べて、村は人で賑わっていた。

 それらは皆、観光客である。

 というのも、この村にある施設が築造されたからだ。


 それは蒸し風呂をメインにした巨大な大衆浴場。

 蒸し風呂そのものはこの地方で珍しいものでないが、大衆浴場という文化が一般的ではないこの国においては珍しい施設だった。


 だからこそ、一度それを体験してみたいという観光客が多く訪れる事になった。

 ちなみに、建築からインフラ整備、街道の護衛に客の誘致まで私が行った事である。


 浴場に入ると、せっせと働くイツキの姿が目に入った。


「忙しそうだな、女将」

「あ、ロッティ様。ようこそ、おいでくださいました」


 深々と頭を下げるイツキ。


 この施設を造った時、私はイツキを管理人として抜擢した。

 昔なじみのよしみで……と言いたい所だが実際はボラーの心象を良くするのが目的だ。


「この度はどのようなご用件でしょう?」

「客として利用しに来ただけさ」

「わかりました。ご案内致します」


 脱衣所に案内される。


「いつもの場所です。もうお待ちになっていますよ」

「ありがとう」


 礼を言うと、イツキは仕事に戻っていった。


「蒸し風呂か、苦手だな」


 一緒に居たヨシカが一人ごちる。


「ヨシカさんは普段、湯に浸かってますからね」


 孤児院には大きい風呂があった。

 水は貴重なものなので、一般的には沸かした湯を使って布で清めるのが一般的だ。

 それでもあのタイプの風呂を使うのは、彼女の嗜好があるからだろう。


「俺に対して丁寧な言葉遣いはいらない。あんたは俺の雇い人になるんだからな」

「じゃあ、遠慮なく」


 浴場施設は一つの大きな蒸し風呂と個室の蒸し風呂の二種類がある。

 大きい方の蒸し風呂からは外へ出られるようになっており、そこから出ると囲いに覆われた敷地と川を利用して作った水風呂がある。


 正直、これを作るのに一番金がかかった。

 かなり遠くから水路を造ったので、その工事が大変だったのだ。


 この地域は気温が低く、絶え間なく流れ続ける水は冷たさを保つ。

 蒸し風呂で火照った体をそこに沈めるのはたまらなく気持ちがいいものだ。


 本当は浸かれる風呂も作りたい所だが、燃料にコストがかかりすぎるため断念した。

 温泉でも湧けば違うのだけど……。

 山も近いし、適当に掘ったら出てこないかな?


「二人は適当に風呂を楽しんでいてくれ」

「どこに行くんだ?」

「用事を済ませてくるよ」


 訊ねるヨシカに言い置いて、私は個室の蒸し風呂へ向かう。

 いくつかある木製のドアの内、「貸切り」の札がかかった一室へ入る。

 ドアを開けると、一段と濃い熱波と湯気がもわっと体にまとわりついた。


 中に入ると、壁と一体化した造りの長椅子に一人の女性が座っていた。

 女性はタオルを頭にかけていて、その顔は見えない。

 彼女は私に気付くと、陶器の壷に入った水を一口飲んだ。


 ドアを閉めて、私はその隣に座る。


「今回は君なんだな。調子は?」

「良好ッスよ。あたいはいつも元気ッス」

「ならよかった」


 タオルを取った女性の顔は、私の見知ったものだ。

 ケイである。


「王女様はどうッスか?」

「僕も絶好調だ。それより、すばらしい手際だな。ありがとう」

「なんて事ないッスよ」


 ケイは照れたように答える。


「彼女はどうだ?」

「リューとよく殴り合ってるッス。多分、気が合うんスよ」

「それは気が合っていると言えるのか?」

「リューは本当に嫌いな奴には声もかけないッスから」


 知らなかった。


「仲良くやっていけそうならそれでいいさ」


 そこからは定期報告を行い、今後の行動についての指示を出しておく。


「じゃあ、今後も頑張ってくれよ。反乱軍」

「わかりましたッス」


 マコトを領城から逃がしたのは、リュー達である。

 彼女達は今、反乱軍として活動している。

 ゲームの通りの展開だ。


 ゲームと違うのは、裏で私と繋がっているという事。

 というより、反乱軍を設立したのがロッティであるという事だ。


 始めから、マコトの説得に失敗すれば反乱軍にスカウトするつもりだった。

 つまり、全て私の手の平という事である。


 それどころか、今回は思いがけない事にヨシカまで仲間に迎える事ができた。

 最上の結果と言える。


 何故、こんな手間のかかる方法をとる必要があるかと言えば、目的のためである。


 私の目的は家族を守る事と復讐。

 それらを両立するために、この手段が一番良いと判断した。

 成功の可能性が高い。


 そのための策が現状である。


 私にはこの世界の知識がある。

 私の持つ最大の武器だ。


 しかしその知識を活用するには、前提とする条件が存在する。

 それはゲームと同じ歴史を辿る事だ。

 そのためには問題が二つ。


 反乱軍が存在しない事と私が生きているという事だ。


 ゲームの主役が反乱軍であるため、反乱軍が存在しなければ史実通りに進まない。

 本来ならばゲームの序盤で死ぬはずの私が生きている事でイレギュラーが発生する可能性がある。


 反乱軍の件は簡単だ。

 反乱軍を作ればいい。

 むしろ、より困難な問題を生むのは後者である。


 既に私は、今までの人生で様々な事を変えている。

 その一番の変化こそ、反乱軍の有無だろう。

 私がリュー達と友好を深めた事で、結成される事がなくなった。


 私の存在による歪みによって、こういう事が起こる。

 だから、その歪みを修正するために私は帝国側から反乱軍をサポートする立場になろうと決めた。


 本来なら、ミラのついていたポジションに近い。

 彼女もまた、ゲームでは帝国の人間として秘密裏に反乱軍へ援助を行っていたのだから。

 つまり、裏切り者だ。


 私が目的を果たすには、完全に状況をコントロールする必要がある。

 そのためならば私は裏切り者にでもなるし、自分にできる事は何でもする。


「そういえば、少し前にゼルダさんと会ったッス」

「ゼルダと? へぇ」


 リューとゼルダの顔合わせは、既に敵味方としてだ。

 こんな友達と偶然会った、みたいなノリで話されるような間柄ではなかった。

 歴史の歪みとして、まぁこういうありえない接触も発生するわけだ。

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