四十七話 想定外など想定外
倉庫での一件で、私はマコト達を逃がした。
「一週間待つよ。協力してくれるなら、それまでに領主の城へ来てくれ」
そう告げた私に、マコトは振り返りこそしたが答えを返さなかった。
「ああそれと、殴ってごめんよ」
マコトの仲間に声をかけると、彼女は怯えた様子を見せた。
逃げるように、マコトへ続いて闇の中へ消えていった。
それから一週間が経った頃だ。
孤児院に動きがあると報告があった。
彼女の行動は見張らせている。
あの後、マコトは孤児院に戻ったようだ。
きっと、私の言葉を真剣に吟味してくれた結果だろう。
期限内に逃げるのではないかとも思っていたが、意外な事に彼女は孤児院に居座っていた。
でも、返事がないという事は「お断り」という事だろう。
そう判断して、私はクローディアとオスカルを伴って孤児院へ向かった。
前に来た時と違って、孤児院の敷地で遊ぶ子供達の姿はない。
代わりに、マコトが一人。
入り口の門を望むように立っていた。
今日、私が来る事を予期して待っていたのかもしれない。
「酷いじゃないか。答えを反故にするなんて。待っていたのにさ」
「答えなんて解っていたじゃないか」
「でも、ちゃんと期限いっぱい考えてくれた。そうだろ? 腹が決まってたなら、逃げてもよかったのにさ」
「確かにそうだ。でも、俺に逃げるつもりなんてない」
「どうして?」
彼女がどう考えて、どんな答えを出したのか私は興味が湧いた。
倉庫で会った時と比べて、彼女はすっきりとした表情になっていた。
きっと、心のわだかまりが解けたのだろう。
「俺はずっと考えてた。あんたの話を聞いて、あんたの事情を……。いろいろ考えて、でもやっぱり俺は自分が間違った事をしたと思えない。だから、逃げない。逃げたくない」
「間違っているのは僕の方だと?」
「いや、あんたの言っている事だって、多分間違ってないんだろう。どちらかが正しければどちらかが間違っている。その考えが間違いなんだ。どちらが正しくても、食い違う事はある」
マコトの言葉に、私は思わず笑い出してしまった。
「何がおかしい?」
怒っているというよりも、困惑したような顔でマコトは私に問いかけた。
「いや、馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ、その考えは私の好みだったからさ……」
「……あんたは、そういう風に笑う方が似合ってる。すごく可愛らしく見える」
「ありがとう。君みたいに魅力的な子に言われると、惚れちゃいそうだ」
礼を言うと、マコトはどことなく顔を紅潮させたように見えた。
「それで、逃げないならどうする? 君のやった事は犯罪だ。協力してくれないなら、犯罪者を逃がす道理はないよ」
「俺達にあるのは腕っぷしだけだ。なら、俺達はこの力でここが自分達の居場所だと証明する」
なんかすごい事言うなぁ。
マコトはまだ、比較的知性的だと思ってたんだけどな……。
どうやら彼女も、パワータイプの性格猪突だったようだ。
「俺達、か。ヨシカさんもそのつもりなのかな?」
「俺がやってた事を話したら、しこたま叱られたけどさ……。それでも母さんは、俺を見捨てるつもりはないと言ってくれた。一人を切り捨てるくらいなら、全員助けるんだって」
一か八かですか。
自分勝手なのか、それとももしもの時にどうにかする算段があるのか……。
「領主と二人だけで来るとは思わなかったけど」
「クローディアは裏口に向かってもらった」
マコトは小さく笑う。
「そっちは母さんが守ってる。けど、そう言う意味じゃない。もっとたくさん、軍勢を率いてくるんじゃないかって思ってた」
「だとしたら、人手が足りないんじゃないかな?」
「もう一つの入り口は仲間達がバリケードを張って守ってるよ。前と同じだな。人質を取られないように、みんなで子供達を守った」
「人質、か……」
思い返せば、意外とオスカルは優しかったんだと実感する。
人質を取るだけなら、火矢をつがえた弓兵に孤児院を囲ませればいいだけなんだから。
「必要を感じないな」
「何だって?」
「君を屈服させるのに、人質なんて必要ないと言ったんだ。だからこそ、三人で来た」
オスカルが私の前へ出ようとするが、それを制して目配せする。
オスカルは軽く首肯して私の意図を汲み取る。
「そんな物がなくとも、僕は君に負けない」
マコトは表情を険しくした。
「前と同じだと思わない事だな。あの時はあんたを侮ってた。だが、今は違う」
「じゃあこれで負けたら、もう言い訳はできないね」
「俺は負けない。
……あんたは圧政で苦しむ人達の姿を見た事はあるか?
年老いた老人や病気で不自由な体でも、生きていくために体に鞭打って働く姿を見た事はあるか?
飢える子供を差し置いて、徴税のために殆どの食料を少ない対価で売り渡さなくてはならない親の姿を見た事があるか?
俺はたくさん見てきた」
苦しむ農民の姿、か。
オスカルは民の限界を見極めると言っていた。
確かにそれで民が死ぬ事は稀なのだろう。
資料で読む限り、死亡者も少ない。
しかしそれは本当に、限界まで酷使しているという意味でもあるのだろう。
死ぬか生きるか、死ぬよりはマシ、そのラインで彼女は統治を行っている。
だが、それでいい。
そういう事ができる人間こそ、私が求めていた才能だ。
「それで死人が出る事は稀だろう?」
「生きていられるなら、それだけでいいのか!」
マコトの大音声に、私は言葉を失う。
前に戦った時よりも、数段に強い気迫がこもっていた。
殺気とまではいかないが、それでも気圧されてしまった。
「この領で暮らす人々は領のためにただ生かされているだけだ。自分のためじゃない。誰も自分の幸せのためには生きられない。みんなが幸せになっちゃいけないのか? それは仕方がない事なのか? 俺はそう思わない! 思いたくない!」
みんなが幸せになってはいけないのか?
私もそう思うよ。
そうなってくれればいいと、本心から思う。
「……それを叶える手段が、国への反逆行為なのか?」
「俺は頭が悪い!」
私の言葉をぶった切るような、思いがけない返答に疑問符が浮かぶ。
「あんたみたいに頭がよければ、もっといい方法が思いつくのかもしれない。でも、俺にはまっすぐ進み続ける事しかできないんだ! だったらその方法を突き詰めてやる!」
言いながら、マコトはこちらへ手を差し出した。
何を? と思ったのも束の間……。
「だから! 力を寄越せ、スルト!」
その言葉と共に、彼女の差し出された手の平に片刃の大刀が握られた。
白銀色の刀身に炎を象った刃紋の走る大刀である。
「え……」
私は思わず声を漏らしていた。
想定外が過ぎる。
こんな時に本気出さなくてもいいじゃん。
その焦りと困惑をポーカーフェイスで隠し、笑みを塗装しマコトに挑む。
「行くぞ! ロッティ!」
来んな!
という本音を押し隠したまま、私もハンマーを構えた。




