閑話 マコトの気持ち
「マコト」
マコトを呼ぶ声は、夜のしじまにすぐ溶けるほどかすかなものだった。
身を潜める茂みの葉を揺らさぬよう、かすかな動きで声をかけた仲間に向く。
「どうだった?」
「表も裏も入り口は厳重だ」
最近、倉庫の警備が明らかに厳重なものとなっていた。
実行犯の捜査を行うため、兵士が積極的に動き始めてもいた。
それは丁度、ロッティがこの地に来てからだ。
無関係だと思う方がおかしいだろう。
本格的に追い詰めろという指示があったからだろう。
マコトはロッティに対して友情を持っていたし、彼女が自分達に対して酷い事をするはずがないと思っていた。
それはロッティがオスカルを領主として返り咲かせたという事実を知っても消し切れない気持ちだった。
けれど、状況が彼女の敵対を物語っている。
やっぱり敵になってしまったんだな、と思うと悲しさを覚えた。
変わってしまったんだな。
ロッティ。
なら……もう友達じゃない。
気持ちはこびりついていて、そんな事を思っても容易に引き剥がせるものではない。
もう友達じゃない。
そう心の中で呟くのも、これで何度目になるかわからなかった。
圧政に苦しむ民のために、マコトは同じ志を持った若者達と領の各地にある倉庫を襲撃していた。
今も、その活動の最中である。
「入れないか?」
気を取り直して問いかけるマコトに、仲間はにやりと笑みを返した。
「入り口はダメだが、倉庫の右手側に二階の窓がある。警備も二人だけだ」
恐らく、そこを入り口として見做していなかったために警備が少ないのだろう。
だが、そういう先入観がマコト達にとっては絶好の標的となる。
「どうする? どうせ運び出すにも兵士は倒さなくちゃならない。いっそ、先にやっちまうか?」
「中にどれだけ物があるかわからない。先に俺と……ハヅキだけで入って中を探ってくる」
ハヅキはマコトと同じく孤児院で育った幼馴染だ。
マコトほどのめり込む事はなかったが、ヨシカにも少し手ほどきを受けている。
仲間内ではマコトに次いで身体能力が高かったため、マコトと組んで切り込み役を買う事が多かった。
「わかった。ハヅキに声をかけてくる」
マコトは警備の兵士に気付かれぬよう、報告にあった倉庫の右手側に向かう。
件の窓と二人の警備を確認した。
その間に、ハヅキが現場に到着する。
「おまたせ」
「行こう」
小さく、そして短く言葉を交し合うと茂みから静かに飛び出した。
マコトは木刀を上段に構え、足音を立てないまま警備の兵士へ迫った。
「なんだ、お前ら!」
兵士がそれに気付いて声を上げ、佩いていた剣に手を伸ばす。
しかし、それよりもマコトの近づく方が速かった。
声を上げず、持てる全ての力を込めて兵士の頭を殴りつける。
そして、丁度剣を抜き終わった兵士の顎を返した木刀で殴りあげた。
倒れる兵士に覆いかぶさり、腕を押し付けて首を絞める。
締め落として意識を奪う。
後ろに視線を向けると、最初に倒した兵士をハヅキが締め落としていた。
首肯のみで意思疎通を終えると、二階の窓を見上げた。
マコトが壁を背にして手を組むと、組んだ手を足がかりにハヅキが跳躍する。
ハヅキが二階の窓枠を掴んで中に入ると、マコトへ向けて手を伸ばす。
マコトは単純な跳躍のみで窓の高さまで辿り着くと、ハヅキの手を掴んで窓から中へ入った。
倉庫の中には誰もいなかった。
中を探ると、倉庫いっぱいに詰まれた食料をすぐに見つけられた。
「マコト、金貨もあるよ」
ハヅキが言って指した場所には、机の上に置かれた皮袋があった。
皮袋の口は開き、金貨がぎっしりと詰め込まれた様子が見える。
「放っておけよ」
「わかった」
マコトは中に保管された小麦などの保存が利く食料を奪い、それを貧しい人々に分け与えている。
倉庫には食料だけでなく税金も保管されているが。
しかし、マコトはそれを持っていく事をしなかった。
作物は農民が必死に働いて作り上げたものだ。
盗むというよりも取り戻すという感覚があった。
けれど、金を盗むというのはマコトにとって「違う」と思える行動だった。
ヨシカは、今回の事で何もしようとはしなかった。
どういう気持ちなのかはわからない。
ただ、戦争とはそういうものだ、とよく口にしていた。
けれど、マコトはその言葉で納得する事ができなかった。
苦しんでいる人がいる。
多くの人が助けを求めている。
それに手を差し伸べる人間がいないなら、自分がその人間になるしかない。
その意思を以って、彼女は行動していた。
ヨシカは自分から動く事こそなかったが、マコトを止める事もしなかった。
そうしてマコトは有志を募り、活動を開始した。
兵士の動きはマコト達を日に日に追い詰めていく。
しかしそれでも、どうにかその隙を衝いて活動を行う事ができた。
その日も、どうにか兵士の目を掻い潜り、比較的警備の薄い倉庫に目星をつけたのである。
ほかと比べても、この倉庫は警備の数が少なかった。
警備を強化しようとしても、人の数に限りがあるという事だろう。
「運び出す。外に連絡をとって他の兵士を倒すぞ」
マコトの言葉に頷いたハヅキは、手の平から炎を出した。
彼女には炎熱の適正があった。
こちらを見ているであろう仲間達に向けて、炎の灯る手を振って合図をする。
「……おかしい。返事がない」
「何だって?」
ハヅキの声に、マコトは驚いて聞き返す。
その事について深く思考を巡らせる暇もなく、倉庫の正面扉が開かれた。
二人は咄嗟に物陰に身を潜める。
「マ〜コ〜ト〜ちゃん。遊びまぁしょお」
そんな声が、外から倉庫内に向けてかけられる。
マコトにとってそれは、聞き覚えのある声だった。




