四十五話 オスカル統治論
少し早いですが、今日と明日の二回に分けて更新させていただきます。
今日は二話分の更新があります。
私には二つの目的がある。
一つは家族を守る事。
もう一つはパパを殺した相手に復讐する事。
とてもシンプルな目的だ。
それを果たすためならば、私はどんな手段も選ばない。
そのためならば、私は友達を傷つける事も嫌われる事も許容する。
部屋のドアがノックされ、私はクローディアに視線を送る。
意図を察した彼女がドアを開けると、紙束を持ったオスカルが部屋に入ってきた。
「失礼します。あら殿下、何をなさっていますの?」
「日課の運動だよ。気にしないでほしい」
その時の私は上半身裸で中腰になっていた。
両手を前に突き出し、砂の詰まった壷をそれぞれの手で持っている。
ただ持つのではなく、指の力だけで壷の縁を掴んで下げ持っている状態だ。
ある有名なJCが映画でやってそうな鍛錬法だ。
一時間ほど続けており、今は体中汗まみれである。
「あら、そうですの」
私が運動を止めない所を見て、オスカルは続ける。
「昨夜はおくつろぎになれまして?」
「ああ、夕食のミートパイは最高だった。パイ生地がさっくり仕上がってて、あの歯ざわりがとても良かった。バターをふんだんに使っているからかなぁ? 風味も強くて中の具とよく合っていた。他の料理もよかったがあれは格別だ」
「気に入っていただけて本当によかった」
「用事はそれだけかなぁ?」
「ご報告に……と思いましたが忙しそうなので、時間を置いてからまた出直します」
「構わないよぉ。今訊こう」
かしこまりました、と頭を下げて、オスカルは報告を始める。
それはこの領地における彼女の政策とその結果についての報告だった。
正直に言えば、私に報告する義務など彼女にはない。
けれど私は、彼女にそれを義務付けている。
義務付けられる立場に私はあった。
彼女を再び、この地の領主に推したのは私である。
長くこの地で結果を出してきた彼女の手腕を腐らせておくのはもったいないと思ったからだ。
今、この国は少しでも多く民から搾り取れる領主が持て囃されている。
民の負担を考えて統治を行っていた領主の多くが罷免され、民を使い潰してでもより多くの税収を得られる領主に挿げ替えられた。
だから、経歴に瑕疵のあったとしても彼女をここの領主に戻す事は、過去のデータを元にプレゼンテーションすれば簡単な事だった。
ジョブスのように舞い、高田社長のように刺す私のプレゼンが功を奏したのである。
「収穫量は少し下がっていますが、徴税の規定値は十分に超えているため問題はありません」
「収穫量の低下は何が原因かな?」
「気候の変わり目になると栽培する野菜も変わりますし、人も調子を崩す事が多いのですわ。一概に決め付ける事もできませんけれど。翌月にはまた収穫量は戻ると思いますわ。気になるのでしたら、念のために詳しい原因の調査をしてみますか?」
「君の方が僕よりも統治への造詣が深い。そんな君がそういうのなら、信じるさ」
「恐れ入ります」
私は壷を床に置き、中腰のまま提示された資料を取る。
収穫量の数値にはバラつきこそあるが、それでも規定値を下回る事がない。
「たいしたもんだ。戦争税で規定も厳しいだろうに。一定の結果を出している」
「お褒めに預かり光栄です、殿下。ですが、今の方が平時よりもやりやすいですわ」
「何故?」
「いくつか理由はありますが、ある程度民に厳しくしても咎められませんもの」
「まぁ確かにそうだね。ただ、一つ気になるんだ。そのやり方では反発が強いんじゃないのかな? それでは困るんだ」
今は一部の経営上手を除いて、ほとんどの領主はこの考えの人間ばかりだろう。
より多くの収穫を得るために、民を酷使する事が美徳としてまかり通っている。
だがそれは、民の反発を生む。
度が過ぎれば、反発は反乱に変わるだろう。
他の領地がどうなろうと知らないが、私の息がかかった領地で反乱を起こさせるつもりはない。
「僭越ですが、殿下。統治者にとって大事なのは、民の限界を見極めてケアする事ですのよ」
「面白い意見だ。今後の参考に詳しく聞きたいねぇ」
正直、平時から圧政寄りの統治を行っていた人間の言とは思えない。
そんな彼女が語る統治論について興味が芽生えた。
「人は、あらゆるものを天秤にかけて生きているのですわ。たとえば、苦しさと死。現状、農民達は生活に苦しさを覚えていますわ。けれど、苦しくとも生きていける。死なないよりは苦しい方がマシ、そう思いながら生きていますの」
確かに、かつての資料を見ても農民に厳しい統治を行いつつも、死者の数は極端に少なかった。
これは管理していたため、という事だろう。
「理屈はわかるね。それで?」
「ですが、何事にも限界がありますわ。苦しさがあまりにも強ければ、死んだ方がマシだという考えに変わるのです。そうなった時、民は反乱を起こすのですわ。死んだっていい、命をかけてこの苦しみを終わらせてやる、そう思うようになるのです」
「そのラインを見極める事で、反乱を防ぐという考え方か」
「そういう事ですわ」
「しかし、その割に怒った孤児院経営者から攻撃を受けた事があるようだけど」
彼女の考えを念頭に置き、統治を行っていたとして……。
かつて、彼女に歯向かっていた人物がいた。
私の記憶が正しければ、徴税にあえぐ人々に頼まれて反発していたという事だったはずだ。
彼女の言を信じるならば、民の限界を見極められれば多少の労苦を課しても民は従うという事だったはずである。
「恐れながら、あれは特殊な事例ですの。自分の命の価値を軽んじる武芸者と少しの労苦で根を上げる怠け者達が手を組んでしまった結果ですわ」
オスカルが言うには、ヨシカが民とっての「楽な選択肢」になってしまっているのだそうだ。
多少苦しくとも生きていける道と抗って楽になれる道があれば、可能性が少なくとも楽を取ろうとするのが人間なのだと。
「もしかして、今も攻撃されていたりするのかな?」
「不思議と、ヨシカからは何もされませんわ。彼女も元は戦地に在られた方らしいですから、戦時中の采配について理解があるのかもしれませんわね」
そこまで言って、彼女は「ですが」と続けた。
「攻撃そのものはありますわ」
「ヨシカさん以外なら、誰だと?」
「わかっているのではありませんか?」
予想はついている。
私は笑顔で肯定を示した。
「それはともかく、わたくしはあの頃と統治方法を変えているつもりはございませんが、それでも他の領地はここよりも民の扱いが酷いですからね。反乱を起こされるのはお門違いですわ」
圧政によって反発を受けていた領地が、今や民にとって快適な部類になっているというのも皮肉な話だ。
「少し、この国は民に優しすぎたのですわ。確かにみんな仲良くは理想ですけれどね。今のような有事になれば、あっさりと状況は変わるのです。ここよりもむしろ、今までぬるま湯のような統治を受けてきた民の方が反発は大きいでしょうね」
パパは統治を円滑にすすめるため、民を労わるような統治を推奨していた。
自ら足を運んで視察を行っていたのも、確実にその統治を遵守させるためだった。
それが裏目にでているわけだ。
「雑談が過ぎましたわね」
「もう少し聞いていてもよかったんだがなぁ?」
「殿下は聞き上手ですので、このままではご報告が終わりませんわ」
「話が面白くて聞き入ってしまっただけだよぉ」
互いに微笑み合うと、オスカルは残りの報告を済ませた。
「よくわかったよ。それで、まだ農地はかなり残っているようだねぇ」
「ええ、ですからまだ人の受け入れはできますわ」
「すばらしい。けれど人が増えても収益は増やさなくていい。徴税は維持……いや、下げてもいいか。とにかく、民の負担を下げる方向で統治を行ってくれ」
「よろしいのですか? 今は、少しでも収益が欲しいはずですが」
「それがうちのセールスポイントだからね。人が楽な方に流れるというのは、君が言った事じゃないか。土地が余っていて人手が増える。なら、利益は十分にプラスだろう?」
人が増えて負担分を分散すれば、一人当たりの徴収分を下げても利益は上がる。
リオー領は土地も余っているのだから、人を増やす余剰はある。
土地が人員で埋まっても、さらに土地を分割してそれぞれの管理者から徴税できる。
領主がよほどの馬鹿でもない限り、利益は出せる。
この土地は農地が余っている。
人を集める事を専念した方が良いだろう。
「何なら、領で市場を経営するのも面白いかもな。生活必需品を割安で売れば、結果的に民からさらに税を搾り取れるぞ」
「面白い考えですわね」
オスカルは思案する様子を見せた。
「何より、このまま行けば他の領地は勝手に下がっていくだろうからなぁ。これはテクニックでハイスコアを狙うゲームじゃなくて、シェアを奪い合うゲームだ。抱え込んだ人の多さで利益が伸びるのさ」
「本来なら、おいそれと領から逃げ出す事はできませんのにね」
「どこの誰かは知らないが、それを手引きしてくれる親切な人間がいるのさ」
その人手を適切に必要な領地へ振り分けてくれるので、有能な領主の下に人が届くという寸法だ。
さて、どこの誰の手引きなのだろうねぇ。ふふふ。
私は中腰をやめた。
まっすぐ立っているのに、足ががくがくと笑っている。
殊更に力を込める事を意識しつつ、オスカルに声をかける。
「それと一つ訊いておきたいんだが……。今攻撃している手合い、規模はどれくらいだ?」
「数十人といった程度だと思われますわ」
「あやふやだねぇ」
「真っ向から来るのではなく、夜に倉庫の襲撃などを行ってきますの」
「倉庫というのは?」
「国へ納める物を保管した場所ですわ」
「はっはっは、それは国家反逆じゃないか!」
なんて事してるんだい、マコト。
「これは大事だ! 王族として、いや、一領主の立場としても看過できるものでもない!」
「ずいぶんと楽しそうですわね、殿下」
正直、彼女をどうしてやろうかと思っていた所だ。
私としては、彼女を仲間に迎えたい。
迎えなければならない。
そうでなければ、これからの私の予定は全て頓挫してしまう。
どんな形であれ、どんな手段であれ、彼女を私の手中に置かなければならないのだ。
十二人。
私が目的を果たすために必要な人間の数だ。
それはゲームにおける主要人物の数と等しくあるし、それと同じ人物だ。
本当は必要じゃないかもしれない。
けれどもっとも可能性が高いのは、ある程度ゲームの展開をなぞる事なのだ。
その上で極力被害を減らしつつ、私の目的を果たす。
それが私の目標だ。
今回の事は多分、いい機会だ。
彼女の思惑や気持ちなどどうでもいい。
マコト、君は私のものだ。




