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四十四話 再会

 前に訪れたのは、三年前になるか。

 その時が最初で最後だったが。


 近づく町並みを見やり、私はぼんやりと思った。


「先に、昔なじみの顔を見に行こうか」


 今回は前のように視察団と一緒ではない。

 あくまでも私用であり、クローディアとの二人旅だった。


 本来予定している場所ではなく、先にマコト達と会う事にする。

 クローディアは私の言葉に黙って頷いた。


 かつての記憶を頼りに、少し迷いつつ孤児院に到着する。

 孤児院の庭先では、子供達が遊んでいた。

 見覚えのない子が多いのは、さらに孤児が増えたからだろうか。


 そんな中、端で洗濯物を乾している女の子が目に入った。


 馬から降り、手綱を引いて敷地内へ踏み入る。

 見知らぬ女性の登場に、子供達は警戒を見せた。

 けれど、好奇心も隠し切れない様子だ。


 私の愛馬、アルファは大人しいのでよっぽどがない限りは危害を加える事もないだろうが、そのよっぽどに備えて慎重に歩を進めた。


「久しぶりだねぇ」


 洗濯物をしていた女の子に声をかける。

 声をかけられ驚いた女の子が振り返り、私を見て表情を綻ばせた。


「ロッティさん! お久しぶりです」

「元気そうだね、ククリちゃん」


 女の子はククリちゃんだ。

 髪と身長が伸びて、お姉さんっぽくなっている。


「お姉ちゃんを呼んできます!」


 挨拶もそこそこに、ククリちゃんは裏庭の方へ走っていった。


 アルファがぶるぶると鳴く。


「お腹が減った? まぁもう少し我慢してくれ」


 アルファを撫でていると、好奇心に駆られた子供達が近づいてきた。


「……お馬さん、触っていい?」


 その中の勇気ある子供が私に問いかけてくる。


「いいよぉ。ああ、後ろ足は触っちゃダメだよ。怒って蹴られちゃうかもしれないからね」


 温厚で、それこそ後ろ足を触られても怒った事のない子ではあるが、念のために注意しておく。


 声をかけてきた子供を抱えあげて馬の首筋を撫でさせてあげると、他の子供達も積極的に触りたいと声を上げ始めた。


「乗せてー」

「いいよぉ」

「餌あげていー?」

「ニンジンとかすごく喜ぶと思うよぉ」


 餌を取りにいった子供と入れ違いに、裏庭の方からククリちゃんとマコトが姿を現した。


 マコトは私を見ると、嬉しそうに笑う。


「ロッティ!」

「やぁ、マコト。久しぶり。元気だったかな?」

「あ、えーと、殿下に至っては……」


 何やら萎縮しているようだ。


「態度は変えないでくれると嬉しいな」


 そう要求すると、マコトは緊張を解いた。


「ああ、元気だ! あんたは一段と格好良くなったな」

「それは喜んでいいのかな? 僕としては、これでも可愛らしさを意識しているんだけどなぁ。ほら、このカフスボタンなんかピンク色で花を象っているんだ。可愛いだろう?」

「はっはっは」


 何がおかしいんだい?


 子供達のヒーローになっているアルファの事をクローディアに任せ、私はマコトとの会話に専念する。


「なんか、心配になるくらいに痩せたな。髪の毛も前より伸びてるし……。忙しいのか?」

「やる事は多いかなぁ」

「今回、親父さんと一緒じゃないのか?」


 きょろきょろと周囲を見ながら問いかけてくる。


 そっか、知らないんだな。

 国の一大事も、騒いでいるのは上の方だけだったわけだ。


「今日はお休みなんだ。僕も成長した。用事は一人で済ませるさ」

「ロッティはすごいな。俺はまだまだだよ。できる事は手伝いぐらいで、母さんに仕事を任せられる事もない」

「すごいだろぉ?」

「ああ、すごいすごい」


 ははは、と二人で笑いあう。


「そっちの近況はどうなんだい?」


 私が問うと、マコトは表情を曇らせた。


「そうだなぁ。良くないかな」

「何があった?」

「気にしなくていい。あんたに頼る事じゃない」


 多分、今の領主の事だろう。

 言えばいいのに。


「今回こそは、自分達でどうにかしたいんだ。あんたとは、友達って関係でいたいからな。立場を利用するような事をしたら、友達じゃいられないような気がするからさ」


 なるほどね。

 まぁ、私の考えとも合っている。


「マコト姉ちゃん!」


 マコトが呼ばれてそちらを見ると、慌てた様子の子供が敷地の入り口を指差していた。

 指された方向を見ると、一人の女性と後ろに控える十数名の兵士達の姿がある。

 前に立つ女性を見ると、マコトの顔が見るからに険しくなった。


「母さんを呼んできてくれ」

「わかったー」


 マコトに言われて、数名の子供達が孤児院の中へ駆け込んでいく。


 緩やかな足取りで、笑みを浮かべた女性が敷地内へ入ってきた。

 私達の方へ近づいてくる。

 彼女は私にとっても見知った顔。


 彼女の名はオスカル・リオー。

 彼女はかつて、この地を治めていた人物。

 私とマコトが出会った時、敵対した人物その人だった。


「何しに来たんだ」

「わたくしは領主ですもの。民の生活に目鼻を利かせるのは何もおかしな事ではありませんのよ」

「あんたを領主だなんて認めない」

「決めるのはあなたじゃなくってよ。私は求められてここにいるの。私の力が必要だ、と思ってくれた人に」


 ふふ、とオスカルは笑う。


「あんたは国から処罰を受けたはずだ。なのに何で戻ってこれる?」

「今は戦時中。能力のある人間は引く手数多だ。犯罪者だから、と人材を遊ばせておく余裕はない」


 マコトの疑問に私は答えた。


「彼女はここで領主として働き、徴税をこなして規定以上の額を国に納めつつ、なおかつ自分の取り分すら確保して私腹を肥やしていた」

「だから?」

「つまり今、国が最も求めている才能の持ち主。物資も税も多く捻出し、国に納められる人間という事だ。そこに目を付け、過去の罪を不問にしつつ領主として推した人間がいる」

「どこの誰か知らないが、はた迷惑な事しやがって……」

「まぁ、僕なんだけどねぇ」


 え? という顔で私を見るマコトに、私は笑みを返した。

 そして、オスカルの方へ歩いていき、その隣に立ってマコトと対峙する。


「それは、どういう事だ? 笑えないぞ!」

「今、言った通りさ。彼女の力が必要なんだ。だから、私が推薦してここの領主に返り咲けるように手配した。彼女は私の部下だよ」

「そ、今の私はこの人の飼い犬ですの。首輪をつけられちゃいましたのよ。わんわん」


 オスカルはからかうように笑って言う。


 マコトは信じられないという顔をしていたが、その表情はすぐに怒りの色を見せた。


「裏切ったのか!」

「僕達は友達だ。でも、僕の立場としては国のために最善を尽くす必要がある。贔屓はできない。君だって、そういう友情は望んでいないように思えたんだがなぁ」

「それは……でもだからってこんな奴を引き入れる事ないじゃないか!」

「彼女はこの土地をよく知っている。ここで働いてもらうのが一番いいと思ったんだ」


 私は両手の指先を合わせながら答える。


「知らせを受けてから首を長くしてお待ちしておりましたわ。さ、こんな所にいつまでもおらずに、城へ参りましょう。歓迎のご用意はしておりますわ」

「じゃあ、そろそろお暇しようか。ではね、マコト。これからも仲良くしてくれよ。友達として」


 そんな言葉を投げつつ、私はその場を離れた。

 マコトはその場で一歩も動かず立ち尽くし、視線を落としていた。


「あんたなんか……あんたなんか……」


 裏切りが産んだ感情は恨みか、それとも悲しみか。

 彼女の唱える言葉が背中に聞こえた。

今回の更新はここまでです。

続きはまた月末に。

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