四十三話 Not a guest, It's a Cast
タイトルのつづりが正確かわかりませんが、ちょっと格好つけたかったんです。
ぼんやりとした視界に天井が見える。
夢の余韻はなく、休息の安らぎもない。
背中の感触は堅く、私の体温で熱を帯びていたが身じろぎすると部分的に冷たさを感じた。
眠りについたわけじゃない。
訓練の途中で気を失ったんだろう。
「倒れる予定はなかったんだけどなぁ」
「起きたか」
独り言に返事がある。
「おはよう、クローディア」
「もう夕刻だ」
「過剰な休息だ」
クローディアに手を差し出され、それを取って立ち上がる。
汗で濡れ、重くなった胴着を脱ぎ捨てる。
下も脱いでしまう。
「僕の計算では、ぎりぎり意識が残る運動量だったんだがなぁ。きっと脂肪を削りすぎたのが原因だ。食事をもう一品増やしてもらおう」
「追い詰めすぎだ。訓練を減らせ」
クローディアの忠言に、私は笑顔で答える。
「追い詰めないと必死にならないでしょぉ」
クローディアは眉根を寄せたが、それ以上何も言ってはこなかった。
「……報告があるとミラが言っていた」
「待たずに起こしてくれればよかったのに」
「お前は少し休んだ方がいい」
「思いやりは嬉しいね」
私は自分の肘の辺りの臭いを嗅ぐ。
「先にお風呂かなぁ」
あれから二年経つ。
リシュコールはバルドザードに宣戦布告し、早々に領土へと攻め入った。
しかしリシュコールは退けられ、以来膠着に近い形で戦争は続いている。
撤退の際には混乱があり、リシュコールには大きな被害が出たという。
結果、リシュコールはバルドザードの領土をいくつか占領しながらも大敗を喫したと言えた。
以降は緒戦のような大規模侵攻はなく、今は領地を守る一進一退の攻防が続いている。
戦力の要であったゼリア負傷による撤退。
軍事物資の不足。
その二つが現戦略を取る理由である。
あとは、ゼリア個人に子供を危険にさらしたくないという気持ちがあるからだろう。
私の姉妹は今も頻繁に戦地へ出ているが、その度にゼリアは同行している。
姉妹達を単独で行かせる事はなく、王としての仕事があるので頻繁に動く事はない。
結果として、戦う頻度は限られる。
それはバルドザードもわかっているのか、ゼリアの不在を衝いて反撃に出る事が多いようだ。
バルドザードの根回しがあったのか、それとも他の思惑があるのか。
この現状に対し、周辺諸国は不干渉を貫いている。
リシュコールは軍事物資を自給する事に躍起となっているが、その成果は芳しくない。
そのしわ寄せとして、農民達は重い負担を強いられている。
お互いに消耗しかない戦いであるが、これこそがバルドザードの思惑通りであろう。
つまり、現状は私の知るゲームの世界観と同じ状態となったわけだ。
風呂に入り、ミラの執務室に向かう。
入室すると同時に、資料へ目を通す彼女が顔を上げた。
すぐに顔を顰める。
「服を着てください」
私は首にかけたタオルの両端を摘んでアピールする。
「それはただの布です。服じゃありません」
「いいじゃないか。ここは僕の家だ」
「目のやり場に困ります」
「君ほど立派なものは持っていないが」
見たけりゃ見せてやるよ、という風にミラへ近づく。
彼女はすぐに視線をそらして背を向けた。
ミラは私がゼリアに嫌われてから、私の下へ来てくれた。
次期領主候補の立場を辞退し、弟に譲ってまで。
それ以来、私の秘書のような事をしてくれている。
王に嫌われた王女など、貴族として近づく価値のないものだ。
それでも来てくれたのだから、思っていた以上に彼女は私の事を慕ってくれていたのかもしれない。
ミラはこの二年で背も伸びて、大人びた風貌になっていた。
改めてねっとりとした視線で彼女を見ていると、なんですか? と問いかけられた。
「君はお父さんに似ているね」
「ロッティ様も皇配殿下によく似ていますよ」
「それは嬉しいね。で、報告があるんだって?」
問いかけながら、私は部屋の椅子にどっかりと座る。
「まず、タタン領の領民の移送が無事に完了したそうです」
「今回で三次だったなぁ。次の予定は?」
「四次は予定されています。総勢は三十弱」
「まだ終わりそうにないね」
他には? と私はミラに促す。
「新しくリオー領を拝領した領主が、圧政を開始したとの事です」
リオー領。
昔、一度行ったな。
マコトと出会った場所だ。
「あそこは領主に恵まれないねぇ。じゃあ、僕もリオー領に行こうかな」
「ロッティ様自ら?」
「久しぶりに友達と会いたいし……。うちの実行部隊はパワー系ばかりだ。そろそろテクニカルな人材もほしいと思わないかぁ?」
「うーん、話を聞いているようで聞いていない時がありますからね。あの方達は」
納得する部分があるのか、ミラは溜息を交えて答えた。
性格が猪突の武力特化しかいないのだから、そろそろ万能武将が欲しい所だ。
「ご友人をスカウトなさるおつもりですか?」
「多分、腕はいいぞ。明朝出発する。その間の留守を任せたよ」
「お任せください」
「ああ、それから。今日の夕食にはデザートをつけてくれ。できれば胃もたれするくらいに重いものがいい。蜂蜜をたっぷりのせたバタートーストとか」
「かしこまりました」




