閑話 ゼリア
彼を一目見た時、私の頭には運命という言葉が浮かんだ。
柔らかそうな長い金髪。
どこか儚さを含んだ優しげな表情。
高い身長。
まるで物語に出てくる王子様のようで、彼の立つ場所だけが光り輝いて見えた。
本当はお姉ちゃんと話がしたかったはずなのに、彼を見て私の頭の中は彼の事でいっぱいになったのである。
私はリシュコールの第二皇女として生まれた。
家族から私は可愛がられていて、私もそんな家族が大好きだった。
優しいお母さんとお父さん。
それにお姉ちゃん。
お姉ちゃんは何でもできるすごい人だった。
武芸も勉強もできて、何よりも馬の扱いが上手で、幼い頃から大人に褒められる所を見てきた。
そんなお姉ちゃんを見て、私はすごいなぁとずっと思っていた。
比べて私は武芸こそ才能があると言われていたけれど他はからっきしで、何より私自身が習い事嫌いであまりすごい子ではなかった。
だから私は、あんまり周りから期待されていなかったように思う。
でも私はそんなのどうでもよかったから、気にした事はなかった。
お姉ちゃんはできない事なんて何もないんじゃないか、と思えるようなすごいお姉ちゃんだった。
私はそんなお姉ちゃんに憧れていて、大好きで……。
お姉ちゃんも私の事を可愛がってくれていたと思う。
ただ、家族が大好きな私でもお祖母ちゃんだけは怖いと思っていた。
昔、リシュコールは他国と戦争をしていたそうなのだが、その時の戦場でお祖母ちゃんは活躍したらしい。
そのためか、今の平和になった時代でも何より武力を重んじる考え方をしていた。
そういう考えがあったから、次期王位継承者として目されていたお姉ちゃんはお祖母ちゃんに厳しい指導を受けていた。
山に篭っての激しい修行である。
いつも指導の後はボロボロに疲れきっていたお姉ちゃん。
それでも私に心配をかけまいと微笑みかけてくれたお姉ちゃん。
どうにかしてほしいとお母さんにお願いしていたけれど、どうもお祖母ちゃんには頭が上がらないようで止めてくれなかった。
そんなある日、お姉ちゃんが足を折られて帰ってきた。
「お姉ちゃん! 足が!」
「大丈夫だから」
医務室で治療されるお姉ちゃんの足は、信じられないくらいに腫れ上がっていた。
もしかしたらこのまま治らなくて、足を切る事になるんじゃないか。
不安が募り、考えが悪い方向へ落ち込んでいく。
「この程度でへばってしまうとは情けない。私の若い頃は――」
そんな折、お姉ちゃんを前に悪びれもせず言うお祖母ちゃんを見て……。
私の中の何かがぶちっと切れた。
「うるせぇ! クソババァ!」
私はお祖母ちゃんに殴りかかった。
お祖母ちゃんはそれを難なく受け止めた――
「その程度の攻げきゅる……」
けれど、私の拳はそれで止まらず、お祖母ちゃんの頬を防御ごと打ち抜いていた。
お祖母ちゃんの体は殴り飛ばされ、背後の壁に激突。
石壁を突き抜けて外の廊下で倒れ伏す事になった。
お祖母ちゃんは意識を失い、城内大騒ぎ。
お祖母ちゃんはしばらくして意識を取り戻したけれど、幼い私に負けてしまった事があまりにもショックだったらしく隠居してしまった。
領地に引きこもってあまり王城へ顔を見せなくなった。
たまに用事で王城へ来ても、前の高圧的な態度もなりを潜めたので私としては喜ばしいかぎりだった。
ただ良い事ばかりでなく、私は王位継承者として有力視されるようになった。
いくらダメダメな私でも、その戦いの才能がとびっきり優秀だと王様になれるそうだ。
この国の人は、強い人が好きだ。
それは最強の武力を持った国だといわれていたからだし、強い人が守ってくれると思えば国の人は安心できるからだと私は思う。
その頃からだ。
お姉ちゃんとの関係がぎくしゃくし始めたのは……。
それでも目に見えて仲が悪いわけじゃなかった。
思う所はあったとしても、私の事を好きでいてくれた。
あの日が来るまでは……。
あれは、聖具継承の義での事だった。
私はお姉ちゃんと一緒に洞穴へ入り……。
そして、ゼウスの声を聞いた。
私は聖具に選ばれた。
でもお姉ちゃんは……聖具に選ばれなかった。
それ以来、今まで満足に話もした事がないような人からも話しかけられるようになった。
みんな、私を次の王様としてみているようだった。
お姉ちゃんは、私を露骨に避け始めた。
話しかけてくれる事も、笑顔を向けてくれる事もない。
お姉ちゃんが王様になるため、とても努力していた事を私は知っていた。
だから、そのせいで私を嫌うのもわかる。
わかっていても、大好きな人からそういう態度を取られるのは辛い。
王様になんてなりたくないのに。
そんなある日の事だった。
私は彼と出会った。
私はどうにかお姉ちゃんと仲直りしたくて、話す機会をうかがっていた。
その日も当然、お姉ちゃんを見つけて話しかけたのだが……。
お姉ちゃんは一人じゃなかった。
ミッチェルくんと一緒にいる所はよく見るけれど、その日は別の人と一緒だった。
その人は男の人で、一目見た時私の心臓は跳ね上がった。
すごくかっこよかったのである。
「何の用だ、と訊いているんだ」
お姉ちゃんの強い声を聞いて、ぼんやりとしていた私は現実に帰ってくる。
「えーと……」
けれど、現実に帰ってきたはいいけれど、やっぱり男の人が気になって何を話したかったのか忘れてしまっていた。
「お姉ちゃんと話がしたくて……」
「こちらにはない」
とりあえず話し合いの意思は伝えたけれど、取り付く島もなかった。
「……あの人誰だったんだろう? ……名前聞き忘れちゃった」
ドラゴンはロクサーヌに容赦のない火炎を吐き続けた。
大岩に隠れ炎を防ぐが、撫でる熱波はそれだけで肌を焼け焦がすかのようだった。
あわや絶体絶命かと思われた時、白馬の嘶きと共に現れたのは黄金に輝く髪を靡かせた謎の王子であった。
王子は白馬をまっすぐにドラゴンへ走らせる。
それに気付いたドラゴンは王子へと標的を変え、火炎の渦を吐き出した。
王子の無謀な突撃に、ロクサーヌは思わず「あぶない!」と声を上げる。
「はぁっ!」
しかし、王子は裂帛の気合を乗せた剣の一撃を炎に叩きつけ、すると炎は一刀の下に割れた。
炎が割り散らされた道を通り、王子はドラゴンへ肉薄する。
そして見事に、その心臓を貫いたのである。
ドラゴンの悲鳴が響き、倒れる巨体が大地を揺らす。
それを見届けると、王子はロクサーヌへ笑顔を向けた。
「おまえは、誰だ?」
ロクサーヌは王子に問いかける。
王子はそんな彼女に近づき、手を取り跪いた。
「君を助けにきたんだ」
そう答えると、王子はロクサーヌの手の甲にくちづけをした。
ロクサーヌの心を複雑な感情が駆け巡る。
自分が他人に、それも男に助けられた。
彼は自分よりも強い畏敬すべき人間であろう。
そんな人間が目の前に傅き、壊れ物を扱うようかのように繊細な手つきで扱う。
そう、さながら姫君を扱うかの如く自分を扱うのだ。
湧き上がる気持ちは未だかつてロクサーヌの体験した事がないものだった。
触れられた手から熱が登るような心地を覚え、しかし彼女は手を振り払う事もできなかった。
渦巻く様々な感情の中、辛うじて彼女が知る感情は戸惑いだけであった。
………………。
そこまで読み、私はこみ上げる感情に耐えられなくなって本を開いたまま胸に置いた。
「きゅんきゅんする」
「また一冊、ゼリアの肉汁の餌食に……」
「肉汁って言うな」
私は体温が上がりやすいらしく、他人よりも汗っかきだ。
面白い話を読んだ時も、興奮してじっとり汗ばんでしまう。
特に谷間はすごいので、本を押し付けて染みを作ってしまう事は確かに何度もあった。
「ゼリアはそういう話が好きだね。その本も何回読んでるの?」
問われて、私は横たえていた体を起こす。
「十回以上は読み返してるよ。イライザは好きじゃない?」
私は親戚のイライザと自室で過ごしていた。
彼女とは仲がよく、一緒に遊ぶ事が多かった。
「読み物として面白いけど、心酔するほどじゃないかな」
「だって、自分より強くてカッコイイ男の人が自分を助けに来てくれるんだよ?」
「私の場合は、ありえねーって気持ちが勝つかな」
「それは……」
彼女の言い分はもっともで、私は言葉を返せなかった。
私の読んでいた本は、貴族間においてあまり人気がない本だ。
理由としては、さっきイライザが言った言葉が大きいと思う。
女の人より、男の人が強いという事はまずありえない。
それも基本的に魔力量が多く、強くなりがちな貴族の女性としてはなおさらだろう。
それでもひっそりとこの本が出回っている所を見ると、私と同じ願望を持っている人も多いからじゃないだろうか?
「……この前さ、本の王子様みたいにカッコイイ人に会ったんだ」
「そうなの?」
「お姉ちゃんと一緒にいたんだけど、どういう関係なんだろうか?」
「ジークリンデに聞いたら?」
「そうなんだけどさ」
「で、その人が好きになっちゃったの?」
いろいろとすっ飛ばした質問に私はたじたじになる。
「なんでそんな話になったの?」
「今のゼリアは様子がちょっとおかしい」
そんなつもりはないんだけどな……。
「でもさ、どんなに似てても現実の人間だから。物語みたいに強くないから」
そうだよね。
現実にそんな人いないよね。
別に強い方がいいという考えは持ってないけど……。
それでも、私は憧れているんだ。
私がピンチの時に、助けてくれる王子様に。
「まして、あんたより強いなんて事絶対にないよ。あんたと戦えるの、ジークリンデくらいだし」
「うーん……。だから好きになるべきじゃないって?」
「そうじゃなくて、そういう現実的な所も見ていかないと恋愛なんてできないよ、と私は言いたいわけですよ。でも、あんたの恋は応援してあげる」
「ありがとう」
結局、私はお姉ちゃんにあの人の事を聞けなかった。
でも、お姉ちゃんは相変わらずミッチェルさんと仲良くしているし、新しい恋人というわけでもなさそう。
多分、あたらしい侍従か何かだ。
お姉ちゃんの世話に忙しいだろうから、最近疎遠になっている私とは接点が出来そうにないな、と落ち込んでいたらそうでもなかった。
事あるごとに話す機会ができた。
私が友達とお茶をしている時や散歩している時などによく出会うようになったのだ。
きっとこれは運命に違いない。
頑張りなさい、と神様が応援してくれているのだ。
積極的に会いに行く事はできなかったけれど、話しかけられる機会があれば勇気を振り絞って話しかけた。
とはいえ、話しかけるだけでいっぱいいっぱいで、話かけられただけで嬉しくて、まともに会話らしい会話はできなかったように思える。
実際、名前は毎回訊きそびれる。
そんな事を繰り返していたら、お姉ちゃんが私に話しかけてきた。
お姉ちゃんと会話する事が最近滅多になかったので嬉しかった。
「ゼリア。ずいぶんとシアリーズがお気に入りらしいじゃないか」
シアリーズ……。
誰?
と少し困惑したが、遅れてそれがあの人の名前だと気付く。
シアリーズか。
柔らかい名前だ。
あの人によく似合う。
シアリーズ……。
心の中で何度かその名を呟く。
「おい! ぼんやりしてないで人の話を聞け!」
お姉ちゃんに怒られて、私はハッとなる。
「え、何?」
「お前、シアリーズの事が好きなんだろ」
断定するように言われ、私は戸惑いを隠せなかった。
「え、え、え」
「答えなくてもわかるぞ。だが、それは叶わない事だ」
どこか意地悪そうな表情でお姉ちゃんは言った。
「ど、ど、ど、どういう事?」
お姉ちゃんの言葉に衝撃を受けつつ、その意図を問う。
「シアリーズは平民。身分も何もない卑しい傭兵だ。お前に釣り合うわけがない」
「関係ないよ、ね? 気にする事じゃないと思うし……」
「お前が良くても、周りが許さないさ。誰も許さないし、誰も祝福しない。だからもう一度言ってやる。お前の恋は叶わない」
それだけ言うと、お姉ちゃんは離れていった。
一人になって、私は立ち尽くす。
叶わない恋。
その言葉が心の内を反響する。
私はあの人と恋をしてはいけないのか。
好きになってはいけないのか。
それは許されない事なのか。
私は気を取り直そうとしたけれど、それはできなかった。
部屋に戻る足取りに力が入らない。
とても長い時間をかけて、私は部屋に戻った気がする。
ベッドに体を投げ出す。
「はぁ……」
溜息が漏れる。
「「何を悩む?」」
問いかけられ、私は寝転がったまま周囲を見る。
すると、壁に立てかけられた円形の刃がそこにあった。
「ゼウス……。お堀に沈めたはずなのに。次はどこに捨てようかな」
「「無駄だ、やめろ。その程度で我を手放す事はできぬ」」
「原型を留めないくらいに壊せって事?」
「「聖具でなければ我は壊せぬ。諦めて我を受け入れよ」」
こいつのせいで、お姉ちゃんに嫌われた。
そう思うと優しくはできない。
継承の間から何本か聖具をもってきて、それでぶっ叩けば壊せるかな……?
「「それで、何を悩む?」」
「何も」
「「相談事は得意だ。瞬く間に答えてみせよう」」
「わぁすごい。聖具は恋愛相談もできるんだ」
「「無論。我は王の気質を好む聖具だ。歴代の王の密かな悩みにも解を出してきた」」
皮肉のつもりで言ったのにできんのかよ。
歴代の王様達も、恋愛事で悩む事があったのかな?
………………。
「……それで、どうすればいいと思う?」
癪に障るが、私は悩みの苦しさに負けた。
この悩みを解消できるなら、ゼウスの言葉に耳を傾けてもいいと思えた。
「「仕儀を詳しく話すが良い」」
言われて、私は自分の抱える問題を話した。
「「身分の問題か。ならいい方法がある」」
「本当?」
私はベッドから身を起こして問い返した。
「「王になればよい」」
「……なんで?」
「「王に逆らえるものはおらぬ。王になれば、だいたいの事は解決するぞ!」」
こいつ、私より馬鹿なんじゃないかな?
いや、耳を傾けた私が馬鹿だっただけかもしれない。
力が抜けて、再びベッドに身を横たえる。
「王様ねぇ……。私には向いてないよ。国の仕事なんて何していいかわからないし。勉強だってしてこなかった。あんたさぁ、目が節穴なんじゃない? 実際、でかい穴空いてるし」
「「確かに知勇兼備こそ理想である。しかし、お前にはそれを補ってあまりある力がある。王に最も必要なものは力なのだ。それ以外の素養は、補助に過ぎない。お前は力だけで、国を治められる器だ」」
すごい事言うなぁ。
そんなに単純なものに思えないけど。
王様になる、か。
あまり、その立場にいいイメージがない。
今の皇帝であるママは休んでいる所を見ないくらいに忙しそうだ。
その補佐をしているパパも同じ。
二人は私に優しい。
でも、接する機会はとても少なかった。
そんな私に構ってくれたのは、お姉ちゃんだけである。
そのお姉ちゃんも最近では構ってくれない。
今の私は、一人ぼっちだ……。
それを思うと、寂しさを感じて涙が出そうになる。
私は王様になんてなりたくない。
大変そうだし、何より……。
お姉ちゃんが王様になるため、とても努力していた事を知っていたから。
「もう寝る。話しかけないで」
私はゼウスに背を向けて不貞寝の構えを取った。
「「考えるまでもない。お前は王者となる人間だ。なるようになるだろう」」
うるさいなぁ。
……面倒くさい。
面倒くさい事ばかりだ。
ある日の事、私はシアリーズに呼び出された。
デートのお誘いだ!
デートなんて初めてだ!
とうきうきしながら、私は待ち合わせの場所に向かった。
好きな人と待ち合わせして、デートに行くの。
実はずっと憧れていたのだ。
待ち合わせは城壁の裏口。
そこからは城の外にある森へ続いている。
少し早くついちゃったかな、と思っていると既にシアリーズは待っていた。
「来てくれたんですね」
と少し驚いた様子で彼は言う。
私が来ないと思ったんだろうか?
「そりゃあ来るよ。だって……」
さらっと好意を伝えよう、なんて思ったけどビビって途中でやめる。
笑って誤魔化した。
「行きましょう」
彼が言って、二人で森へ向かう。
私は、こういう森の中みたいに静かな場所が好きだ。
花畑のような鮮やかな場所は落ち着かない。
宝石にも興味はないし……。
たぶん、強い色が苦手なんだろう。
そういう好みをこの人は把握してくれているんだな、と思うと私は嬉しかった。
そんな場所で、好きな人と二人きり。
夢のように楽しいひと時だ。
けれど、その時間は長く続かなかった。
何気ない。
本当に何気ない足取りで彼が近づいてきたかと思えば、振り返った私に彼はナイフで斬りつけてきた。
「え?」
何の変哲もないナイフ。
その斬撃を受け、私の首が熱を帯びた。
その感覚が、傷をつけられた事をわかりやすく伝えてくる。
混乱を覚え、最初に思ったのは……。
すごい。
この人、私に傷をつけられるんだ。
というものだった。
それも束の間、彼が何度も斬りつけてくる。
私はそれを全て避けた。
不意打ちされて少しびっくりしたけれど、正面からなら全部反応できる。
私はナイフに目をやり、追いかけていたが……。
不意に、そのナイフが投げつけられた。
身をかわして避け、その行く先を目で追う。
そうして視線をシアリーズに戻した時、彼が急激に接近してくる。
彼の顔が急に近づいてきて、私の鼓動は強く跳ねた。
首に腕を回される。
うわ、すごい密着する!
咄嗟に、腕と首の間に自分の手を挟みこんだ。
けれど、それ以外の場所。
彼の腕が触れる場所は完全に首へ食い込んでいた。
力を込めても押し返せないほど、完全に極まっている。
正直に言えば、防げたのは偶然だ。
急に近づかれて腕を回されて、混乱した私は思わず手を入れていた。
その偶然がなければ、私はそのまま負けていただろう。
「……すごい。極まってたら、私負けてたね」
ああ、この人は私に勝つ事ができるんだ。
私よりも強い男の人……。
現実にそんな人がいるなんて……。
きっとあの時のロクサーヌの気持ちも、こういうものだったんだ。
すごく、ドキドキする。
それに、彼とこんなに近づく事は今までなかった。
乱れた鼓動は、戦いの余韻なのか、それとも彼に対する好意が起こすものか……。
でも……。
私の考えが事実に追いついていく。
彼がこんな事をするのは、私が嫌いだからだ。
私は私よりも強い人に助けてほしい。
そんな状況に憧れている。
彼は強いけれど、行おうとしているのは私の理想とは真逆の事だった。
「でも、私の勝ちだね」
なんとか、それを口にする。
本当は、今にも泣き出しそうな気分だった。
私は彼を投げ倒す。
「……聞いてもいい? 私、何かあなたに悪い事した?」
せめて、理由だけは聞いておきたい。
私には本当に、何が悪かったのかわからないから。
「……何もしていない」
「じゃあ、どうして?」
「頼まれたんだ。君を殺して欲しいって」
誰が……。
と考える途中、ふと思い当たる。
「……お姉ちゃん?」
彼は答えなかった。
でも、きっと私の考えは間違いじゃない。
お姉ちゃん……。
ここまで憎まれているなんて思っていなかった。
態度ではああでも、心の底では愛してくれている。
そう思いたかった。
その考えを打ち砕かれた気分だった。
……悲しい。
悲しいけれどそれ以上に……。
怒りが……沸いた。
難しい事ばかり。
面倒くさい事ばかりだ。
私はただ、好きな人と過ごしたいだけなのに……。
仲良くしたいだけなのに……。
考えるのは面倒だ。
煩わされる事が嫌で嫌で堪らない。
何もかもが私の思い通りにならない。
むしろ私にとって嫌な方向に物事が転がる。
苦しい……。
私はどうすればいいんだろう?
どうすればこの苦しさから逃げられるのだろう?
思い出されるのは、ゼウスの言葉だった。
「王になれば、だいたいの事は解決する」
それが本当なら……。
こんな思いをするくらいなら……。
「私は、ただの女の子じゃいられないんだね」
王様になってやるよ。
私は。
王様になって、何もかもを私の思い通りにしてやる!
シアリーズを残して、私は城へ戻った。
城壁の裏口を通り、敷地内に戻る。
城の外から、姉の部屋を見上げた。
足に力を込め、部屋へ向けて跳ぶ。
そのまま壁を破壊し、部屋へ突入した。
瓦礫が部屋の内装を壊したが、そんな事は構うもんか。
「行儀がなってないぞ」
声のした方を見ると、そこに姉がいた。
姉は背中にミッチェルくんを庇っていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。行け」
そんなやり取りを交わすと、ミッチェルくんが部屋の外へ出て行った。
室内には私と姉だけが残る。
私は姉の言葉に答えず、歩み寄って距離を詰める。
拳を振りかぶり、顔を狙って殴りつけた。
姉は拳を受け止めようとしたが、防ぎきれずに殴り飛ばされる。
嫌な感触がした。
何かが潰れる感触だ。
殴り飛ばされ、姉の体が壁にぶつかる。
「お姉……姉貴、私は王になるぞ。何もかもを取り戻し、そして何もかもを手に入れる!」
「……吠えるな!」
姉はすぐに体勢を立て直し、声を張り上げる。
「お前に務まるものか! 私がその立場になるため、どれだけ努力したと思ってる? 人生の大半を捧げてきたんだ!」
……それは知っている。
姉が今までどれだけ頑張ってきたのか、私は一番近くで見てきたのだから。
怒るのもわかる。
私を恨むのもわかる。
だけどそれを思いやる気持ちよりも、私の怒りの方が大きかった。
なら、私の……大好きな相手から裏切られた気持ちはどうなるんだ!
「「うおおおおおおっ!」」
互いに叫び、走り寄って距離を詰める。
がっちりと組み合った。
ぶつかり合った瞬間、火花が周囲に散る。
至近距離。
お互いに攻撃を外しようもなく、避ける事もできない距離。
私達はお互いに殴り合い、蹴り合った。
条件は同じ。
ただ力だけを示すような戦い。
しかし、平等ではない。
姉の攻撃は、私に強く響く。
私にこれだけのダメージを与えられる相手はきっと、姉以外にいないだろう。
だけど、破壊には至らない。
対して、私の攻撃は確実に姉の体を破壊していた。
肋骨が折れる感触。
脛の骨を蹴り砕く感触。
肉を潰す感触。
それらが、伝わってくるたびに私の心が軋みをあげた。
そして、私の右フックを受けた姉が、床に伏した。
「うく、はぁ……はぁ……」
荒い息には苦痛が混じっている。
しかし、それでも姉はふらつきながら立ち上がった。
闘志をむき出しにして、私にぶつけてくる。
その姿を見て、私の心が先に音を上げた。
「何で私、こんな事しなくちゃいけないの!?」
気付けば私は叫んでいた。
「私は、みんなと仲良くしたかっただけじゃない! なんでお姉ちゃんに恨まれなくちゃいけないの!? どうして好きな人から命を狙われなくちゃいけないの!?」
「何を……言っている……?」
「そのせいで私、王様になるしかなくなっちゃったじゃない! 王様なんてなりたくないのに!」
私は心をそのままぶつけるように叫び続ける。
次第に、涙が溢れてくる。
拭っても拭っても涙は途切れず、格好つける事も出来なくなった。
「うわああああああぁ!」
最後には完全に大泣きしてしまっていた。
対して、姉は大きな溜息を吐く。
「……お前の気持ちなんて……知ったことかよ……」
そして、そのままふらりと倒れた。
「泣きたいのはこっちだ……。今までの私の人生はいったい、なんだったんだ……」
そう呟くと、姉はそのまま気を失った。
その事件が決定的になったのか、私が正式に次期皇帝として決まった。
私は書斎で書類仕事をしていた。
普段はシアリーズがやってくれるような書類も、彼が不在だから私に回ってくる。
とはいえ、実の所それらの仕事も元々は私の仕事だ。
それらもシアリーズがやってくれていた。
しかし、今は彼がいない。
仕事で各領地の視察に向かっていた。
その間、真面目に書類仕事へ励むようシアリーズに申し付けられていたのだ。
その書類仕事も今日の分はもう終わる。
書類の一枚を片付けた時、どういうわけか手が震えている事に気付いた。
寒いわけじゃないのに……。
「ほら、シアリーズ。私だって一人で仕事を片付けられるんだよ。帰ってきたら褒めてもらうからね」
虚空に呟くと、私の目から自然と涙の一滴が零れた。
ジークリンデ支持層も多いのですが、基本的にリシュコールの国民は脳筋なので強い奴が好き。
多分ゼウスも脳筋。
あと、聖具に選ばれなければ王位継承権がないというしきたりもこいつの言動のせい。
今回の更新はここまでになります。
次の更新は、また月末に。




