四話 集結! リシュコール四天王!
九歳になった。
「メイド長。一階西側廊下の清掃、終わりました」
「確認します。二階西側廊下の清掃に着手してください」
「はい」
「メイド長! キッチンにアレが! アレが!」
「……! 今行きます。駆除後の清掃準備を進めておいてください」
城のホールで、メイドさん達が精力的に働いている。
しかしまぁ身じろぎするたび、ぶるんぶるんと揺れやがる。
本当に大きい人しかいないんだな。
小ぶりな人でもCカップを下回っていないように見える。
それにしても、みんな綺麗な形をしているな。
私には前世合わせて巨乳歴という物が存在しないので詳しくはわからないが……。
おっぱいって、あれだけ大きかったら重力に負けて垂れるものじゃないの?
でも、大きなメイドさんでもみんなツンと上を向いている。
胸の大きな女性しかいないのは胸に魔力が溜まるからだとして、それだけでは垂れていない理由とならない。
もしかして……魔力には浮力でもあるんだろうか?
いや、でもママはちょっと垂れてるな。
……密度が高まり圧縮された結果、質量が増加して重くなったとか?
いずれママの胸はブラックホールを発生させるかもしれないな。
魔力が物質なのかどうかは知らんけど。
「お姉様が居ましたよ」
そんな声が聞こえて振り返ると、そこには執事さんが立っていた。
執事さんは、ほっそりとした中性的な容貌をしており、どことなくパパに近い雰囲気を持っている。
というより、私の周囲にいる男性はだいたいそうである。
外から来る商人なども似通った容貌の人が多いのだから、この世界ではこういう男性が主流なのだろう。
乳房の発達していない男性は魔力が少なく、女性に身体能力で劣っている。
どれだけ筋肉が発達していようが、比喩表現でなく鋼の肉体を持つ相手に勝てるわけがない。
その結果として、そういうゴリゴリ系男性が淘汰されてこういう容姿の男性が増えたのではないかと私は考察している。
「お姉様」
そして、執事さんと一緒にいたグレイスが私の方へ駆け寄った。
私の腰の辺りの布地を掴む。
グレイスは五歳になり、フリフリの可愛らしいドレスを着ていた。
髪形もくるりとセットされていてとても女の子らしい格好である。
あと、私より胸が大きい。
これがリシュコール四天王最強説を提唱される子だとは信じられない可愛らしさだ。
「グレイス様がロッティ様に会いたいと申されましたので、ご案内させていただきました」
「ありがとうございます。あとはこちらで面倒を見ますので、仕事に戻ってください」
「ご配慮、感謝致します」
会釈して、執事さんはその場を離れていく。
それを見送り、私はグレイスの前に跪いた。
視線を合わせる。
「どうしたの? 寂しくなっちゃった?」
問いかけると、グレイスはこくりと頷いた。
内気で引っ込み思案な妹は人見知りで、よく一緒に本を読む私の事を慕ってくれていた。
一緒にいないと落ち着かないようだ。
私としては可愛い妹と一緒にいられるのは嬉しいけれど、それで大丈夫なのかな? とも思ってしまう。
「ご本、読んでほしい……」
そう、か細い声でおねだりしてくる。
「いいよ」
私はグレイスの手を取り、そのまま手を繋いで歩き出した。
子供部屋か、パパの書斎か、どっちに行こうかと考えていると、前からゼルダが歩いてきた。
ゼルダは一人ではなく、メイドさんと二人の幼女を伴っている。
二人の幼女はどちらも同じ顔をしており、ドレスも髪形も同じだ。
双子である。
二人は手を繋いで、ゼルダについて歩いていた。
彼女達の名前はカルヴィナとスーリア。
二人も、私の妹。
後のリシュコール四天王の二人である。
ゲームでは常に二人で登場し、強烈な合体攻撃を放ってくるユニットだ。
四天王に一人はいたりいなかったりする狂人枠であり……。
二人分の枠を取っているので、四天王の半分は狂人でできている。
二人は揃って四歳だ。
あの日、パパが連れて行かれた日にできた模様。
パパが必殺必中なのか、ママができやすい体質なのかよくわからない。
「「あら、お姉様達だわ」」
向こうもこちらを見つけて、双子が声をあげる。
そして歩み寄ってきた。
最近のゼルダは戦闘術に傾倒しており、普段からビキニアーマー姿で過ごしている。
痴女かな?
と失礼な感想を密かに抱いていると、ゼルダが声をかけてきた。
「こんにちは、ゼルダ」
「ああ。どこへ行くんだ?」
「グレイスと本を読もうと思ってるんだけど」
「いつも通りか。それにしても、最近はドレスを着ないんだな? 男みたいだぞ」
今の私は、基本的にシャツとズボンの組み合わせだ。
確かに男性的ないでたちだが、工夫してマニッシュな感じになるよう苦心している。
何故そんな恰好をしているかと言えば……
似合うから、かな?
正直に言えばおしゃれだ。
顔つきや体つきに合わせるとこちらの方が似合うのだ。
「ゼルダこそ、服を着なよ」
「人を裸みたいに言うな!」
だってその鎧、下着より面積少ないじゃん。
裸でもあんまり語弊ないじゃん。
なんて事を思っていると、ゼルダはふーむと唸る。
「本はやめて、今日は私の訓練に付き合え」
「何で?」
「最近、お前は戦闘訓練を行っているか?」
「してないけど……」
「なら、たまには体を動かせ」
「毎朝、走ってるけどね」
「走っていても戦い方は身につかないだろ」
「いや、私には才能がないから……」
「鍛えたら強くなるかもしれないだろう」
それはないと思うが……。
姉は言い出すと他人の言う事を聞かない性分である。
パパに言わせれば、ゼルダの性格はママ譲りらしい。
仕方ない。
内心でため息を吐く。
「グレイス。本はあとでもいいかな?」
「う、うん。グレイス、大丈夫だよ……」
大丈夫そうな顔じゃねぇんだよなぁ……。
この子は自分を押し殺す所があるんだよね。
「じゃあ、先にパパの書斎に行ってて」
「あ、グレイスも行く……。近くでお姉様を待ってる……」
珍しい。
グレイスもあまり鍛錬が好きなわけじゃないのに。
インドア派の私がパパにべったりであるように、アウトドア派のゼルダはママにべったりである。
そして気性の似たグレイスが私に懐き、双子達はゼルダに懐いていた。
訓練所に連れて行かれた私は、ゼルダと同じビキニアーマーを着せられた。
否応なく、体型の差が浮き彫りとなる。
公開処刑かな?
妹達に見守られる中、私は訓練所の真ん中でゼルダと対峙した。
武器を選べと言われたので、一番小ぶりの剣を選ぶ。
「そんなのでいいのか? お前は力が足りないから武器で補った方がいい。ほら、これとかいいと思うぞ」
と、ゼルダが片手で持って差し出したのは、ゼルダの身の丈よりも大きな斧だった。
うっわ、見覚えある。
ゲームでロッティが持ってたやつだ。
自分の身になってわかったが、ロッティの身体能力でこんな物を扱えるわけがない。
弱かった理由って、得物選びも悪かったからじゃないだろうか。
「いや、これでいいよ」
正直、この剣でも重く感じる。
斧なんか持てば、一歩も動けないだろう。
「そうか……」
ゼルダは残念そうに呟いた。
武器選びが終わると、ついに訓練が始まる。
「やるぞ」
ゼルダはそう言って、私の前で武器を構えた。
公平に戦うためか、私と同じ剣である。
というか……。
「訓練って、模擬戦なの?」
「毎朝走ってるんだろう? 体はできてるはずだ。なら、戦い方を覚えるだけでいいだろう」
「私は魔力が少ないんだ。ゼルダみたいに戦えないよ」
「母上は言っていた。かつて、魔力が少なくとも自分の命を脅かした人間がいたと」
え、そうなの?
すごいな、その人。
「お前だって、そうなれるかもしれない」
だからって私にそれができる道理はないんだけど。
でも、本当にそんな人がいるのなら、私も足掻いてみよう。
どこまでやれるかわからないけれど、こうして魔力の強い人間の対処法を見つけられればもしもの時に危機を脱せるかもしれない。
「始めるぞ」
などと思っていると、ゼルダは斬りかかってきた。
覚悟を決めて、私はそれを剣で受ける。
が、受けきれず、簡単に剣を弾かれた。
手放す事はしなかったが、それでも致命的な隙ができる。
そこに、容赦のない一撃がわき腹を打った。
「ぶはっ……」
私は倒れこむ。
痛みで呼吸ができない。
息も絶え絶えに痛みのある場所をみるが、そこには傷がなかった。
斬れていないという事は、剣の腹で打ってくれたのだろう。
「判断は良いが受け切れていないぞ。止められないならば受け流せ!」
助言はありがたいけど、戦いの才能がない人間に無茶を言う。
「早く立て! 戦場で敵は待ってくれないぞ!」
立ち上がろうと試みるが、その際に伸びる筋肉が痛みを訴えてくる。
痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「いくぞ!」
来ないでほしいが……。
待ってはくれないだろう。
痛みに駄々をこねる体を宥めすかし、無理やりに体を動かす。
自分に向けて振るわれる剣。
防いでも弾かれる。
まして、受け流すなんて技術もない。
だから、できる限りの力でぶっ叩いて軌道を逸らす。
そうしてどうにか一撃を凌ぐが……。
「遅いぞ!」
という声と共に、剣を持っていない方の手でさっき打たれたわき腹を殴られた。
痛みに悲鳴を上げつつ踏ん張り、どうにか倒れずに済む。
きっと、手加減もしていたのだろう。
だが、痛みだけはどうしようもない。
と思ったのも束の間、今度は肩に痛みが走る。
剣の一撃だ。
その調子で、私はその後も滅多打ちにされた。
ああ、そうなんだ。
対処なんてできないんだ。
ゼルダはまだ子供。
魔力だって育ちきっていない。
それなのに、これだけの差がある。
この世界で魔力の有無は、こんなに絶望的な差を生むんだ。
挑むなんて無理だし、どうにか凌ぐ事だってできない。
何度も倒れ、起き上がり、また倒れ……。
傷ができないように配慮はされているが、それでも痛みだけはどうしようもなかった。
体にも、次第に力が入らなくなっていく。
意識が朦朧とし、少しやけくそになり始めた頃だった。
私の前に、飛び出す小さな影……。
「お姉様をいじめないで!」
声を張り上げて飛び出したのは、グレイスだった。
それを認めたゼルダの剣が鈍ったのが見えた。
その次の瞬間、グレイスのビンタがゼルダのわき腹に炸裂した。
そのグレイスの手は、バリバリと音を立てる雷光を纏っていた。
攻撃を受けたゼルダの顔がゆがみ、体が浮く。
グレイスから数ステップ距離を取った。
「魔力の性質変化だと? 私もまだできないのに……」
逃げたゼルダに向かい、グレイスは走って追撃する。
一歩一歩を踏みしめた大地からバチバチと電光が弾け、その体からは炎が発せられた。
「雷だけじゃなく、炎まで……!」
「はぁぁぁぁ!」
裂帛の気合が口から発せられ、再度の攻撃がゼルダを襲う。
どうにか剣で防ぎ、反撃を試みようとするがグレイスから発せられる雷と炎がそれを許さなかった。
あと、明らかに空中浮遊している……。
「くっ……!」
それから向かい来るグレイスを相手にどうにか立ち回っていたが、殆ど防戦一方だった。
多分、加減しているのもあるだろうが、手が出せないようだった。
この場にいる誰もが手をつけられないような状況だった。
どうしよう……。
ゼルダにどうしようもないのに、私が何かできるはずもなかった。
でも、止めないわけにはいかない。
二人とも、私にとって大事な家族だ。
「グ……レ、イス」
呼びかけようと声を出す。
けれど、痛みが邪魔をしてその言葉は形になっていなかった。
近づこうにも、体に力が入らなくて動けなかった。
ただ、止めなくちゃ、止めなくちゃ、という気持ちだけが先走る。
「騒がしいな」
そんな時だった。
そう口にしながら、ゼリアが訓練場へ足を踏み入れた。
「何の騒ぎだ……ほう、たいしたものだな。流石はママの子だ」
暴走するグレイスを目にし、ゼリアは笑った。
そしておもむろに近づいていく。
走る炎と雷を体に受けながらも、ものともせずに平然と歩み寄る。
そして、抱きしめた。
「落ち着け。大丈夫だ」
優しく声をかける。
多分、同時に相手の魔力もコントロールしているのだろう。
あの時、私に魔力の扱いを教えてくれた時のように。
「よしよし」
宥めながら、抱きしめた手でグレイスの頭を撫でる。
そうしていると、次第に炎と雷が収まっていった。
完全にグレイスが正気を取り戻すと、彼女の目には涙が浮かび始めた。
びっくりしちゃったんだろうな。
そんな様子を見て、私も完全に力が抜けてその場でへたり込んだ。
「大丈夫大丈夫、ほらお姉ちゃんの所に行け」
そう言われたグレイスは頷くと、私の方へ駆けてきた。
「お姉様」
抱きついてくるグレイスを抱き返して、よしよしと頭を撫でる。
「それはそうと……」
ゼリアはゼルダへ視線をやった。
ゼルダがびくっと震える。
「何があった?」
「はい……」
ゼルダは正直にこの場で起こった事を話した。
「なるほど……。バカモン!」
ゼリアはゼルダの頭に拳骨を落とした。
金属と金属がぶつかるような音が当たりに高々と響き渡る。
「未熟者が人に物を教えるとは何事だ!」
「はい! ごめんなさい!」
「何かあった時にはどうするつもりだった!」
「ごめんなさい! 母上!」
「プライベートでは、ママと呼べ!」
「はい!」
半泣きになりながら、ゼルダはゼリアからの説教を受ける。
ママ、今プライベートなの?
仕事は?
まぁ、それはそれとして疲れたなぁ……。
頭を撫でていたグレイスもいつの間にか眠っている。
私も眠っちゃおう……。
訓練場で私は眠ってしまい、次に起きた時は自室のベッドにいた。
私が目を覚ますとゼルダがお見舞いに来て、謝ってくれた。
原作ロッティは、某ゲームのメトジェイみたいな表情をしている。




