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四十二話 シナリオゼロ クリア

 私はクローディアの乗る馬へ同乗する事になった。

 パパの遺体は、もう一頭の馬に背負わされた。


 その時に触れたパパの体からは温度を感じた。

 まだ生きているんじゃないか。

 そう思えたが、それも束の間の事だろう。


 冬の冷たさ。

 雪の温度がパパから熱を奪っていく。

 その変化を実感したくなくて、私はパパから手を離した。


 けれどその寒さが腐敗を抑え、このままの姿を保って家へ送り届ける事ができる。


 そんな事を考えて、涙がこみ上げてくる。


 私の様子に気付いたのか、クローディアは手綱を握っていない片方の腕でぎゅっと体を抱き寄せてくれた。

 そこから伝わる確かな体温と優しさに、私は(すが)る。


 クローディアの気持ちに甘え、馬の歩みに揺られながら今後の事を考える。


 パパが亡くなった事は辛い。

 そして、これからその事実をママに伝える事も辛かった。




 王城に着き、パパの訃報を伝えた。

 場内では小さくない混乱が起こり、このままでは遺体の安置すらままならない様子だったので私が指示を出した。


 その場で葬儀の手配まで頼み、正直に言って自分の心情すら安定していない今、一人で全て対処する事は不可能だと悟った私はジークリンデへ協力の要請を出す。

 誰かに助けて欲しかった。


 報せが伝わり、彼女が助けに来てくれるまで時間があるだろうがそれまでは私が頑張る事にする。


 それまでは無理をする。

 パパがいない今、人を動かせるのは多分私だけだ。


 あれこれしている内に、ゼルダが聞きつけて玄関ホールで指示を出していた私に会いに来る。


「ロッティ! 父上が身罷られたというのは本当か?」

「本当だよ」


 慌てた様子の彼女に私は事実を告げる。

 息を呑む彼女からは、強い動揺がうかがえた。

 かすかに足が震えている。


「……父上は?」

「地下にある皇族用の霊安室に安置してもらっている」

「……会ってくる」

「その方がいいよ。他の姉妹達と、それにママにも伝えて。一緒に行ってあげてほしい」

「ロッティは来ないのか?」

「私はやらなくちゃならない事があるから」


 手伝って欲しいくらいだが……。

 頼れる様子ではなかった。


 何も手につかない気持ちはよくわかる。

 今の私がそうなのだから。

 それでも誰かが動かなくちゃならない。


「ああ、わかった」


 ゼルダが玄関ホールからいなくなり、私は文官達に指示を出していく。

 今後も恙無く政務に支障なきように、パパの空いた穴に人員を配置しなければならない。

 人員の精査はできないが、それでも今は早さが肝心だ。


 父親の死後の手続きほど辛い事もそうそうない。

 まして、私の指示は今までパパが担っていた役割を他の人間に振り分ける作業だ。

 否応なく、パパがいなくなってしまった事実を突きつけられる。


 身体的な疲労よりも、精神的な疲労が上回る。


「ロッティ!」


 そんな時だった。

 私に呼びかける声があった。

 その声に、私は安心を覚えた。


「ママ」


 ゼリアは、私を見つけると駆け寄ってくる。

 言葉よりも先に、強く私を抱きしめた。


「無事でよかった」

「……パパには?」

「まだ会っていない。……少し怖いんだ。事実を受け入れるのが……。だから、一緒に行こう……。一緒に居てくれ」


 本当かはわからない。

 それは私を気遣ってくれて選んだ言葉かもしれない。

 でも、こうして抱きしめてくれた事がただただ嬉しかった。


 その時になってようやく、力を抜く事ができた。


「シアリーズはお前を守ってくれたんだな」

「……そうなんだと思います」


 私は守られた。

 きっとそうなんだろう。


 私かパパ、そのどちらかを相手は狙っていた。

 パパはそう思っていたようだ。

 だから、パパは自分を差し出したのだ。


 元々、正面から戦えるだけの力を持っていない。

 待ち構える相手に対して、パパは圧倒的に不利だった。

 それでも戦いへ赴いたのは、私を守るためだ。


 それを思えば、申し訳なさでいっぱいになる。


「行こう」


 ママの言葉に頷き、私達はパパを安置する一室へ向かった。


 部屋に入ると、石台の上にパパは横たえられていた。

 運ばれる際に、誰かが身なりを整えてくれたようだ。


「パパ……! パパ……!」


 パパに縋り付き、グレイスは泣いていた。

 そんなグレイスの背中をゼルダがさすっている。


 双子がいないと思って探すと、入り口側の壁に背を預けて二人は立っていた。


「私にも、挨拶させてほしい」


 ゼリアが声をかけると、そこ初めて気付いたのかグレイスとゼルダは振り返った。


「……はい」


 ぐじぐじと涙を拭いながら、グレイスはパパから離れた。

 ゼルダもそれに付き添って移動する。


 ゼリアはパパの前に立つと、その頬に触れた。


「ずいぶんと、冷たくなってしまったな……うう……っ」


 パパに触れたまま、ゼリアは声を押し殺して嗚咽する。


 見ていられなかった。

 私は部屋の外へ出る。


 それを追うように、双子も部屋を出る。


「いいの?」

「「死体を見ているだけなのは退屈でしょう?」」


 その言い様に少し驚く。

 やっぱり、この子達は少しおかしい。


「あまり、悲しそうじゃないね」

「悲しいわよ」

「でも、死なない生き物なんていないじゃない」


 それは当然。

 でも、その当然を受け入れる事は難しい。


「理屈ばかりで人間は動けるわけじゃない。それに、そんな事は他の人の前で言っちゃいけないよ」

「ふふふ」

「言っていい相手と言ってはいけない相手は弁えているつもりよ」

「私には言っても大丈夫だと?」

「「お姉様は私達の言い分を理解してくれるわ。とても理性的だもの」」

「腹は立つよ」

「でも怒らないわ」

「お姉様は理屈で動ける人間だもの」

「「私達と同じよ。お姉様は」」


 二人の言動にはイラつきを覚える。

 でも、怒るほどでもない。

 なら、二人の言う事も間違いじゃないのかもしれなかった。


 そんな事を考えている間に、二人は私の左右に移動して腕を抱いた。


「「だから私達は、お姉様が大好きなの」」


 不愉快な理由で好意を向けられ、少しばかり複雑な気持ちを味わった。




 しばらくそうして、私達は霊安室に戻った。

 それに気付いたゼリアが振り返る。

 その視線が、私に向けられた。


「ロッティ。詳しい話を教えてくれるか?」


 問われ、私は現場で起こった事を話した。

 ゼリアはそれを黙って聞いていた。

 あらかた聞き終わり、ゼリアは口を開く。


「シアリーズを殺したのが誰か、わかるか?」


 その問いに、私は少し緊張する。

 明らかに、声からは怒りが感じ取れた。


「わかりません」


 それは事実だ。

 私は襲撃者の姿を見ていない。


「そうか。だが、バルドザードに違いない」


 確かに、これまでの事を考えればバルドザードしかありえない。

 それ以外に、動機を持つ人間もいないはずだ。


 でも……。


「どうでしょうね」

「他に考えられるか?」

「……だとしても、疑惑だけです。確かな事はわかりません」

「決まっているようなものだ」


 これはよくない。

 ゼリアはパパを亡くした事で感情的になっている。

 わからないでもないけど……。


「落ち着いてください。ママは、行き所のない怒りをバルドザードに向けてるだけです」

「なら、お前は怒っていないのか? 悔しくないか? 悲しくないのか? えらく冷静じゃないか」


 言葉には攻撃的な色があった。

 彼女の言葉には共感できる。けれど……。

 私に対してゼリアがここまで敵意を見せた事はなく、それが妙に悲しく思えた。


 お姉様は理屈で動ける人間だもの。


 双子の言葉が頭を過ぎり、不愉快さを覚える。


 ……理屈で動いているわけじゃない。

 十分に取り乱した後だからだ。

 気持ちを整理する時間が私にはあったからだ。


 だから私が止めなくちゃいけない。

 今まで、パパがそうしてきたように。

 私が、ゼリアをここで止めなくてはいけない。


「ママの気持ちはわかります。でも、ママは感情的になってはいけないんです。そういう立場なんですから」

「知った事か!」


 急に怒鳴られて体がびくりと竦む。


「おまえは、自分が何を言っているのかわかっているのか? シアリーズは、お前を守って死んだんだぞ!」


 ゼリアの言葉に、心へ痛みが走るのを感じた。


「仇をとろうと思わないのか? お前にとって、シアリーズはそんなに軽い人間だったのか?」

「だったとしても、怒りをバルドザードに怒りをぶつけたら戦争になってしまうから……」

「戦争になればいい! 望むところだ!」

「そうなったら、たくさんの人が死にます。味方も敵も、たくさんの人間が……」

「もういい!」


 ゼリアは私の言葉を遮り、部屋を出て行こうとする。


「ま、待って――」


 私の隣を通るゼリアを止めようと肩を掴む。


 が、簡単に振り払われる。

 ゼリアは私を睨んでいた。

 今までに向けられた事のない冷たい目だ。


「お前がそんな人間だとは思わなかった。私はもう、お前を娘だと思わん」

「ママ!」

「ママと呼ぶな! お前の事なんてもう知らない!」


 怒鳴りつけ、ゼリアは部屋から出て行く。

 過剰に強く閉められたドアの音が、明確な拒絶の意思として私の心に響く。


 どんな時でも私を慈しんでくれたゼリア。

 そんな彼女が初めて私に向けた拒絶の感情。

 それを受け、私は思いもよらぬダメージを受けた。


「ママは今、悲しくて仕方ないだけだ。本心であんな事を言ったわけじゃない」

「お姉様、大丈夫だよ」


 ゼルダとグレイスが慰めてくれる。


「ロッティ。疲れているだろう? 今日はもう自分の部屋で休め」

「でも、やらなくちゃならない事が……」

「私達でやっておくよ」

「ありがとう」


 実際、疲れていたんだろう。

 私の口からは逡巡もなく、感謝の言葉が出ていた。


 部屋へ戻り、ベッドに倒れこんだ。


 体が動かない。

 ベッドに体が縫い付けられたようだった。


 私だって悲しくないわけ、ないじゃない……。

 パパが死んだのは多分、私のせいなんだ。


 私がゼリアを止めようとしたのは、戦争を起こしたくないからで……。

 だから今まで、頑張って……。


 本当に?


 ふと、疑問が心に浮かぶ。


 私は、予めこの世界に起こる出来事を知っていた。

 そんな私ならば、今の状況を変えられたはずだ。

 それができなかったのは、結局私が自分の無力さを言い訳に何もしてこなかったからじゃないのか?


 ……そうだ。

 ゲーム本編に、パパは出てこない。

 そして、ゼリアはバルドザードを滅ぼす事に執念を燃やしていた。


 それはパパがゲーム本編以前に殺された事が原因じゃないのだろうか?

 でなければ、あんな状況にならないはずだ。


 その事実に気付いて、愕然とする。


 私には……。

 私だけが、変える事ができたかもしれないのに……。

 私はそれに気付かなかった。


「あぁ、ああああぁぁぁぁっ!」


 その事実に至ると、頭を抱えて狂ったような声を上げた。


 本当に私のせいじゃないか!

 私さえしっかりしていれば、私はパパを助けられたかもしれないのに!


 私は怠慢だったんだ。

 パパに任せれば大丈夫だと、頼り切って……。

 積極的に現状を打破しようとしてこなかった。


 私のしてきた事って何だよ!

 農業をほんの少し発展させて、リュー達と仲良くなっただけじゃないか!

 全部、自分の保身のためにやっていた事だ。


 パパはずっと、私を守るために身を投げ出していたのに……。


 ああ、本当に怠慢だ……。

 自分には何もできないからと言い訳を重ねて。

 本当は何もしなかっただけなのに。


 私がもっと賢ければ……。

 もっと思慮深くあれば……。

 もっと積極的であれば……。

 もっと手段を選ばなければ……。

 油断などしなければ……。


 何を思おうと、もはや故人に報いる事はできない。

 これからは後悔だけが募るばかり。

 何をした所でそれは消えない。


 報いる事ができないならば、これは自分の気持ちの問題だ。

 自己満足でしかない。


 ならばこれからは、自己満足で生きてやる。


 自分は無力だから?

 関係ない。

 たとえ力がなくとも、できる事は全部やってやる。


 これからは、私が家族を守る。

 それがパパのしたかった事だろうから。


 そして私は自分の望みによって、パパを殺した人間に復讐する。

更新分はここまでになります。

続きは次の月末に。

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