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四十話 よくわからない悩み

 今回は三話分の更新になります。

 イツキの家で向かえた吹雪は、二日経った今も止まなかった。

 風の音と窓を叩く雪の粒が、その猛威を伝える。

 キッチンの窯を暖炉代わりにしても、感じる寒さに衰えはない。


 室内で過ごせるのは幸運だ。

 しかし問題がないわけではなかった。

 備蓄の食料が心許なくなりつつある。


 外へ採りに行く事もできず、それでも吹雪がいつ止むかわからない。

 数時間すれば止むのか、明日には止むのか、それとも数日は治まらないのか……。

 わからないから、消費する食料を抑えなければならなかった。


「畑、大丈夫かな?」


 イツキは蓋のされた窓へ目を向けながら、心配そうに呟く。

 遮られた視線の先に、彼女の畑があるのだろう。


 そんな折、ボラーが立ち上がった。


「……外で食料を獲ってきます」


 そう告げ、外へ向かおうとする。


「やめた方がいいですよ」

「大丈夫です。遠出はしません。それに私は、魔力量が多い方です」


 それは見ればわかる。


「……炎熱の属性変化はできますか?」


 個人差ではあるが、魔力を様々な属性へ変化できる人間がいる。

 ママやグレイスがそうだ。

 二人はその中でも珍しく、複数の属性に変化できる。


 ボラーが炎熱の属性を持っていない事を知っていながら、私はそう問いかけた。


「ありません。でも、このままでは食料も薪も尽きます。体力に余裕のある今、行っておくべきです」


 彼女は(かたく)なだった。


「一理あると思うよ。僕も行く」


 そんな中、パパも賛同する。


 私はその提案に心配を覚えた。

 しかし、パパは無謀な事をしないだろうという信頼もある。

 パパが行った方がいいと言ったなら、それは本当に必要な事なのだろう。


「無理しないでください」


 そう声をかけ、外へ出る二人を見送る。

 開いたドアから吹き込む、風の強さと寒さに不安を覚えた。


 二人が外へ出て、私はイツキと家で二人きりになった。

 リビングのテーブルに向かい合って着く。


「大丈夫でしょうか?」


 イツキは不安そうに呟く。

 心なしか顔色も悪い。


 無理もない。

 食料の節約で満足に食べていないのだから。

 そういう私もお腹が減って少しふらつく。


 きっと寒さでカロリーの消費が多いのだろう。


「……わかりません。不安ですね」


 慰めの言葉を向けようと思ったが……。

 上手く言えそうになくて、私も素直な心情を吐露した。

 気遣えるだけの余裕が私にもなかった。


「私は魔力量が少なくて、いつもボラーちゃんに頼ってばかり。両親にもずっと、苦労をかけてきました。それがもどかしくて……」

「わかるよ。私も、魔力量が少ないから……」

「……あなたの場合は、仕方のない事だと思います」


 イツキは私の方を見て言った。

 視線を向けると合わず、私の視線より下の方を見ている。


「私、女の子だからね?」

「え! すいません。失礼しました!」


 ああ、やっぱり男だと思われてたか。


「でも、身分の高い方もそういう悩みを持っているのですね」

「身分が高い方が、そういう事を気にする人は多いと思うよ。色々と嫌味を言われるし」

「大変ですね。私は、この村でそういう事を言われた事がないですから」


 共感を得て、心が(ほぐ)れたのかもしれない。

 イツキは表情を(ほころ)ばせた。


「助けになりたいのに、自分には何もできないの。辛いですよね」

「そうだね。ふと、自分が本当に無力なんだと実感する時があるよ」


 私がもっと強ければ、現状ももっと変わったんだろうか?

 バルドザードの問題も色々と打開して、何の憂いもなく過ごせたんだろうか?


 ゲームの事を知っているから、私ならそういう事ができたかもしれない。

 でも私には、何も力がないから……。


「食事の準備をしますね」


 外の様子が見えないから解らないけれど、もう昼時か。


「お願いします」


 立ち上がるイツキに声をかける。

 が、イツキはその場でふらついた。

 倒れそうになったのを見て、私は思わず立ち上がった。


 手を伸ばしたが、届かない。

 けれど幸いにも、イツキは窯に手をついて転倒を免れた。


「大丈夫?」


 彼女に駆け寄り、声をかける。


「大丈夫です。少し、立ちくらみを……」


 その答えを無視して、私はイツキの額に手をやった。


 熱い……。


「熱があるじゃないか」

「大丈夫です」


 そうは思えなかった。


「大丈夫じゃないよ。とりあえず、寝た方がいい」


 私は彼女に肩を貸しながら、部屋へ向かう。

 彼女の部屋は廊下の右側だ。


 部屋にある家具はベッドとテーブルだけだった。

 テーブルには、人形や一輪挿しの花が飾られている。

 ベッドには枕が二つ並んでいた。


 あまり広くないベッドで、二人は身を寄せ合って眠っているのだろう。


「ほら、休んで」

「すみません」


 謝るイツキの額にもう一度触れる。

 彼女の顔は熱のためか赤くなっていた。

 そして改めて気付く。


 イツキの体はあまりにも細かった。

 同年代の少女と比べれば、その体つきは殊更に……。

 明らかに栄養が足りていない。


 何か食べ物……。

 探してみるとほうれん草とじゃがいもしかなかった。

 肉類はない。


 私達が持ってきた食料は尽きていた。


 とりあえず、カロリーの確保を考えた方がいいか。

 食料は節約しなければならないが、彼女のために使うなら許してもらえるだろう。


 油でもあればカロリーを上乗せできるのに。

 何より、カロリーだけでなんとかなるだろうか?

 動物性由来の栄養素が欠乏しているなどという状態だったら私にどうしようもない。

 パパとボラーが食べ物を獲ってきてくれるのを待つ事しかできない。


 とりあえず、野菜と水と塩だけでスープを作る。


「スープ、飲んで」

「ありがとうございます」


 スープを掬った木の匙を口元に持っていき、イツキに飲ませる。


「慌てないで。ゆっくり」

「はい」


 もどかしい。

 本当に、私はたいした事ができない。


 パパ、早く帰ってきて……。

 そう願いながら、私は二人の帰宅を待った。


 時間が経ち、イツキはいつしか眠っていた。

 触れた肌はまだ熱い。

 むしろ温度は増しているように思えた。


 隙間風の音と冷えた空気。

苦しそうなイツキの姿を見て過ごす時間が、とても長かった。

 そんな時、ようやく二人が家に帰ってくる。


 いてもたってもいられず、私は玄関まで向かった。


「何があったの?」


 そんな私を見て、パパは問いかけた。

 よっぽど切羽詰った顔をしていたのだろう。


「イツキが体調崩して……」




「長期的に栄養の足りていない状態だったんだろうね。そこにこの寒さとさらなる栄養の欠乏が重なって体調不良を起こした。……いや、そこに病も併発しているかもしれない」


 倒れたイツキを診断し、パパが今の状態を説明してくれる。


「大丈夫なんですか?」

「栄養失調だけなら滋養のある物を食べさせればいい。でも、それだけじゃないように思える」

「他に何か原因が?」

「弱った体を病に付け込まれたかもしれない。この村に医者は?」


 パパはボラーに問いかける。


「いません。いなければ、助からないのですか?」

「……幸い、栄養の確保はできている」


 帰ってきた二人は、ウサギを仕留めてきていた。


「栄養補給で体調が戻れば問題ないが、そうならなければ医者に診せる必要がある。少し距離はあるが、隣町には医療所があったはずだ」

「じゃあ、助かる?」


 希望が見え、私は表情を綻ばせながら問い返した。

 けれど、パパは肯定しなかった。


「お金なら、私が出しますよ?」

「それは僕が出すからいい。それよりも問題は雪だ。吹雪が長く続けばイツキちゃんはもたないかもしれないし、止んだとしても隣町までの道は雪で埋もれているだろう。急いでも間に合うかどうか……」


 雪か……。

 吹雪だけはどうしようもない。

 でも……。


 私はボラーに向き直った。


「ボラーさんは飛べますよね?」


 私の言葉にボラーは驚いた。


「何故そう思うのですか?」

「直感です」


 本当は知っていただけなんだけどね。

 ゲームの彼女は飛行ユニットだったから。


「鋭いですね……」


 その言葉は肯定と同じだった。


「だから雪道は問題にならないと思います」

「なら、吹雪だけが問題か。早く止んでくれるといいんだけど」


 吹雪さえ()んでくれれば、ボラーの力で何とかできる。

 問題は解決だ。


 けれど、ボラーの表情は晴れなかった。

 眉間に皺を寄せた彼女の顔は、苦悩で強張っているように見えた。

 この期に及んで、何を悩んでいるのだろう?


「私は、彼女を助けてもいいのでしょうか?」


 そしてそんな言葉が彼女の口から漏れる。


「どういう意味です? 助けちゃいけない理由があるんですか?」

「私はここへ来る前、民を管理する立場にいました……」

「……それで?」


 言葉を躊躇う彼女に促す。


「そこで私は、多くの人間を見捨ててきたんです。王からの命があったとはいえ、圧政を敷き……。苦しみを撒いてきた。飢えに苦しみ、労働に倒れる人々を見殺しにしてきました。だから、許されない気がするんです」


 辛そうに、彼女は目を伏せて続ける。


「私は彼女を助けたい。でも、そんな私欲で動いてしまってもいいんでしょうか? 今まで見捨ててきた人々に、申し訳が立たない気がします。何故あの時助けてくれなかったんだ? そう問われるのが怖いです」


 彼女の言い分を訊いて、私は思わず落胆の溜息を吐いた。


「は? そんなゴミみてぇな理屈で見捨てようとしてんの?」


 かなりわけのわからない理由に、私は思わずそう訊き返していた。

 私の言葉にボラーは驚いた顔をする。

 こんな言葉遣いをすると思っていなかったのだろう。


「死んだ人間が問いかけてくるか、馬鹿!」


 大きな声が罵倒され、ボラーは戸惑った様子で目をぱちくりさせる。


「あんた、ずいぶんと上から目線だな」

「上から目線?」

「生殺与奪の権利がある立場で、生死の選択に迷う人間が上から目線以外の何だと思ってる? 人の命と天秤にかけられるほど、自分の気持ちは重いのか?」


 本来、悩むにも値しないんだよ。

 こんな事は。


「言いたい事はわからんでもないよ。為政者としてはそういう視点が必要だ。でもあんた、もうその立場にないだろう?」


 ボラーはハッとした表情で私を見る。

 今気付いたとばかりの表情だ。


 なんだこいつ、頭が悪いのか?


「あんた、人を見捨てるのが嫌で立場を捨てたんでしょ? なのに、同じ事してたら意味ないだろうが!」


 怒鳴りつけた私をボラーはじっと見ていた。


「本当だ……。私は何を迷っていたんでしょう?」

「知らないよ」


 本当に何を迷っているのか。


「そうだ。助けてもいいんだ……。見捨てる必要なんて、何もないんだ」


 ボラーは独り言のように呟く。

 表情から苦悩は消えていた。


「ロッティも怒る事があるんだね」


 パパが私に声をかける。


「そんなに珍しい事じゃないですよ。双子やターセムの子達相手には結構怒ってます」


 思えば、パパの前ではそういう姿を見せてこなかったかもしれないな。


「……彼女は私の家族。家族だと、言ってくれました。……助けたい。私は彼女を……」


 ボラーは顔を上げる。


「ええ。力を借ります。ヘルメス!」


 彼女が声を上げるのと同時に、窓の蓋を突き破って何かが室内に侵入する。


 とてもびっくりした。

 思わず頭を手で庇う。


 進入したそれは、ボラーの足元に降り立つ。

それは一足の靴だった。


「これは、まさか聖具?」


 パパが驚いた様子で呟く。


 聖具ヘルメス。

 ボラーが選ばれた聖具だ。


 でもゲームではリュー達と合流してから選ばれる物で、タイミングが早すぎる。


 彼女が靴に足を通すと、青い粒子が翼のような形に噴出した。

 しかしそれは一瞬の事で、すぐに粒子は消える。


「……隣町に行ってきます」

「今から!?」


 ボラーの宣言に私は驚きの声を上げた。


「いける気がするんです」

「気がするだけじゃいけないよ」

「大丈夫だと、ヘルメスは言っています」


 そういえば、ヘルメスの能力は装備者に移動力+2と空中での回避能力30%アップ、そしてバリアを付与するというものだった。


 移動能力に加えて、バリア能力で風雪を防げると考えれば、確かに大丈夫なのかもしれない。


 でも、どこからともなく現れた謎の喋る武器の言葉をどうして簡単に信じられるんだろう?

 私は知っているから信じられるけど。

 この素直さも聖具を扱える人間の素養というやつなのかねぇ。


「聖具の力なら、それもできるかもしれませんね」


 私が納得を見せると、ボラーは寝室へ向かう。

 少しして、毛布に包んだイツキを抱いたボラーが寝室から出てくる。


「行ってきます」


 そう言って笑みを作ると、ボラーは激しい風雪の吹き荒ぶ外へと出て行った。


「気をつけて」


 聞こえたかは解らないが、私はその背中に言葉を送った。

 ゲームのボラーも自力で気付いて答えを出したのですが、雪が止んでから隣町へ向かったのでイツキを助けられませんでした。

 その結果拗らせてしまい、世捨て人として放浪する事になります。

 この頃のロッティは領地経営に乗り出し始めた頃で、領地で圧政を敷いています。

 二人が面識を持つ事はありえません。

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