三十九話 黒い騎士
襲撃犯を警戒していた事もあってか、本来の予定が大きくずれてしまったらしい。
秋が過ぎつつあり、雪もちらほらと降り始める頃になってから、今年の視察が行われる事になった。
結局、領に戻ってから一度も事件らしい事件は起きず、この時期になってしまった。
それまでの期間、私はずっとリューや姉妹達と遊んでいただけと言っていい。
そしてパパから囮作戦の終了を告げられると同時に、視察へ同行するかどうかを問われた。
迷う必要もなく私は二つ返事で着いていく意思を告げ、今はパパと同道している。
「今回はスムーズでしたね」
「みんな良い子で助かるよ」
もうすでに領の視察は完了している。
派手なトラブルはなかった。
不正などは見られないし、領の状態もだいたいが良好だ。
土地の貧しさや経営の不味さなどで良好でない領もあったが、それらは今後の課題としてその場で言及する類の問題ではなかった。
あれこれあって、出発から数週間が経っている。
すると雪の積もる場所も見られるようになった。
今いる場所は国の北端に位置し、バルドザードとの国境が近かった。
横たわる山脈が寒い風を運んでくるのかもしれない。
「降ってきた」
上を向き、パパは呟く。
最初わからなかったが、私も真似をして上を見ると頬にぽつりと冷たいものが当たった。
「この辺りは今の時期でも吹雪く事があるからね。宿泊場所を早めに見つけた方がよさそうだ」
パパは馬上で器用に地図を広げた。
「ここだね」
すぐに目星をつけ、視察団に指示を出す。
そうして辿り着いた農村には宿泊施設がなかったので、複数の民家に泊めてもらうよう交渉する事となった。
私とパパが宿泊する事になった民家の家主は、私とそう歳も変わらないような黒髪の少女だった。
部屋の関係で今回、クローディアは別の家へ宿泊する事になっている。
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくおねがいします……」
身分を明かしてはいないが、身なりから上流階級の人間だと気付いているのだろう。
少女は恐縮した様子で頭を下げた。
「お名前は?」
「イツキです」
名前の雰囲気が和風だ。
もしかしたら、彼女もマコト達と同じ源流の人間なのかもしれない。
「うちには、空き部屋があったので丁度よかったです。元は両親の寝室だったので、ベッドもありますし」
「失礼ながら、ご両親は?」
「三年前に死にました……」
「すみません。不躾な事を訊いて」
「いや、そんな、頭を上げてください」
家は玄関から入ってすぐにキッチンを兼ねたリビングとなっており、そこから短い廊下が伸びていた。
廊下の先は壁に突き当たり、左右には二つの部屋がある。
私達が通されたのは左の部屋だった。
案内された部屋にはベッドとクローゼットだけで、他の家具類は見当たらなかった。
三年前に部屋の主は他界したと聞いたけれど、生活の痕跡が残っているように見えた。
ほこりが積もっていない所を見ると、イツキがあえて維持しているのかもしれない。
「ゆっくりしてください。夕食ができたらお呼びしますね」
「そうしてくれると助かるよ」
パパがそう返事をする。
「出来たら呼びますね」
そう言って、イツキは部屋から出て行った。
報奨と持参の食糧を渡すという条件で、宿泊させてもらう事になっている。
その食糧を備蓄に回すか、私達の食事に回してくれるかは自由だ。
できれば出してほしいが、どうなるだろうか?
「そういえば、今回このルートで視察を行ったのは囮作戦の延長ですか?」
「うん。国境が近いここなら、襲い易いはずだからね。これで襲ってこないなら、もう襲撃はないと見て良い」
安心が欲しかったんだよ、とパパは答えた。
しばらくすると呼ばれ、部屋を出る。
部屋から出ると食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐった。
この独特の香りは、多分……鮭かな?
そんな物は渡した食料の中になかったはずだと思いつつ、食卓へ移動する。
すると、食卓には既に先客がいた。
黒く長いストレートヘアの小柄な女性。
表情を作っているわけではないのに、下がった目尻からは穏やかな印象を受ける。
ボラー……。
心の中で彼女の名前を呟く。
私は彼女の事を知っていた。
何せ、彼女はゲームにおける主要人物。
聖具の使い手の一人だったのだから。
食事は鮭の切り身を入れた煮物だった。
野菜はたまねぎとじゃがいもだけである。
「鮭はボラーちゃんが獲ってきてくれたんですよ」
と、イツキは笑顔で説明してくれた。
「一匹しか獲れませんでしたが」
ボラーは控えめに答えていた。
食事のメニューはシチューとパン。
パンは私達の食糧にあったものだ。
保存が効くよう堅めに焼いたものだったが、煮物につけてふやかすと美味しくいただけた。
「二人は、姉妹なんですか?」
そんなはずはないと思いつつ、私はそう訊ねた。
「いいえ、違います。でも、私はお姉ちゃんみたいなものだと思っています。ボラーちゃんがいるから、寂しくないんです」
否定しつつも、イツキはそう答えた。
その答えに若干の驚きを見せつつ、ボラーは少し嬉しそうだ。
「私は旅をしていたのですが、行き倒れていた所を助けられました。それ以来、こちらでお世話になっております」
そんなボラーの口調に何か気付いたのか、パパが口を挟む。
「聞き慣れない訛りですが、ご出身は?」
問われて少しの緊張を見せるボラー。
逡巡が見られたが、少しして口を開く。
「……すみません。答えたく、ありません」
「そうですか」
警戒を見せるパパ。
「事情は人それぞれありますよ。父上」
「それもそうだね。失礼した」
私が言うと、パパは同意してボラーに謝る。
「いえ、こちらこそ答えられず申し訳ありません」
食事を終えた私達はイツキとボラーに礼を言って、部屋に戻った。
「彼女はバルドザードの人間だな」
部屋に戻るなり、パパはそう告げた。
「そうだと思います」
「ロッティも気付いていたのか」
「ええ、まぁ」
「だったらいいんだ」
恐らく、警戒を促すつもりで口にしたのだろう。
そんな時だった。
部屋の中に雪が吹き込み始める。
「やっぱり吹雪きそうだね」
部屋の窓はガラスでなく、木の蓋を棒で固定するだけの簡素な物だった。
パパが棒を外し、蓋についた紐を窓枠の止め具にくくりつけて固定する。
外の音が遮断される。
しかし、少しするとゴォゴォと風の音が無視できない大きさで聞こえてきた。
窓の蓋はパパがきっちりと閉めてくれたけれど、それでも立て付けが悪いのか時折隙間風の音が鳴る。
しばらくパパと会話していたけれど、話題が尽きてお互い無言になる。
私はベッドに寝そべった。
ボラーについて考える。
ボラーは聖具ヘルメスに選ばれる、使い手の一人だ。
仲間ユニットのなかでは唯一バルドザード出身で、つまり敵国の人間だったりする。
だから、パパの直感は正しい事になる。
バルドザードでは領主の娘であり、なおかつ騎士でもあった。
しかし、バルドザードとそれに従う親のあり方に疑問を持ち、出奔。
リシュコールで世捨て人のように暮らしていた。
バルドザードは邪神復活の一環として、戦争を始める準備も兼ねて負の念を集めるために圧政を敷き始めていた。
それがボラーにとって見るに耐えないものだったのだ。
あるステージにおいて彼女は仲間になるのだが。
その頃はリシュコールに対する反乱が各地で起きており、治安も悪くなっていた。
ママの目がバルドザードに向くと、混乱に乗じた賊が活発に動き始めるようになったのだ。
そのステージではもう一人、聖具の使い手であるリアという女性騎士が登場する。
彼女は一人で賊を圧倒していたが、村に住む少女を人質に取られて窮地に陥る事になった。
それを打開したのがボラーだった。
世捨て人として村々を放浪していたボラーは、たまたまその村にいた。
戦いの場に居合わせた彼女は、賊に奇襲をかけて人質を救出する。
なし崩し的に戦闘へ参加した彼女は、成り行きで仲間になるのだ。
リアは白い鎧が特徴的な騎士で、ボラーの服装は黒い。
白と黒の騎士が揃って仲間になるというイベントだ。
そんな彼女が、この村にいる事が意外だった。
それに、少し雰囲気も違う。
ゲームの登場年齢と違うので、若いというのもあるのだが……。
何か、根本的に違っているように思える。
ゲームのボラーはもっと……暗いというか……。
死神じみた雰囲気のある美人だった。
今は穏やかそうな印象こそあれ、陰のようなものはない。
この違いは、何が原因なのだろう?
とりあえず、味方側主要人物の名前だけはこれで全部出たはずです。
十二人は多いですね!
今回の更新はここまでです。
ではまた次の月末に。




