三十六話 激突! リュー対ゼルダ
タイトルの表記をミスしていたので修正いたしました。
領地に戻ってきて数日。
特に事件が起こる事もなく、私は領地での日々を過ごしていた。
襲撃を予期して気を張っていたが、それも緩みつつある。
「今年は去年以上に収穫量が増えましたね。いえ、それどころかこんなに豊作となったのは今までになかった事かもしれません」
資料を提出してもらう際に、村長が言う。
渡された資料を見ると確かに数字が伸びている。
「今までやってきた事に結果が出ると嬉しいものですね。組み合わせのパターンも揃いましたし、そろそろ詳細な生育計画を立てる時かもしれません」
ターセム以外の村での組み合わせパターンも揃ってきている。
データは十分だろう。
「ローテーションについてのマニュアルを作りましょうか」
資料の編集作業も考えれば、今日は忙しくなりそうだ。
泊まりになるだろう。
「ロッティ、暇?」
などと思っているとリューが窓の外から声をかけてきた。
「暇じゃない」
「暇そうに見える」
「見えるだけ」
「ちょっとぐらいいいだろ?」
「今日は本当に少しの時間もないからダメ」
いつもなら融通を利かせるが今日は作れる時間がない。
時間が空いたら休憩に回したいくらいだ。
リューもそれを察したのだろう。
つまらなさそうだったが、渋々とその場を離れた。
そうして私は書類と格闘していたわけだが……。
不意に、外が騒がしくなった。
「何だ、てめぇら? どこのもんだよ?」
「挨拶もできない礼儀知らずに、明かすような事は何もない」
明らかに知った声である……。
一方はリュー。
それはともかく、もう一方はゼルダの声だ。
なんでここに? と不思議に思う。
が、それ以上に今は仕事の方が大事だ。
「てめぇらみたいな怪しい連中に、こっちも名乗る名前なんてねぇんだよ!」
連中?
一人じゃないの?
そりゃあ、一人で出歩ける身分でもないけど……。
「そーッスよ! あんたらすごく怪しいッス!」
「あ、怪しくないよ……」
ケイに対して尻すぼみに反論したのは、グレイスの声だ。
二人で村に来たの?
「無礼なやつめ……。お前と話をするのは無駄なようだ」
「じゃあ、どうしようってんだよ?」
「決まっている」
「へっ、そっちの方が俺も好みだぜ」
……仕事に集中できない。
私は仕事を中断して玄関の方へ向かった。
外に出ると、いつもの三人とゼルダ・グレイスの五人が向かい合って対峙している所だった。
あ、ゼルダが珍しく服を着ている。
丁度、騒ぎを聞きつけたであろう村長も家の外へ出てくる。
「これは、いったい?」
「多分、私の姉妹とリュー達がもめてるだけです」
「なんですって!」
私の姉妹という事は皇女だ。
村長の顔色が悪くなるのも仕方がない。
「大丈夫です。私が止めます」
私は村長を安心させるように言い、双方の間に割り込んだ。
「「ロッティ!」」
リューとゼルダが同時に私の名を呼ぶ。
それに気付き、互いはまた睨み合った。
「何してんの二人とも?」
「怪しい奴がお前に会いたいって」
リューが報告してくれる。
「絶対、この前襲ってきたやつらの仲間だぜ!」
根拠もないのに何故断言できる?
「私はロッティの姉だ」
「妹だよ」
ゼルダとグレイスはそう名乗る。
「ほら、こんなウソ吐いてる!」
「いや、本当に姉と妹だから」
人差し指でゼルダを差して言うリューに、私は事実を告げた。
「ええーっ! 全然似てない!」
「私は父親似だから」
私は小さく溜息を吐いた。
「素性がわかったんだからもう解決したね。はいはい、解散解散」
私が言うと、二人は押し黙った。
「確かに、諍いを起こす必要はない」
「そうだな。理由がなくなっちまった」
「「それはそれとして気に食わない!」」
二人の意見が同調する。
「こいつとは、ここで決着をつけておかなくちゃならない気がする」
少年漫画みたいな事を言う……。
「気のせいだよ。錯覚だよ」
「同感だ」
ゼルダもそれに同意した。
「だから気のせいだって」
「大丈夫だ。私は負けない」
違う、そうじゃない。
人の話を聞け!
「ああ。怪我しねぇように手加減はしてやるよ。お前の姉ちゃんだからな」
ダメだ。
二人共、私の話を聞こうとしない。
「村長すみません。止められませんでした」
「んむむ、リューだけなら私が止められます」
そう提案する村長だったが、ゼルダが口を挟む。
「いや、止めてくれるな。何があっても咎めはしない」
どうしましょう? と村長が目で問いかけてくる。
「もう放っておいていいです」
何か、急に面倒になった。
ここでわちゃわちゃと二人を止めようとしても、時間がかかるだけだ。
本来なら、仕事に割くべき時間だ。
どつきあって決着がつけば、二人共満足するだろう。
「咎めないだ? 偉そうに言いやがって」
「無礼は見逃すと言っているんだ。その不満は言葉じゃなく、行動で示したらどうだ?」
「そういう態度が気にいらねぇって言ってんだ」
……勝手に戦え。
私はその場に背中を向けて部屋に戻ろうとした。
それをグレイスが追ってくる。
「いいの?」
「いいよ。私忙しいから。……グレイス、仕事手伝ってくれる?」
「え、はい!」
グレイスは嬉しそうに返事をした。
私の妹は可愛い。
そのままグレイスを伴い、私は部屋に戻った。
グレイスに手伝ってもらいながら、仕事を再開する。
外からは甲高い金属音が断続的に聞こえてくる。
……うるさい。
「へっ、ようやく一撃入れてやったぜ」
「ほう、侮り過ぎていたようだ。少しだけ、本気を出してやろう」
「あれで本気じゃなかったッスか?」
「そんなもん、口だけならいくらだって言えるぜ!」
「ハッタリかどうかはその身で判断するがいい!」
「こ、この技は! ぐああああああっ!」
「リューが! リューの体が、婆ちゃんが昨日料理したカボチャみたいに……っ!」
……集中できない。
「身の程を知ったか?」
「……まだだ。……まだこれが俺の全部じゃねぇぜ! うおおおおっ!」
「これは! まさか! ぐあああああっ!」
「見たか! これが俺の必殺技だ!」
どさぁっ、と何かが地面に落ちたような音がする。
「……やるじゃないか」
「あ、あれを食らってもまだ立つッスか……!?」
「もう少しだけ本気を出すべきのようだ」
どんだけ寸刻みで本気出してんの?
「はっ!」
「服が一瞬で!」
脱いだな、ゼルダ。
結局、集中できなくて予定のノルマを達成する事ができなかった。
「おつかれさま。手伝ってくれてありがとう、グレイス」
仕事が終わり、手伝ってくれたグレイスを労う。
「えへへ、お姉様の助けになったなら嬉しいです」
村長が部屋のドアをノックする。
「夕食の準備が整いました」
「はい。今行きます」
食堂に向かうと、すでに他の面々がいた。
いつもの三人に、ゼルダもいる。
ゼルダはちゃんと服を着ていたが、来た時とは別の服に着替えていた。
よかった。
裸のゼルダなんていなかったんだ。
それはそうとリュー、ぼっこぼこやないか。
体中が打ち身でうっ血しているし、目蓋が腫れて左目が開いていない。
でも表情は笑顔。
対して、ゼルダはほぼ無傷だ。
まぁ、子供の頃から訓練を受けてきたゼルダと戦えばこうもなるか。
いずれ打倒できるほど強くなる事を私は知っているが、今はまだ程遠い。
「しかし、お前はまだまだ弱いが、見所のある奴だな」
「そうか? あんたにそう言われるのは悪くないな。次は負けないからな」
「楽しみにしているぞ。まぁ、かなり先の事になるだろうがな」
「こいつぅ」
リューとゼルダは妙に気安げに、笑いあいながら話していた。
殴り合って和解したらしい。
席も隣同士に座っている。
元々、相性がよかった事はゲーム知識で知っているんだけどね。
「ずいぶん、仲良くなったね」
「ああ、ロッティ。やっぱり、触れ合ってみないと人とは解り合えないもんだ」
触れ合うどころじゃなかったけどね。
私はゼルダの向かいの席に着いた。
その隣にグレイスも座る。
私が揃った事で、皆が料理に手をつけ始めた。
「美味いな、この料理」
ゼルダはピザを食べて舌鼓を打つ。
「ありがとうッス」
ケイがお礼を言う。
これは彼女が作ったという事なのだろうか。
「それはそうと、どうしてここに来たの?」
私は聞きそびれていた事を問いかけた。
「遊びに来ただけだ」
「パパに止められなかった?」
「……」
ゼルダは何も答えずに視線を逸らした。
グレイスの方を見ると、彼女もそっぽを向く。
止められたけど黙って出てきたな?
「ロッティが心配だったんだ」
じとっとゼルダを見ていると、彼女はそう答えた。
「聞けば、また襲撃があるかもしれないという話じゃないか。心配だってする」
「それで、じっとしてられなくて……」
その気持ちは嬉しい。
でも、パパとしては気が気じゃないと思う。
私を囮にする事も苦肉の策だったはずだ。
そんな手法を採用ったのも、全ては家族を守るためだろう。
パパは感情と別に、最善を選べる人間だ。
それなのに、守ろうとしている存在が危地に飛び出してしまっている現状は頭を抱えたくなる事態だろう。
「今日は仕方ないけど、二人共明日には帰った方がいいよ」
「寂しい事を言うな」
「私がここにいる理由、聞いてないの?」
「それは……聞いてる」
ゼルダは真剣な顔つきになって答えた。
険しい表情。
どこか、怒っているようにも見える。
「父上の言いたい事はわかるさ。それが最善の方法だっていうのもわかってる。だがな、ロッティだけが危険を負うのは納得できない」
「パパは犠牲を必要最低限にしておきたいだけだよ」
もしもの事があっても、私一人だけで犠牲を留めようとしている。
「わかっていると言っただろう。でも数の話じゃない。私の気持ちの話だよ」
「ゼルダの気持ち?」
「私達は姉妹だ。年齢こそ違うが、そこ以外に違いなんてありゃしない。私達は、対等なんだ」
「それは……どうかな?」
「疑問を呈する余地などない」
私の何気ない答えをゼルダは否定する。
「ロッティだけが危険な目に合うのは不公平だ。だから私は、この危機を分かち合いたい。お前のそばにいてやりたいんだよ」
あまりにもストレートな言葉に私は少し戸惑った。
「たとえ何があっても、お前を一人にしない。それが私の今の気持ちさ」
「グレイスも!」
私とゼルダの会話に、グレイスも割り込む。
「お姉様を一人にしないよ!」
二人共……。
「ありがとう。頼もしいよ」
二人に危険が及んで欲しくない。
そんな気持ちもあるけれど。
二人の気持ちは、素直にありがたいと思える。
「私達だっているからな」
「そーッスよ」
姉妹だけで盛り上がっていると、リューとケイも声を上げた。
「二人も頼もしいよ。もちろん、ジーナがいてくれる事も」
私には、力がない。
ゲームの知識はあるけれど、他人の力がなければ何も変えられない。
でも私は幸いにも人に恵まれている。
先行きに不安はあるけれど……。
何があってもどうにかなる。
漠然とそう思えた。
そんなもの。
勘違いだったけどねぇ……。
今回の更新はここまでです。
次は月末に。




