三十三話 ロッティ、口説く
時は過ぎ、宴の日になった。
お披露目の時は、蚊帳の外だった私とゼルダで宴の始まりを向かえた。
けれど今回は……。
「お姉様はグレイスが守るよ!」
と、奮起したグレイスと一緒に、宴の始まりを迎える事になった。
前のお披露目の時は国外の来賓もあったが、今回は国内貴族だけの集いで。
それでも参加人数は多く、前とあまり違いがわからない程度に人が多かった。
社交会デビューもせず、すぐに領を貰って引きこもってしまった私はその人々の顔に馴染みがない。
ゼルダの言った通り、この機に私と面会を求める貴族は多く、辟易するばかりだ。
前は貴族の男の子が興味を持って寄ってくるだけだったが、今回は自分の子供を連れた大人の貴族も積極的に声をかけてくる。
「これはご機嫌麗しゅう、両殿下。わたくし――」
と前置きがあり、自己紹介を受けるという事がもう何度もあった。
「あ、こんにちは。え、はい。そうですね。こ、今後ともよろしくお願いします」
私を守ろうと進んで対応してくれているグレイスだが、見るからにテンパっていていっぱいいっぱいなのがわかる。
継承者であるグレイスがいるのもあって、むしろ余計に人が寄ってくる気もする。
同じ継承者である双子の方にはびっくりするくらい人がいないのに……。
多分、グレイスが次期皇帝だと見られているんだろうな。
いや、双子よりも扱いやすいと見られているのかもしれない。
気持ちは嬉しいが、正直見ていて可哀相になってくる。
私はグレイスの手をぎゅっと握った。
「お姉様?」
不思議そうなグレイスの前に出て、それからは私が対応する事にした。
当たり障りのない返答をしていくと、それほど時間もかからずに離れていく。
皇族とはいえ、継承権のない人間の優先度などこんなものだ。
そうして挨拶の波が途切れて、私達は一息吐く事ができた。
「ごめんなさい。お姉様」
しゅんと落ち込みながら、グレイスは謝ってくる。
「何が?」
私はとぼけて聞き返す。
「だって、グレイスはお姉様を守れない……」
「人には得意不得意があるからね」
「……グレイスの得意な事ってなんだろう?」
武力じゃないかな?
四天王の中で最強だし。
とはいえ、グレイスは戦うのが嫌いらしいからね。
そう言われても嬉しくないだろうな。
「人の事を思い遣れる所じゃないかな?」
少し考えてそう答える。
「そうかな?」
「人のために何かしてあげたいと思える人間は多くないんだよ。他人を守りたいという気持ちがあるのはそういう事でしょう?」
頭……を撫でると宴用にセットした髪形が崩れそうなので、ほっぺたに軽く触れる。
「私にとって、グレイスは自慢の妹だよ」
そう言うと、グレイスの顔が赤くなった。
触れた頬から熱が伝わってくる。
「ありがとう……」
か細い声で呟くと、グレイスは俯いてしまった。
そんな折、見覚えのある姿がこちらに近づいてくるのが見える。
アリア夫人である。
その隣には、憮然とした表情のミラがいた。
私と目が合ってどことなくバツが悪そうに顔を背ける。
それ、皇族相手にやっちゃ不敬だぞ。
「お久しぶりです、夫人」
「ごきげんよう、殿下」
「ミラも、こんにちは」
「ごきげんよう」
二人と挨拶を交わし、私は夫人に話しかける。
「王城で会うのは初めてですね」
「実は、子供の頃に何度か来た事があるくらいで数年ぶりなのです。そういう機会も今までは辞退していましたから」
そうなんだ。
王城に来る事を避けていたのだろうか?
「今回はどうして招待に応じたのですか?」
「マルクが一度皇都に来てみたいと言いまして。一人で家にいても寂しいので今回は応じました」
「じゃあ、ご一緒に?」
夫人は頷いて肯定する。
「まだ社交の場へ出るには作法の勉強が足りませんので、控え室で待機しておりますが」
こういう場での失敗は貴族として取り返しがつかない。
たとえ子供だとしても、将来的にその失敗は付きまとう。
だから、しっかりと作法を修了した子供でなければ社交の場には出られないのだ。
出してもいいが自己責任である。
「殿下にご挨拶したかったので参じましたが、これから夫と代わってマルクと一緒に控え室で待機する予定です」
私のために来てくれたのか。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。過日はお世話になりまして」
お互いに謝意を表していると、服の袖を引かれた。
グレイスである。
「お姉様。こちらの方は?」
「ヴィブランシュ卿の奥方だよ」
紹介すると、「初めまして」とグレイスは夫人に自己紹介する。
なんとなくだけど、この二人は仲良くなれそうな気がする。
「機嫌、悪そうだね」
その間に、私はミラに声をかける。
「まぁ……」
「少しは見る目が変わった?」
「さぁ」
私に対する態度まで素っ気無い。
将来の主人公チームなのでできれば嫌われたくないんだけど……。
思えば、本来の歴史だと夫人はどうなったんだろう?
この歴史では私が止めに入ったけれど、ゲームでは誰にも止められなかったはずだ。
それとも、あのまま馬車に残った事でヴィブランシュ領主が守りきった?
それにゲームでは既に、ミラは領地を継いでいたはずだ。
キャラクターは殆ど十代だったはずだから、今から数年後にはゲームが開始される。
ヴィブランシュ領主はまだ若く、その頃になっても引退するとは思えない。
継がなければならない理由が起きたという事だ。
今となってはゲームの事実を辿る事はできない。
だからそれが何なのか私には知りようがない。
歯がゆいねぇ。
ただ、改めて考える事で気付いたのは、ゲームが開始されるまで猶予がないという事だ。
私の見た目はまだ幼さがある。
でも、着々とゲームの姿に近づきつつあるのは確かだった。
「ミラ」
私は彼女を呼んで、その手を取った。
「何ですか?」
手を取られて驚きつつも、ミラは私と視線を合わせる。
「あなたがどう思おうと、私はあなたと仲良くしたいと思っている」
「何故です? メリットなんてありませんよ」
そう言って、ミラは視線を逸らす。
「こっちを見て」
「え?」
私はあえて、視線を合わさせる。
視線を合わせずに会話しても、内容が入ってこないものだ。
大事な話を伝えたい時は、しっかりと目を合わせて話さないといけない。
「メリットなんて関係ない。私はあなたと仲良くしたい。ただそれだけだよ。理由なんていらない。それでも理由がほしいなら、あなたが優秀だからと答えるよ」
「……っ。あなたに、私の何がわかるんです?」
「他にない知識量がある。物事を観察する力もある。それらを踏まえた計画の立案ができる。その計画を実行に移せる行動力がある。あなたと出会って見てきた事だけでも、それがよくわかる」
私は偽らざる本当の気持ちを伝えた。
けれど、ミラは私の手を振り払う。
「誤解されるような事をなさらないでください」
「誤解?」
「……このような場では、派閥への誘いと取られても致し方ありません」
「そういう事か」
それは、案外いいかもしれない。
手元にいてくれれば、行動を見ていられる。
彼女が反乱に加担するにしても、その動きを察知しやすそうだ。
「そう思ってくれても構わないよ」
「何ですって?」
「正直に言うと派閥を作ろうとは思っていない。でも、立場的に自然と出来てしまうものだろうからね。その時、あなたが私の味方になってくれているなら、とても心強い」
「戯れは、止してくださいッ」
そう声を上げると、ミラは私に背を向けた。
「行きましょう」
「ミラ? どうしたの?」
「早く行きましょう」
夫人をせっつきながら、ミラはその場を去っていった。
何か気に障る事でもしただろうか?
仲間に引き入れる計画は失敗か……。
「お姉様が女の人を口説いてる……」
グレイスは愕然とした様子で呟いた。
「失敗しちゃったけれどね」
苦笑して答える。
「本気なんだ……」
しかし、グレイスはさらに何かショックを受けた様子を見せた。
「ごめん、お姉様。グレイス、ちょっと考えたい事があるから少し席を外すね」
「うん? わかった」
グレイスも私の傍から離れていく。
私はどうしよう?
話しかけてくる人も落ち着いたし、こっそりと部屋で休もうか。
それからしばらく控え室で休んでいたのだが……。
不意に、部屋のドアがノックされる。
「ロッティ殿下はこちらにいますか?」
そう問いかけたのは、ミラの声だった。
怒っていたようなので、会いに来てくれた事に少し驚く。
それに、何か声に余裕がない気がした。
「ミラだよね?」
「はい」
「入って」
入ってきたミラは、大き目の皮袋を持っていた。
袋の張りから、何か入っている事がうかがえる。
何より、その顔からは血の気が引いて真っ青で、袋の中身より彼女の方が気にかかった。
「どうしたの?」
「実は……これについて相談したく……」
そう言って、ミラが袋から取り出した物は『兜』だった。
「あー……」
彼女の顔が青い理由を察する。
「アマテラス、か」
彼女が取り出したそれは、保管庫に最後まで残っていた聖具。
アマテラスだった。
今更ながら、「王城」ではなく「皇城」「皇宮」の方が相応しい事に気付きましたが、表記が変わると読み手も書き手も混乱すると思うので「王城」表記で通します。
既に著者当人が混乱していますので。




