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三十話 地獄に踊る畜生

 クローディアは大丈夫だろうか?

 聖具の能力があるから、生きているとは思うが……。


 そんな心配をする間も、私達を囲む獣達は少しずつ輪を狭めてきた。

 統率された動きには、誰かの意図が介入しているように思われる。

 それはリジィの能力によるものだろう。


 くっ、獣相手にどう凌げばいいだろう?

 四足獣の骨格をどう極めればいいのかわからない。


 獣がいつ跳びかかってくるかわからない中、リューは私の手を引いた。


「おい、俺から離れるなよ! お前、弱っちいんだから」

「リュー」

「必ず、守ってやるからな」


 そう言って、リューは笑顔を作った。


 それと同時に、獣達が襲い掛かってきた。


 牙を剥いて跳びかかってくる狼をリューは殴り倒した。

 キャインと鳴いて、狼が倒れる。

 しかし、あまり効いていないのかすぐに立ち上がった。


「あぶないッス!」


 言われて向いた先に、大きく開かれた狼の口が迫っていた。

 その狼をケイがハンマーパンチで叩き落す。


「ふっ! はっ!」


 また別の所から、気合の入った声が聞こえる。

 ジーナが狼の顎を蹴り上げていた。


 気付けば、私は三人から囲まれるような形になっていた。

 三人とも、私を守ろうとしてくれているんだと嫌でも気付く。


 そんな中、熊が襲い掛かってきた。


「させねぇよ!」


 リューが熊の頭を殴りつける。

 拳の衝撃で熊は一瞬だけ怯んだが、すぐに前足で反撃した。


「のあっ!」


 殴られたリューが地面に叩きつけられる。

 金属を引っかいたような音が響く。


 転がりながらもすぐに体勢を立て直して、熊へ迫る。

 さらに攻撃を仕掛けるが、あまり効いていないようだ。


 それどころか、最初の一撃で手傷を負ったようだ。

 わき腹の辺りに、赤い染みができている。


 やっぱり、この世界の動物には人の肌を裂くだけの力があるんだ。


「「リュー!」」


 私とケイの声が重なる。


「ケイ! こっちは俺がやる」


 ケイは答えようと口を開くが、隣を通り過ぎて私を狙おうとする狼の尻尾を掴んで放り投げる。

 それから改めて言葉を発した。


「でも、そんな奴に一人で勝てるッスか?」

「バカ野郎! 勝てるわけねぇだろ!」

「ええっ!?」

「俺達は勝ちてぇわけじゃねぇだろ?」


 リューの言葉に、ケイは黙り込んだ。


「王子様……いや、皇女様を守るッス」

「さながらナイトだ。かっこいいじゃないか」


 ケイが意気込みを語り、それにジーナも続ける。


 みんな……。


 リューは迫ってくる熊を相手に奮闘する。

 何度も挑み、何度も殴り飛ばされた。

 傷つき続けた体は血に染まり続ける。


 ケイとジーナは山犬を何とか抑え込んでいるが、それは一匹を相手にする場合だけだ。

 複数に跳びかかられると、攻撃を防ぎ切れないようだった。


 さっき言ったように、勝ち目など無いだろう。

 それでも戦う事に、彼女達は恐れを抱かないのだろうか?


 そう思って見やるリューの手が震えていた。

 それを無理やり潰すように、拳を強く握る。


 死を前にして、恐ろしくない人間などいない。

 

 それでも逃げないのは、私がいるからだ。


 三人に守られながら獣達の動きを観察すれば、私を目標に動いている事がわかった。

 この襲撃に目的があるとするなら、やっぱりそれは私なんだろう。


 溜息が漏れる。


 私は、死にたくない。

 死にたくないから、ずっと死なないように頑張ってきた。

 でもさ、よく考えたら、私は死んでも問題ないんじゃないのかもしれない。


 私はゲームでも早々に死んでしまうキャラクターだ。

 シナリオの上で、私がいなくても不都合はない。

 何も変わらない。


 私がいてもいなくても、家族の生死に関わらない。

 私の姉妹は皆、確実に生き残る事ができる。


 でも、ここで三人が死んでしまったら……。

 シナリオは大きく変わるだろう。

 家族にも犠牲者がでるかもしれない。


 何より、当の三人も失いたくない。

 私が死ぬ原因になる三人と仲良くなれた事、すごく嬉しかったし、すごく安心したんだ。


 私一人の犠牲で、家族と友達の命が助かるなら悪くないかもしれない。

 恐ろしさはあるけれど、やせ我慢できる程度には魅力を感じる考えだった。


 大丈夫。

 私が死んじゃっても、構わないんだ。


 そう内心で呟いて、自分を勇気づける。

 けれど、それに反して目じりに涙が滲んだ。


 私は三人の囲いから外れるように歩みだした。


「皇女様、何してるッス!?」


 その行動に気付いてケイが声を上げる。


「この獣達の狙いは多分私だ。だから、みんなは逃げてほしい」


 その言葉を残し、私は走り出した。


 私の言った通り、全ての獣達が私の背を負ってくる。

 獣達の方が駆ける足は速く、すぐに彼我の距離は狭まってくる。


 けれど、追ってきたのは獣だけではなかった。

 私の隣に、ぬっとリューが顔を出す。

 彼女は、私に追いついて並走していた。


「バカ言ってんな! バカ!」

「貴族は、戦いの場で真っ先に死ななくてはならないんだよ」


 私はパパからの教えを口にする。


 獣達が走りながら私達を囲う。

 逃げ場を失い、足を止める。

 そして囲いを割り、背後から熊が迫って来ていた。 


「バカは黙ってろ!」


 リューが声を上げながら熊へ跳びかかる。

 が、あえなく殴り飛ばされた。


 熊の上げた前足が、鋭い爪が、私に振り下ろされる。


「ふざっけんなーーー!」


 私を庇うように前へ立ったリューが、頭に爪の直撃を受けた。

 鮮血が弾けるように散った。


 しかし、彼女は倒れない。


「俺が守ってやるって言ってるだろうが! 弱っちい癖に格好つけてるんじゃねぇよ!」


 そう言って向けた彼女の横顔は、だらだらと流れる血液に(まみ)れていた。


 そんな中、ケイが囲みを破るように突撃し、その後ろからジーナも突入してくる。


「あたいらは子供だし、頼りないかもしれない。けど、もっと信じてほしいッス」


 ケイもまた、いつの間にか私の背中を守るように立つ。


「二人がそのつもりなら、私も行くしかないな」


 ケイの隣にジーナも立った。

 三人は、私を中心に三角形を描くように、背中合わせの形になった。


「わからないの? 私は、みんなに死んでほしくないんだよ」

「そう思っているのがお前だけだと思うなよ! ここにおまえを連れ出したのは俺だ。逃げるなんてできねぇよ! だから……」


 言いながら、リューは両手を前にかざした。

 手を伸ばした先には何もない。


「力を貸す気があるなら、四の五の言わずにさっさと力を貸しやがれ! オーディン!」


 オーディンは聖具の名だった。

 それを呼ぶのと同時に、上空から一本のハルバードが飛来する。

 ハルバードは地面に突き刺さる事無く、リューの両手の間でぴたりと止まった。


「そうッスよ! 言ってる事さっきから難しいッスよ、トール!」

「私はもう少し会話を楽しみたかったんだけどな。二人が暴走したら私しか止められないんでな、ヴィシュヌ!」


 ケイとジーナの前にも、聖具が飛来する。


 ケイの前には腕甲(ガントレット)、ジーナの前には脚甲(グリープ)がそれぞれ浮遊していた。


 リューがハルバードを掴むのと同時に、腕甲と脚甲がバラバラに分解され、ケイとジーナに装備される形で再び組みあがる。


 身に纏われたそれぞれの聖具に緑色の光る線が走り、血管を流れる血液のように光は聖具を巡回し始めた。

 

「もう、負けねぇぞ!」


 ハルバードを突きつけ、リューは熊に向けて言い放った。

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