二十八話 ただいまターセム村
ヴィブランシュから先、私は二つの領を巡った。
そこでは特に何か起こる事はなく、恙無く視察は終わり……。
私は、自分の領地へ帰ってきた。
「雪が降る前に、王城へ帰って来るんだよ」
一日だけ休み、その言葉を最後に父上は王城へ帰って行った。
領城で一日、旅の疲れを癒すと共に領地の現状を資料で把握する。
視察の旅は私に実りをもたらした。
父上の視点を直に知った事で、今までとは違う観点から領地の現状を知る事ができるようになった。
資料の数値も、今では違った風に見える。
翌日、私は領地を巡る事にした。
ターセム村。
村長の屋敷の裏。
そこには一本の木が生えていた。
その樹へ隠れるようにしてケイが寄りかかり、しゃがみ込んで震えていた。
そこへリューが息せき切って駆け込んでくる。
「リュー!」
「ケイか! 無事だったか!」
リューが現れた事で、ケイはホッと息を吐いた。
「ジーナはどうしたッス?」
「ダメだ! やられちまった!」
「何でこんな事に……。だからあたいは止めようって言ったのに……」
「うっせぇ! 俺のせいだってのかよ!」
「そんな事言ってないッス……」
リューの剣幕に圧されて、ケイは弁明じみた言葉を返す。
「とにかく、今はそんな事言ってる場合じゃねぇ……。おい、背中合わせで動けばどうにか逃げられるんじゃねぇか?」
「ええ? 逃げるって言ってもどこに?」
「奴が隠れる場所のない所だよ。まともにやればこっちの方が強いんだ。後ろさえとられなきゃ、どうとでもなる」
「本当に大丈夫ッスか?」
不安そうながらも、ケイは立ち上がってリューと背中越しになる。
「それに、逃げるって言ってもどこに行けばいいんスか?」
その問いに、答えが返ってこない。
「リュー?」
振り返るケイ。
そこには、ぐったりとうつ伏せに倒れるリューの姿があった。
「ひぃ……」
怯えた声を上げたのも束の間、ケイは地面に組み伏せられた。
組み伏せたのは私である。
きっちりと腕は極め、身動き取れないようにしている。
今の私は体中真っ赤に染まった姿になっていた。
この赤はトマトの汁である。
「さて、本当にどうしてこんな事になったのか教えてくれるかな?」
「ごめんなさいッス! リューが久しぶりに見かけたから遊んでやろうぜって言ったッス」
そして私はこの様か?
村の中を見て回っていた私に、この三馬鹿はトマトを投げつけてきたのである。
それどころか最後にはカボチャを投げつけてきて、それが頭に直撃した。
とても痛くて、流石に腹が立ったので報復した次第である。
「こわいッス! そんな目で見ないでほしいッス!」
特に意識して無いけど、どんな面してんだ私。
まぁ、頭は煮立ってるけど。
「私をブチキレさせるのが君達にとって楽しい事なのか?」
「そうじゃないッス! ただ……リューもジーナも、王子様が帰ってきて嬉しかったんスよ」
私が帰ってきて?
「あたいも嬉しいッス。だって王子様、もうずっと村に来なかったから……」
そうか。
三人とも、そんなに私の事を……。
「私の事、そんな風に思ってくれてたんだね。ありがとう」
「王子様……」
「それはそれとして、腹が立ったからやっつけるね」
「ええっ! ああぁーーーっ!」
やっつけた。
各農地の管理者に話を聞き、村長の家で不在中にまとめてもらっていた資料を読む。
情報をまとめて、読みやすい整理する。
そうして気付けば、陽の翳る時間になっていた。
今日は泊めてもらう事にしよう。
「風呂を沸かしておりますので、どうぞお使いください」
「ありがとうございます」
村長の気遣いを受けて、私は風呂場へ向かう。
「おい、ケイ。なんかお前、右手の方だけちょっと長くなってねぇか?」
「リューこそ指が変な方向に曲がってないッスか?」
「あー、痛すぎてわからねぇけど外れたまんまかもしれねぇな」
そんな会話が風呂場から聞こえてきた。
中がどうなっているか大体わかったが、どうしても風呂に入りたかったので無視する。
服を脱ぎ、タオルを体に巻いて風呂場に入る。
「お、王子様!」
「うわー! 何入ってきてんだテメェ!」
風呂場に入ると、三馬鹿が風呂に浸かっていた。
「いくら貴族様だからって、女の風呂に入ってくるなんておーぼーだぞ!」
「さすがにダメッスよ、王子様……」
騒がしくしながらも、湯船に深く浸かって体を隠そうとするリューとケイ。
ジーナだけはふてぶてしく湯船の縁に体を預けてゆったりしている。
そんな様子に小さく溜息が出た。
体に巻いていたタオルを取り払った。
「私は皇女様だ」
「は?」
「え?」
晒した私の裸身を見て、リューとケイは呆けた表情になった。
ジーナも驚愕に目を見開いている。
「問題ないでしょ」
「え、いや、でも、おまえおっぱい無いじゃねぇか」
お前らと一緒にするな。
普通はその歳でおっぱいなんてねぇんだよ。
そんな時、バタバタと脱衣所の方から音がした。
「申し訳ありません、殿下! 子供達が何故かトマトまみれで帰ってきたので、風呂に入れさせた事を忘れていました」
村長の申し訳なさそうな声がかかる。
「大丈夫。このまま入るので気にしないでください」
「そうですか……。ご寛恕、痛み入ります」
村長が脱衣所から出て行く気配があった。
私は体を洗ってから風呂に入る。
四人で入るには少し狭いが子供なので入れない事もない。
適当にくつろいで風呂を出た。
その間、三人は呆然とした様子で無言を貫いていた。
「夕食の準備が整いました」
食卓を囲む時間になっても、料理を前にリューとケイはぼんやりとしてあんまり食が進んでいない様子だった。
気にはなったが、それ以上に仕事の事で頭がいっぱいだった私はすぐに部屋へ戻って仕事を再開した。
翌日。
朝食の席に着くと、二人はまだぼんやりとしていた。
挨拶は交わしたがそれすらも生返事で、そこからは会話がなかった。
結局そのまま私は別の村へ向かう事になり、ターセム村を後にした。
数日後。
私はまたターセム村へ訪れたわけだが……。
リューとケイはまだぼんやりしていた。
何なの?
「悩んでいるみたいだ」
村長宅の裏でぼんやりしている二人を眺めていたら、不意に後ろから声がかかった。
振り返ると、壁に寄りかかって立つジーナの姿があった。
「あの日からずっとこの調子だ」
「あの日から?」
「王子様……失礼。皇女様のあられもない姿が刺激的過ぎたんだろうさ」
王子様から皇女様に呼び方を訂正し、ジーナはそう告げる。
それにしても言い方よ。
「そんな事でこんなに悩む?」
「まったくだ」
「ジーナ的に、私の裸は刺激が薄かった?」
「悩むほどの事じゃないってだけさ。私は胸が大きい方が好きだ」
あんまり喋る機会がないけど、こいつこんな奴だったのか。
改めて、ゲーム中の事を思い出してみる。
こんな奴だったわ。
パッシブスキルに女性ユニットと隣接した際にパラメータがアップするという物があった。
女性ユニットしか出ないゲームで、わざわざ「女性ユニット」と指定されていた奴だ。
面構えが違う。
「よし!」
不意に、リューが声を上げた。
私を見つけて少し驚いていたが、近づいてくる。
「よう」
「こんにちは。もう悩みは晴れたの?」
「じっくり考えたら何も悩む事なんかねぇって事に気付いた」
「本当にじっくり考えたね」
数週間、何を考えていたんだろうか?
「遊びに行こうぜ!」
「私は仕事だよ」
「そんなの後でもできるだろ!」
「そうはいかない」
どういう結論に至ったかは知らないが、彼女なりに解決したらしい。
まぁ、元気になったならよかった。
それからさらに数日して訪れると、ケイも元気になっていた。




