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閑話 ヴィブランシュ家の出来事

 王城へ集まる機会があり、私は話し合いの場を設けてもらった。

 集まってもらった方々は、貴族階級の中でも上位の方々である。


「あ、浮気して子供作らせたクズ野郎だ」


 入室すると、それに気付いた男性がからかうように言った。

 彼は童顔で身長もかなり低く、一見して少年に見紛う容姿をしていた。

 名をミッチェルと言い、皇姉ジーグリンデ様の配偶者である。


「そう言わない。多分、それについての話だと思うから」


 そうたしなめて下さったのは、陛下の配偶者であるシアリーズ様だ。

 二人は、すでにテーブルの席へ着いていた。


 一介の領土持ち貴族である私が雲上の人とも言える彼らと機知を持つのは、私が数少ない男性領主だからというのが大きい。


 成り立ちに武力の色が強いこの国は女性優位の気風が強く、男性貴族は見下げられる傾向にある。


 そのため女性を家長とする事が多いのだが、先代である父は後継者を男性にする事に拘った。

 先々代は女性だったため、父なりにそうしたい理由があったのだろう。

 幸いと言うべきか、父は男児にしか恵まれなかったためすんなりと後継は私に決まった。


「わかってるよ。リシャールくんがそんな人間じゃないって。ただ、ここ最近は宮中でそういう話が囁かれてるから」

「経緯を見ればそう思われても致し方ありません」


 シアリーズ様が椅子を勧めてくれたので、私は示された椅子へ着く。


「それで、君の頼みってのは何? 噂を消してほしいの?」

「いえ、違います。その噂、事実として扱ってください」


 私の申し出に、二人は顔を見合わせた。


「それは構わないけど、そう思わせた方がマシな真実が隠されているって事?」

「家にとってはその方が都合良いというだけです」

「聞かせてくれるんだろうね?」


 了承を頷きで伝える。


「私には双子の兄がいます」

「会った記憶が無い」

「社交界デビューの前に勘当されましたから」

「何かやらかしたの?」

「単純に素行が悪かったんです。家出した放蕩息子を家系図から抹消したというのが正しいですね」


 双子だけあって、兄は私とはそっくりな顔立ちをしている。

 それをいい事に面倒事を私へ押し付け、いつも逃げ回っていた。

 家にいる事を嫌い、父とも折り合いが悪く、ある日書き置きを残して家を出た。


 私はそんな兄が、心底大嫌いだった。


「もしかして、引き取った子供ってのは……」

「兄の子ですよ。母親から引き取ってほしいと連絡がありまして。うちには後継者がいませんでしたので、私の子供として育てる事にしました」

「お兄さんは?」

「とうに亡くなりましたよ」


 本当に最後まで、勝手な男だ。


「奥さんはどんな様子?」


 妻の感情を気にしてくれているのだろう。

 子供が出来ず、実子でもない子を育てるのは精神的な苦痛を被る事だろう。

 普通ならば……。


「はぁ」


 私は思わず溜息を吐いた。




 私は兄の忘れ形見である姉弟を引き取る事にした。


 その事を話す時は妻に罵倒される事を覚悟……できなくて数ヶ月言い出せなかった。

 とはいえ逃れられぬ事柄なので頭から消す事もできず、胃を痛めてしまった。

 ようやく意を決して話すとあっけない事に、というよりむしろ喜ばれて困惑すらした。


「うちに子供が来るのですか?」


 アリアは表情を綻ばせて訊ね返した。

 その声は弾んでいて、期待感の強い事がうかがえた。


「ああ。私の兄の子だが、私が妾に産ませた子供だという事にしようと思う」

「え? はい。わかりました。それで子供達のために何か用意する物があるでしょうか?」


 ずいぶんとうきうきしているがちゃんと話を聞いてくれているか?


 そう言って実は本当に隠し子なんじゃないか? とか疑ったりはしないのか?

 そういう事も踏まえて話すのに躊躇していたというのに。


 ……何も気にされないのも少し寂しい。

 嫉妬に狂う彼女も少し見てみたかった。


 そうして子供達は家にやってきた。


 姉は歳に不相応のしかめっ面を隠さない、可愛げのない子供だった。

 その手に引かれる弟は内気な様子で、不安を隠しきれていなかった。


 アリアだけは二人を嬉しそうな様子で受け入れた。

 正直に言えば私は、子供達とやっていけるか自信がなかった。

 最悪、アリアと子供達の関係が良好であればそれでいいかと思う事にした。


 結果として、子供とアリアの関係はあまり良好にはならなかったのだが。


「リシャール様。どうやら私は、ミラに嫌われてしまったようです」

「どうしたんだ?」

「花を贈ったら、叩き落されてしまったんです」


 それはそうだろうな。

 毒草を贈られれば……。


 アリアはトリカブトという毒草が好きだ。

 これは家族からよく贈られた花だからだ。

 そんな花を贈られるほど、彼女は家族から疎まれていたのである。


 アリアの実家は格式の高い武家であったが、彼女はその才覚に恵まれなかった。

 そんな彼女は、一族にとって恥だったらしい。

 それもあって、格の低い男性貴族である私からの求婚にもすんなりと応じてもらえた。


 彼女自身は家族からの贈り物として素直に喜び、今も毒草である事を知らずに家族の思い出の花として大事にしている。

 毒にも負けない頑丈な体は、十分に武家の素養があると思うんだがな……。


 私は彼女を傷つけたくないので、トリカブトが毒草である事を隠していた。

 今は私と二人きりの家族だったので問題はなかったが、家族が増えてその弊害が出てしまったようだ。


「……多分、花が嫌いなのだろうな」


 少し悩んでから、そう答える。


「そういう子もいるのでしょうね。マルクは嬉しそうだったのですが……」

「男の子が花を好むのは珍しいな」

「でも、どうしてあんな事を言ったのでしょう?」

「何を言われた?」

「母親が私のせいで体調を崩した、と……」


 ミラの実母は病に冒されている。

 なるほど、その症状がトリカブトの効果と似ているのだろう。

 よく知っていたなと感心したが、母親の症状からトリカブトの事を知ったのかもしれないな。


 ……なんて言って誤魔化そう。

 アリアへの説明を思案する。


「気が動転しているだけだろう。二人の実母は病のために弱りきっていた。だから預かってほしいと願い出てきたのだ」

「そういえばそういう話でしたね」

「子供なのだから、母親の不幸を誰かのせいにしてしまいたいと思っても仕方がない」


 実際は根拠を持っての事だったが、あの年頃の子供なら動転しておかしな事を言っても仕方がないはずだ。

 ……強引すぎるだろうか?


「なら、そう見られてもしかたないですね」


 しかたなくは無い。

 十分に理不尽だ。


 親愛の証に毒草を渡されるのも理不尽ではあろうが、同じく理不尽であるなら私はアリアの味方をする。


 私はアリアの心を守りたいのだ。




 アリアは別にお前達姉弟(きょうだい)を嫌っているわけじゃない。

 奇妙な話かもしれないが、アリアがトリカブトを贈るのは親愛の証だ。

 そして、トリカブトが毒草である事をアリアには教えてはならない。


 という事をミラに話した。

 怪訝な表情をされた。

 信じられないのはわかる。


 全て真実だが、とんちんかんな内容だからな。


「誤解しているようだが、お前達の母親は毒を受けたわけではない」

「弁明されなくてもマルクには言いませんよ。従順である限りは、可愛がってもらえるようですからね」


 こいつ……。

 完全にアリアが母親に毒を持っていたと勘違いしている。


「いや、アリアはお前達を大事に思っている」

「誤魔化しなんていりませんよ。現に、反抗的な私にあの女は近づいてこない」


 マリアがよりつかんのは、お前が嫌がるから気遣っているだけだ。

 嫌っているわけじゃない。


 ……言っても信じないか。


「話は終わりですか? じゃあ、これで失礼します」


 なんて生意気な子供だ。

 子供とはいえ、いつか張り倒してしまいそうだ。


 とはいえ、私に対しては少しだけ態度を柔らかくしているように思える。

 多分、私を兄と勘違いしているのだろう。

 短い期間だっただろうが、ミラは生前の兄と過ごした時間がある。


 実の父親だと信じているから、少し甘えているのかもしれなかった。




 その日は、馴染みの商人を城へ呼んだ。


「これがご注文の品でございます」


 銀の指輪を手に取り、じっくりと眺める。

 石はないが、緻密な細工が施された一品だ。


「アリア、手を出して」

「? はい」


 差し出された手の薬指に指輪を嵌めた。


「いいものだな。買おう」

「お気に召したようで」


 私は代価を支払う。

 その額を見てアリアは驚いた様子だった。


「そんなに高価なものをよろしいのですか?」

「たいした額ではない」


 これくらいならば、蜂蜜一樽分の売り上げで賄える。

 この国で養蜂技術を確立できた領はうちだけだ。

 蜂蜜は高価で、しばらくはその利益を独占できる。


 他の領と比べても、この領は富んでいた。


 ちなみにこれはアリアのおかげだったりする。


 当初は蜜の出荷量が安定せず、安定した財源にはできなかった。

 けれど、近くに花が多く群生する場所があるほど収穫量が多い事にアリアが気付いた。


 そうして、ミツバチが花から蜜を集めている事を私は知った。

 しかも、花の種類によって蜜の味も変わる事に気付き、そのおかげで味の改良をする事ができるようになったのだ。


「そうですか……。リシャール様がそうおっしゃるなら」


 恐縮した様子だったが、アリアは引き下がる。


 反応としては私の期待したものではない。

 彼女には無邪気に喜んでほしいが、物の良さより値段の方が気になるようだ。


 そもそも彼女にはあまり物欲がないようだ。

 いつか、彼女が心から欲する物を贈ってみたいものだ。


「他にご入用はございませんか?」


 商人に問われて、いくつか注文をする。


「あの、子供に効く薬はありませんか?」


 注文を終えると、アリアが商人に訊ねた。


「子供の何に効く薬ですか?」

「とにかく元気がないのです。体調を良く崩して、熱を出すのです」

「虚弱体質という事でしょうか……。こちらなどどうでしょうか?」


 と、紙で分包された薬を取り出す。


「値は張りますが、効果は折り紙つきでございますよ」

「如何ほどだ?」


 商人が値段を告げる。

 高い……。


「安いですね!」


 しかしアリアはパッと表情を綻ばせ、そう声を上げた。


 いや、安くは無い。

 指輪の倍はする。

 常備するには中々の出費になる。


 しかし……。

 これほどまで彼女が物品に興味を示す事があっただろうか?


「これがあれば、マルクも苦しまなくていいかもしれません」


 なるほど。

 自分を飾るものは高価に思え、子供の命に関わるものは安価に思えるんだな。


 ……好き。


 私は薬を定期的に買う事にした。


 後日、薬を吐き出した場面を目撃したミラが涙目で私に言いつけにきた。




 ベッドに体を横たえ、私は溜息を吐いた。


 子供を育てるというのは、思った以上に大変だ。

 顔つきが自分に似ているとはいえ、血の繋がらない子供だ。

 愛情を向けるのも難しい。


 大嫌いだった兄の子供だというのも、理由としてはあるかもしれない。


「どうしました?」


 隣で寝ていたアリアが問いかけてくる。


「なんでもない」

「そうですか……」


 しばらく間があった。


 もう眠りに入ったのかと思った時に、腕を抱きしめられた。


「私は、ずっと自分だけの家族がほしかったんです」


 囁くように、彼女は言う。


「でも子供ができなくて、その夢が叶わないんだって思って……。だから、こうしてあなたや子供達と過ごせる日々が、すごく……幸せなんです。……ありがとう、リシャール様」


 彼女が喜んでくれるなら、私も幸せだ。

 告げられたその言葉だけで、心の澱が消えた気がする。


 彼女の頬を撫でると、くすぐったそうに笑う。


「君が幸せなら、私も幸せさ」


 いろいろな事がどうでもよくなった。

 彼女と家族でいられるだけで、私には十分だ。

みんなちょっとずつ面倒くさい一家。

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