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二十六話 対決! 無制限一本勝負!

 賊の襲撃を受け、しかしクローディアは弓を構えたまま距離を取って動かなかった。

 多分、私の安全を最優先にしているからだろう。

 敵がこちらに来ていないから、様子を見ているのだ。


 そう、こちらに来ない。

 敵の動きは、まるで馬車を標的としているようだった。


 賊の方が当方よりも数が多く、少し押されている。

 これは危ないかもしれない。


「クローディアさん、馬車を守って!」


 私の言葉にクローディアは答えなかった。

 間を置いてから、馬を馬車の方へ走らせた。


 馬を足で器用に扱いながら、クロスボウの狙いを敵へ向けて左手でハンドルを回す。

 ハンドルを回す度、マシンガンのような速度で矢が連射された。

 必殺必中とはいかないが、連射される矢に賊を射抜いていく。


 幾人かがその攻撃に気付き、こちらへ向かってくる。

 その最中、クロスボウから矢が出なくなった。

 クローディアは木箱を外し、また新しい木箱を装着する。


 どうやらあの木箱は、マガジンの役割を果たしているようだ。

 中には矢が入っているのだろう。


「死ねや! あぎゃあっ!」


 リロード中に斬りかかって来た相手を蹴り倒し、弾倉交換後のクロスボウで追い撃ちする。


 そして追い撃ちされた賊が動かなくなると、周囲の向かい来る敵へ射撃を開始した。

 弓も矢も小さいため威力は控えめらしく、相手を倒すには数発撃ち込まなければならないようだが、狙う相手を選んで的確に撃ち倒していった。


 迫り来る脅威に怯えていた私だったが、クローディアの腕前のおかげで自分の安全が磐石だと判断できるようになった。

 そうすると、兵士を倒して馬車へ近づく相手の姿が目に入る。


 他の兵士は気付いていない。

 クローディアも自分が狙われた事でその対応に追われている。


「!」


 私は馬から跳び下りた。

 クローディアが気付いて私を掴もうとしたが、それをすり抜けて走り出す。

 馬車まで走る間、襲われそうになったがクローディアの矢が退けてくれた。


 そんな私の目の前で馬車の扉が開かれた。

 体の半ばを馬車の中へ潜り込ませた賊に、私は思い切り体当たりをかました。

 そのまま賊を車外へ引きずり倒す。


「この……」


 倒された賊が怒りのこもった目を私へ向ける。

 立ち上がろうとし、途中で飛来した矢に射抜かれて倒れた。


 クローディアの援護だ。

 彼女を見ると、周囲の賊と戦っていた。

 手でお礼の意味を込めて合図する。


 そして馬車の中を見た。

 車内では、夫人が背を向けていた。

 服の布地がバッサリと裂け、背中には大きな斬り傷が出来ている。


「夫人!」

「殿下?」


 夫人が私の声でこちらに向く。

 その奥から、不安そうにマルクが顔をのぞかせる。

 夫人が守るように抱きしめていたらしい。


「殿下!」


 前に出ていた領主が戻ってきたのか、声がかけられる。

 見ると馬から跳び下りて、馬車に駆け寄ってきていた。

 馬車の中を見る。


 領主はその光景を見て眉根を寄せた。

 その眉間に青筋が浮かぶのを見た。


「……殿下、現状の戦力では防衛が成るかわかりません。妻と息子を連れてこの場から離れてくださいませんか?」

「は、はい」


 慇懃ながらも、有無を言わせぬ声色に私は即答する。

 私は夫人とマルクをつれて、馬車を離れる。

 クローディアが近づいてきた。


「私達は森の方に逃げる。追う人間を何とかしてほしい。その後は、領主の護衛をお願い」


 私の目から見て、領主は少し頭に血が上っている気がした。

 それでもこの場から逃がすという判断を取れる事はすごいと思うが……。


「冷静さを欠いているかもしれない。心配だ」

「わかった」


 了承の言葉を受け、私は夫人に肩を貸して森の方へ向かった。

 流石というべきか、追っての姿は見えない。


「お母様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫」


 心配そうなマルクに、気丈な振舞いを見せる夫人。

 しかし、その顔に浮かぶ脂汗は隠しきれなかった。


 どこかで身を隠して休ませた方がいいかもしれない。


 そう思って周囲を探しながら進んでいると、人一人が通れる程度の洞穴を見つけた。

 中をうかがうが、奥はよく見えない。


「少し待っててください。様子を見てきます」


 動物の巣である可能性もあるので、先に行って中を調べる。

 思ったよりも深い。

 最奥まで辿り着いたが、どうやら何もいないようだ。


「どうぞ、中へ」

「ありがとう」


 二人を案内して、私は洞穴の入り口に身を潜めながら外を見張った。


 戦いの喧騒は遠い。

 耳に入りはするが、まるで他人事のような現実感の無さを覚えた。

 しかし、その遠い戦いの中に私達も身を置いている事は覆しようのない事実だ。


 賊の動きはまるで馬車を狙っているようだった。

 馬車の中にいる人物が目的だったのだとすれば……。


 考えにふけっていると、馬蹄の音が聞こえ始めた。

 音は徐々に存在感を増していく。

 こちらに近づいているのだろうか。


 周囲を警戒し、音に集中する。


 すると、黒馬に跨った完全武装の少女が姿を現した。

 手には物々しい槍を持っている。

 ミラである。


 私は洞穴から一歩出て、彼女の前に姿を表した。


「ロッティ殿下!」


 私を見つけると、ミラは馬を降りた。


「二人は?」

「この中にいる」


 私が言うと、ミラは洞穴の方へ歩み出す。

 私の横を通ろうとした時、ミラの手を取った。

 耳元に口を寄せ、声をかける。


「そういえば、賊が攻めてきた時……」


 ミラは足を留めた。


「どこにいたの?」

「……たまたま、殿下の目に入らなかっただけかと思いますが」

「そう。まぁ、詳しい話は後で聞くよ」


 私が言うのと同時に、ミラは私の手を振りほどいて距離を取ろうとした。

 言葉の意図を察したのだろう。


 そうだよね。

 そんな長い得物だと、離れざるをえないよね。


 一歩退いたミラに向けて私は迫った。

 ラリアット気味に勢いよく腹部へ腕をかけ、そのまま背後に回って両手をがっちりと繋ぐ。

 胴を両手でホールドし、力いっぱいミラの体を持ち上げた。


「うおおおおおおおっ!」


 気合を入れるために大声を上げ、ミラを持ち上げながらブリッジする。

 ミラを頭からまっさかさまに地面へ突き刺した。

 ジャーマンスープレックスホールドである。


「ぐほあっ!」


 単純に投げ飛ばすだけでは、この世界の女性にダメージは与えられない。

 地面へ力いっぱいぶつけても地面が凹むだけであり、壁へぶつけても壁が崩れるだけである。


 しかし、ジャーマンスープレックスホールドやパワーボムなど体を固定した状態で行われる投げに対してはダメージを与えられる。

 本当にほんの少しだけだけど。


 魔力を帯びた肉体のクッション性は強靭で、痛みは与えられるが破壊には至らないのだ。

 だから、私が相手へ本格的なダメージを与えるには関節を極めた状態での固定以外にありえない。


 とはいえ、ダメージはダメージだ。


 私はすぐさま、次の動作へ移る。

 掴んだ状態のまま、もう一度ジャーマンへ移行した。


「うおおおおおおおっ!」

「うぐあっ!」


 もう一度……。

 と思った時、頭を右手で掴まれた。

 アイアンクローだ。


 頭が割れそうなほどの強烈な痛みに、私は手を放すほかになかった。

 その隙に距離を取られる。

 幸いだったのは、洞穴ではなく外へ逃げてくれた事だ。


 依然として、私は洞穴の前を守る形で立っていられている。

 しかし、距離を取られた事で槍を構えられてしまった。

 切っ先がまっすぐ、私を狙う。


「ミラ。あの賊を雇ったのはあなたでしょう?」


 そもそも何故、賊が夫人を狙ったのか……。

 他領の差し金であれば、狙う意味が無い。

 そういう目的を持つ人間がいるとすれば、私には一人しか心当たりがなかった。


「殺される前に殺さなければ、そう思っているだけだ。邪魔をするというのなら、あなたの命もいただく事になる」


 その言葉、肯定と見ていいだろう。


 言い放ったミラの目も真剣そのものだ。

 本気で私を殺してでも、夫人を討つつもりなのだ。


「皇族殺しは重い罪だ。そんな事はすぐに露見する」

「隠し通す自信はある」


 説得はできなさそうだ。


「自信だけなら、私にだってあるさ」


 言い放ち、私はナイフを抜いた。

 それがただのナイフではないとわかったのかもしれない。

 ミラは警戒の色を強くした。


 このナイフは魔力の保存性が高い物。

 事前にクローディアから魔力を込めてもらっている。

 リーチの不利はどうにもできないが、無いよりはマシだ。


 ミラが槍を突きこんでくる。

 ギリギリ、穂先が当たる距離を保っての突きだ。

 避ける事は容易いが、私の接近を警戒しての動きだとわかる。


 私の実力をずいぶん高く見積もってくれたもんだ。


 がむしゃらではなく、丁寧に練られた連携攻撃だ。


 でも、あまり戦いが得意じゃないんだろうね。

 動きがよく見える。

 油断無い槍運びには目を見張るものがあるが、お世辞にも巧者とは言えない。


 槍の扱いが苦手だと公言するゼルダでも、これより鋭い突きを放ってくる。


 しかし、この状況で時間をかけて不利になるのはミラの方だ。

 それでもこの消極的な戦い方を選ぶのは何故なのか?


 そう思って後ろに避けると、背中に何かがぶつかった。


「!」


 後ろには、洞穴の壁があった。


 なるほど。

 洞穴の入り口を守る形で戦っている私は、大きく立ち位置を変えられない。

 後ろに下がっていかざるを得ない。


 なら私は、着実に追い詰められていたのか。


 壁を背にした私へ、ミラは今までよりも手数の多い攻撃を仕掛けてくる。

 背後へ避ける事を封じられ、左右に避けるしかない中での攻撃は凌ぐだけでも至難だ。

 このままではいずれ、私は防ぎきれずに致命的な一撃を受ける。


 だが、私もただ漫然と攻撃から逃げ回っていたわけではない。

 機を狙っていたのは、私も同じだ。


 私はずっと、相手の動きを観察していた。

 動きのクセ、そこに生じる隙を……。


 比較的甘い一撃を見て取った私は、迫る穂先をナイフで弾く。

 距離を詰める。


 それでもまだ、足りない。

 距離を詰めるまでに体勢を整えられてしまう。

 だから……。


「キエエエエエェェイ!」


 マコトの真似をして声を張り上げ、思い切りナイフを投げつける。

 私の声にミラは驚いてびくりと一瞬硬直したが、一拍遅れながらもナイフを槍の柄で叩き落す。


 その一瞬の隙に、私はミラに手が届く位置へ迫る事ができた。


 低い体勢からタックルを仕掛ける。

 持ち上げるようにぶつかれば、そのまま倒せる。

 倒してしまえば、なんとか……。


 しかし、倒せない!

 持ち上がらない!


 鎧の分重い?

 いや、違う。

 だって、さっきは持ち上げられたじゃないか。


 今とさっきの違いは、不意をつけたかどうか……。

 彼女は私の行動に、対抗策を取っていたのだとしたら。


 ああ。

 そういえば、ミラはゲームで飛行ユニットだった。

 多分、その力で姿勢の制御ができるんだ。


 浮遊する力がどういう原理かわからないけれど、浮き上がる力を地面の方向へ向けられるのなら自分の体を押さえつける事もできるんじゃないだろうか?


 そして、ミラが私のこの行動を完全に読み切っていたら?

 不意を衝いたと思わせ、この行動を誘導したのなら……。


 カラリ、と槍が地面に落とされた。


 フリーになったミラの両腕が、私の胴体に回される。

 一瞬の浮遊感……。

 見える地面。


 私はパワーボムの体勢で抱えあげられていた。

 そのまま力任せに地面へ叩きつけられる。


「か……は……っ」


 脳天からの直撃を避けるため、咄嗟に体を丸めたが自重と腕力がかかった一撃を背中へ受ける事となる。

 衝撃は肺を潰し、呼吸ができなくなる。


 体を解放される。

 しかし、動けない。


「あなたは後です」


 ミラは告げると、洞穴の奥へ進んでいった。


「待っ……て……」


 手を伸ばし、声を出す。

 けれど、ミラは歩みを止めない。


 動け……。

 動け……!


 頭は打っていない。

 脳震盪でどうしようもない状態じゃないんだ。

 ただ痛くて苦しいだけだ。


 痛みが体の動きを阻害しているだけだ。

 だから、動ける!

 動けるはずなんだ!


 苦痛に耐え、体に命じる。

 困難な呼吸を整え、細かく呼吸して痛みを和らげる。


 そこまでに時間がかかった。

 動け動けと焦っても、体は言う事を効かなかった。

 痛みに屈してしまっていた。


 まだ動けないと体は警鐘を鳴らし続ける。

 それでも、私は立ち上がった。

 精神力が痛みを上回るようになった。


 壁に手をつき、歩みとも言えない速度で洞穴を進む。


「ふぅ……ふぅ……」


 時間が経ちすぎている。

 もうダメかもしれない。

 だとしても、私は今の自分に出せる速度で急いだ。


 ミラの背中が見える。

 追いつけた。


 そして……。


「助けてください!」


 マルクの声が聞こえた。

 見ると、そこには夫人の背中がある。

 マルクは夫人に抱きしめられているようだった。


「もう意識がないんです! それでもずっと僕を守り続けてくれたんです!」


 声を張り上げ続けるマルク。

 その姿を見て、ミラは動けない様子だった。


「お母様を早く助けてください!」


 マルクを庇い続けるその姿に、ミラの視線は釘付けになっていた。

 槍を握る手が、かすかに震えている。


 まだ血の乾かない傷を走らせた夫人の背。

 その背が洞穴の影に隠そうとしているのは、一人の少年だ。

 自分よりも子供の命を尊ぶその姿は、一人の母親の姿に他ならなかった。


 この光景を見て、ミラは何を思っているのだろう。

 自分の怪我を顧みず、マルクの命を奪おうとしている姿に見えているんだろうか?


 その節穴で、ちゃんと捉えてほしいもんだね。


 私はミラの背後に忍び寄り、首に腕を回した。


「くっ……」


 完全に油断していたようだった。

 腕が完全に首へ食い込む。

 抵抗を試みるがもう遅い。


 耳元に囁く。


「君は少し……人を見る目が足りないな。これからはその事をゆっくりと考えるんだね」


 ミラの首を強く締め上げ、そしてその体から力が抜けた。

 アリアは家族に愛されていなかった。

 愛情を感じた数少ない経験は、父親から定期的に贈られる花だけだった。

 それが毒草だと知らず、彼女は毎日花を手に取り、匂いを楽しんだ。

 体調が悪くなり、何度も倒れようと、それでも花を愛しんだ。

 それだけが家族からの愛情だから。

 いつしか花を愛でても体調を崩す事がなくなり、ある男性と恋に落ちて嫁いでいった。

 男性は彼女の思い出を壊さないよう、花に毒がある事を教えなかった。

 だから親愛の証として、彼女は愛しい子供達に毒の花を贈った。

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