二十三話 ヴィブランシュ家の夫人
少し早いですが更新させていただきます。
今日、明日に分けての更新となります。
私達はいくつかの領を視察し、次にヴィブランシュ領へ入ろうとしていた。
ヴィブランシュ領はその名の通り、ミラの父親が治める地である。
「この地の領主に悪い所は見られない。善政ではあるが甘すぎもしない。教科書にしたいくらいの、お手本みたいな統治だ。でも、不穏な部分がないかと言われればそうじゃない」
恒例となったグリアスとの面会。
そこでそんな話を聞かされた。
話の邪魔をしないように私はお口チャックである。
「どういう事かな?」
「隣にある領の動きが少し怪しいんだ」
「ヴィブランシュに対して何か行動を起こしているという事?」
グリアスはそれを肯定しなかった。
「今、この領では盗賊団が活動してる。他領との輸出入の妨害やら、主要な生産地域への攻撃。単純な略奪行為に見せかけているが、狙う対象が意図的に思える」
「裏は?」
「情けねぇ話だが取れてねぇ。殆ど黒なんだけどな。盗賊団は逃走する際に領境を行き来している。領の兵士は境を割っていけないからな。逃げた先の領地もあまり積極的に取り締まろうとしない。俺達が捕らえようにも盗賊団の規模が大きくて戦力が心許ない」
確証がないから肯定しなかったようだ。
「隣の領というのは北?」
「よくわかるな」
「これはラース領が関わっているんだろうね」
「……そういう事か」
私には何の話かさっぱりわからないが、グリアスはそれで納得したらしい。
「リシャールくんはさぞ困っている事だろうね」
「自ら指揮を執って討伐に出向いているほどだ」
「ふむ……。どうにかして、盗賊団の身柄を確保しよう。僕も行く」
「娘は?」
グリアスは私を見てから訊ねた。
「単独で領主の城へ行ってもらう」
「一人で大丈夫なのか?」
「心配はしてないかな」
「ふぅん」
「あまり良い事ではないけれど、リシャールくんとは交流があるからね。ミスをしてもある程度は大目に見てくれると思う。能力的にも問題はないし、丁度良い実践練習になるだろう」
「なるほどな」
「じゃ、あとで合流しよう」
「わかった」
面会を終えて、店を出る。
「ラース領がどう関係してくるんですか?」
私は疑問を口にする。
「そうだね。前提として、男性貴族というものは良くない目で見られやすいんだけど」
……エッチな目で見られるとか?
ママがパパを見る時の野獣の如き眼光を思い出してそんな事を思う。
「男性貴族というものは武力に秀でていない。だから見下げられやすい。武家の女性貴族が多いこの国では特にそれが顕著なんだ」
違ったわ。
「リシャールくん……ヴィブランシュ領主は文官としての活躍を認められ、当代で出世した方でもある。それを快く思わない人間も少なくない」
「ラース領主もその一人だという事ですか?」
私の問いにパパは曖昧な表情を見せた。
「……嫌がらせ目的で賊を領に放ったと聞いて、やりかねないと思う程度には嫌っている」
めっちゃ嫌ってるじゃないですか。
「だからさっきも言った通り、ロッティには一人でヴィブランシュ領まで行ってもらう」
「はい。頑張ります」
グリアスとの面会を終えてすぐにパパは荷物をまとめ、そのまま私と別行動を取った。
私は、クローディア、文官達と一緒に領主の住まいへ向かった。
ヴィブランシュ家は私の貰った領と同じく、町に館を作るのではなく領城に住んでいた。
ちなみに、私の貰った領地の名はディナールという。
つまり私はディナール領主ロッティ・リシュコールになる。
このように本来は苗字と領主の肩書きは違うのだが、代々領地を継承する家や拝領と共に改名する貴族もいる。
ヴィブランシュがどうなのか知らないけど。
立地の問題もあるのだろうが、どうやら生産に力を入れている領であるらしい。
今回の私は視察の仕事があるけれど、個人的に先達として頼らせてもらいたいと思えた。
ヴィブランシュの領城に着く頃には、太陽は地平線に沈もうとしていた。
中に入ると一人の女性と数人の使用人が歓迎してくれる。
「ようこそおいでくださいました、皇女殿下。領主の妻、アリアと申します」
そう名乗った女性は、この国では珍しくほっそりとか細かった。
穏やかな物腰で、声も落ち着いている。
ただニコリともしない表情の乏しさに冷たい印象を受けた。
「ただ今領主は不在にしておりまして、僭越ながら私が応対をさせていただきます事、ご容赦ください」
「よろしくお願いします。私も代理の立場で、不備が目立つでしょうがお許しください。こちら、視察団代表者からの書状となっております」
私はパパから預かった書状を渡した。
「謹んで。内容の確認を致しますので、しばしお時間をいただきたく思います。その間、応接室でお待ちください」
私達は応接室で待たされる事になった。
それからさほど時間もかけず、アリア夫人は応接室に姿を現した。
「書状の確認を致しました。必要な資料を用意させていただきます。正式な視察はシアリーズ様当人が当たるので、自分が訪問するまで皇女殿下の滞在を許してほしいとの事でした」
書状の中身は今知ったけれど、そりゃあ見学の娘に大事な仕事は任せられないか。
「そうですか。よろしくお願いします」
私は頭を下げた。
「部屋の用意をさせていますので、先に晩餐をいかがでしょう?」
「いただきます」
視察団と共に食堂に案内され、そこで食事を取る事になった。
長テーブルに着いたのは私を含めた視察団の面々と夫人だけである。
「ミラはいないのですか?」
「夫と共に出かけております。娘をご存知なのですか?」
「はい。前に城で知り合いまして」
「そうでしたか。申し訳ございませんが、今応対できる人間はこの家に私だけなのです」
「いえ、お構いなく」
「本当は息子がいるのですが、体調が優れないらしく部屋で休養しております」
息子。
……そういえば、ミラには弟がいたんだっけ。
ククリちゃんもそうだったけど、私はキャラクターの弟妹についてあまり知らないな。
ミラの弟については名前すら憶えていなかった。
食事を終えて、整えられた部屋へ案内される。
パパの調査がいつ終わるのかわからないが、その間ずっと滞在する部屋だ。
旅の疲れからベッドに身を投げると、柔らかく体を包んでくれて心地がいい。
少し早いけど寝てしまおうかな?
などと考えている内に、私の意識は眠りに落ちていった。
そして真夜中に目を覚ます。
中途半端に起きると眠れなくなってしまう。
だからもう一度目を瞑って眠ろうとするが、目が冴えてしまったらしくて眠れなかった。
仕方ないので部屋を出る。
特に催しているわけではないが、トイレに行く。
廊下を歩いている最中、私は一つの部屋に目を留めた。
他の部屋には明かりが灯っていないが、そこだけ光が漏れている。
少しドアが開いているようだった。
好奇心から部屋の中を覗き込む。
見えたのはベッドだ。
そこには幼い男の子がいて、苦しげな表情をしていた。
その小さな額に、布がのせられた。
ベッドの傍らには、椅子に腰掛ける夫人の姿がある。
今、布をのせた手の主は夫人のようだった。
不意に、夫人がドアの方を向いた。
私と目が合う。
「皇女殿下?」
「すみません。明かりが灯っていたので。入ってもいいですか?」
「どうぞ」
促されて入室する。
「この子は……」
「息子のマルクです」
体調が優れないと言っていたが、思っていたより重病のようだ。
近くで見ると顔が赤く、熱があるようだ。
「しばしお待ちください」
そう言うと、夫人は部屋を出て行った。
その間、私はマルクを見ていた。
可愛らしい子だ。
姉弟だからだろう。
ミラと似ている。
すると、マルクの目が開いた。
「……お兄さんは、誰ですか?」
ぼうっとした顔で、マルクは私に問いかけてきた。
「お姉さんです」
「ごめんなさい……お胸がなかったので……」
……子供特有の素直さとして私は許そう。
「お母様は?」
少し不安そうな声色で訊ねてくる。
「今、少し席を外しています。すぐに戻ってきますよ」
多分。
実際はわからないが、安心させたくてそう告げる。
「そうですか……」
私はバケツにある布を手にし、強く絞った。
マルクの額にある布と交換する。
「冷たくて気持ちいいです」
そう呟くと、マルクは寝息を立て始めた。
ほどなくして、ティーカップを二つ載せたお盆を手に夫人は戻ってきた。
「召使いを休ませているので、この程度の振舞いしかできない事をお許しください」
「いえ、こちらこそ過分な配慮をいただき、ありがとうございます」
私はティーカップを受け取った。
漂う湯気からシナモンの香りがする。
夜を温めるような甘い香りだ。
口に含むと、思っていた以上の甘みを感じた。
明らかに甘味料の類が入っている。
「甘くて美味しいですね」
「甘い物はお好きですか?」
「はい。晩餐に出たデザートも美味しくいただかせてもらいました」
夫人はかすかに口元を歪めた。
これが精一杯の笑顔なのだろうか?
「うちの領では養蜂を主な事業としておりますので、甘い物には事欠かないのです」
「そうなんですか。……あの、個人的なお願いなのですが私の領地へ定期的に輸出しただけないでしょうか?」
甘いものは確保したい。
「私の一存では決めかねます」
それはそうか。
「殿下はその歳で領をお持ちなのですか?」
「はい」
「頭が良いのですね。だから、私の娘と気が合うのかもしれませんね。あの子も、夫の手伝いが出来るほどに頭が良いですから」
「そうですね」
「そのせいで、あまり他の子供と馴染めていないそうなのですが……」
どちらかというと馴染めていないのは、生まれのせいかもしれないが……。
……あれ?
そういえば、ミラって妾腹じゃなかったっけ?
じゃあ、夫人にとってミラは実の子じゃないんじゃ……?
聞いてみたいけど、聞いてみるには不躾過ぎる。
そんな事を思っていると、夫人はマルクの額にある布へ手をやった。
私の方を見る。
「もしかして、布を替えてくださったのですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
礼を言ってから、バケツの布へ手を伸ばす。
ぎゅっと水気を絞り、額の布と交換した。
「もう、世も更けております。殿下はそろそろお休みになった方がよいかもしれません」
「そうですね。ごちそうさま。美味しかったです」
私は礼を言って部屋を出た。
親子かどうかはどうでもいい事だ。
馴れた手つきだった。
マルクはよく体調を崩すのかもしれない。
夫人がそばにいない事をマルクは不安に思っていた。
その姿からも信頼している様子がうかがえる。
きっと、夫人はこれから一晩中マルクを看病するのだろう。
それは愛情がなければできない事だった。




