二十二話 ひかえおろう!
私が人質に取られてしまったせいで、ヨシカは自分の武器を手放してしまった。
「それを遠くにやりなさいな」
領主に言われ、ヨシカは足元の木刀を手の届かない遠くへ蹴飛ばす。
「いい子ね」
ヨシカは領主を睨みつけるが、どこ吹く風という様子でむしろ笑みすら返した。
こんな事で……。
あんなに頑張ったのに、私のせいでこんなにあっさりと勝敗が決してしまうなんて。
私は再度、握った兵士の小指に力を込める。
が、それを察せられて膝裏を強く蹴られた。
「うっ……」
立っていられなくなって膝を折る。
「わたくしの勝ちね。おとなしくついてきてもらおうかしら」
勝ちを確信し、笑みを浮かべる領主にヨシカは憮然としながらも従う素振りを見せた。
ダメだ。
なんとかしなくちゃ。
焦りが募る。
けれど、私には何もできない。
その時だった。
「そこまでだ」
男性の声が場に響いた。
その声は私にとって、聞き覚えのある声だった。
声のした方を見ると、そこにはパパがいた。
その隣にはクローディアが立っている。
彼女が伝えてくれたんだな、と察する。
「これはシアリーズ様。お恥ずかしい所をお目にかけましたわ」
「どういう状況かな? リオー領主」
「こちらの方に機密情報を盗まれましたの」
領主はヨシカを示しながら答える。
「スパイ容疑があるので捕縛に乗り出したというわけですわ」
「なるほど。では当事者に事情を聞きたいね」
「別段、手を煩わせる事などありませんわ。これはわたくしの領における不祥事。全貌を解明した後に、報告はさせていただきます」
「そうはいかない。この事件には、皇族が関わっているのだから」
そう言って、パパは私の方を指差した。
「彼女は僕の娘だ。つまり、どういう事かわかるね?」
「……! 皇女殿下……」
パパの言葉に領主と、それにヨシカが驚いた様子を見せる。
私を捕まえていた兵士がナイフを取り落とし、拘束を解いて跪いた。
「もうこの領だけの話じゃない。この件については関係者全員から事情聴取の必要がある。それに……」
パパは簡素な装丁の帳簿を見せた。
「館の中で見つけた、これについてもいろいろと聴きたい」
領主は溜息を吐いた。
「よく見つけましたわね。流石は皇配殿下。あなたから、目を放すべきではありませんでしたわ」
そう呟くように言うと、ヨシカへ目を向ける。
「侮ったつもりはないけれど、あなたが一枚上手だったわね。まさか、皇族と伝手を持っているなんて」
「俺もびっくりだ」
領主の言葉に、ヨシカは答えた。
孤児院の面々に終わった事を伝えに行く。
しかし、シロの姿はいつの間にか消えていて、マコトのいる場所に私は向かった。
「終わったよ」
「え? そうなのか?」
マコトは拍子抜けした様子で訊ね返した。
もっと戦わなければならないと思っていたのだろう。
「うん、助っ人が間に合ってなんとかなかった」
「助っ人?」
私とマコトは孤児院の外へ出て、入り口前まで歩いていく。
「あの人は?」
「私のお父さん」
「へぇ、やっぱり親子は似るんだな」
そう言われると少し嬉しい。
パパはヨシカと話し込んでいた。
「じゃあ、後ろにいるのが母親か? 強そうだな」
マコトはクローディアを見ながら問いかけてくる。
「あれは私の護衛をしてくれている人」
「護衛? そんな人がいるって事は、もしかしてロッティはいい所のお嬢様なのか?」
「うーん、と……」
ちょっと考える。
私は少し自己顕示欲(?)を満たす事にした。
「私のお母さん、この国の王様」
どやぁ、と答える。
「はっ? え、ウソだろ?」
ふっふっふ、驚いとる驚いとる。
「本当だよ」
「あんた、王子様だったのか!」
「皇女様だよ」
「ええーーっ! ウッソだろぉ!」
何でそっちの驚きの方が強いの?
「じゃあ、この気持ちのやり場をどうすればいいんだ!」
知らんがな。
どういう気持ちを抱いていたのかすら知らん。
その後、関係者からの事情聴取を済ませてから部下に諸々の手続きを任せ、私達は次の領へ向かう事になった。
「この度は、娘がお世話になったようで。改めて、お礼をさせていただく」
パパは別れの際、ヨシカに礼を言った。
「こちらこそ、殿下のおかげで助かりました」
「次の領主は清廉な者を置くと約束しよう」
「ありがたい」
パパとヨシカが話をしていると、私の方にもマコトが近づいてきた。
「えーと、ロッティ皇女殿下……。いろいろと、ご助力いただき、ありがとうございました」
緊張した面持ちで、マコトは私に接する。
そこに今までの気さくさはない。
堅苦しいのは好きじゃないけれど、私の立場としては権威を蔑ろにするわけにもいかないだろう。
でも、最低限でいいよね。
「マコト。私はあなたとまた会える事、楽しみにしている。だから、これからもよろしくね」
私はマコトに手を差し出した。
「これからも仲良くしてほしいって事だよ」
マコトは私の手と顔を見比べ、小さく微笑んだ。
「こちらこそ」
答えて、マコトは私の手をがっしりと握った。
次の領地へ向かう。
その馬上にて。
「そういえば、パパは私が行方不明の間どうしてたの?」
そう訊ねる。
私からすればパパも行方不明だったけど。
「そうだね……。僕が宿屋から出た後から話そうか。僕はグリアスに頼まれて領主の身辺を調査していた。現地の調査員と接触し、話を聞いていたんだ」
調査員は本当にどこにでもいるんだね
和風に言えば、草って奴かな。
「それから調査にてこずってしまって、帰ったらロッティとクローディアがいなかった」
「……ごめんなさい。気分転換がしたくて外に出ちゃったんです」
「今後は自分の立場をもう少し重く見てほしい」
パパ、少し怒ってるな。
「そこから探し回ったけど見つからず、領主に手を回されていないかと思って館に向かった」
「領主が皇族に手を出す事なんてあるのですか?」
領主って、要は王様の部下でしょ?
「人質にして反乱を起こす事もあれば、そのまま隣国へ亡命するという事も考えられる」
私の考えは甘いって事か。
敵性国家がある以上、その警戒も強める必要があるわけだ。
「けれど領主の館にもロッティはいなかった。そうしている内に領主がでかけたから、本格的に館を探ったんだ。その途中で、館に潜入したクローディアと接触できた」
領主のおでかけは、孤児院に攻めてきた時か。
兵士もたくさん連れてきていたから、館の警備も薄くなったのかもしれない。
そうしてクローディアが潜入を成功させ、パパに接触できたわけだ。
結果として、パパに気付いてもらえた事でなんとかなったので、あの時クローディアを行かせた選択は間違っていなかったらしい。
「ついでに汚職の証拠も確保できたから、結果的に何もかも上手くいったんだけどね」
「私のおかげだね」
珍しくパパに険しい顔を向けられた。
「ごめんなさい。反省してます」
何も言われなかったけれど、圧が凄かったので私は心から謝った。
今回の更新はここまでになります。
次はミラの話になる予定です。
では、また月末に。




