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二十一話 孤児院籠城戦

 襲撃に備えたまま、夜が明けて昼になろうとしていた。


 このまま何事もなければいい。

 そう思いながら、昼食を取っていた時だった。


 孤児院で振舞われた食事は、野菜のスープと半分のパン、ウインナーが一本ずつ。


「昨夜もそうだったけど、毎日このメニューなの?」

「ああ。日によって肉が出ない日もあるけど、スープとパンは毎日出てる」


 私の問いかけにマコトが答える。


 食に関して一定以上のお金をかけられる所を見れば、孤児院の財政状況が悪くないと推察できた。

 余裕があるわけではなさそうだけど。


「あ、たまに米料理も出るな」


 そう、ここではお米も出るのだ。


 非常時としてヨシカが引っ張り出してきた食材が米と梅干だった。

 出所を聞くと、どうやら故郷の村に住む友人が持ってきてくれるそうだった。


 米が出てきた時には「お米だ!」とつい大きな声を出してしまい、怪訝な表情でみんなに見られた。


 梅干が出た時にも大きな声出したけど。


 そしてこの米と梅干は、大量のおにぎりになった。

 籠城中の食事をそれで賄う予定らしい。


 しかし、米か……。


 そういえば聞いた事がある。

 米は連作障害に悩まされず作る事ができる、と。

 しかも長期保存ができるので貯蓄しておくのに最適。


 これを私の領で作る事ができれば、生産量の向上が見込める。

 かもしれない。


 梅干の材料が揃うならこれも嬉しい。

 クエン酸と炭水化物は一緒に摂取する事でグリコーゲンになる。

 つまり梅おにぎりは栄養補給としては優秀であり、軍隊の糧食として活用するのに相応しい。

 かもしれない。


 戦争にはなってほしくないが、そうなった際にこの二つを供出できれば糧食という面から戦力の底上げができる。

 かもしれない。


 問題は生産するにあたって水田を作るための水源を確保する必要がある事だが、ターセムは基本的に井戸水で賄っている。


 近くの森に湖はあるのだが、村までは距離がある。

 これには水を引くために大規模な水路工事が必要になってくるだろう。

 しかしそれに見合うだけのリターンはある。

 かもしれない。


 と、あれこれ考えてみたが、好きな時に米が食えるようになる事ほど嬉しい事はない。

 少なくとも皮算用で利点ばかりをあげてしまう程度には理性を保っていられない。


「来たみたいですよ」


 ヨシカと共に見張りへ出ていたシロが食堂へ訪れ、そう告げる。

 何が来たのか、それを訊き返すまでもなく私とマコトは席を立った。


 玄関から外をうかがうとヨシカの背があり、それごしに見える門の前には多くの兵士達がいた。

 数は四、五十人くらい。


 領主の私兵としては少ないが……。

 すでに他の人員は建物を包囲しているかもしれない。

 見える範囲だけを当てにするべきじゃないだろう。


 兵士を率いるように立つのは、一人の女性である。


 真っ赤なドレスには腰まで届く深いスリットが入り、肉感的な足が覗いていた。

 毛量の多い黒髪に隠され、半分だけ露わとなった顔はしっかりとメイクアップされてぷっくりとした唇には目が醒めるような紅が映えている。


 そのいでたちはあまりにも場違いである。

 けれど、その腰にはベルトで吊られた剣が見える。


「出てきたのか、領主殿」


 あれが……。


「こう見えてそこそこに強いのよ、わたくし」


 ふふふ、と余裕の笑みを浮かべて領主は言う。

 確かに……そこそこ強そうだ。

 私は領主の一部分を見ながらそう思った。


 比べるとヨシカの方が小ぶりに見える。

 大丈夫だろうか?


「正直、荒事は好きじゃないのだけどね。それでも強い、わたくしの才能が憎いわ。こうして動かなくちゃならなくなったんですもの」

「手を出してこなければいいものを」

「そうもいかないわ。あなた、わたくしにとって邪魔なのよ」


 言って、領主は剣を抜く。

 鋭い切っ先に細い刀身。

 斬るよりも突く事に特化した形の剣だ。


 それに対して、ヨシカも木刀を構えた。


「そうよね。斬るわけにはいかないものね。この国が寛容とはいえ、平民の貴族殺しは許されないもの。一人でも殺せば、見せしめの意味も込めて関係者の皆殺しが一般的。対して、貴族が平民を殺しても罰せられる事はないわ」

「……」

「あら、怖い顔」


 ヨシカの表情はうかがい知れないが、領主は言いながらからかうような笑みを浮かべた。

 その笑みを不意に消した。


「わかるわよね。あなた相当に不利よ。見る限り戦うつもりのようだけど、大人しく捕まってくれた方が誰も傷つかなくて済むわ。あなたが大人しく投降するなら、ここに住む子供達の面倒だって見てあげる。どう、悪くない話でしょう?」

「欲望のままに振舞う悪辣な人間の言葉は信じない」

「幸せになりたいと願う事の何がいけないのかしら?」

「さもしいものだな。自分の幸せしか願えない人間というものは」

「あなたは人助けに幸せに見出しているだけでしょう。幸せの形がわたくしとあなたではちがうというだけよ」

「お前と俺は、致命的に合わないようだ」

「無駄な時間だったわね。手間を省きたかったのだけど」


 ヨシカが手振りする。

 後ろに控えていた私達への合図だ。


 同じく、領主が剣を天へ掲げた。

 それを目にしてすぐ、私とマコトは駆け出した。

 所定の場所を目指す。


「かかりなさい!」


 領主の号令が背中に聞こえ、無数の声がそれに続いた。


「お前達、部屋に隠れるんだ! ククリ! みんなの引率を頼む!」

「わかった!」


 途中で子供達に声をかけながら、私とマコトは配置に着く。


「あれが領主か」

「なんだか、月影先生みたいな髪形だったね」

「誰だよ……」


 そんな事を話していると、固定された扉が外から強く叩かれる。

 何度も叩かれ、怒号も聞こえる。


 いつ破られてもおかしくない。

 緊張から汗が流れた。


 ここだけじゃない。

 周囲からは多くの音が聞こえてくる。

 戦いの音だ。


 ヨシカとシロも戦闘を開始しているのだろう。


 兵士達が侵入を試みて、攻め立ててきているのだ。


 ついに木製のドアの一部が壊れた。

 そこから一撃ごとに壊れていき、私は緊張で息を呑んだ。


 他を心配する余裕が消えた。


 ドアが破られると、進入してきた兵士がバリケードの存在に気付いて顔をゆがめた。

 けれど、すぐにバリケードの破壊にかかる。


 マコトが手に持った木刀を強く握るのがわかった。


 この世界の人間は本当に豪快でパワフルだ。

 普通の人間ならば壊せそうにないバリケードも、素手でゴリゴリと壊してくる。


 ついにバリケードが壊され、人一人分が通れる道ができた。

 と同時に……。


「キエエエエェェイ!」


 マコトが声を上げて突撃。

 同時に、振りかぶった木刀で相手を殴りつけた。


 バリケードを破ってすぐの体勢が整わない所を狙われ、兵士はもろに頭を打たれる。

 頭を守っていた兜が凹み、兵士はうつ伏せに倒れる。


「貴様!」


 後続の兵士が倒れた兵士を越えて進んでくる。

 先ほどと違って剣を持ち、戦闘態勢が整った状態で攻め入ってくる兵士。

 それを相手に、マコトはまたしても同じ戦法で挑む。


「キエエエエエエェェイ!」


 渾身の一撃を振り下ろすマコトだったが、兵士はそれを剣で防いだ。

 が、そこからさらにマコトは何度も木刀を振り下ろす。


「ぐっ! なっ! こいつ!」


 ガンガンと何度も攻撃を加えられ、兵士は防戦一方になっている。

 そして最後には剣を握っていられなくなり、叩き落される。

 そこへ、トドメの重い一撃が頭へ落とされる。


 なんだ。

 十分にマコトは強いじゃないか。

 確かに、一対一なら負けそうになかった。


 そう思うのも束の間、進入してきた別の兵士がマコトに詰め寄った。

 マコトは反撃しようと木刀を振り上げるが、振り上げた状態のまま槍で腕を押し上げた。

 壁へと押しやられるマコト。


 その間に、また別の兵士が侵入してきた。


 まずい!


 今その事態に気付いているのは私だけで、なんとかできるのも私だけだ。

 体を動かす。

 どちらに対処するか?


 わずかな逡巡の後、マコトを拘束する兵士にタックルした。

 体勢を崩されて浮いた足を掴み、全体重をかけてそのまま押し倒す。

 大人相手は、パパに相手をしてもらって何度も経験してきた。


 正直、同じ体格の相手よりも慣れている。


「何っ! ぐああああっ!」


 倒した相手の足首を捻り上げると、苦痛に悲鳴を上げた。


「マコト! 今入ってきた方!」


 私が叫ぶと、言葉の意図を察してマコトがもう一方の兵士へ突撃した。

 木刀で滅多打ちにしてすぐさま倒すと、私が足首を捻り上げている方も滅多打ちにした。


「次が来る!」

「ああ!」


 バリケードと狭い通路で数は制限できるが、それでも次々に入り込んでくる敵兵士達の相手は容易(たやす)いものではなかった。


 気を抜けばすぐにでも押し切られる。

 そんな緊張感の中、私とマコトは協力し合ってどうにか兵士を凌ぐ。


 マコトが進入してきた兵士を打ち倒し、対応しきれない兵士は私が組み付いて足止めした。

 お互いの危機を助け合い、兵士の侵入をどうにか阻止していく。


 次々に兵士は来る。

 それだけじゃなく、倒した兵士も時間が経てばまた動き出す。


 余裕なんてなかった。

 時間の感覚は消える。

 がむしゃらに動き続け、その結果として倒れ伏す兵士達の数だけが戦いの足跡を記す。


 興奮と緊張感に彩られた時間に、忘れ去られた疲労が一気に牙を剥く。

 急激に体が重くなる。


 動きは精細さを欠き、判断は鈍り、込めるべき力が入らない。


 動け……!

 動け!


 それでも心中に唱え、私は体を鼓舞し続ける。

 しかしその鼓舞もむなしく、身体は限界を迎えようとしていた。


 散漫になった注意力があだとなり、私は兵士に組み伏せられた。

 が、その兵士をマコトが打って撃退する。


「今ので最後か……。額に傷が出来てる。大丈夫か?」


 何度か攻撃を受けたからな。


「大丈夫」


 私が言うとマコトは一応の安心を見せる。

 それと同時にお腹が鳴った。

 途端に空腹を自覚する。


 マコトは緊迫した面持ちを崩して笑う。

 恥ずかしい。


「丁度いい。飯だな」


 私達は用意されていた梅おにぎりを食べた。


 おお、梅!

 そのすっぱさが五臓六腑に染み渡った。

 米の甘みも強く感じる。


 一つ平らげた所で足りず、続いて二つ、三つと食べた。

 余程疲れていたのか、それでもまだ足りなかった。 


「これからどうする?」


 食べ終えて、マコトが訊ねてきた。


「私が他の様子を見てくる。マコトはここを守ってて」

「俺も行く」

「守りを欠くのはよくない」


 私が言うと、それ以上マコトは強く言ってこなかった。


 私はシロの守っている入り口へ向かった。

 ドアをノックしてから開けると、シロが背中越しにこちらを見る。

 彼女の両手には、それぞれ一丁ずつ拳銃が握られていた。


 その銃は銃身が異常に長い。

 それぞれ赤と青の筋が走っていて、脈打つように明滅していた。


 邪神の呪具。

 アルテミスとウルだ。


 シロは得物を下ろしてマントの中に隠した。


 周囲には、彼女を遠巻きにするように多くの兵士達が倒れていた。

 その倒れた兵士達以外に敵は見えない。


「敵は?」

「少し前から増員がなくなりましたよ」


 見る限り、彼女に近づく事もできず一方的にやられたのがわかる。

 打つ手なしと見てこの場の突破を諦めたとしてもおかしくない。


「殺しちゃったんですか?」

「シロは無駄な殺しが好きじゃありません。手加減したから大丈夫です」


 銃でどうやって手加減するんですかね?


 と思ったが、そういえばアルテミスとウルは実包じゃなくて魔力を飛ばす武器なんだったっけ。

 込める魔力で威力の調節ができるのかもしれない。


「シロはこれからどうすればいいですか?」

「念のためにここを守っていてください」


 留守を衝かれると痛い。


「楽でいいですね」

「私は他の様子を見てきます」

「はい」


 次にヨシカさんの所へ向かう。

 ノックしてから外を覗くと、シロの方と違ってこちらは激戦真っ只中であった。


 倒れる兵士は他との倍以上で、増員されている兵士もまだ大量にいる。

 それぞれがヨシカに殺到し、木刀の一撃で倒されていた。

 驚くべきは、ヨシカが梅おにぎりを食べながら戦っている事だ。


 右手で木刀を振るいながら、左手で梅おにぎりを持っている。


 兵士達の猛攻の中、領主の攻撃が加えられる。

 ヨシカはそれを打ち払い、次いで加えられた斬撃を木刀で受けた。


 鉄芯が入っているのか、それとも魔力的な力が働いているのか、木刀は剣の刃を受け止めて二人は鍔迫り合いになった。


 流石に力負けするのか、ヨシカは梅おにぎりを一気に口へ入れて両手で木刀を握る。


 そんな二人に割って入るように、ヨシカへ兵士達が攻撃を加える。

 ヨシカは領主の剣を押し返し、距離を取ると攻撃してきた兵士を叩き伏せた。


「息ぐらい切らしなさいよ」


 領主が悪態を吐く。

 ヨシカはそんな領主に向けて、梅干の種を吹いて飛ばした。

 領主は剣でそれを防ぐ。


「この程度ではな……」


 ヨシカは答えながら領主へ攻撃した。

 領主はそれをいなす。


「でも、もう終わりかしらね」


 領主が答えて私を見た。

 目が合う。


 まずい!

 そう思って屋内へ引っ込もうとしたが、その前に腕を掴まれた。

 いつの間にか、私の視覚外からドアへ近づいてきていた兵士がいたようだ。


 どうにか抵抗を試みる。

 私を掴む手、その小指を握って力いっぱい曲げてみるが……。


 びくともしない!


 油断なく筋力と魔力を込めた体に、私の力が通用する余地はなかった。

 魔力の強弱をまざまざと見せ付けられた気分だ。


 精一杯の抵抗もむなしく、簡単に外へ引っ張り出された。

 首にナイフを突きつけられる。


「見捨てられるかしら?」

「……」


 領主が問いかける。

 ヨシカは答えず、木刀を地に投げた。


 こんな事で……!

 私の迂闊さのせいで最悪の事態になってしまった。

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