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十九話 孤児院の豪傑

呼び名に困るため、タイトルを変更致しました。

「キエエエェェイッ!」


 大気を震わす音声を響かせ、マコトはこちらへと駆け出した。

 その声とひたすらまっすぐ、文字通り跳び込んでくるマコトの姿に私は戸惑い、竦み、体を硬直させた。


「待って! お姉ちゃん!」


 ククリが声を上げる。

 しかし耳に入らない様子で、マコトは振りかぶった棒をシロ目掛けて振り下ろした。


 次の瞬間、シロはあっさりとマコトを拘束する。


 脛を軽く蹴って勢いを殺すと、振り下ろされた腕を掴んで逆に引き込み、そのまま倒して背中を踏みつける。

 その一連の動作を難なくこなしていた。


「くそっ!」


 悪態を吐いて激するマコトとは裏腹に、シロは平然としていた。

 そんなマコトのそばにククリが寄って声をかける。


「お姉ちゃん、違うよ」

「ククリ!」

「私、この人達に助けてもらったの」

「えっ?」




「何だ、そうだったのか……」


 事情を説明され、拘束を解かれたマコトは素直に納得してくれた。


「そうとは知らず、恩人に無礼を働いて申し訳ありませんでした」


 マコトは深々と頭を下げて謝る。

 思っていたよりも礼儀正しい。

 そういえばゲームでも礼儀には礼儀を、無礼には無礼を返すようなキャラクターだったな。


「何事もなかったから大丈夫……」


 と言いながら、私はシロの方を見やった。

 特に思う所がなさそうな表情をしている。


「気にしなくて良いよ。妹さんが大事だからやった事だろうし」

「そう言ってもらえて良かった」


 マコトはホッと胸を撫で下ろす。


「とりあえず、家に案内します」


 そう言って、マコトは先導する。

 今度はその案内に従って、私達は歩き出した。


 姉が合流しても、ククリちゃんは依然として私と手を繋いでいだままだ。

 信頼してもらえているという事でいいのかな?


「それにしても、あんた強いんですね」


 案内しながら、マコトはシロに話しかける。


「え、そんな事ないですよ。シロより強い相手なんていくらでもいますから」


 私も少し気になっていた。


 シロは臆病で注意深いキャラクターだったはずなんだけどな。

 今の彼女は先ほど攻撃してきた相手にもケロリとしている。

 警戒をしている様子もない。


「俺、この辺りじゃ結構強い方なんです。母さん以外の大人なら勝つ自信があったんですけど……」

「んーと、正直に言ってあなたの攻撃は怖くなかったんですよ」


 シロはそう答える。


「怖くなかった?」

「大声には驚きましたけどそれだけですし。攻撃の威力も強そうだったんですけどね。ただ……」

「ただ?」


 続く言葉が気になるのか、マコトは立ち止まって聞き返した。


「殺してやるって気迫がないんですよね。そんなの全然怖くありません」

「殺してやる……殺気ってやつですか?」

「まぁそうですね。あと、動きが雑です。だから、シロでも簡単に止められたんですよ」


 シロが指摘すると、マコトは眉根を寄せて俯いた。

 その顔をシロへ向き直らせる。


「シロさん。あとで稽古をつけてもらえませんか?」

「え、嫌ですよ!」


 マコトの申し出をシロは過剰なまでの反応で拒否した。


「ただでさえ普段から仲間に勝負挑まれてるんですよ! あいつ、こっちが嫌だって言って逃げても「おいかけっこか! 面白い!」とかシタリ顔で追いかけてきやがるんです。こっちは面白かないですよ! あいつ本気で殺そうとしてくるイカレポンチなんですから! せっかくそれから開放されてるんだから、勝負事なんて仕事以外でしたかないですよ!」

「あ、ああ、わかりました」


 シロの剣幕に圧されて、マコトは引き気味に了承した。


 シロの仲間、か。

 あいつだな……。


 マコトに案内されて辿り着いたのは、二階建ての建物だった。

 この町で見た他の家に比べれば広く大きい。

 館と言ってもいい大きさだった。


「ここが俺達の家です」


 そう言いながら入り口の扉に近づくマコト。

 けれど彼女が手をかける前に扉が開いた。

 そうして出てきたのは、中年の女性である。


 体格はがっしりとしていて、髪色は灰色。

 表情は厳しく、目つきは鋭い。


 そんな女性を目にした途端、私の隣に居たシロが後ろへ跳び退いた。

 数メートルの距離を空けて着地する。

 そうして女性をねめつけるシロの表情からは、情けなさが消えていた。


 険しさだけがそこにある。


「ひゅ……っ」


 マコトの口から奇妙な音が鳴る。

 これが殺気だろうか?

 戦いの才能がない私でも如実に空気が変わった事を察せた。


 重い……。

 まるで空気が鉛と変わったように、肺腑が重さを感じている。

 ククリの握る手の力も一段と強くなった。


 シロが何かしらの所作を取る。

 マントの内側に見える動きからそれを察した。


 攻撃するつもりか!


「少し気が立っていたようだ。何もする気はない」


 けれど、女性が機先を制するように告げた。


 その言葉にシロはすぐに警戒を解かなかった。

 しばらくして口を開く。


「手の届く距離に近づくんじゃねぇですよ?」


 そう言って、シロはとりあえず警戒を解いたようだった。

 空気が軽くなり、呼吸が楽になる。


「とりあえずみんな、家に入れ」


 その言葉に家へ向かう。

 マコトが側を通る際、女性が声をかける。


「良い経験をしたな」

「……はい」


 私にもわかったくらいだ。

 今のやりとりで、マコトは殺気という物を具体的に実感できたのかもしれない。




 応接間らしき場所に案内される。


「俺の名前はヨシカだ。ここで孤児院を営んでいる」


 ここは孤児院なんだ。

 建物が広いのも納得する。


「何があったのかはわからないが、マコトが気を許している所を見れば何か世話になったのだろう」


 ヨシカが言うと、マコトはいたたまれない様子を見せた。


「町の兵士がククリを捕まえようとしていたんです」


 それを誤魔化す意味もあったのだろう。

 マコトが説明する。


「ククリを?」

「何かを盗んだからだと言っていました。何を盗んだかは機密だとも」


 私はマコトの説明を補足する。


「領主もいよいよ俺を排除しようと考えたか」

「どういう事です?」


 ため息交じりの言葉に、私は問い返す。


「母さんは民のまとめ役で、この領での影響力が強いんだ。領主だって無視できないくらいに」

「それは……もしかしてヨシカさんは貴族なんですか?」


 ただの平民が領主に対して歯向かうなど、普通ならできない。

 話を聞いてもらう以前に無礼打ちされてもおかしくない。

 何かしらの権力がなければ対抗できないだろう。


「いや、平民だ。俺はただ剣を振るしか能のない女だよ」


 どういう事だろう?


「税に苦しむ農民が助けを求めてきた時、母さんは一人で領主の館に乗り込んだんだ。そこで何があったか詳しく教えてくれないけど、領主に言う事を聞かせて帰ってきたんだ」


 マコトは得意げに教えてくれた。

 そのままの意味でしたか。


 つまり、権力ではなく武力で言う事を聞かせてきたわけだ。

 たいした腕力家だ。


 普通に考えてまさかとは思うけれど、ママの強さを知っているとこの世界にはそれができる人もいるんだろうなと思えてしまう。

 この世界では数よりも、一個の並外れた武力が戦いの結果に繋がる気がする。


「疎まれている理由はわかりました」

「子供達を人質に取って俺を封じるつもりなんだろう。ただ、どうしてこのタイミングなのか……」

「……関係あるかわかりませんが、今この町には国から視察団が入っていますよ」

「視察団、か……。流石に国の兵力を相手に生きて帰る自信はないな」


 ヨシカの言葉で意図を察する。


 恐らく、相手は二重の手でヨシカを封じようとしている。


 孤児院の子供を人質に取る事。

 視察団の兵力。

 この二つの抑止力を使って。


 前にヨシカが乗り込んだ時、本来ならば国へ要請してヨシカを排除するための兵力を送ってもらう事もできたはずだ。

 それがなかった事はヨシカの口ぶりからもわかる。


 何故なかったのか?


 プライドが邪魔をしたか……。

 領に国を介入させたくなかったか……。

 汚職の疑いがあるならば、後者の線が大きそうだ。


 パパは汚職などを許さないし、民を贔屓していると見られているかもしれない。


 グリアスが協力を要請するくらいだし、そういう証拠を隠し通す事がここの領主は得意なのかもしれない。

 それでも、訴状を元に調べられる事は不味いと考えた。


 定期的な視察ならばともかく、本格的な調査を恐れたんだ。


 子供を人質に取れればそれでよし。

 失敗したとしても、次の手がある。


 もしヨシカが報復として今領主に攻撃を仕掛けたとしたら……。

 その場に視察団が居合わせたとすれば、領主への反抗だけでなく国への反抗になる。


 その状況となれば、ヨシカはただの暴徒だ。

 訴状などの調査に繋がる正式な理由はない。

 ただの暴徒として国の兵力にヨシカを始末させるつもりなのだ。


「次の手は何があると思いますか?」


 私はヨシカに訊ねた。


 人質の確保は失敗。

 視察団の存在を知ったのでヨシカも思い留まった。


 視察団が帰るまで待てば、抑止力がなくなるのでヨシカも得意分野を発揮できる。

 相手はそれを恐れているだろうから、視察団がこの地を離れるまでにヨシカの無力化を試みるだろう。


「俺の弱みは子供だけだ」

「なら、またさらいに来ますね。ただ猶予はあると思います。ヨシカさんの襲撃を見越しているとすれば、それが失敗した事にまだ気付いていないでしょうから。可否についての判断をつけられていないはずです」

「とはいえ、こちらはどうしたものか……」

「相手の嫌がる事をすればいいんですよ。領の視察に来た人物と話をつけましょう。幸いにして、私はその人が泊まっている宿を知っています」

「どうして知っている?」

「……何故でしょうね」


 言ってしまおうか少し迷い、私はしらばっくれる事にした。

 見定めるようなヨシカの視線が私を舐める。

 その間、謎の威圧感があって目を合わせられなかった。


 居心地の悪さは多分、それだけが原因じゃない。

 シロもまた、私に視線を向けていた。

 見定めるようなその目を見れば、私の素性は明かさない方がいい気がした。


「それはいいか。だが、視察の人間も貴族だろう。話を聞いてくれるだろうか」

「大丈夫だと思いますよ」

「他に手はないな。案内を頼む」


 私が頷くとヨシカは立ち上がった。




 宿泊施設まではヨシカと二人でいく事になった。

 シロは当然のように孤児院で待機し、マコトはついてこようとしたがヨシカに止められた。

 孤児院で戦えるのはマコトだけなので子供達を守るように言われて渋々ながら了承していた。


 宿泊施設まで、私はヨシカを案内する。

 道中、孤児院の周囲で兵士を見かける事はなかったが、離れていくにつれて見かけるようになった。


 その兵士達もヨシカの姿を見ると、隠れるようにどこかへ行ってしまう。

 相手を警戒させないため、ヨシカの目に入らないように行動しているのだろう。

 領主は慎重な性格のようだ。


 そのため難なく宿泊施設まで行けたのだが……。


 宿泊施設には誰もいなかった。

 パパがいないだけならば帰ってきていないだけだと判断できるのだが、視察団の人間が全員いないのはおかしい。


「すみません。ここに泊まっていた方達は?」


 宿泊施設の受付に問いかける。


「少し前に出て行ったよ」

「どこへ行ったかわかりませんか?」

「そこまではわからない。基本的に、お客さんの事は詮索しないようにしてるから」

「そうですか……。ありがとうございます」


 ここで一泊する予定だった。

 どうして予定変更したんだろう?


「領主の館に行ったのかもしれん」


 ヨシカが口を開く。


「そうかもしれませんね」

「手詰まりか。どうしたものかな……」


 どうにか接触するか……。

 パパに見つけてもらうまでじっとしているか……。


 接触しようと領主の館まで行って、いなかったらトラブルになりそうだな。

 ここは大人しくしていた方がいいかもしれない。

 できれば自分の居場所くらいは伝えておきたいんだけどなぁ。


 そんな事を考えていた時だった。


 私の隣――

 ヨシカの立っていた場所から、ガギィンッ! と甲高い金属音が鳴り響いた。


 驚いて見ると、クローディアとヨシカが組み合っていた。

 お互いが利き手を抑え合い、膠着状態に陥っている。


「お前は誰だ?」

「…………」


 ヨシカの問いかけにクローディアは無言で返す。

 睨み付けあう表情は険しく、居心地が悪い。

 またあの時のように殺気が満ちているのだろう。


「あ、待って! この人は味方だよ、クローディアさん!」


 私が叫ぶと、警戒したままクローディアはヨシカから離れた。

 私とヨシカに割って入る形で立つ。


「探した」

「うん。ごめんなさい。あの後、いろいろ合ってこの人に保護してもらったんです」

「そうか……」


 そこでようやく、警戒を解くクローディア。


「……すまなかったな」

「構わない。大事な子なのだろう?」


 言葉を交わし、二人は和解する。


「そうだ。クローディアさん、パパがどこにいるか知りませんか?」

「わからない。ずっとお前を探していた」


 本当に心配をかけてしまったようだ。


「すみません」

「無事ならいい」


 言葉少なに答えるクローディア。

 本当に申し訳ない。


 さて、彼女と合流できたわけだけどこれからどうしようか……。

 一緒に来てもらう?

 自分の安全を考えればそれが一番良いのだけど……。


 多分、一番強い札はパパだ。

 それをこちらに引き込む事が勝利に繋がると思う。


「クローディアさん、お願いがあるんですけど」

「なんだ?」

「これからパパに私の居場所を伝えてほしいんですけど」

「シアリーズの居場所は知らないし、お前から離れるつもりはないぞ」

「大事な事です。探すのも含めてお願いします。私からの伝言を信じてもらうには見知った人の方がいいんです。こっちは多分、安全ですから」


 私が重ねてお願いすると、クローディアはヨシカの方をちらりと見た。


「……こいつが一緒なら大丈夫だろう」

「彼女は命を懸けて守り通そう」


 ヨシカが答えると、クローディアは頷いた。

 孤児院の居場所とこちらの現状を伝えて、クローディアを送り出した。

 私とヨシカは孤児院への帰途へ着く。


「子供をさらいに来るという話だったな?」

「そう思います」

「どのような手段で? 相手の狙いがわかった以上、子供達をしばらく外へ出すつもりはない」

「そうですね……。相手からすれば、待っているだけ損です。ヨシカさんを封じられる期間までにどうにかしようとするはずです。だから手がないにしてもなりふり構わず……」


 間違いなく切れる手札は領主の方が多い。

 対してこちらの戦力はヨシカとマコトとシロの三人。

 他は戦力外の子供達(私を含む)。


 しかも人質を取られればこちらは負けなので、相手は子供の一人でも確保できれば勝利条件を満たせる。


 となれば、数に任せた物量作戦を取ってくる可能性が高い……。


 そこまで考えて血の気が引くのを感じた。


 この世界がいくら個人の武力が優先されるものであっても、状況や戦略によってはどうしようもない部分が出てくるだろう。

 そして今がその状況だ。


 たったの三人で未知数の敵を相手に戦い抜く。

 ただ戦い抜くだけならなんとかなるが、子供を守りながらとなると不利が過ぎる。


 ああっ!

 クローディアを行かせるべきじゃなかった。

 一緒に防衛してもらえばよかったのに!


 思わず振り返ったが、当然ながらクローディアの姿はない。


 ……いや、それでもパパと連絡を取る方がやっぱり良かったのか?


 うぅ、わからない!


「どうした? 顔色が悪いぞ?」


 ヨシカが心配そうに訊ねる。


「孤児院に戻ってから話します」


 後悔していても何も変わらない。

 そんな事をするくらいなら、これからどうするかを考えた方が良いだろう。


 もしかしたら、相手が「最後の勝負だ」とか言って一騎討ちを挑んでくる可能性もなくはない……。

 そうなってくれたらいいな。


 そんな事を考えながら私達は孤児院に戻った。

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