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十五話 ターセムでの出来事

 冬が終わり、春が訪れる頃。

 私は十二歳になっていた。


 そうして気付いたのだが……。

 私の身長はママより高くなっていたらしい。

 向かい合って話した時、ママより視線が少し上になっていた。


 後日。

 再びママと話す機会があったのだが、どういうわけかママの視線が私の頭一つ分高くなっていた。

 不思議に思って足元を見ると、ママは高いヒールを履いていた。


 今まではサンダルみたいなの履いてたのに……。

 子供に身長を抜かれた事が少しショックだったようだ。




 積もっていた雪が溶け、地面には草花の色が見え始めた。

 きっと街道も白より、緑が目立っている頃だろう。

 私は領地へ戻る事にした。


「もう行ってしまうのか」


 家族からのお見送りを受ける中、ママが寂しそうに呟いた。


「領地を持つ身だから」

「代官を立てればいいのに」

「私自身、やってみたい事もあるんだ」

「領地なんて与えなければよかった」


 ママはため息を吐いてそう吐露する。


「もう少し暖かくなってからでもいいんじゃないか? まだ寒いだろう」


 そう、ゼルダが言う。

 寒いと思うなら鎧じゃなくて服着れば?


「お姉様」


 グレイスが私を呼びながら近寄ってきたので、私はその体を受け止めた。

 ぎゅっと抱きしめる。


「お姉様がいなくなると寂しいです」

「私も寂しいよ。また、何かあったら戻ってくるから」

「はい」


 しばらくグレイスは私の体を抱きしめ続けていたけれど、名残惜しそうに手を放した。


「お姉様、今度遊びに行くわね」

「それまでに、楽しい領地にしていてほしいわ」


 と双子。

 本当に遊びに来られると何かちょっとトラブルになりそうな気がして不安になる。


「じゃあ、気をつけてね。ロッティ。次の視察の時、迎えに行くから」

「はい」


 パパの言葉に返事をする。


「何? 会いに行くのか? ずるいぞ、私も行くぞ」

「仕事が滞るからゼリアはダメだよ」


 ごねるママを宥めるパパ。

 そんな姿を見て、苦笑が零れた。


「じゃあ、行ってきます」


 そうして私は領地へ旅立った。




 領地に着いた私は一日領城で過ごして、すぐに直轄の村へ赴いた。

 最初はターセムである。


「ご足労ありがとうございます、領主様」


 村長は深々と頭を下げて挨拶してくれた。


「お久しぶりです、村長。早速ですが、お願いしていた資料をお願いできますか?」

「はい。ただいま」

「それから今日は資料を読んで、明日現場を実際に見たいので宿泊の用意をお願いします。費用は出すので」

「かしこまりました」


 部屋の一室を借りて、受け取った資料へ目を通した。


 今回、文官は連れてきていない。

 前回は初赴任でまとめなければならない資料が多かったので同行してもらっていた。

 けれど今回は私の個人的な試みとして求めた資料を読みに来ただけだ。


 同行はクローディアだけである。


 黙りこんだままのクローディアと部屋で二人。

 私は資料を読み進めていく。


 内容は前回に植えた野菜の種類、その次に植えて冬の間に育てた野菜の種類、今育てている野菜の種類、その収穫量だ。


 他にも牧畜関係の情報。

 育成における日誌、乳牛から採れた牛乳の量(容量の値がないので容器の数で表記)、豚の成育状況、鶏の消費量と産んだ卵の数、飼料の消費量。


 収穫物の加工についての状況。


 事細かに書かれている内容に、村長の生真面目さが表れている。

 それらの情報を読みながら、これからの予定を立てていく。


 まだまだ情報は足りない。

 きっと積み重ねが必要になってくるだろう。

 遅々として進まない現状には焦りを感じる。


 このままのペースで、もしもが起こった時に対応ができるのだろうか、と……。

 何事も起こらないでほしいが、それを夢想して現実を見ないままにはできない。


 こういう時は、最悪の事態が起こると確信しながら事を進めるくらいがいい。


「はぁ……」


 作業を完了すると、思わず息が漏れ出た。


 疲れた……。


 そんな時だった。

 どこからか、ぐぅぅぅという大きな音が聞こえた。


 一瞬、クローディアのお腹の音かと思ったが、方向が違う。


 音のした、窓の方へ向かう。

 そこから顔を出して外を見ると、窓のすぐ下でうずくまる女の子が一人。

 ケイだった。


 どうやら泣いていたらしく、涙目になっている。


「どうしたの?」

「お腹空いたッス……」


 何事かと驚いて訊いたら、そんな答えが返ってきてちょっと気が抜ける。


「王子様、何か食べ物くださいッス」


 今きび団子あげたら今後ついてきそうだな。


「もうすぐ夕食の時間でしょ」

「婆ちゃんに言ったら怒られちゃうッス」


 何かやらかしたんだろうか?

 いつも三人で行動するこの子が一人なのも気になる。


「怒られるかどうかは理由がわからないとどうにも……。何があったか、私に教えてくれる?」


 そう訊ねると、ケイは少し迷うそぶりを見せてから語りだした。


「リューとジーナと山に遊びに行っていたんスけど、途中崖になっている所であたい落ちて山の麓まで転がり落ちちゃったんス」

「えっ! 大丈夫なの? 怪我は?」

「かすり傷程度ッスよ。心配しないでほしいッス」


 そう言って見せてくれた手の傷は確かに擦り傷程度だ。

 しかももう治りかけている……。

 この世界のフィジカルエリートには呆れるばかりだ。


「それで?」

「それからすぐに元の場所まで戻ったんスけど、二人とも居なかったッス。置いてかれたんス」


 なにぃ?


「それで二人は今どこに?」

「わからないッス。探したけどどこにもいないんス」

姉妹(きょうだい)が崖から落ちたのに、そのまま放ってどこかに行ったって事?」

「多分……」


 薄情な話だな。

 ケイの話を聞いて、あの二人に対して怒りが沸いてくる。


「村長に話そう」

「え、怒られちゃうッス」

「怒られないよ。悪いのはあの二人だ」

「王子様がそう言うなら……」


 私はケイと一緒に村長へ事情を話した。


「そんな事が……帰ってきたら叱ってやらねばなりません」

「えっと、あたい、怒られないッスか?」

「怒りゃせん。お前は悪くないだろう」


 村長が言うと、ケイはホッと息を吐いた。


「しかし、当の二人はどこで何をやっとるんだ?」

「もしかしたら、叱られるかと思って帰ってこれないのかもしれませんね」

「それもありえるでしょうな」


 帰ってきたら二人をシメる方向で話は決まった。


「夕食を用意してまいります」

「私も一緒に行っていいですか?」

「領主様自らが?」

「ちょっと作ってみたいものがあるので。パン生地はありますか?」

「昼の残りがございますが」


 オーブンがある事は確認しているので、パン生地がなければ具なしグラタンにでも挑戦しようと思ったのだけど。

 あるのなら別だ。


 この村には牧畜の飼育を勉強してもらうため、他の村の人間を派遣してもらっていた。

 加工品についても教えてもらっている。

 実地で作り、教わった最初のチーズがすでにこの村で貯蔵されていた。


 しかも、この村の収穫物にはトマトがあった。

 なら、作るものは決まっている。


 これは……ピザやな。


「あれ? 王子様、帰らないんスか?」

「今日はお泊りだよ」

「え、そうなんスか!」


 嬉しそうにケイは声を上げた。

 そうして喜ばれると悪い気がしない。

 人懐っこい子だ。


 私達は食堂に案内された。

 厨房、なんてものはない。

 大きなテーブルの置かれた食堂とキッチンは繋がっていた。


 城の生活で私も麻痺しているのだろうが、この十分に広い食堂が手狭に感じた。

 食器棚や子供達が描いた落書き、壁に立てかけられた私物……。

 なんだか、前世の実家を思い出す。


「お目汚し、申し訳ありません」

「それは構いません。普段、領主が利用する事もなかったでしょうし」

「恐れ入ります」


 夕食の品を手際よく作っていく村長の邪魔にならないよう、私もパン生地を成形する。

 その上に具材を乗せていく。


「わわ、なんスかそれ!」

「チーズだよ」

「チーズ! そういや、村の姉ちゃん達が作ってたッス!」


 トッピングを終えてオーブンまで持っていく。


「これも一緒に焼いてください」


 オーブンを使っていた村長にお願いする。


「わかりました」


 火加減が解らないので、そこからは村長にお任せである。


 出来上がった料理を食堂まで運んでいく。


「すげーッス! なんスかこれ?」

「ピザだよ」


 この村では今まで牛乳に縁がなかった。

 チーズなんて初めてだろうし、どう使っていいのかもわからないはずだ。

 今回はいい調理例の提示になっただろう。


「そうやって調理するものなのですか」


 村長が出来上がったピザを見ながら言う。

 今回作ったピザは、円く伸ばしたパン生地に薄くカットしたトマトとチーズを散りばめただけのシンプルなものだ。


 本当はトマトソースも作りたかったけど時間がなかった。


「チーズはそのまま食べても美味しいけど、熱を加えても溶けて美味しくなります」

「もう食べていいッスか?」


 村長と話していると、ケイが問いかけてくる。


「こら、話を遮るんじゃない!」

「ごめんなさいッス!」


 村長に叱られてケイが謝る。

 それと同時にケイのお腹がぐぅぅぅぅぅと鳴った。

 ついでに、クローディアのお腹もぐぅぅぅぅぅと鳴った。


 こうまで主張されては仕方がない。


「食べましょうか」

「そうですね」


 席に着いて食事を始める。


「うわっ、すっごい伸びるッス」


 切れずに伸びるチーズに興奮して、ケイが声を上げた。

 悪戦苦闘しながらも口に入れると、もしゃもしゃ咀嚼して「んーーーーっ」と唸った。


「美味いッス! こんな美味いもの、食べた事ないッス! 毎日食べたいッス!」


 絶賛されて少し気分が良くなる。

 私もピザに手をつけた。


 少しばかり塩気は薄いが、それでも美味しい。

 美味しい物は脂肪と糖でできている、とは至言である。


 おー美味い。


 村長がオーブンで焼いていた鳥肉のローストも美味しい。

 鶏ではないようだけど何の鳥だろうか?

 元の臭いが強いのか、ニンニクと香草がふんだんに用いられている。


 野性味溢れる味で、雄大な自然の力を取り込んでいるような気がして力が沸く気がした。




 夕食を終えて宛がわれた部屋で資料の確認をしていると、部屋の扉が叩かれた。

 扉を開くとケイが立っていた。


「王子様……一緒に居ていいッスか?」

「え?」

「一人じゃ寂しいッス」

「村長は?」

「リューとジーナがまだ戻ってなくて探しに行ったッス。あたいも探しに行きたかったけど、もう寝てろって言われたッス。でも一人じゃ怖くて眠れないんス」


 甘えん坊だなぁ。

 仕方ない。


「どうぞ」


 彼女を招き入れると、私は資料の確認を再開した。

 ケイは私の仕事に興味を示したが、細やかな資料に目をやるとすぐに離れる。


 部屋の隅に立つクローディアの隣に座り込んだ。

 一緒にご飯を食べて少し警戒が緩んだのかもしれない。


 野生動物は、自分のテリトリーないで食事をする相手から警戒を解く習性があると聞いた事がある。


「王子様、それって何が書いてあるんスか?」


 無言のまま時間が過ぎて、それに堪えられなくなったのかケイは訊ねてきた。


「村の事が色々と書かれてるよ。畑で何が採れたとか、牧畜の飼育についてとか」

「それを読んで何がわかるんスか?」

「まだわからないかな。でも、こういう情報が積み重なっていけば、それを元に収穫量が増やせるかもしれない。そうなれば、今よりもいい暮らしができるようになるからね」

「じゃあ、王子様は村のために頑張ってくれてるんスね」


 無邪気に笑いながら言うケイに、私はすぐ返答できなかった。


 どちらかと言えば、私は自分の命が惜しくて頑張っている所が大きい。

 その手段として、領地の収穫量を増やしたいと思っている。

 結果として村のためになるけれど、結局結果としてというだけでしかない。


 得意げに肯定できるものではなかった。


「王子様は……みんなのために頑張ってるんスーーー……」


 答えに困っているとケイはそんな事を言い、それから無言になった。

 見ると、ケイは座ったまま眠っていた。


 ずいぶんとあっさり眠っちゃったな。


 本当は眠かったんだろうな。

 一人で寂しくて目が冴えちゃっただけで。

 安心してその眠気が押し寄せてきたんだ。


「おやすみ」




 翌朝、村長によって山でリューとジーナが発見された。


「うわ、本当にいる! お前、帰ってたのか!」


 家でケイを見て、リューが声を上げる。


「お前、俺達がどれだけ心配したと思ってんだ! 今まで必死に探してたんだぞ!」


 どうやら入れ違いになってしまい、崖から落ちたケイを探したが、ケイ当人が帰っているとも知らずにずっと山で捜索しつづけていたらしかった。


 実際二人ともボロボロで、必死になって探していた事がわかる。


「てめぇこの!」

「ごめんなさいッス!」


 怒ってケイを小突くリュー。

 けれど、内心はケイの無事が嬉しいのか目の端に涙が浮かんでいた。


 そんな様子を見つつ、誰が悪いとも言えない真相に私と村長はどうしていいのかわからなくなってしまった。


 結局、三人はお咎め無しになった。


 そして、村長の家では毎日ピザが出るようになったという。

今回の更新は今日と明日になります。

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