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閑話 聖具使い達の決戦

 ロッティ達が正門でリシュコール軍と戦っていた頃、聖具使いの部隊はリアの聖具によって王城への侵入を果たしていた。


「ここは……本当に王城か?」


 リアの聖具は、大人数を一気に転移させる事ができない。

 二人ずつ、往復して全員を王城内へ引き入れた。


 しかし、転移されてきたリューの目に入ってきた光景は、想像していたものと乖離していた。

 かがり火に照らされた壁は、人の手が入ったものではなく自然の洞穴に見える。


 その空間の中、中央には一つの広い台座があった。


「ええ。ここは本来、聖具の保管庫として使われている場所ですから。聖具は自らの意思で使い手の元へ向かうので、保管する事は意味がないのですけれどね」


 それは継承の儀式において、リシュコールの王家が聖具を継承するための場所である。

 リアは継承の儀式というものに複雑な思いを持っていた。

 聖具とは、邪神に抗するためのものだ。

 それが権威の象徴として利用されている事に嘆かわしさを感じる。


 しかし聖具が安置されるべき台座の上に、今は一つの聖具も残っていない。

 全ての聖具に使い手が存在するという証である。


 リアにとって、それは純粋に喜ばしい事だった。

 かつて邪神を封じた時もまた、全ての聖具使いが揃っていた。

 始まりの勇士達である。


 今の世は、その勇士達の再来が揃っている。

 あの時は封じる事しかできなかった邪神()

 今ならば、滅ぼす事も可能かもしれなかった。


「他の方を迎えに行ってきます」


 リアは一声かけると、外套(シヴァ)を翻して身を包んだ。

 外套(シヴァ)に身体をくぐらせると、文字通りその場からリアの姿が消えた。


 それが人数分繰り返され、聖具使い達全員が聖具の保管庫に集結する。


「全員、いますね」


 ミラが最終確認を済ませ、一団はリアの案内で保管庫の出口へ向かった。


 洞穴を抜け、人工物の壁が見える。

 木製の扉を慎重に小さく開き、クローディアが外をうかがう。


「いいぞ。誰もいない」


 確認の後に出た廊下には、言葉通り誰もいなかった。

 人の動く気配もない。


「これは、はずれかもな」


 ジーナが呟く。

 聖具使い達は、作戦の前にロッティからゼリアがいる候補地として王城の玉座ではないかと伝えられていた。


 敵陣の中に姿が見えないならば、その可能性は高い。

 何より、ロッティにはゼリアが玉座の間にいる気がしてならなかった。

 それはゲームにおいて、ゼリアと戦う場所がそこであると強く印象にあったからだ。


 しかし一国の王がいるのに、警備に誰もいないという事があるだろうか?

 ジーナがはずれだと思ったのは、そういう考えがあったからである。


「行ってみてから判断しても遅くないッスよ。だって、最初からあてなんてないんスから」

「それもそうだな」


 半信半疑ながらも、無人の場内を行く。

 先頭を行くのは、城内を知るミラである。


 一度も警備の人間を見る事もなく玉座の間へ辿り着き、重厚な扉を静かに押し開いた。


 かくしてそこに、ゼリアはいた。


 玉座に腰掛け、入り口の扉を睥睨していた。

 目が合ったミラは、小さく息を呑む。


「いましたよ」


 小さく伝え、中へ入る。

 続いて、他の聖具使い達も入室した。


 一団は扉の近くに固まり、しばし動きを止めていた。

 微動もしないゼリア、反乱軍の聖具使い達。

 双方しかいないこの空間、まだ何も起こってはいない。


 なのに、歩み寄る一歩が重い。


 そんな中、最初にその重みを振り払ったのはリューだった。

 深く息を吸い、ゼリアを見据えながら歩き出す。

 それに続くようにして、他の聖具使い達も玉座の方へと歩みだした。


 ゼリアの視線が聖具使いの面々を撫でる。

 それぞれの顔を眺め、最後にリューへ戻した。


「大きくなったな。リュー」


 ゼリアが声をかけると、リューは歩みを止めた。


「憶えていてくれたんだな」

「娘の友達だ。当然の事だろう」


 言われ、リューはいたたまれない気持ちから口を閉ざした。

 ロッティからはこの期に及んできつく口止めをされたばかりである。

 最後の最後まで、ロッティは自分が生きている事を隠し通すつもりのようだった。


「お前は、ロッティを殺したのか、リュー?」

「……」


 違うと答えたいが、リューは固く口を結んで沈黙を貫いた。


「ロッティだけでなく、私の娘達を……」


 他の姉妹についても、リューは口止めされていた。

 その方が、ゼリアの怒りを買えるだろう、というロッティの算段があっての事だ。

 酷くねぇか? と正直思ったが、ロッティにはロッティの目的があると思って従う事にした。


「……」

「……そうか。わからんな」


 ゼリアは深く息を吐いて、玉座から立ち上がった。

 玉座に立てかけていた円刃(ゼウス)を手にする。


 その様子から、怒りのような物は感じられない。

 ただただ静かで、表情のない顔からゼリアの感情は読み取れない。


「それだけが訊きたかった。もう、十分だ」


 ゼリアが聖具使い達へ向けて歩み始める。

 低くいくつも重ねられた段差を降り、ゆっくりと……。


 不意に、ゼリアは手を前に出した。

 手先が見えぬほどの素早い動き。

 その手に握られていた円刃(ゼウス)消えていた。


 投擲された。

 それに気付き、いち早く動いたのはボラーである。

 飛来する円刃(ゼウス)の軌道を読み、仲間達を庇うように前へ出た。


 剣を立て、刀身に手をやり、両手で支える形で防ぐ。

 高速回転する円刃(ゼウス)

 ノコギリのように無数の刃が突き出した円刃(ゼウス)が剣に触れると、視界を埋め尽くすだけの火花が散った。

 防ぎとめる覚悟を持って強く握っての防御だったが、その覚悟をあざ笑うかのようにボラーの剣がぽっきりと半ばで折れた。


 決死、渾身を以って受け止めたはずの円刃(ゼウス)は、威力を殺す事無くそれでも突き進む。

 回転の巻き起こす死の風が、ボラーの頬を撫でた。

 吹き付けられた風が、うっすらと頬を濡らす汗を冷やした。


「おおおおおっ!」


 気合を込めた声と共に、ジーナによる渾身の蹴りとリューの戦斧(オーディン)が叩きつけられた。


 それによってようやく威力に衰えを見せた円刃ゼウスをクローディアの矢が撃つ。

 刃の側面、持ち手となる円の中心を的確に捉えた射撃に、円刃(ゼウス)は軌道を逸らして上空へ弾け飛んだ。


「助かりました」

「いいよ!」


 ボラーの謝礼に短く答え、リューはゼリアへ向けて突進した。

 呼応するように、他の聖具使い達も一斉にゼリアへかかった。


 高く振り上げ、打ち込んだ渾身の一撃。

 それをゼリアは腕で受け止めた。

 リューは動揺を覚える。


 聖具の、それも自分の全力で以って一撃を受けて、ゼリアの腕を傷つける事はできなかった。

 少し赤くなったか、という程度である。


 腕を払われ、打ち込まれた戦斧(オーディン)ごと腕が弾かれる。

 体勢を崩した所に、顔面へ拳を打ち込まれた。


 殴り飛ばされるリュー。

 そんな彼女への追撃を防ぐように、他の聖具使い達がゼリアへ襲い掛かった。


 複数で一人を狙う攻撃の嵐。

 混戦の様相を呈する最中(さなか)、ゼリアには焦りも困惑もない。

 上げた腕は攻撃を防ぎ、突き出した拳は的確に相手の身体を撃った。


『退け!』


 聖具使い達の脳内に声が響く。

 ミラの(アマテラス)による念話であった。


 集団戦に慣れた聖具使い達は、的確に味方のフォローをしながら戦えていた。

 しかしそれでも、一切のダメージが通っていないように思えた。

 このまま闇雲に戦い続けてはいけない。

 何か突破口を開かねば……。


 指示に従い、聖具使い達はゼリアから距離を取る。


 そんな時、ゼリアの隣に円刃(ゼウス)が落ちてくる。

 床に深く突き刺さった。

 ゼリアはそれにもたれかかる。


「この程度なのか?」


 挑発的な言葉に、応じる者はいない。

 力量の差は、先ほどの一戦で理解していた。


『俺が先に行くよ』


 リューの言葉が、ミラの聖具を経由して皆に伝わる。


『闇雲にいっても通じません』

『気付いたか?』


 指摘に対して、リューは問いかけを返す。


『いくつかの攻撃を避けも防ぎもしなかった』


 複数の人間が一斉に攻撃する中、全ての攻撃に対応する事は不可能である。

 それはゼリアであっても同じ事。


 だから、そこには取捨選択が生じる。

 防御の必要が低い物は切って捨て、対処しなかったのだ。


『でも、必ず防いだ攻撃がある。俺とケイとマコトの攻撃だ』

『よく見ていますね。わかりませんでしたよ』


 その三名の攻撃であれば、攻撃の起点となるかもしれない。

 リューはそれを示唆したのだ。


『今から、奥の手を使う。その上で、どう動けばいいか教えてくれ』

『……わかりました』


 それを聞いたミラは、三名から気を逸らしながら攻撃の機会を作り出せるよう、戦術を構築する。


『ジーナは遊撃。リューとケイは正面から。極力二人一組で攻めるようにしてください。マコトは二人をフォローしつつ隙を衝いてください。クローディアとリアは側面、ボラーは背後から主力三名への意識を削ぐように攻撃を加えてください』


 ここまで策を弄しても不安は残る。

 それだけの相手だ。

 しかし、逃げる事はできない。

 万全を尽くすほかにできる事などないのだ。


 ミラは三本のナイフを取り出し、隠し持った。


「行くぞ!」


 宣言と共に、リューの身体が赤熱化したような色合いを纏う。

 その姿のまま、ゼリアへと突撃した。

 エネルギーが形になったような、揺らめく赤が尾を引いてゼリアまで一直線に伸びた。


「むっ……」


 ゼリアは円刃(ゼウス)の刃で、戦斧(オーディン)の一撃を防いだ。

 この戦いにおいて、初めて武器を用いた防御動作だった。

 そうしなければならない、そうゼリアに思わせるだけの威力がその一撃にはあった。


 ぶつかり合う互いの聖具。

 リューはそのまま力を込め、強引に押し切ろうとする。

 今の状態(王龍形態)はリューにそれができると思わせるだけの万能感を与えていた。


 しかし、あくまでも気持ちに過ぎない。

 普通の相手ならば押し切れただろうが、ゼリアを押し切る事はできなかった。

 二人の力が拮抗し、膠着する。


『重畳です』


 ミラの声が聖具使い達の意識に響く。

 かと思えば、言葉ではなく意図が伝播する。

 各自がどう動くか、直感的に理解した。


 さながら、一つの生命が脳の指令で身体を動かすように、流動的な動きで一斉にゼリアを攻める。


 突撃したケイの拳がゼリアのわき腹を深く抉る。

 一歩退くゼリアにリューは追撃を加え、振り上げられた円刃(ゼウス)がそれを弾く。

 背後からボラーが斬りつけて火花が散った。

 反撃しようとするゼリアをクローディアとリアの二人がけん制する。

 ジーナが手を引いてボラーをゼリアから離し、マコトが渾身の一撃を叩き込む。

 円刃(ゼウス)大剣(スルト)は防がれたが、それとほぼ同時にゼリアの目に向けてナイフが飛来した。


 ミラが投擲したそれは、ゼリアの目を貫くだけの力を持っていない。

 それでもゼリアの視界と意識を奪う事に成功していた。

 だからこそ、機会が生まれる。


 リューの放つ横薙ぎの一撃が、ゼリアのわき腹に加えられた。


 火花が散り、振りぬかれた場所には、出血に及ぶ傷ができていた。

 初めてのダメージである。


 それは攻撃が通じるという証明だった。

 その事実が、聖具使い達へ希望をもたらした。


「子供は、すぐに大きくなるな」


 ゼリアがリューに語りかける。

 困惑するリューの顔に強かな張り手を放ち、無理やりに押し返して距離を開けさせる。


「だが、心根は簡単に変わるものではないようだ。お前は素直だな、リュー」


 今まで無表情だったゼリアが、不意に笑みを返した。

 まるで、かつて一緒に食事を囲んだ時と同じ、リューの記憶に刻まれていた暖かな表情だ。

 困惑はあったが、それに深く向き合うだけの暇はなかった。

 ゼリアが攻勢に出る。


 そこから、ゼリアの戦い方が如実に変わった。

 守勢に寄っていたものが、荒々しく積極的なものへと移行する。


 自ら距離を詰め、ケイを殴りつける。

 咄嗟に防ぐが、威力を殺し切れずに軽く身体が浮いた。

 フォローのために、高速で近づいたジーナの足を掴み、無造作にボラーの方へ放り投げた。

 避けるに避けられず、ボラーはジーナを空中で受け止める。

 奇襲として放たれたマコトの上段斬りを円刃(ゼウス)でパリィし、カウンターで張り倒した。


 そこでゼリアの変化に気付いたミラが速やかに戦術案を変更、(アマテラス)で作戦を伝える。


 ゼリアからの致命打を避けつつ、受けるダメージを分散するように、戦術を構築しながら攻める。

 そうした念話による指示は、細やかに最適な形へと変更がなされた。

 ゼリアの攻めは臨機応変であり、多岐に渡った。

 戦術の変更を用いても、すぐに対応された。

 ミラもまた、臨機応変を強いられる。

 対応で精一杯。

 ミラ自身が直接的な戦いに介入できないほどだ。


 それでも、やられてばかりではない。

 麻布の隙間ほどしかない勝機を探し見つけ、少しずつではあるがゼリアへ攻撃を当てられるようになっていた。

 リューによって最初に着けられた傷の他に、ケイとマコトによる傷も増えてくる。


 戦いの様相は、互いに、体力、精神、技、全てを消耗し尽くすような、苛烈さとなっていった。

今回の更新はここまでです。

次は月末になります。

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