九十九話 王都正門の戦い
皆様、こんばんは。
今回の更新は二話分になります。
反乱軍はリシュコール王都を目指し、東へまっすぐに進んだ。
途上、リシュコール軍とは幾度か戦闘を経たが、もはや残党と呼べるだけの戦力しかなく、苦戦する事もなかった。
バルドザードとの戦いがあるため、あれ以上の戦力追加も恐らくなかったのだろう。
領地を通る際に、守りを任された代官による部隊との交戦もあったが、反乱軍の勢いを押し留めるには至らなかった。
私の息がかかった領地もあり、たいした被害もなく反乱軍は王都へ到達しようとしていた。
自国が攻められて戦力を戻さないというのはあまりにも愚かしい事だが。
ゼリアが帰ってきている事から見て、彼女一人で反乱軍をどうにかするという目論見があるのだろう。
恐ろしいのは、それが無謀な考えではないという所だ。
場合によっては、彼女一人で反乱軍は壊滅させる事もできる。
そうして私達は、王都を目視できる場所まで迫っていた。
王都に近い場所へ野営地を敷く。
その際には、小規模な部隊だけで設営を行った。
これは、リシュコールの襲撃を警戒しての事である。
設営中に攻めてくるようならば、控えていた主力部隊を投入する予定であったがリシュコール側にその動きは見られなかった。
夜襲を警戒しつつも夜を明かし、攻め入る時が訪れる。
「ついに、か」
「緊張してるのか?」
硬い声で呟くリューに、マコトが声をかける。
「そりゃ、なぁ」
「確かに、国で一番強い人間が相手だからな」
二人に、ヨシカが近づいた。
「二人共固くなっているな。解しておいた方がいいニャ」
「「ニャ?」」
「緊張を解く時はこうしてるニャ。みんな笑ってくるれるニャ」
まぁ、普段冗談とか言わないヨシカが言うと結構面白いし。
「意外と自分で言ってて力が抜けるニャ。抜けすぎても困るニャけど、固くなりすぎて動けなくなるよりいいニャ」
「なるほどぉ。やってみるニャ」
「俺もやるニャ」
二人も真似をして語尾にニャをつけて返す。
「あたいも真似するッスニャ」
「俺は、やめておこうかニャ」
「私もやってみましょうともニャ」
「私もやっておきましょうかニャ」
「はぁ、あまり乗り気ではありませんがニャ」
「……ニャ」
聞きつけた仲間達が次々に猫獣人化していく。
表情は皆笑顔だ。
緊張を解す効果は十全にあるようだ。
それはそうと、これは私もやらなくちゃならニャい流れだニャ。
部隊は当初の予定通り、二つに分けられた。
リュー、ケイ、ジーナ、マコト、ミラ、クローディア、ボラー、リア。
聖具使いの八人。
そして、それ以外。
私、ヨシカ、反乱軍の全人員。
私たちの部隊が露払いを行い、温存した聖具使い達をゼリアにぶつけるというシンプルな戦略だ。
実際は囮と言った方がいいか。
斥候の話によると、リシュコールの部隊は城壁の中に陣を敷いているようだった。
その中に、ゼリアの姿はない。
籠城するつもりはないらしく、城壁の正門が開かれたままになっている。
戦術的には悪くない。
王都を囲う城壁には門が三つあり、その内の一つを開ける事で敵の進行を一箇所に絞るつもりなのだ。
城門破りの労力を考えると、その見え透いた思惑にも乗らざるを得ないが……。
正直に正門から入ると囲まれて袋叩きにされるだろう。
だがそれでいい。
私達の役割は、敵をひきつける事だ。
その間に、リアの聖具で王都内に入り込んだ聖具使い達がゼリアを倒す手はずとなっている。
ゼリアとの戦いに極力邪魔が入らぬよう、兵士をこちらへ向かわせる必要がある。
そのための囮だ。
できれば、王城まで攻め入って入り口を封鎖したい所だが戦力的に無理な話だ。
この戦いは各々の力量だけがものを言う戦いとなるだろう。
リシュコールの兵と反乱軍の兵、その力量の差によって展開は変わる。
しかし、この状況ならば有利な立ち回りもできそうだ。
「では、武運を」
ミラが私と言葉を交わし、部隊から離れていく。
聖具使いの部隊へと合流した。
それを見届け、行こうと傍らのヨシカへ声をかける。
無言の頷きを確認し、行軍を開始する。
城壁の正門まで来ると、内側に陣を敷くリシュコール兵の姿が見えた。
向こうもこちらを視認しているだろうが、攻め入ってくる様子はない。
正門は奥行きがあり、一種のトンネルのようである。
その途中に、鉄製の門扉が三つ。
今は開かれているが、篭城の際は全てが閉じられ、強固に内部を守るのだろう。
「弓兵隊、前へ」
攻撃の準備をする。
準備が整うと、正門へ侵入。
「全隊停止! 弓兵隊、斉射!」
正門から少し中へ入った場所。
距離を経て、前方に陣を敷くリシュコールの部隊へ矢で攻撃を開始した。
正門を隘路に見立て、立てこもりながらの攻撃だ。
想定していなかったのか、リシュコール軍が応戦するまでに少しの間があった。
リシュコール軍側からも、矢の応酬が始まる。
まさか、自分達の城壁で篭城されるとは思わなかったのだろう。
もしかしたら、ただの民兵として侮られていたのかもしれない。
ここまで攻めあがられてそれはなんとも楽天的な話ではあるが。
しばしの膠着。
それを破ったのは、リシュコール軍側だった。
矢による遠距離戦では、反乱軍に軍配が上がったためである。
反乱軍の弓兵は、スノウの率いていた部隊の人間が多い。
シャパド領主が法を悪用した事により、バルドザードへ送られず温存されていた精鋭達である。
錬度は並の兵より圧倒的に高かった。
自軍の損害が多い事を見て取ったリシュコールの指揮官は、接近戦へ舵を切る事にしたらしい。
号令を発し、兵士を突撃させてくる。
わずかばかりではあるが、待ち伏せの形を崩す事ができた。
前半戦としては、これ以上ない戦果である。
「ヨシカ、前に」
「承知」
ヨシカが前に出る。
私もそれに並ぶように出た。
正門内で双方がぶつかるように位置を取っていたため、包囲されず正面衝突する形で近接戦が始まる。
先頭は私とヨシカで、回りこまれないよう他の人員にカバーしてもらう。
ヨシカに関しては一人で次々に敵兵士を叩きのめしているので、カバーも必要なさそうだったが。
しかし私は一人で相手を無力化する事が困難であったため、投げ飛ばした兵士を仲間達に処理してもらう。
この戦い方も実戦で幾度か行ってきたため、私も仲間達も慣れたものだ。
膂力は遥かに及ばず、肌の堅さを突き崩す事もできない。
一般的な魔力持ちの女性を前にすれば、一撃で再起不能になるだろう私だ。
それでも、将ではない兵を相手とするならば、一向に負ける気がしなかった。
如何に強力であれ、頑健であれ、重さは変わらない。
重心も浮遊を持たぬ限りは変わらない。
倒してしまえば、他があとの仕上げはしてくれる。
事、団体戦において、私は将としての役割を担う事ができていた。
「シャル。ここはもたせられる」
ヨシカがそう声をかけてくる。
彼女はその言葉通り、危なげなく敵を次々と叩き伏せている。
「上を取れ」
その言葉だけで彼女の意図が理解できた。
「了解」
返答し、正門から城壁の内側へ出る。
左手を見ると、城壁にドアがあった。
城壁内部へ通じる入り口である。
「弓兵隊、僕に続け。あと、十人ほどついてきてほしい」
頷いた近くの歩兵、そして弓兵隊と共にドアを目指して走る。
ドアを開けると、数名の兵士が詰めていた。
恐らく、反乱軍が王都内へ引き入れられた際に背後を衝く予定が、反乱軍が正門で足を留めて戦う判断をしたために出る機を逸した一団だろう。
想定していたので、一斉に突き入れられた槍を避け、捌き、一人を投げ飛ばしながら強引に中へ入り込む。
陣形の崩れを起点に、他の仲間達も一斉になだれ込んでくる。
敵兵を制圧すると、階段を登る。
途中、幾度か敵と遭遇しつつも、倒して城壁の上へ出る。
そこには、相手の弓兵と護衛の歩兵が配置されていた。
私が飛び掛り、仲間達が続く。
ほどなくして制圧する。
「弓兵隊、整列。目下のリシュコール軍を狙え」
「はっ」
弓兵隊が、城壁の下へ矢を射かけ始める。
それに気付いたリシュコール軍の弓兵隊からも応射が行われた。
しかし、矢というものは上を取った方が有利なものである。
城壁の構造もまたそれに適しており、弓兵を守る形をしていた。
そのため、相手側の攻撃はそれほど効果を成さなかった。
幾本か、矢が城壁を構成する石のブロックにそこそこ深く突き刺さっているのでその威力は少し怖いが。
城壁の上からは、王都内に展開するリシュコール軍の陣容が見渡せた。
突破を想定していたのか、部隊は王城近くまで広く展開されている。
それが、徐々に正門へ向けて移動しているのが見えた。
危機感を煽ればもう少しこちらに誘導できるだろうか……。
いけそうなら、あえて部隊を前進させよう。
「シャルさん! 敵が!」
仲間に呼ばれて見ると、別の登り口から城壁の上へ出てきたリシュコールの兵士達がこちらへ迫っている。
「弓兵隊はそのまま攻撃を続けろ! 歩兵隊、城壁の敵に応戦するぞ!」
言いながら、私は前に出る。
歩兵隊がそれに続いた。
弓兵隊を守りながら、リシュコール兵に対応する。
普段ならトドメを仲間に任せる所だが、城壁の上から下に投げ落とす事ができるので私一人で敵への対処ができた。
高所からの落下は、衝撃が内臓に響くのでこの世界の人間にもダメージを与えられる手段だが……。
多分、それで死ぬ事はないと思う。
そうして応戦できていたのだが……。
次々と増員があり、少しすると数の差で押され始めた。
「弓兵隊、撤退! 来た時の逆順で下に戻るぞ!」
撤退の判断を下し、そう号令する。
「殿は僕が務める!」
弓兵隊を守りながら、追ってくる敵兵に対処して下まで降りる。
敵兵を投げ倒しながら、私は入り口を通って外に出た。
周囲を手早く確認する。
反乱軍は優勢。
倒れるヨシカが頑張ってくれたおかげで、少しだけ前に出始めていた。
「入り口から出てくる敵を叩け。ここから出てこれるのはよくて二人ずつだ。複数人で袋叩きにしろ」
「わかりました!」
ヨシカの元へ向かう。
「おかえり」
「ただいま。もう一押ししてから、徐々に部隊を下げよう」
「……釣るのか?」
短いやり取りで、ヨシカは私の考えを察してくれたようだ。
「うん」
「任せろ」
往年の傭兵だけあって、頼もしい返事だ。
さて、向こうはどうなっているだろう?




