閑話 牢獄の五人
リシュコールと反乱軍の戦いは、終局に近づいているらしい。
クラド領主の娘、イクスは反乱軍による自分の扱いから、それを実感していた。
どういう形に終息しようとしているのかはわからない。
囚われた身でそれを推測する事は難しい。
早い内に虜囚となってしまった彼女では、戦況からそれを鑑みる事もできなかった。
ただ、事態は確実に動いている。
イクスは囚われた後、シャパド領城の牢屋に収監された。
逃走を防止するため、実力者に見張らせる必要があったからである。
そして、ある日、彼女は別の場所へ移動させられる事になった。
牢屋にリアが訪れたかと思えば、彼女は一瞬の内に別の場所へ移動させられていた。
どこかはわからない。
どこかの領主街ではあるが、シャパド領ではない。
そこの領城にある牢屋へ連れられていくと、先客がいた。
その相手に気付くと、イクスは驚きを隠せなかった。
中にいた四人は、リシュコール四天王。
ゼリアの娘たちである。
「殿下!」
「イクスか。久しぶりだな」
思わず声を上げると、ゼルダが場違いなほど平然とした様子で言葉を返した。
そこには一軍の将としての気負いも、虜囚としての悲壮感もない。
「では、大人しくしていますように。私はこれから、様子を見に来る事ができませんので」
牢の鍵をかけ、リアはそう言い置いて文字通り姿を消した。
「イクスさん、お久しぶりです」
「はい、グレイス様。ご無沙汰しております」
グレイスに声をかけられ、丁寧に返す。
「こんな人、いたかしら?」
「いたと思うわ。名前は覚えていないけれど」
カルヴィナとスーリアが二人で話し合う。
憶えられていない事には悲しさを覚えるが、元来この二人はこういう人達だ。
「ゼルダ様、これはいい機会です」
声を潜め、イクスはゼルダに声をかけた。
「どういう意味だ?」
これは脱走のチャンスだ。
ここに集められているのは、腕力だけで鉄格子をこじ開けられる実力者だ。
だからこそ、リアが見張っていなければならなかった。
「あの看守がいないならば、脱出もできるでしょう」
「何故、出なければならないんだ?」
平然と返されて困惑するイクス。
「え、だって捕まっているんですよ?」
「ああ、そうだな」
何か、イクスとゼルダの間には温度差の違いが感じられた。
「ゼルダお姉様。イクスさんは知らないから……」
遠慮がちに、言葉を選んでグレイスが言う。
「そうね。反乱軍を率いているのが、ロッティお姉様だって事、この人は知らないんだから」
スーリアの言葉に、イクスはぎょっとする。
「ど、どういう事ですか?」
「忘れろ」
「ちょっと無理ですよ!」
苦々しい表情のゼルダに、イクスは声を荒らげた。
「ゼルダお姉様、口封じした方が……」
ボソッとグレイスが物騒な事を囁く。
冗談の色を感じない彼女の声色に、イクスは怖気を覚えた。
「……待て。待て待て、今更どう転んでも事態は変わらん。だからこそ、私達はここに収監されたんだ。見張りもない状態でな」
牢屋に収監された面々であれば、簡単に鉄格子を壊して外へ出る事はできるだろう。
本気で閉じ込めるつもりならば、リアのような手練を監視につける必要がある。
それがないのならば、もうロッティの計画は終盤に入っているのだろう。
行軍に連れて行かず、牢へ入れたのは囚われていたという事実を残して戦後における姉妹の立場を守るためだ。
恐らく、姉妹が今から大暴れして脱走した所で、戦況に何の変化も与えられない所まで来ている。
ロッティの事だ。
不備の類はないだろう。
「まぁ、お前をどうこうする意図はない。が、できれば黙っていてくれ」
「……わかりました。ゼルダ様」
国とゼルダ個人への忠義心を秤にかけ、イクスはゼルダ個人への忠義心を優先させる事にした。
「お前が生きていたなら、トゥーラ殿も喜ばれよう」
親の話を出され、イクスは照れ隠しに小さく笑う事しかできなかった。
「でも、お姉様は大丈夫なんでしょうか?」
「ん?」
不安そうに、グレイスが問いかける。
何の話かとゼルダは少し思ったが、これからロッティがどうするかという不安を口にしているのだと気付く。
「確かに、気にはなる。何か考えはあるのだろうが……。このまま戦ったとして、ママに勝てるのだろうか?」
反乱軍はここまで快進撃を続けてきた。
ゼルダ自身も戦い、リューの強さを実感する事にもなった。
組する者達の実力も、それに匹敵するのだろう。
しかしそれでも、反乱軍がゼリアに勝てる現実が浮かばない。
「「あら、おかしな事を言うのね」」
双子が声を発し、くすくすと笑った。
「おかしな事を言った覚えはないが?」
「おかしいわよ。だって」
「お姉様はすでに勝っているのだもの」
すでに勝っている?
心中で反芻した言葉を理解すると、ゼルダは「どういう意味だ?」と双子に問いかけた。
「パパが死んでから二年」
「その二年間、お姉様はずっと自分の派閥を構築してきたわ」
「積極的に組み込んできたのは、食糧生産の要となる牧草地ばかり」
「直接的な手段はわからないけれど、派閥に組み込まれた領地は全て生産量が上がっている」
「逆に、切り捨てた領地の収穫量は落ちている」
「首を挿げ替えられた領地も、反乱軍に叩き潰された領地もあるわね」
「その結果。この国の食料供給、実に七割がお姉様の派閥に属する領地で生産されているという状況になっているわ」
「つまり、この国の胃袋がお姉様によって掴まれているという事よ」
それは戦地へ送られる糧食もまた、その多くがロッティの手に委ねられているという事でもある。
「お姉様の事だから、死んだ事になっている今も領地との繋がりを維持している事でしょうね」
「七割と言えど、食料の供給が打ち切られれば戦争なんてできないでしょうね」
なるほど。
この双子の言葉が本当ならば、もはや勝敗を決している。
戦うのではなく、食料に関する実権を握る事で強固な発言力を有したという事だ。
現状、これは大きな要素だ。
反乱軍との戦いをリシュコールが制したとして、その後はロッティ派閥の領地との戦いになるかもしれない。
バルドザードという強敵を前にして、そのような内戦を起こす余力などリシュコールにない。
戦いを続けるためには、ロッティへの服従を強いられる事となるだろう。
ロッティがその気になれば、の話ではあるが。
しかし、それならば疑問が残る。
勝っているのに、何故戦っているのか?
それを考え、ゼルダはすでにその答えを得ている事に気付いた。
「どうしてそれでも戦っているのか」
「それはわからないのだけれどね」
「反乱軍……いや、聖具の使い手達に経験を積ませるためだ」
双子の疑問を補完するように、ゼルダは答えた。
「あら、私達の知らない事を知っているのね」
「ゼルダお姉様のくせに生意気ね」
双子はからかうように返した。
戦う理由があるとすれば、それぐらいしか考えられない。
ロッティの口から聞いた時は、信じると言いつつもはぐらかされているのではないかと勘繰りもしたが……。
現状を考えると、その回りくどい行動も真実味を帯びてくる。
そのように考えると、この戦いも状況を緻密に設定した実戦形式の演習のようなものに思えてくる。
ロッティにとって、この戦いはそういうものなのかもしれない。
「でも、お姉様がこんな状況で内乱を起こすなんて今も信じられません」
バルドザードとの戦時中だ。
グレイスの言葉はもっともな指摘だった。
ゼルダにとってもそれは信じられない。
反乱軍の心許ない戦力で王都を攻めるならば、確かにタイミングとして絶好ではあるが。
ロッティの目的にはバルドザードを攻略する事も含まれているはずだが、内乱中にリシュコールが攻め落とされてしまえば本末転倒だ。
「だが、何も考えずに行動を起こしたとも思えない」
ゼルダにも思いつく事をあの聡い妹が気付かないはずもない。
それでもこのタイミングで行動に出たのは、反乱を起こしても大丈夫だという根拠がロッティにはあったのだろう。
その根拠が何か、それはゼルダには及びもしない事だ。
「考えても無駄かもしれんな。また、話す機会はあるだろう。その時に直接聞く」
「そうだね」
ゼルダは寝転がった。
「あら、お行儀が悪いわ」
「はしたないわ」
「今の私達は休暇のようなものだ。存分に休むべきだろう」
双子に窘められ、ゼルダは返した。
「石畳の床」
「鉄格子に覗く薄暗い廊下」
「「最高の環境ね」」
「それほど長い期間じゃない。今の内に休んでおく事だな。多分、休暇が終われば大暴れする事になるだろうからな」
ゼルダに言われて、双子は顔を見合わせた。
「「それもそうね」」
双子が仰向けのゼルダを枕に寝転がった。
「おい」
「「ゼルダお姉様のふかふかおっぱい」」
「重い」
「あ、魔力でカチカチにするのは卑怯よ」
「乳首が刺さって痛いわ」
仕方ないと思い、ゼルダは魔力の緊張を解いた。
今は休むべきだ。
きっと、これから先に戦う機会はあるだろう。
その日まで、ここで英気を養うのだ。
頭を過ぎったが、そこからどう展開すればいいのかわからなかったネタ。
「ゼルダお姉様、口封じした方が……」
「そうだな。口を封じてやるよ」
ちゅうぅぅぅぅっ。




