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閑話 地獄の襲撃

 ロッティの部隊が伏兵へ襲撃をかけた頃。

 スノウの率いる部隊も、森への侵入を果たしていた。


 森の中は、あまりにも静かだった。

 部隊の接近に気付いて出てくる敵の姿もない。

 不思議なほどに、反応がなかった。


「そろそろお出迎えがあってもいい頃だがな。ないって事は、ミラ(ルージュ)の勘が外れたって事か?」

「そういう事もあるだろうさ」


 リューの言葉にジーナが応える。


「ちょっと静かにしてろ」


 そんな二人を嗜めるようにスノウが止める。


「なんで?」


 声を潜め、リューは問いかける。


「なんか危ねぇ」


 正直に言えば、発言したスノウにも説明できるものではなかった。

 ただ直感的に、そうするべきだと彼女は感じていた。


 怖気と言えばいいのだろうか?

 肌の上を何かが這っている。

 実際に何か触れている感触があるわけではなく、そんな感覚がある……。

 いや、錯覚と言った方がいいだろうか。

 とにかく漠然とした、居心地の悪さを覚えていた。


「急に襲ってくるかもしれない。警戒しながら進むぞ」

「わかった」


 リューは真剣な表情で頷いた。

 素直で可愛い。

 そんな様子に、スノウは愛おしさを覚える。


 そして部隊は静かに移動し、それを目の当たりにする事となる。


 森の中の開けた場所。

 恐らく、リシュコール軍の野営が行われていたであろう場所だ。

 そこで多くのリシュコール兵達が倒れていた。


「これは……」

「何があったんだ」


 スノウは素早く倒れた兵士の様子を伺う。


「死んでいるな」


 ジーナのその言葉は正しかった。

 兜に穴が開き、開きっぱなしの目からは血が涙のように流れ出している。


 他の倒れている兵士達の身体にも、どこかしら穴が開いているように見えた。

 それらに共通点があるとすれば、どの部位も致命傷となりえる急所ばかりという点だろう。


 誰にやられた?

 何がいる?


 不意に、感じていた怖気が強まった。

 直感的に目を向けたのは、ある木の上である。


 そこに、そいつはいた。


 大木から伸びた枝に腰掛け、幹を背もたれにした白髪の女。

 ぼんやりとした顔で、こちらへと視線を向けていた。


 この場にいる反乱軍の人間は知る由もない。

 彼女の名がシロである事も、バルドザードの幹部である事も、二つの呪具の使い手である事も。


 だから反応が遅れた。


 無造作に向けられる呪具(アルテミス)の銃口。

 一瞬の間を置いて、スノウの僧帽筋が円形に削り取られた。


「ぐぅ……っ!」

「スノウ!」


 だがそれは結果の話だ。

 本来それは、リューの頭部を狙うものだった。

 スノウがそれを庇い、そうなったに過ぎない。


 でなければ、魔力で構成された不可視の銃弾は(あやま)たずにリューの命を奪っていただろう。


 追撃を警戒し、痛みに耐えながらシロを睨むスノウだったが……。

 彼女は木の上にいなかった。


 ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきていた。


 いつ降りた?

 まったく気配がしなかった。

 それどころか、歩み寄ってくる今も幻のように現実感がない。


「あの時に殺しておくべきでしたね。そうしておけば、シロの友達も死ななかったのに……。シロのたった一人の友達だったのに……」


 スノウはシロに向けて矢を放った。

 しかし、シロは平然とした様子で飛来する矢を銃撃で落とした。


「シロの考えは間違っていなかった。あとで邪魔になるなら、先に殺しておいた方がいいんですよ」


 それは誰に向ける言葉でもなかった。

 ただただ、自らを肯定するだけのものだ。

 対話の意思などなく、彼女の目前にいる反乱軍の人間との疎通など意図していない。


 しかし向ける視線には、強い感情があった。

 憎しみか怒りか、もしくは悲しみに類するもの。

 それらがない交ぜになった、形容する事の困難な複雑な感情を彼女は内包していた。


 おもむろに、銃口がリューへ向けられる。

 銃撃。

 咄嗟に戦斧(オーディン)でそれを防ぐ。


 受けた銃撃の重さに、身体が軋む。


「……っ! 行くぞ!」


 声を上げ、リューはシロへ突撃した。

 それに呼応し、ジーナを始めとした部隊の面々もそれに続く。


 スノウはその行動にうかつさを覚えた。

 相手は手練だ。

 それも直感的に、恐怖を覚えるほどの脅威。


 逃げるべきではないだろうか?

 そう思ったが、撤退の最中に攻撃を加えられる方が危険かもしれないと思い直した。


 遠距離の攻撃を得意とする相手では、逃げた方が被害は肥大するだろう。

 とはいえ、予感がある。

 このまま戦っても、部隊の被害は大きなものになる、と。


 活路は前にしかない。


 どこまで考えての行動かわからないが、リューの短絡的な判断はこの場で正しいものだった。


「行け! 目標は一人! 全員でかかれ!」


 スノウにできるのは、部隊に混乱を起こさないよう重ねて号令を出す事だけだった。

 それが間違いようのない死地であるという事実を飲み込んで……。


 一番にシロへ迫ったのはジーナだった。

 自慢の速度を生かして後方へ回り込む。

 が、攻撃を仕掛けようとした瞬間、目前には呪具(ウル)の銃口が向けられていた。


 躊躇いなく引かれた銃爪(トリガー)

 ジーナは咄嗟に仰け反って回避。

 その後も容赦なく追撃が入り、その場を離れる。


 全力で走って距離を取ろうとする彼女だったが、その最中に銃撃。

 高速で動き続けるジーナの足。

 それも聖具(ヴィシュヌ)に守られていない太腿の部分を、弾痕が正確に穿っていた。


「ぐあぁっ!」

「ジーナ! てめぇっ!」


 リューは怒りに任せて突撃し、攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、攻撃が成る前に銃撃を受けた。

 刃を横にした戦斧(オーディン)で受けるが、その衝撃に体勢を崩す。


 その間に、シロは標的を別の人員へ向けていた。


 彼女は恐ろしい精度で正確だった。

 最も近い者を、その急所を、誤る事無く銃撃していった。


 一発の銃声ごとに、反乱軍の仲間達が倒れていく。


「やめろーっ! てめぇ!」


 リューは戦斧(オーディン)を横薙ぎに振るった。

 振り切った得物に、手ごたえはない。

 シロはしゃがみ込んでそれを回避していた。


 二人の視線が合う。

 焦りも何もない、無感動な表情でシロはリューの顔を見ていた。


 俺は脅威でもなんでもないってか?


 銃口が向けられる。


 リューは死の恐怖を感じた。


 その瞬間、シロは向けた銃口を不意に外した。

 それは防御動作である。

 次いで、呪具(アルテミス)に矢が刺さった。


「体勢を整えろ!」


 スノウの声。

 リューは我に返り、地面を踏みしめて距離を取る。


 その間にさらなる矢の追撃、シロは回避しながら反撃する。

 心臓を狙った一撃をスノウは左腕を犠牲にして防ぐ。


 銃撃は二の腕に命中した。

 弓は引けない。

 弓を捨て、無事な右手で短剣を握る。


「おおおおっ!」


 リューとスノウが同時に攻める。


 二対一となって、向けられる呪具の射線をどうにかかわすように攻防を続ける事ができた。


 この期に及んでも、シロの表情には何の感情も乗っていない。

 恐らく余裕があるのだろう。

 それを証拠に、攻防の最中、何度もリューの急所へ銃口が合う場面があった。


 手負いとなったスノウよりも、未だ五体満足なリューを削ごうとしている。


 こいつ!

 どこまで効率的なんだ!


 内心で毒吐きながら、スノウはその都度フォローした。

 攻撃を加え、短剣で防ぎ、自分の身を以ってリューへの攻撃を防いだ。


「がぁっ」


 リューへの射線に強引に割り込んだスノウのわき腹を銃撃が抉る。


「スノウ!」


 無慈悲にも、二度、三度とシロは銃爪(トリガー)を引き絞る。

 魔力の銃弾はスノウの肩を穿ち、リューの太腿にも穴を開けた。


 その場で膝を付き、満足に動けなくなったリュー。

 それを庇うように、スノウは銃火の前へ身を差し出した。


 彼女の銃撃はただ急所ばかりを狙うだけでなく、相手の防御を見て取るやあえて疎かになった場所を掠らせるように狙いもした。

 致命傷にはならないが、痛みと出血だけはしっかりと与えられる。


 緩急のない一定した銃撃の音が上がる(たび)、二人の身体のどこかから血が飛び散る。

 もはや、打開の見込めない状況に思えた。


「俺はいい! スノウは足をやられてないんだろ!」

「それはできないな!」


 リューの言葉を、スノウは頑として跳ね除けた。


「死んじまうよ!」

「……本望さ」


 小さく、スノウは呟いた。


 その時、銃撃を防ぎ続けた短剣が撃ち飛ばされる。

 開いた防御の隙を衝き、銃口が過たずにスノウの頭部へ射線を取る。


 ああ、本望さ。

 生き残れよ!


 スノウは残っていたもう一本の短剣をシロへ向けて投げつけた。


 同時に、二発の銃撃が響いた。

 投げつけられた短剣が打ち落とされ、鮮血が闇の中に散った。


「……素晴らしい。これ以上に、美しい光景があるでしょうか?」


 場違いな声が漏れた。

 この修羅場において、むしろ歓喜すら感じさせる声だ。


「仲間を守り、自分の身すらも差し出す自己犠牲の精神。そう、それは……それこそは正義です!」


 その声を発した人物は、スノウとシロの間に佇んでいた。

 防御に使った左腕を銃撃に穿たれながらも、それを意に介した様子もなく彼女――リアは満面の笑みを作っていた。


「……っ! また、お前ですか」


 無感動だったシロの表情に、初めて苛立ちの表情が作られる。


「あなたにはわからないでしょうとも。邪神の眷属たる邪悪には」

「うるっせぇんですよ!」


 シロはリアに向けて連射する。

 銃撃はリアの鎧を簡単に貫通し、純白を血液の赤に染めた。


 リアはシロに向けて歩み始める。

 その歩みに怯みは一切なかった。


「おい! 死んじまうよ!」

「私は死なない! 邪悪を滅するその時まで、死ねないのです!」


 止めるリューに答え、リアはさらに進む。


 急所を庇ってこそいるが、身体には無数の銃撃による穴が開いている。

 出血はおびただしく、身体の欠損か、失血か、いずれかでいつ倒れてもおかしくない有様だった。


「このっ」


 後退しながら銃撃を続け、シロは悪態を吐く。

 シロがシャパドで情報収集を行っていた際、リアには幾度も邪魔をされた。

 どこからともなく現れ、殺そうと思っても殺せない。


 その時にシロは知ったのだ。

 ロッティが反乱軍の手によって命を落とした事を。


 たった一人の友達。

 彼女が死んだ。

 シロの胸中には、怒りとそれ以上の悲しみが沸き起こった。


 何より、強くあったのはあの時にリューを殺しておきべきだったという後悔だ。

 あの日の標的ではなかったとはいえ、一度は殺す機会があったのだから。


 シロは任務を放棄し、感情のままに行動する事を決めた。

 反乱軍は潰す。

 差し当たって、反乱軍のトップであるリューを殺す。


 しかし、自らが課した目標もまた、リアによって阻害されようとしていた。

 忌々しさが強く彼女の心を焼く。


 リアとは何度も戦い、何度も銃撃を加えた。

 それでも彼女に打ち勝てた事はない。

 まるで命がないように、彼女はいつも平然と攻撃を受けながら迫ってきた。


 シロが何発もの銃撃を浴びせながら悪態を吐くのはそういう経緯があったればこそである。


 リアは剣を抜き、駆け出した。

 シロは銃撃しながら、距離を取る。


 隙を衝いてリューを狙うが、リアは全て防ぐ。

 明らかに防ぐ事のできない射線を選んでも、リアはそこへ突然出現したかのように割り込んでくる。


 実際、そうなのだろう。

 恐らく聖具の力。

 彼女は実際に、距離を無視して突然現れる力を持っている。


 こいつは倒せない。

 それがわかっていても……。

 やり遂げなければならない事を前に、退く事はできない。


 そのジレンマがシロを焦らせ、苛立たせる。


 目の前に、標的がいるのに!


 そんな折、蹄の音が近づいている事に気付いた。

 木霊する音が、次第に鮮明さを帯びてくる。

 視線を向ける。


 シロは息を呑んだ。

 黒い馬に乗った人物を見て、彼女の心は一時安堵に解れた。

 仮面で顔を隠してこそいるが、彼女は紛れもなくシロの大事な友人(ロッティ)であった。


 次いで、状況を把握する。


 そういう、事でしたか……。


 シロは不意に身を翻す。


「ぬっ! 逃げるのですか!」


 その行動をリアに咎められたが、そんな事は知った事ではない。

 もはや、ここにいる意味も戦う意味もないのだ。

 それどころか、自分がやらかしてしまった事に気付き、すぐにでも逃げてしまいたかった。


 シロはだいたいの事を悟っていた。

 友人の考えを正しく全て理解しているわけではないが、これは彼女の計画の一環だ。

 自分の死を偽装して、何かを成し遂げようとしている。


 復讐の念に燃えて行動したシロだったが、その行動が実は友人の行動を阻害していた事に気付いたのだ。

 彼女の心は申し訳なさでいっぱいになっていた。


「流石は邪神の眷属。自分の行動も碌に完遂できない半端者です!」

「放っておけ」


 追おうとするリアをロッティは制止した。


「これは機会ですよ?」

「これから幾度もある機会の一つだ。それに君なら追えるだろうが、他の者には無理だ。追えたとしても、他の者ではまだ彼女を倒せる実力を持っていない」


 倒れる反乱軍の仲間達。

 幾人かはもはや事切れている。

 ジーナも太腿を撃ち抜かれて立つ事すらできなくなっていた。


 そして、リューとスノウも重症だ。


「たいしたもんだよ。シロ」


 ここまで強いとは、想定していた以上だ。

 流石は、続編におけるボスユニット。


「スノウ。指揮は私が執るが構わないか?」

「助かる。ちょっと元気ないからな」

「だろうね」


 体中に傷を負い、満身創痍といった様相だ。

 それ以上に重症のはずのリアはぴんぴんしているが。

 彼女は例外だ。


「クローディア。彼女と話がしたい」


 私が告げると、クローディアは小さく頷いていずこかへ駆けていった。


「仲間が、たくさん死んじまった……。俺のせいだ……」


 部隊の惨状を把握したリューは、悔恨を口にする。

 耐えようと堅く瞑った目から、涙が溢れ出た。


「号令を発したのはあたしだ。あんたのせいじゃない」


 そんなリューの頭を撫で、スノウは慰めの言葉を告げる。


「もう、二度とこんな事はしない。仲間が死なないように、俺は強くなる」

「ああ、そうだな。次はそうすればいいさ。だから、今は休め」

「うん」




 リシュコールの伏兵部隊を看破し、ミラの率いる部隊は()して苦戦する事もなくアステの部隊を打ち破った。

 事実だけを見れば、これ以上ないほどの快勝であった。

今回の更新はここまでです。

次は月末に投稿させていただきます。

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