九十六話 妹と戯れる
皆様、こんばんは。
今回分の更新をさせていただきます。
馬上の私達へ飛びかかるカルヴィナ。
そんな彼女をクローディアは弓で狙撃する。
カルヴィナは二本の聖具で防ぐが、矢の威力に押されて勢いを殺される。
結果、彼女の跳躍はこちらへ届かず、地面に転がった。
「クローディア。カルヴィナの相手をお願いしたい」
少しの逡巡を見せたが、クローディアは頷いて馬から降りた。
二人が離れていき、併走する私とスーリアだけが残る。
「二人きり。大ピンチね、お姉様」
「可愛い妹とデートするだけだよ」
「あら、嬉しいお誘い。グレイスならそのままお付き合いしそうね」
「スーリアは付き合ってくれないのかな? 悲しいなぁ、お姉ちゃんは」
「楽しい時間が減ってしまう。時間稼ぎに乗るのは、ここまでにしておくわ」
スーリアは、それ以上の問答を断ち切るように馬をこちらへ寄せてくる。
互いの手が届くほどに迫ると、アルファがそれを嫌うように鼻を勢い良く上げ、スーリアの馬の下あごを打ちつけた。
ひひん、とスーリアの馬が悲鳴を上げ、距離を取ろうとする。
「駄馬、ね」
小さく呟くと、スーリアは跨るのをやめて、馬の背に立った。
完全に距離ができる前に、こちらへ飛び移ってくる。
私の後ろに着地すると手を伸ばしてきた。
すぐに攻撃はしてこないのか。
まぁ、彼女にとってこれは楽しい遊びか。
私は鐙から足を外し、身を捩ってスーリアへ半身を向けるように座る。
スーリアの手が私の方へ伸ばされる。
完全に身体の向きをスーリアへ向けるのと同時に、こちらも両手で応戦した。
組み合う形になるのと同時に、アルファの尻を蹴る。
アルファは急加速し、それと同時に私は組み合ったままスーリアに体当たりした。
不安定な足場でぶつかられ、スーリアも立っていられなくなる。
私ともつれるように、地面へ転がり落ちた。
そのどさくさに紛れて、チョークスリーパーを仕掛ける。
「かっ……」
私の腕が上手くスーリアの首へ食い込み、その口から声にならない音が漏れる。
普通なら、これで終わりなんだけれど……。
速やかに意識を落とすべく、力を込めていく。
が、視界の端にパチッときらめく物が見えた。
その音を追うように、熱が私の顔に当たった。
すぐさま、技を中断してその場を離れる。
同時に、スーリアの首元から炎が噴出した。
「ふふ、ごめんなさい。使うつもりはなかったのだけれど。せっかくお姉様が遊んでくださるのだものね。あっさり終わらせるのはもったいないわ」
スーリアは幼い顔立ちに、妖艶さを含ませた笑みを作った。
「さぁ、改めて遊――って逃げてる!?」
私は彼女に背を向けて一目散に走り出していた。
当たり前だ。
属性変換を使える相手、それも肉親を相手に私が取れる手段などない。
最初の奇襲が決まればどうにか、とも思ったがそれが成らなかったなら逃げるしかない。
「待ちなさい!」
スーリアが追いかけてくる。
「え! おかしいと思ったら、右手の小指が変な方向に曲がってるわ!」
後ろから、驚きの声が上がる。
馬から落ちた時、どさくさに紛れて外しておいた。
まぁ、だからと言ってこれ以上何もできないが。
とりあえず、少しでも有利になるようできる事はしておいたのだ。
幸い、双子は浮遊能力を持っていないので、この状況では走って追いかける事しかできない。
そして、足は私の方が早い。
このまま撒く事もできそうだ。
「私、追いかけっこはあまり好きじゃないのよ?」
知ってる。
かくれんぼの方が好きだったね。
私はスーリアに向けて、つけていた仮面を投げつける。
……と同時に、方向転換してスーリアに向けて距離を詰めた。
「目晦ましかし――ゴアッ!」
飛来した仮面を払いのけるスーリアの腹に、勢いをつけてラリアットをかます。
奇襲が成功し、力の入っていない柔らかな腹の感触が腕に伝わってきた。
スーリアはあまり武装らしい武装をしていない。
ふわっふわのゴスロリドレスに、装甲靴を履いている程度。
何より、武器の類を持っていない。
身長も私より低く、細身である。
つまり……。
簡単に身体を持ち上げられるという事だ。
腹部へのラリアットを起点に、がっちりとホールド。
そのまま背後へ回り、スーリアの身体を持ち上げる。
そして、勢いをつけて飛び上がりながら身体をのけぞらせた。
アーチの軌道を描き、跳び上がった私はスーリアの身体を地面へ叩きつけるようにして着地する。
「んごぉっ」
ジャンピングスープレックスである。
いつもならここからわちゃわちゃと関節技に移行する所だが、炎を出されると困るので距離を取る。
スーリアが体勢を整える前に、そのまま木陰へ身を潜めた。
「……どこへ」
立ち上がったスーリアが周囲を見渡しながら呟く。
その背後から迫り、右膝裏へ全体重を乗せた低高度タックル。
「あっ!」
うつ伏せに倒れたスーリアの左足首を掴み、アンクルロックで捻り上げる。
「あがががががっ!」
痛みに喘ぐスーリア。
しかし、すぐに足首を開放する。
手を放した直後、炎が放出されて熱に撫でられた。
あぶないあぶない。
「調子に乗らないで!」
私を再び見失わないためか、かなり強引に体勢を立て直し、スーリアは私に殴りかかってくる。
突き出された右拳の下、脇から手を回し、右足を蹴りつけ、前に傾く姿勢になったスーリアの腕を極めた。
脇固めだ。
無理な体勢での攻撃だったためか、簡単に技が極まる。
「ぐあっ!」
炎対策ですぐに開放したが、今度は隠れずに前へ立つ。
「ニャガニャガ、お姉ちゃんもなかなか強いだろぉ?」
「なに? その変な……笑い方?」
「お姉ちゃんもたまにはハジけたいんだよ」
じりっとスーリアが距離を詰めてくる。
すぐに迫ってこないのは、先ほどまでの攻防で警戒が強まったからだろう。
「属性変換を使ってもいいんだよ?」
使われたら逃げるけど。
「それじゃあ、つまらないわ。すぐに終わってしまう。私達は、長く強く楽しい事がしたいの」
長く楽しみたい、ね。
技を極められて落とされそうになれば使うけど、それ以外は使わないと考えていいかな。
「ふふ」
「何を笑うの?」
「不思議? 楽しい事をするなら笑わなくちゃ」
「楽しんでいるのは、私達よ」
「楽しみは分かち合わないと」
「楽しむ余裕が、お姉様にあるのかしら?」
正直に言うと、私はスーリアに脅威を感じていない。
ゼルダとグレイスに迫られた時は、強い危機を覚えたはずなのに。
多分、目的の違いがあるからだろう。
双子は国を背負い、負けられない戦いに挑んでいるわけではない。
ただただ、自分達の興味が赴くままにここへ来た。
彼女の言う通りこれは遊びだ。
「十分に。久しぶりに遊んであげるよ」
「まぁ、嬉しいわ」
極力、スーリアが属性変換を使わないつもりである事はわかった。
追い詰められた時にどうなるかわからないが。
スーリアの攻撃は、その体格から繰り出されるものとしては不適格なほど強く重い。
拳から生み出された風を受けるだけで、その威力が痛烈なものである事は理解できる。
回避に成功しても、死を感じるほどだ。
ただ、あまり恐ろしいとは思えなかった。
私も少し、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
そんな事を思いながらスーリアとの攻防を演じる事十数分程度。
「ふ、ふーっ、この程度かしら!」
強気な口調とは裏腹に、スーリアは涙目になりながら声を張り上げた。
痛みに耐えるためか、呼吸が小刻みになっているが。
「そろそろやめた方がいいんじゃない? そもそもこれ、楽しい? 痛いだけでしょ」
言いながら、私は極めていたパロスペシャルを解いた。
その途端、転がるようにしてスーリアは私から距離を取る。
「たーのしー! ふーっ! ふーっ!」
本当か?
かなり無理した様子に見える。
息も荒いし。
足はグキってなってるし、左腕はちょっと伸びてるし、どう見ても平気ではなさそうだ。
それでもまだ心は折れないか。
なら、次はどうしよう。
キャメルクラッチか、タワーブリッジか……。
いや、戯れならばバスターやドライバーに挑戦してみるのも面白いかもしれない。
ああ、なんだかんだで私も楽しいな。
これが姉妹の戯れというものか。
そう思っていたが……。
「……でも、楽しい時間ももう終わりかな」
「何ですって?」
ざっ、と葉を踏みしめる音に、スーリアが視線を向ける。
その先には、クローディアが立っていた。
背負っていたカルヴィナを無造作に地面へ転がす。
カルヴィナは気を失っているようだ。
分断さえできれば、いい勝負ができると思っていた。
時間稼ぎさえしてくれればよかったのだが、どうやら単独だとクローディアの方が上手のようだ。
「服にいっぱい穴が開いてるんだけど……」
矢傷だよね、これ。
「加減はしている。怪我はしていないはずだ」
本当に?
乳首丸見えでセクシーな感じになってるけど、これって心臓狙ってるよね?
でもウソを吐く人でもないからな。
皮膚を貫通しない魔力加減をしてくれたんだろう。
うん、そう思っておこう。
「それで、どうする? まだ続けるなら、これからは二対一だよ」
私の問いに、スーリアは溜息を吐く。
スッと冷めていくように、荒い息も整っていった。
「……本当に。もう、終わりみたいね」
「あーあ。せっかく本気で遊べる機会だったのに」
馬上にて、併走するスーリアがつまらなそうに言葉を漏らす。
彼女の乗る馬の尻には、荷物を積むように気を失ったカルヴィナが乗せられていた。
「結局勝てなかったし、何がいけなかったのかしら。ねぇ? お姉様」
「私に戦いの事を聞いても、あまりいいアドバイスは返せないよ。ただ、二人は揃うと強いけど、分断されるとできる事が少なくなるね」
「一人で戦う方法を模索した方がいいのかしら……」
スーリアは珍しく物憂げな表情になり、溜息を吐いた。
「それはよくない。欠点があるとはいえ、二人が培ってきた技術はそれを補って余りある利点だよ」
「じゃあ、どうすればいいのかしら?」
「うーん、どんな時でも二人で戦えるように、戦術を常に考えるのがいいんじゃないかな」
「……考えてみるわ。このままの私たちじゃ、あの王様にも勝てないでしょうからね」
王様。
ヘルガかな?
二人は一度、彼女に負けたんだったっけ。
「それで、お姉様は今どこへ向かっているの?」
「うーん」
言っていいのだろうか?
まぁいいや。
問われた私は、リシュコール軍の伏兵とそれに対処する反乱軍側の奇襲について説明した。
「ふぅん」
「ちょっかいだしちゃダメだよ? お姉ちゃん、困っちゃうから」
「えー? どうしちゃおうかしらぁ」
「こいつぅ」
「ふふふ」
姉妹でいちゃつきながら目的地へ向かった。
リシュコール軍の潜伏地点と思しき森へ辿り着く。
正確には、森へ入る直前。
不可思議な轟音が聞こえてきた。
これは、銃声?
私はアルファを加速させた。
この世界で聞く事のない音だ。
例外があるとすれば、たった一人の人間が使う呪具のみである。
なら、そこにいるのだろう。
彼女が。
木々の合間を縫って駆け、辿り着いた先。
そこで私は、シロの姿を見た。
倒れ伏す反乱軍の仲間達の姿と共に。




