九十五話 夜明けの奇襲
ある日の野営時。
マコトとボラーが稽古しているのを見かけた。
その様子をヨシカが眺めており、私もその隣に移動して一緒に眺める。
木剣で切り結ぶ二人。
力の限りにぶつけ合うのではなく、互いの技量を確かめ合うような攻防だ。
隙を衝こうと木剣を振り、それを防ぐ。
防ぐ事に失敗しても、そのまま稽古は止めない。
見ている限り、ボラーの方が技術は洗練されているようだ。
攻撃を当てる回数が多い。
「ありがとう。いい稽古になったよ」
「私も良い鍛錬になりました」
にこりと上品に笑い、ボラーはマコトに答えた。
ゲームにおいてのボラーは笑顔とは無縁の死神じみた雰囲気を持つ人物だった。
そのふんわりとした雰囲気は、それと別人のようだ。
「なんだ、見てたのか」
私に気付き、マコトが声をかける。
「うん。かっこよかったよ」
「そうか……」
照れた様子でマコトは笑う。
それから、自然と雑談の流れになった。
「お前の太刀筋を昔見た事がある」
話の中でそうボラーに告げたのはヨシカだった。
「確か、キョウカ領の剣士が使う剣技だ」
その指摘に、ボラーの表情が一瞬強張った。
キョウカ領はバルドザードの国内である。
指摘されて強張るのも仕方がない。
「答えなくていい。お前を疑いたいわけじゃないからな」
意図を示され、ボラーの緊張が解かれる。
「何か特別な剣技なのか?」
興味を持ったのか、マコトがヨシカに問いかける。
「防御を捨て、一撃に全力をかけるというコンセプトがうちの流派に似ている」
防御を捨てる、か。
グレイス戦の時に見た技から考えるに、多分私の朱星と同質の技だろう。
ただ、剣に向けられる魔力の量が違うので威力も持久力も高い。
「だから憶えていた。昔、あの辺りで傭兵をしていた時に何度か共闘してな」
「そうなのか?」
とマコトが問い返した先はボラーの方である。
「こら、聞くな」
それをヨシカが嗜める。
「ごめんなさい」
「いえ、構いません。確かに、あなたの言う通りですから」
ボラーは苦笑する。
「でも、似ているというわりに太刀筋は全然違う気がするけど」
「突き技を主体にしているようだからな。技の組み立て方も変わる。何より、防御は捨てるが攻撃を当てさせないという部分がうちとは違うからな」
「……どういう事?」
「回避に重きを置いているという事だ。相手に攻撃させる前に倒すのがうちの流派なら、キョウカの剣士は当たらなければ防御などいらないというものだ」
回避も防御の内なんじゃないか、と私は思ったが齟齬があったらしい。
ヨシカ的には、物理的な頑強さが防御なのだろう。
「その特性からか、使い手は浮遊能力者が多い」
「私に浮遊能力はありませんけれどね」
「そうなのか?」
「聖具の力で飛んでいるだけです。それにこの聖具はバリアを発生させる事ができる。捨て身であろうと、ある程度の防御力は確保できます。これがなければ、私など非才な凡婦にすぎませんよ」
なるほど。
彼女にとってこの聖具は相性がいいわけだ。
私達は、次の目的であるテュオス攻略へ向けて進軍していた。
その足がかりとして、直前にあるルディオ領を攻略する事になった。
行く手に領主の率いる部隊が姿を現したのは、領の半ばを過ぎた頃である。
「部隊を率いているのは、ルディオ領主のアステ氏であるようです」
先遣部隊から情報を得たミラが、私に報告する。
「領主の部隊だけ?」
てっきり、行く手を阻むようにリシュコールの主力部隊が待ち構えているものだと思っていた。
「見える範囲には」
アステは確か、バルドザードへの遠征に参加していた人物だ。
反乱軍の迎撃に戻ってきたとして、今は領の守りに入っている……ように見える。
主力部隊に属していた他の指揮官達も、それぞれ自分の領の守りへ向かったのだろうか?
その疑問をミラへ向ける。
「違う気がします」
答え、ミラは広げた地図を見下ろす。
ルディオ領の一点に、指を差しながら説明を始めた。
「我々の場所がここ、アステの展開する部隊の位置がここ。そして地図には載っていませんが」
ミラは、地図に小石を三つ置いた。
「この位置には森があります。そして、当然アステ部隊の位置が今回の戦場となります」
そう言われて見ると、森があるとされた場所二つが反乱軍の後背を衝く位置になる。
「他の部隊が伏兵として配置されている、と?」
「あくまでも可能性です。私の考え過ぎかもしれない」
まぁ、誰もが合理的に行動するとは限らない。
実際は人間だもの、感情やらしがらみで行動や状況が決まってしまう事もある。
ミラの説明した戦術が密かに蠢いているかもしれないし、他の部隊と何か問題があってアステ領主は自分の部隊だけで迎撃する事になったという事もある。
ただ、この場所を最終的な防衛ラインとして全戦力を配置しているという事は十分に考えられた。
「それでどうしたい?」
「伏兵がいると思われる場所に対し、こちらも部隊を割いて向かわせたいと思います。看破していたのに、まんまと嵌まるのは気分が悪いので」
理性的なミラですらも、こうして感情を行動に含ませる事がある。
……いや、ミラは理性的なんだろうか?
かつて父親に感情をぶっぱなして殴られた時の事を思い出してしまう。
まぁいいや。
「戦力を分けて勝てるのかぁ?」
「四天王がいないリシュコール軍など高が知れています。実際に戦って見てわかりました」
「お、言うねぇ」
「実際に戦いもしましたからね。バルドザードとの戦いを踏まえれば、反乱軍の討伐には余剰の戦力を送るしかなかったはず。両殿下を送る事の方が本来ならば考えられない想定外の事です。あれ以上の戦力はないでしょう」
こちらに向けられた以上、バルドザードへの遠征隊の中でも劣る部隊なのだろう、とミラは想定しているようだ。
多分その考えは間違っていない。
「それでもバルドザードへの遠征へ向かうくらいには精鋭だ」
「そうですね。戦力的部分では聖具使いを揃えたこちらが上とはいえ、指揮能力そのものはあちらが上でしょう。なので、軍略に長けた者を指揮官に据え、三つの部隊に分けます」
指を三本立ててミラは説明を続ける。
「全容がわかるアステ部隊には私が指揮を執ってあたります。ケイとボラーを使わせていただきます」
「わかった。他二つは?」
「もう一つはシャル様に指揮を執ってもらいます。クローディア、マコト、ヨシカの三人を率いてください」
「うん」
「最後の一部隊はスノウに指揮を執ってもらい、リューとジーナを率いてもらいます」
「じゃあ、それで行こう」
ミラ発案によって部隊は三つに分けられた。
アステ部隊と当たるミラの部隊には、部隊を分けた事を悟らせないよう、総数の半分となる人員が割かれた。
他二つは、聖具使いを主力とした少数精鋭の奇襲部隊である。
部隊の中で私だけは馬に乗っていた。
機動力ではなく、視界確保の意味合いが強い。
指揮官として指示を出すための配慮である。
接敵は夜明け前の空が暗い時間となった。
遠目にミラの部隊が小さく望める位置。
その手前には、生い茂る森が見える。
距離は遠い。
実際に、敵の奇襲部隊がいるかはわからないが、居なかった時はスノウの部隊が担当する森へ向かう手はずとなっている。
そちらの森はここから見ても小石程度の大きさにしか見えない。
森に入ればすぐ戦闘になる可能性があった。
警戒しつつ、私達の部隊は森へ侵入する。
それに対してのリアクションは程なくしてあった。
木々の陰から歩兵が次々に飛び出したのだ。
「当たりか。敵襲、応戦しろ!」
私の号令よりも早く、マコトとヨシカが突撃していた。
自然と仲間を率いる形となる。
そのまま驚くほどあっけなく、二人は兵士の群れを蹴散らして指揮官らしき人物の前へ迫っていた。
敵指揮官は兵士と共に応戦したが、息の合った二人の連携に流れるような自然さで殴り倒されてしまった。
しかし、将と思しき人間は一人ではなかった。
装備品の装飾で判断していたが、同じ基準で派手な人物はもう一人いる。
恐らく、指揮官と同格に近い人物だろう。
兵を率いる者が、兵よりも弱いわけがないだろう? という理屈がまかり通っている世界だ。
十分にそれは考えられる。
強そうな奴はだいたい強いのだ。
そちらを攻撃しよう、と思った矢先、一本の弓矢がその人物の胸元へ飛来した。
「ああっ!」
短い悲鳴と共に、その人物が仰向けに倒れる。
どこからともなく飛び降りたクローディアが、倒れた相手の胸を踏みつけて拘束する。
えーと、終わりかな?
「……勝ったぞ! えいえいおー!」
「「おーっ!」」
反乱軍の仲間達が一斉に声を上げると、残っていた兵士達が散り散りに逃げていく。
中にはそのまま降伏の意思を示した者もいたので、捕虜にしておいた。
「これからどうする?」
ヨシカに問われて考える。
このまま全員でリュー達が担当する襲撃地点へ向かうべきだろうか?
……いや、相手も伏兵を用いた戦術を使うなら、肝心の本隊を疎かにする事はないだろう。
相手を十分に受け止めるだけの実力者を配置するはず。
偵察の話では指揮官はアステだけのようだったが、雑兵に扮した将が何人か部隊にいるのかもしれない。
実際、私達は装備の意匠でしか指揮官を判断できなかった。
兵士の中に混ざられたら、誰が将かわからない。
こちらの伏兵と同程度であるならば、追加で戦力を送るは無駄かもしれない。
だったら、本隊に戦力を向かわせる方がいい。
「ヨシカさん。部隊を率いてミラに合流してください」
「お前はどうする?」
「リュー達の方へ奇襲成功の報告をしてきます。クローディア、ついてきほしい」
私がお願いすると、クローディアは無言で頷いた。
アルファの後ろにクローディアを乗せて走らせる。
走り出そうとすると、彼女は手綱に手を伸ばした。
「今は自分で馬に乗れるよ?」
「……」
拒否すると、クローディアは何も言わなかったがどことなく寂しそうだった。
アルファを駆けさせる。
二人で乗っているのに、その足は衰えを見せない。
強い馬だ。
ヨシカに任せた部隊から離れ、森を突っ切る。
森の端、陽光の光が前から見え始める頃。
不意に、同じく併走する一騎の騎馬に気付いた。
「あら、奇遇ね。お姉様」
「ご一緒していいかしら?」
騎乗しているのは同じ顔の少女達。
双子、カルヴィナとスーリアだった。
スーリアが手綱を取り、二本の聖具を手にしたカルヴィナが背中合わせに馬の尻へ腰掛けていた。
こう来たかぁ……。
「久しぶりだねぇ」
「「ええ。本当に」」
双子は笑顔で言葉を重ねる。
「酷いじゃない、お姉様」
「こんな楽しそうな事に誘ってくれないなんて」
「誘ってってお願いしたのに」
「私達抜きに始めちゃうなんて」
「「ちょっと怒ってるのよ。私達」」
「だから」
「ちょっと慰めてくださいな」
「「お姉様」」
その言葉を合図に、馬が寄せられる。
そして、カルヴィナがこちらへ飛び掛ってきた。
今回の更新はここまでです。
次は月末の予定です。




