九十四話 肉の宴
皆様、こんばんは。
今回の更新は二話分になります。
少し修正させていただきました。
ちょっと痩せたな。
腕の皮膚をつまみつつ、私はそんな事を思う。
脂肪が少ないとこの先の行軍で体力不足に陥るかもしれない。
ちょっとカロリーの高い物が食べたいな。
軍事行動中にそれは難しい事だけれど……。
行軍中、食事の事を考えていると腹がぐぅと鳴った。
「アルファ。行軍中でもたまに太るのなんでなの?」
騎乗していたアルファの首筋を撫でながら戯れに問いかける。
当然、返事はない。
マイペースな歩調で進み続けるだけである。
「何かおっしゃりましたか?」
同じく、馬に騎乗したミラが私の隣まで来る。
私の独り言が耳に入ったらしく、そう訊ねた。
「美味しいもの食べたいなって」
「蜂蜜ならば備蓄がございますが?」
蜂蜜か。
蜂蜜の成分は果糖とブドウ糖に分けられるんだったか。
成長ホルモンの材料になるので、筋肉を付けるのにいい。
でも多分、たんぱく質も取らないと筋肉は増えないだろう。
脂肪だけが増える。
今の私としては脂肪だけでもいいが、この行軍で筋肉もエネルギーとしていくらか分解されている可能性がある。
たんぱく質も取りたい。
体力をつけつつ、筋力を維持したわがままボディが私の理想だ。
大量の肉を食べられたら解決しそうなんだけど。
願望を抱きつつ、けれど贅沢は言ってられないと私は肉への気持ちを心に秘める事を決めた。
その矢先、野営の際に食料調達班が牛一頭を近くの村から調達してきた。
これは筋肉の神様の思し召しだ、と思った。
「無駄遣いじゃない?」
窘める意味もあって、調達班を率いていたケイに問いかける。
「そう言うわりに嬉しそうッスね」
声色に私情が漏れ出てしまっていたらしい。
「動き通しでみんな疲れてるッス。保存の利く糧食だけじゃ、気分も滅入るッスよ」
「それはそうだ」
というわけで、今日の夕食は急遽焼肉パーティになった。
「え、肉! マジで! これじゃ足りないよな!」
夕食が肉と知り、リューと数名の有志が狩りへ出かけた。
みんな肉に飢えていたらしい。
戦いに勝った時以上の喜びようである。
私はケイと一緒に食事の準備をする。
牛の解体はケイに任せ、私は野菜を切っていく。
「お手伝いします」
おもむろに現れたグレイスが当然のように手伝ってくれる。
行軍の時も武装こそしないが列に加わって歩いているし、荷運びなどの手伝いもしてくれていた。
反乱軍の中でグレイスは、まるで部隊の雑用係のように過ごしている。
ちなみに、ゼルダはリューと一緒に狩りへ出かけた。
「シャル様」
野菜調理には、他の反乱軍の人員がいたため、ミラは偽名の方で私を呼んだ。
同じく、グレイスも私の事を姉と呼ぶ事を控えていた。
「何だぁ?」
「リシュコール軍の動向を探らせていた部隊が帰ってきました」
「それで?」
ミラの報告によれば、展開されていたリシュコールの部隊は現在後退したようだった。
恐らく、ゼルダとグレイスの不在が関係しているのだろう。
今は、索敵を目的とした遊撃部隊がちらほらと動いているくらいらしい。
「今後、どう動いてくると思う?」
「四天王という最大戦力が二枚抜かれた以上、打って出てくるという事は考えにくいです」
「とはいえ、放置もしないでしょ」
「あながち、そうとも言えません」
「というと?」
意図を測ろうと、私は野菜から目を離してミラを見る。
「防衛戦に移行し、陛下の帰還を待つという事も考えられます」
自分達では敵わないから、何とかできそうな人の到着を待つ、か。
自然な話ではある。
「今はゼルダ様とグレイス様がいなくなり、士気が落ち、指揮系統も混乱しているでしょう。今回の作戦に誰が投入されているのか情報は足りませんが、両殿下の直下に当たる方が誰かによってはこの混乱は長引くかもしれません」
リシュコール側で一番高い指揮権を持っていたのはゼルダであり、その次はグレイスだった。
その二人がいなくなったので、その下の人物に指揮権は移譲される。
その人物によって、今後のリシュコール軍の行動は変わってくるだろう。
ミラの想定通り、防衛戦へ移行するかもしれないが、好戦的な人物であるならば普通に攻めてくるかもしれない。
「こちらとしては、攻めてきてくれた方が楽だねぇ」
防衛戦を選択した場合、相手はどこかしらで集合する事になる。
「ええ。こちらの位置は把握されていません。向こうとしては索敵のために部隊を分ける必要がでてきます。その場合、こちらは各個撃破が可能ですからね」
こうして向こうの条件を想定していくと、ますます防衛戦を選択する線が濃厚になってくる。
「集結したリシュコール軍に反乱軍は勝てると思うかぁ?」
「不可能ではないと思います」
正直に言えば、ミラがそう答えるのは意外だった。
否定されるのではないかと思っていた。
「あくまでも、可能性の話です。正直に言うと、私は反乱軍の実力を見誤っていました。リシュコールの主力を相手にすれば勝ち目は無い。そう思っていましたが、両殿下を下した……失礼」
一緒に話を聞いていたグレイスにミラは謝る。
「ううん、続けて」
「では、僭越ながら」
ミラはそう前置いて続ける。
「両殿下との戦いで、反乱軍の戦力は十分にリシュコール軍に通用すると考えを改めました。四天王を除いても手ごわい者はおりますが、そのほとんどはバルドザードに向けられている事でしょう」
確かに、私の姉妹達がここにいるのは例外ではあるか。
治安回復に、四天王以上の戦力を割いてはいないだろうという判断だ。
それはどうかなぁ?
「多分、このまま行けば王都を制圧する前にママも帰ってくると思うぞ」
「……帰ってきますか?」
ミラの問いに、「帰ってくると思う」とグレイスが答える。
「ママと戦う事を想定してほしいと言わなかったかぁ?」
「想定はしていました。ですが、先に王都を占領して迎え撃つ形で考えていたんです」
ゲーム通りなら、私が死んだ段階で帰ってきていたからなぁ。
ゼルダが引き止めた現状がイレギュラーだ。
そのゼルダも向こうから見れば消息不明。
ゼルダとグレイスの事を喧伝しようかと思っていたが、よく考えればそんな事をするまでもなくママは動くだろう。
「反乱軍が王都へ辿り着く頃には待ち受けていると思って行動した方がいいな」
「やる事はこれまでと変わりません」
「じゃあ、次はどうする?」
「王都までの道中にある領を占領していきます」
「そろそろリアを合流させようと思うが、どの辺りまで攻めあがれば後方の守りを考えなくてよくなると思う?」
「長期的な戦いではなく、短期決戦をお望みなのですね」
後方の守りを考えないという事は、今後の補給を絶つという事である。
今までは補給を考えて道中の占領を行ってきたが、補給を考えなければ突破して素通りする事もできる。
ミラは私の意図を正確に察したようだ。
「ママを相手に長期的な戦いなんてまずできない」
「それは確かに」
ミラは思案する様子を見せ、それほど時間をかけずに答えを出した。
「テュオスでしょうか」
提示したのは、ここから王都に向けて三つほど先の領だ。
「順当に行けば、そこでの補給を最後に王都まで攻めあがる事が可能でしょう」
「そこからは王都まで全速前進だ。力ずくで押し通っていこう」
ミラはそんな私の言葉に溜息を吐いた。
「楽でいいだろぉ?」
「楽すぎます。まっすぐに進みすぎれば、罠に嵌まって負ける事もあるかもしれません」
「どうしようもない時は君の出番だ。何かすごい策で解決してくれ」
「勝敗の決まった状態で策を弄しても対した効果はありません」
「腕の見せ所だな。頑張ってくれ」
ミラの肩に手をやって言うと、彼女は口元を歪めた。
仮面で隠れているので表情はうかがえないが、苦い表情をしているのだろう。
そんな様子をグレイスがじっと見ていた事に気付く。
「どうしたの?」
「うん……えーと、もしかしてヴィブランシュさんですか?」
ミラは今、仮面で顔を隠している。
グレイスに看破されるとは思わなかった。
「よくわかったね」
私がはぐらかすでもなく簡単に認めた事で、ミラはさらに口元を歪める。
仕方ないでしょ。
グレイスは口に出した時点でほぼほぼ確信してるよ。
「お姉様と仲の良いお友達は全員憶えているから」
繋がりを隠すため、王都にいる時は関わらないようにしていたんだけどな……。
グレイスには、私の好感度メーターでも見えてるのかな?
「内緒にしてあげてね」
「わかりました」
野菜の準備が整うと、獲物を仕留めた狩猟部隊が帰ってきた。
この国の牛は基本的の牧畜しかいないので、獲物はウサギや鶉などである。
ただ、量が多い。
これも反乱軍の総力を以ってかかれば、余すところなく消え去る運命であろうが。
大量の肉の下準備をケイ、グレイスと共に終えると、ようやく肉が焼かれ始める。
宴である。
火にかけられた二つの鉄板の上。
野菜と分厚く切り分けられた肉が不規則に並ぶ。
肉から出た油が野菜を熱し、パチパチジュウジュウと弾けるような焼き音を立てている。
鉄板に乗り切らなかった肉は、串に刺されて焚き火で焼かれている。
焼きあがれば、私とケイで共同開発した特製のタレに漬けて齧りつくのだ。
その時を待ち、仲間達は期待に満ちた表情で食材の刺さった串を眺めていた。
談話で空腹を紛らわせ、酒を呑む者もいた。
そんな野営地の様子から視線を戻し、調理を担当していた鍋の様子を見る。
中は赤茶色のスープで満たされ、野菜の緑と肉の白が色彩を与えていた。
「何作ってるんだ?」
ゼルダが寄ってきて、不思議そうに訊ねてくる。
「モツ鍋」
「もつぅ? 内臓か」
鍋の中を凝視して、その正体を察する。
「食えるもんなのか?」
「丁寧に処理すればね。腸詰は食べた事あるでしょ?」
「そのまま煮炊きして食べた事はないが」
確かに、一般的にこの国に普及した食べ方ではない。
ただ、私が時折造っていたので反乱軍では一般的になりつつある。
「こういう形式の焼肉を最近食べてないな。そういえば、昔ターセムで肉を焼いて食べたな」
「懐かしい」
「脂身で芋揚げてな」
「ケイが作ってくれてると思うよ」
「それは嬉しい」
出来上がった鍋を器によそい、ゼルダへ渡す。
躊躇いながら、口にする。
「不思議な味だな。濃厚で美味い。何の味だ?」
「味噌」
ヨシカに作り方を教えてもらい、自分で作ったメイドイン私の味噌である。
鍋のスープはちょっと濃い口に作ってある。
このままラーメンにしてもいいくらいの味だ。
「にんにくの匂いがまたいい感じだ」
「お米に合うんだ。これが」
そうこうしている内にそこかしこで肉が焼きあがり、仲間達がそれを口にし始める。
私が真っ先に求めたのは米である。
ヨシカ私物の釜で炊かれたものだ。
釜そのものは大きめであるが、反乱軍の人員を前にすればあまりにも少ない。
しかし、求める人間が私とマコトとヨシカぐらいなのでなんとかっている。
米はあまり人気がないのだ。
「肉より米で腹膨らんじまうの馬鹿みたいじゃん」
とはリューの言である。
どうやら私は意図せずそれに不快感を現していたらしく、すぐにリューから謝られたが。
一膳の米を手に入れた私は茶碗と箸を持ち、料理を求めうろつく。
まず牛の焼肉を食べ、追って米を口にする。
油の乗った肉の味、それを補助して味を深めるタレ。
不足していた栄養素を摂取した時、人はより強くその味を認識するという。
肉を口にした事で、脳内に直撃する旨味。
米の咀嚼によって生じるアミラーゼ反応は米を甘く感じさせる。
続いてモツ煮へ手をつける。
モツ特有の臭みが、ニラとニンニク、五薫とされるそれらの香りと調和する事で食欲をそそる匂いへと昇華されていた。
唐辛子で辛めに味付けられた味噌ベースのスープ。
グルタミン酸とイノシン酸が合わさり、濃厚な味の中に深い旨味を加えていた。
たんぱく質、脂質、糖質、メイラード、アミラーゼ、旨味、甘味……。
食を彩る様々な要素が口の中で弾けていた。
舌が喜んでいる。
食事は腹を満たすためだけにあるのではない。
それを再確認させられる思いだった。
満腹が近い。
食事の時間も終わりだ。
……いや、多少限界を超えてもいいか。
味の快楽を優先させ、箸を巡らせていくうち、食欲より苦しさが勝っていく。
「もう、食べられない」
結局、思わずそう口にしてしまうくらいに食べた。
しばらく動きたくない。
「乳首当てゲームしない?」
唐突に顔を出したリューから提案される。
「しないけど」
「なんで?」
「なんでじゃないが?」
さては酔ってるな、こいつ。
「グレイスも参加していいですか?」
グレイスも参加してくる。
なんでよ?
断る方向の話だったじゃん。
「なんだ? 乳首の位置を当てて、負けたら服を脱ぐのか?」
パンツ一丁で徘徊していた姉が参加してくる。
うわ、顔真っ赤。
こっちも酔ってる。
「脱ぐものがなくなったら負けだな? 負けないぞ!」
必敗では?
「シャル様」
え、ミラも参戦するの?
「リシュコールの遊撃部隊に場所を察知されたようです」
え、大事件。
「何で?」
「焼肉の煙で見つかったようです」
上を見ると、赤い空がうっすらとした煙の黒で汚れている。
「なるほどなぁ。どれくらいで戦いになる?」
「五分後です」
「短い……」
「見張りが酔ってしまって発見が遅れました。とりあえず、アルコールの入ってない人員を中心に迎撃準備します」
「わかった」
これは大ピンチなのではなかろうか?
「なんだ、敵か? 俺達が蹴散らしてやるぜ!」
「おー!」
リューの号令で、仲間達が握った拳を空に突き上げる。
その中には、ゼルダの姿があった。
「ゼルダは出ちゃダメでしょうよ」
その後、なんとかなった。




