九十一話 甘い考え
反乱軍はゼルダとの戦闘地域からさらに後退し、グレイスの部隊を待ち伏せする事になった。
戦法としてはゼルダの時と同じである。
ゼルダの部隊は敗走後、グレイスの部隊に吸収されたそうだ。
規模は増し、今は最大戦力となっている。
私達は部隊の進路上にある森へ、とりあえず身を潜める事になった。
とりあえずというのは、グレイスの部隊が森へ入る事を嫌う場合を想定しての事である。
しかしながらグレイスの部隊は、待ち伏せなど気にしないというふうに森の中へ進入した。
「ふむ」
グレイス部隊の動向を知り、ミラは小さく唸った。
何か考え込んでいる様子に見える。
「どうかした?」
「ゼルダ様の兵士を吸収したならば、こちらの戦法も把握しているはず。警戒をしているのか、足も遅い。しかし、森へ入る事は避けなかった。夜間に進入しなかっただけ、ゼルダ様より分別はあるように思えるが……」
「何か策を用意している?」
「私ならそうします。とはいえ、入り込んでくれたならばこちらも奇襲以外に選択肢はない」
「わかった。私は後退する。あとはお願い」
「お任せください」
言い置いて、私はグレイスの部隊から遠ざかるように移動した。
襲撃地点から十分に離れた場所で待機していると、遠く喧騒が聞こえ始める。
戦闘が発する激しい音が、距離を経てかすかに耳へ届いていた。
始まった。
胸中で確認するように呟く。
私にはこの音をじっと聞き続ける事しかできない。
手の届かない場所で起こる事には歯痒さを覚えるが、私の仲間達ならどうにかできるだろう。
むしろ、私がいない分だけ自由に動けるかもしれない。
そんな事を考えている時だった。
戦場のある方向から、戦いとは別の轟音が聞こえ始めた。
断続的に何かが破裂するような音だ。
何の音だろう?
不思議に思いながら目を凝らしてその方向を見ていると、こちらへ飛来する何かが目視できた。
あれは……人?
考えるのが早いか、轟音を上げて飛来する人影は私を抜き去った。
遅れてきた突風が頭を撫で、振り返って目で追う。
彼女は右手を突いて着地し、地面を滑りながら制動する。
そして……。
「お姉様! やっぱり!」
猛烈な勢いで飛来したその人物は、グレイスその人だった。
一応、顔の仮面を確認する。
ちゃんと着けてる。
何で、うちの姉妹達はすぐに私の事を認識できるんだろうなぁ。
マコトは誤魔化せたのに……。
……よく考えると誤魔化せたの、マコトだけだな。
マコトの目が節穴なだけか。
少しばかり現実逃避をしつつ、私は仮面を外した。
「ああ、お姉様!」
口元を両手で覆いながら、グレイスは涙を流す。
「どうしてここにいると?」
「だって、お姉様の匂いがしたから……」
匂い……。
「お姉様が近くにいたら、グレイスにはなんとなく場所がわかるから」
涙を拭いながら、グレイスは答える。
まさか、そんな特殊能力があろうとは……。
「生きていたならどうして、連絡を取ってくれなかったの?」
「それは私が、反乱軍の人間だからさ」
「……もしかしてお姉様の訃報もわざと流されていた?」
少し思案し、そこに考えが至ったらしい。
私の妹は察しがいい。
「ああ、その通りだ。それを知って、グレイスはどうする?」
ここにいるのは私とグレイスだけ。
反乱軍の仲間は近くにいない。
できれば、真っ当に戦って勝ちたかったが、こうなってしまってはなりふり構っていられない。
私が戦って強くなっても今後に影響しない。
何より、勝てないし。
だったら、懐柔する方向で働きかけようか。
ゼルダも言っていた通り、グレイスなら私の方についてくれるかもしれない。
「どうしてこんな事をなさったのですか?」
「私の目的のためさ」
聖具使いの強化を行いつつ、最終的には戦力を統合してバルドザードに当たりたい。
簡単にまとめると私の理屈はこうだ。
正直、そのまま伝えて納得してもらえるとは思えない。
ゼルダにも散々「回りくどい」と苦言を呈された事だしね。
だから、あえてあやふやなまま伝える。
「だから、こっちに来てくれないかな? グレイス。それだと助かるんだけど」
グレイスは考え込むようにうつむいた。
少しあり、躊躇いがちに答える。
「……ダメです」
小さく、それでもはっきりとグレイスは拒絶を示した。
「グレイスはお姉様が好きです。でも、グレイスは自分の好き嫌いで動ける立場じゃないから……」
私は妹を甘く見ていたようだ。
立派だよ、グレイス。
「それに、家族はみんな大事だから……。ママはすごく悲しんでるよ。その悲しみを消してあげたい。だからグレイスは、お姉様を連れ帰ります。例えお姉様に怒られても、それが正しい事だとグレイスは思うから」
申し訳なさそうに、グレイスは続ける。
「それでいいんだよ。グレイス。でも僕も、譲れない事はあるからさ」
ここにいるのは私とグレイスだけ。
そしてグレイスは、私に敵対の意思を見せた。
強い意思だ。
けれど私にも退けない理由がある。
分断するという目的はある意味果たせているのかもしれない。
ミラの言葉を考えれば、戦略的には勝っている。
ならあとはこの状況を生かせるかどうか、だ。
ああ、姉として格好つけてみたけれど、グレイスとは本当に戦いたくない。
妹を攻撃したくないという心情もあるが、実力差的な意味でもやりあいたくない。
でも、こうなった以上は避けられないだろう。
構えを取る。
同じように、グレイスも構えを取った。
堂に入っている。
グレイスがどのように戦場で過ごしていたのか、私には知る由もない。
足手まといにしかならない私では、隣にいてやる事もできなかった。
その私の知らない時間が、彼女に私の知らない差異を作っている。
剣を佩いているが、それを使うつもりはないようだった。
彼女の纏う煌びやかな聖具の鎧は、夜の闇の中でも不思議な輝きを見せていた。
もしかしたら、グレイスは本気で戦えないかもしれない。
そんな甘い考えが浮かぶ。
グレイスは火、電気、浮遊、三つの属性変換を使える。
しかし私の貧弱さも知っていて、何より私を傷つけたいと思わないはずだ。
使うにしても浮遊だけ。
それでも厄介だが、素手同士ならまだ勝機はあるかもしれない。
それ以外に、ここを切り抜ける方法はない。
グレイスの身体が動いた。
軽やかな一歩、しかしその一歩の距離は長い。
浮遊を活用した歩法だろう。
私へ向けて伸ばされたのは手の平だ。
拳ではない。
打撃は避ける、か。
やはり、加減をするつもりはあるようだ。
浮遊する相手に、重心を崩す技は効果がない。
極めるなら首。
それも腕力の差で覆せないほど深く極める必要がある。
そして意識を落とす。
チャンスがあるとすれば初動。
私への侮りがある内に、形勢を決定的なものにしてしまいたい。
私を掴もうと突き出されたグレイスの手。
その手首を逆に強く掴み、前へ出る。
懐奥深くへ潜り込むように、捨て身ともとれる前進を行った。
が、それは中断される。
手首を掴んだ手に、ピリッと刺激が返ってきた。
それも皮膚を傷つけるような表面的なものではない。
身体の中を駆け巡るような流れだ。
電流……!?
咄嗟に手を放すが、逆に手首を掴み返された。
強い電流が手首を通して全身を巡る。
「……っ」
筋肉が引きつり、全身が痛みを伴う痙攣に襲われていた。
自由に動かず、強張った手は自然と握り締められる。
グレイスの発する電流が止まる。
実際の時間はそれほど長くないだろう。
しかし、緊張を強いられた全身は驚くほど重かった。
「許して、お姉様。でも、これなら傷つけずに動けなくできると思ったから」
私の考えはやっぱり甘かったんだな。
グレイスの言葉にそんな事を思う。
言う事を聞かない身体は、重力に逆らえず傾いでいく。
崩れる身体をグレイスに抱きとめられた。
「帰りましょう、お姉様」
諭すように、グレイスは告げる。
それはダメだ。
私にはまだ、やらなくちゃならない事がある。
そう答えようにも、声は出ない。
身体も動かない。
グレイスの成すがままだ。
焦りだけが募っていく。
その間に、グレイスは私を抱きあげる。
そのまま歩み始めようとして……。
不意に、立ち止まった。
かと思えば、激しい音が響き、私の身体は強い衝撃を受ける。
身体を勢い良く振り回され、揺れていた視界がめまぐるしく回る世界を映した。
地面に転がされたのか、背中に衝撃が走る。
何が起こっているのかわからない混乱の最中。
「無事だな。それもそうか。姉妹だものな」
そう言う声がかけられた。
これは、マコトのものだ。
ぶれる視界が少し収まり、見やるとマコトの背中が見えた。
彼女の視線は、対峙するグレイスへ向けられている。
「誰、ですか?」
「マコト。お前の姉の友達だ」
今回の更新はここまでです。
次は月末になります。




