八十九話 姉妹の語らい
私達がゼルダに追われて戦場を離れていた頃、ミラはその事実にいち早く気付き、指揮官不在による指揮の乱れを衝いてリシュコールの部隊を攻めたそうだ。
リシュコールの部隊は敗走した。
ゼルダの安否を気にして粘ってはいたが、結局は退いたのだという。
「私達が負ける心配はしなかったのかぁ?」
「叩きやすい方から叩いた方が良いのですよ。ロッティ様が負けても、多少の手傷は負わせていたでしょう」
「算段は立てていたわけだ。うちの軍師は頼もしいなぁ」
小さく笑い、私は隣のミラから視線を前に戻した。
見下ろした先、そこには椅子に拘束されるゼルダの姿があった。
恨みがましくも見える視線が、こちらに向けられている。
何か言いたげではあるが、咬まされた猿轡に阻まれて何も言えないようだった。
「席を外しましょうか?」
「うん。お願い」
虜囚用に急遽設置された天幕から、ミラは出て行く。
そこは私とゼルダだけになった。
彼女の猿轡を外す。
「何か言いたい事は?」
「……いくらでも湧いて出る」
「だろうね。でもまぁ、ある程度絞ってほしいかな」
「お前は何がしたいんだ?」
「復讐」
私は素直に答えた。
言葉を選ばず、自然と出た言葉だ。
「誰に? ママに、なんて言わないだろうな?」
「もちろん。パパを殺した相手に決まっている」
強張っていたゼルダの表情が、少しだけ和らいだ。
話を聞いてもいいと、思ってもらえたかな。
「その気持ちは私も同じだ。だが、何故リシュコールに反旗をひるがえす事が復讐になるというんだ?」
「必要な事だからだよ」
どこまで話すのか、少しだけ迷う。
「僕のやりたい事には、聖具使いの力が必要だ。全員を集め、それでいて鍛え上げるにはこの方法が一番いいと判断した」
「だったら、反乱なんか起こさずにリュー達を軍に編入させればよかっただろう」
それも真っ当な手段なのだけどね。
ただ、それだと予定が狂うかもしれなかった。
一番重要な事柄は、一番の不確定要素でもあった。
その不確定が実現できる方法として、一番可能性が高かったのが今の状況だ。
「軍で鍛えても、リューは君に勝てなかったさ」
「……かもしれないな」
「僕とママの目的は多分一緒だ。手段が違うだけで」
「その手段が問題だと思うが」
ゼルダは小さく溜息を吐いた。
「私としては、妹の味方をしてやりたい所だがな。私はお前の姉という立場だけで生きているわけじゃない」
「わかるよ。ゼルダはリシュコールの人間で、多くの兵を率いる将で、ママの娘だ」
私に味方するという事は、私以外の全員を裏切るという事でもある。
「死傷者の数を極力減らそうとしているのは、今までの損害からわかっている。だが、それでもゼロじゃない。リシュコールの仲間達に、矛を向けるつもりはない」
「協力してほしいわけじゃない。裏切り者は私だけで十分だ」
ゼルダが反乱軍に協力するような事になれば、彼女の今まで積み上げてきた信頼も崩れる事だろう。
私は家族を苦しめたいわけじゃない。
「いいだろう。ここにいる以上、余計な手間は取らせないさ。おとなしくしている。私にできるのはそれくらいだ」
十分だ。
それでも、姉妹として私に十分譲歩してくれたのがわかる。
「お前とはパパが死んだ日から、あまり一緒に過ごす時間も取れなかった。その分、わがままを聞いてやるのも姉としての務めかもしれない」
「おや、お姉ちゃん面するねぇ」
「茶化すんじゃない」
私達は小さく笑いあった。
「ただ、一つ聞いておきたい。リシュコール軍を破って、それからどうするつもりなんだ?」
「どう転ぶかはわからないけれど、ある程度の権力はほしいかな」
反乱軍人員を軍へ編入するための権利。
各領の統治へ介入するための権利。
主にその二つが必要だ。
「皇帝になるつもりか?」
「そのつもりはないけど。……リューでも皇帝に据えるかぁ?」
「やめてくれ」
露骨に嫌がるゼルダを見て、私は小さく笑う。
リーダーの資質はあるから悪くないんだけどね。
「まぁ簡単に言ってしまえば、私の今の目的は聖具使いを鍛えつつ、最終的にはリシュコールと反乱軍の戦力を統合する事なんだ」
「回りくどい」
ゲームの経緯を知らないとわけわからんわな。
「その目的に合致するなら、誰が王様でもいいのさ。権力だけ拝借できればいい」
「それも回りくどい。最高権力なら、全て手に入るだろう。……お前は、皇帝に向いていると思うがな」
「やめてよ」
私は思わず溜息を吐いて答えた。
「全部終わったら、私はどこかで隠居してゆっくり休みたいんだ」
どうにも、身内と会話してると本心がぽろっと漏れてしまう。
「そのためにも、バルドザードと戦う時には協力してね」
「ああ。それなら協力しよう」
「ありがとう」
今回の更新はここまでです。
次は月末に投稿予定です。




