八十一話 ケジメ
ゲームのシナリオ。
その流れについて、少しおさらいしておこう。
まず事の発端として、ターセムの村が燃える。
燃やしたのは私である。
結果、リュー達の怒りも燃え上がり、私はぶち殺されるわけだ。
王女を殺した事で追っ手がかかると村人に言われた三人は、王城のある東から遠ざかるように西へ逃げる事となった。
その先がベック領であり、そこで領兵と戦う事となって撃破。
さらに西へ向かい、ルマルリへ入る。
つまり、ルマルリはかなり序盤で攻略するステージというわけだ。
で、そのさらに前で戦うベック領は、チュートリアルに毛が生えた程度の難易度である。
強いはずが無い。
クラド、ルマルリの攻略を果たした私達は合流の後、そのベック領へ足を踏み入れたわけであるが……。
まぁ予想通りと言えるだろうか。
かなり順調にベック領の攻略を進めていた。
蹴散らす、という表現が妥当だと思えるほどに、ベック領の兵士は弱かった。
ルマルリと違って領兵は好戦的だが、威勢に実力が伴っていない。
「このままのペースで行けば、三日程度で済みそうですね」
ミラが攻略までにかかる大方の日数を計算する。
三日、か……。
ゼリアのバルドザード攻勢には間に合うな。
手間取れば、さらに次の時期まで待とうと思ったがその必要はないらしい。
余裕が無いとも言えるが。
ディナールへ反乱軍が到達すれば、事態は大きく動く事になるだろう。
多分、動くはずだ。
そうなれば、もう止まる事はなくなる。
休む暇もなくなるだろう。
「今のうちに、ケジメはつけておかないとな」
ミラの目算は狂い、ベック領は二日後に攻略を完了した。
反乱軍の部隊は三分割され、各々領主街を目指していた。
ターセムの三人とスノウの部隊。
マコトとヨシカの部隊。
私とミラ、クローディア、ボラーの部隊。
その三つだ。
中央を行くのはマコトとヨシカの部隊だ。
基本的な指揮はヨシカが執っているのだろうが、この部隊は機動力と突破力が抜きん出ていた。
それを見越しての中央布陣であり、人員を少なくしているのもある程度進行速度を遅らせる狙いがあるらしかった。
正直に言えば、殺し合いの場で戦力不足を強いるやり方は危険なのではないかと思える。
しかし、この程度の相手ならばその考えでも構わないというのがミラの判断であった。
その思惑が効果を発揮しているかは疑問である。
何せ、彼女らの進行速度はその最中も十分に速かった。
中央部隊は恐るべき速さで進軍し、領主の身柄を確保した。
領主の住まいが城ではなく館であった事もあり、比較的容易に勝利できたそうだ。
結果として一部隊単独で領主街を落とした判断は正解だったのだが、当初の目的として全部隊の合流を想定、周知していたミラは苛立ちを隠せない様子だった。
結果オーライだよ、と彼女をなだめつつ私も領主街へ入った。
リュー達の部隊はすでに着いているようだ。
「もう一本だ! マコト」
「よし、来い」
領主の処遇についてミラと軽く話し合い、館を出ると庭でリューとマコトが模擬戦をしていた。
戦が終わってすぐに元気な事だ。
二人が手合わせする場面は、平時ではよくよく見る光景である。
気が合って誘いやすいのか、リューは彼女によく声をかけていた。
しかし、その内容は私が知る物と違って見えた。
二人の模擬戦は普段、互いにぶつかり合う力比べの様相を呈していた。
今の様子はいささか妙だ。
二人の間に距離がある。
今までの上段構えとは違う中段構えのマコト。
表情に戦いへ赴く熱は感じられず、冷ややかですらあった。
対してリューは構えこそ同じだが、その表情には戸惑いを感じる。
何と言えばいいのか……。
やりにくそうに思える。
現状を嫌ったのか、リューが強引にも思える突撃。
大振りではなく、石突による刺突だ。
刃を叩き合わせる二人の戦いではあまり見ない技だ。
実際に、マコトが合わせたのはけん制するような軽い横薙ぎ。
狙いはリューの持ち手だ。
それに気付いたリューは避けようと体勢をわずかに崩す。
マコトの剣閃は空を切るが、すぐさま次の攻撃へ移行した。
一度引き、わずかに溜め作ってからの突きがリューの額を狙う。
リューは戦斧の刀身でそれを防ぐが、そこから真下へ落とされた大剣の一撃が柄を叩き落した。
リューは思わず石突を地面へ刺し、杖のようにして転倒を防ぐ。
が、そこへ満を持して本命の上段斬り下ろしが降り注ぐ。
マコトが得意とする必殺の一撃だ。
リューの肩口へ深く、一撃が叩き込まれた。
胸からわき腹へ袈裟になぞったそれに、火花が散って付随する。
「がああぁっ!」
一撃の間際、マコトがみねに刃を傾かせたのは見えた。
それでも、力の篭る一撃は痛烈なものだったのだろう。
ともあれ、決着である。
それは自他共に明らかな事実だ。
マコトはリューに歩み寄り、手を差し出す。
リューもその手を迷わず掴んだ。
「お前、めちゃくちゃ強くなってねぇか? さっきから全然勝てないんだけど」
「そうかな?」
マコトは嬉しそうに表情をほころばせながらも、態度は落ち着いているように見えた。
そして、リューの言うように強くなっているように思えた。
そもそも戦い方が違う。
今までは一番強い一撃を初手に出していたが。
この戦いでは、一番強い一撃を確実に当てるため、下準備をするような。
退路を無くし、王手をかけるかのような。
これまでの彼女がしなかった戦い方だ。
明らかに、強くなっている。
そして、そんな彼女の成長を目の当たりにし、得意げな様子のヨシカ。
仮面越しでももう喜びがオーラとして滲み出ている。
対して、同じく観覧していたスノウは少し不機嫌そうだ。
彼女が強くなっている事、嬉しくはあるがタイミングがよくない。
「おう、シャル。お前も着いたのか」
私に気付いたリューが声をかけてくる。
「今しがたね」
「じゃあ、今日は戦勝祝いだな」
「うん。夜にでも」
答えながら、私はマコトへ近づいていった。
「マコト」
声をかける。
視線がこちらに向く。
「少し話がある。ホウコウ。あなたも来てほしい」
二人を伴って訪れたのは街から離れた場所にある草原だった。
立ち止まり振り返る。
「話ってなんだ?」
マコトに問いかけられる。
「私達はディナール領へ入ろうとしている。ここでは戦いが起こらないだろう」
「何で?」
何を言おうと察したのか、ヨシカは黙ったままだ。
「僕が……ディナールの領主だからさ」
言いながら、私は仮面をはずして見せた。
マコトは私の素顔……ロッティの顔を見て、わずかに目を見開いた。
とほぼ同時に、一歩迫り、大剣を振り抜いた。
あぶなっ!
私は軌道を見切って避け、二撃目が来ないよう距離を取った。
怒った彼女に斬りかかれる事は想定していたので警戒はしていた。
まさか問答もなくノータイムでやられると思わなかったが。
「怒らせたかな?」
「怒ってはいないさ」
答えるマコトの声色は、事実落ち着いたものだ。
しかし、剣を納めるつもりはないようだった。
戦いに備え、構えを取る。
「クラドでの戦いで、俺は気付いたんだ。戦いは頭で考えてやるものじゃないって……。戦い方は、身体が知っている。考えはむしろ邪魔なんだ。迷いを生むし、隙を作る。だから、考えるのは後回し。今斬りかかったのは、あんたの正体を知ってそうしたいと思ったからさ」
……それは内心、メタクソ怒っているという事では?
「何故そうしたかは後で考える」
「それで強くなれたのなら喜ばしいが、個人的には前の方が可愛げあって好みだよ」
正直、戦いたくないので懐柔策を試みる。
「ありがとう」
表情を変えないまま、ほんのりと頬を染めるマコト。
ほらほら、そのまま私への好意で絆されてくれてもいいんだよ?
何も考えず、私にメロメロになっちゃえー。
「私としては、戦うために呼び出したわけじゃない。これにも事情がある。だから、話を聞いてほしい。お願いだよ」
極力柔和に、私は言葉を紡いだ。
笑顔も添えておく。
その言葉を受け、マコトは一度目を閉じた。
けれどすぐに目を開いて答える。
「……後で聞く。後で考える!」
ダメかー。
マコト、前よりちょっと馬鹿になってない?
さては理性的に見えて、今の方が全然理性的じゃないな?
ヨシカ、「それでいい」みたいな感じで頷いてないで止めてほしい。
同席してもらったのは後方師匠面してもらうためじゃないんだよ?
しかし私のそんな気持ちを知ってか知らずか、ヨシカは静観を決め込んでいる。
本格的に顛末を見守るつもりのようだ。
溜息が漏れる。
私は右手を押し出すように伸ばした。
前もって待機してもらっていたクローディアに対する合図だ。
この感じだと、まともにやり合わないと取り合ってもらえない気がする。
彼女は私を見極めようとしている。
もしくは、自分の気持ちにケジメをつけようとしている。
なら、納得できるように正々堂々と戦わなくちゃならない。
……スペックを思えばまったく正々堂々じゃねぇよ、ちくしょう。
この脳筋め。
「仕方ないなぁ……」
マコトに対し、私は構えを取った。




