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閑話 枢機卿と修道女見習い7

「……んじゃ、この辺でな」


 ラウルはそう言って立ち止まった。

 今リンとラウルが立っているのは街の路地と大通りの境だ。

 ここまで来れば土地勘のないリンにも自分の位置が十分に分かる。

 水晶宮がはっきりと道の先に見えていて、目指して歩けば確実に辿り着ける。


「……ありがと。なんだか、強引に連れていかれたけど、楽しかったわ」


「そうか? なら良かったぜ。俺も色々と話を聞けて良かった。あんたの友達にもそのうち会いたいな」


 ラウルたちのアジトで話したのは、主にリンが修道女になるまで、そしてなったあとの色々だ。

 その中にはライラのことも含まれる。

 ただ、彼女が《魔法使い》であることはもちろん話していない。

 そうではなく、最も最近できた友達の一人として話したのだ。

 心美しく、清廉な魅力をもった、少し不思議な友達として。

 ラウルはそんなライラに、興味を持ったらしい。

 とは言え……。


「あの子はルルラ修道院の子だから。中々それは難しいと思うけど……」


「ルルラ修道院か……遠いな。とは言え、世界は狭いもんだ。どこで会えるかは分からないぜ」


 前向きすぎるラウルの言葉にリンは噴き出す。

 しかし、間違ってはいない。

 リンだって、不思議な巡り合わせでアーレム聖国などに来たことによって、ラウルと知り合うことになったのだ。

 ライラにやラウルに同じようなことが起こらないとは限らない。


「……そうだと面白いわね。私もまたいつかここに来たいわ。そのときは……ちょっと寄らせてもらってもいい?」


 また会いたい。

 そう思うくらいにはリンはラウルたちと仲良くなったつもりだった。

 これにラウルは、


「おぉ、もちろん構わないぜ」


 と頷いたのでリンは安心する。

 それから、


「良かった。でも、次いつ会えるのかは分からないけどね……」


 と不安を口にしたが、これにラウルは、


「……意外とすぐかもしれないぜ」


 と言ったので、リンは首を傾げて、


「え?」


 と振り返る

 するとそこにはもう、ラウルの姿はなく、ただ路地の奥から声だけが響く。


「じゃあ、またな! リン!」


 リンはそれに、


「うん、またね!」


 そう言葉を返し、それから自分のいるべき場所へと歩き始める。

 水晶宮、教会の本拠地へと。


 ◆◇◆◇◆


「……リン。大分汚れましたね」


 水晶宮、その中で滞在場所として与えられた部屋に入ると、そこにはすでにアルトラスが戻っていた。

 彼はリンが帰って来たことに気づくと、彼女の方に目を向け、それから身に纏っている服に次に目をやって、そう言ったのだ。

 実際、リンの服は大分汚れていた。

 本来、純白であったはずのその正装は路地裏を汚れなど気にせずに走り回り、また襤褸家に腰かけたりした影響で煤けている。

 流石に破れなどはないのだが、このまま洗わずに正装として利用できるとは思えない。

 

「も、申し訳ないです……アルトラス様」


「いえ……しかし街を少し歩いたくらいでそこまで汚れないのでは? 何かありましたか?」


 その言葉には怒りなどはなく、穏やかな口調で述べられたことから、リンはアルトラスが純粋に彼女のことを心配して尋ねていることを理解する。

 実際、アルトラスが怒っているところなどほとんど見たことがなく、修道院の聖具を年若い修道士見習いが誤って壊してしまった時ですらも激昂することはなかった。

 そのときはその修道士見習いと共に壊れてしまった聖具の欠片を拾い集め、一緒に丁寧に修復をしていたことを覚えている。

 いつでもアルトラスは穏やかで、優しい。


「その……街を歩いていた時に、少し道に迷って……路地に入り込んでしまったのです。その際に、アルトラス様からお預かりしたお金を盗まれて……」」


「なんと、そんなことに巻き込まれたのですか……。リン、怪我はなかったですか?」


 あれだけの大金が入った財布が盗まれた話をして、財布の事には触れず、まずリンの体のことを聞く辺りに、アルトラスの人格が現れている。

 これにリンは、


「私は全然……お財布も無事です。結局使うことはありませんでしたから、お返しします」


 そう言って財布をアルトラスの手に乗せる。

 しかしアルトラスはそれをリンの方に突き返して、


「リン。これは貴方に差し上げたものですから、私に返さずとも構わないのですよ。いつかのために貯めておきなさい」


 そう言った。


「でも……」


「もしものときのためにも、です。これからの会合も話の進みようによっては……ん?」


 そこで、アルトラスが手に持った革袋の何かに気づき、首を傾げた。

 革袋を開き、中から一枚のコインを取る。


「……これは」


 リンもそれを見たが、しかしそのコインは見たことのないものだった。

 いくつかの国が発行している貨幣をリンは一応見たことがあるし、覚えているが、今アルトラスが持つコインはいずれとも異なる特徴を持っていた。

 銀貨のようであるが、銀貨よりもずっと白い輝きを持っている。

 描かれている文様はどこかで見たことがあるように思えるが、思い出せない。

 けれど、アルトラスにはそれが何か分かったらしい。


「リン。これだけは私に預からせてもらっても?」

 

 そう尋ねてきたので、リンは頷く。


「は、はい。もちろん構いませんが……」


 リンとしては財布ごと持って行ってもらって構わないのだが、財布の方はやはり、アルトラスはリンに帰してきた。

 どうやら否やはないらしい、と諦める。

 

「アルトラス様……そのコインは一体……?」


「気になりますか?」


「それは……もちろん」


 アルトラスが驚いている、ということはもとから入っていたものではないということだ。

 価値があるものなのかどうかは分からないが、それを理由にアルトラスが気にしているわけでももちろんないだろう。

 何か意味があるものなのだろうが、それがリンには分からない。

 アルトラスは、


「まぁ、そうでしょうね……これは教会の……」


 と、言いかけたところで、


 ――コンコン。


 と部屋の扉が叩かれる。

 そして、


「失礼いたします。アルトラス枢機卿猊下」


「はい、何か御用ですか?」


「いえ、届け物がございまして……」


「届け物?」


「はい。ご従者の方の正装を」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話を読んでいて、とってもワクワクドキドキしました。 このお話の続きはお書きにならないのでしょうか? 公爵夫人のお話から、こちらのお話が面白そうと一気読みしてしまいました。 このお話の…
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