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Order:79

 時刻はちょうど23時。

 あと1時間で日付が変わってしまう。

 この長い長い1日が終わる。

 そしてまた新しい日が始まるのだ。

 明日の今頃は、何をしているだろうか。

 暖かいベッドでアオイと一緒に眠っているのだろうか?

 そんな事をぼんやりと考えながら、俺は指揮車両側面のステップに腰掛け、真っ暗な夜空を見上げていた。

 先程からまたハラハラと雪が舞っている。夜が更けるにつれて気温はどんどん下がっていた。

 寒い……。

 俺の息が白くなって夜空に吸い込まれて行く。頬と鼻の頭がキンと冷たくなってしまっていた。

 こんな雪の舞う夜は、普段なら人気もなくシンと静まり返ってしまう筈だ。

 しかし現在、このルヘルム宮殿前の広場にはピリピリと緊迫した空気が満ち、深夜とは思えない騒然とした状況が広がっていた。

 俺の周囲では、パトカーのサイレンやヘリのエンジン音、走り回る軍警隊員たちの足音が休みなく響き渡っていた。

 行き交う人は皆、一様に険しい表情を浮かべている。

 ここにいるその誰もが、現在も進行中である魔術テロに対応するために懸命に走り回っているのだ。

 魔術テロとの戦いが続く夜。

 安心して眠る事の出来ない夜。

 それは、この簡易駐屯地と化したルヘルム宮殿だけの事ではない。

 オーリウェルの街全てが、今や自爆術式陣の恐怖に晒されている。

 この事態を終息させるために、この魔術テロを止めるために、俺は待っていた。

 走り出したくなるのをこらえて、じっと待っていた。

 俺の姉アオイが、魔術テロの首謀者であるジーク先生の居場所を突き止めるのを。

 アオイは、ミルバーグ隊長や軍警オーリウェル支部の研究課と協力し魔素感知のデータを解析。遠隔起爆された自爆術式陣の操作元を特定しようとしていた。

 俺もアオイを手伝うべくそのデータを見てみたが、全く理解出来なかった。

 残念ながら……。

 軍警では戦闘部隊、魔術が使えるといっても防御術式のみの俺にとっては、専門的な魔術の解析は難しすぎたのだ。

 しかしそれでも何か他に手伝える事がある筈。

 そう思ってアオイの周りをウロウロしていた俺だったが、最後にはミルバーグ隊長に外で待つようにと言われてしまった。

 アオイは傍に居てくれと言っていたけど……。

 ……落ち込んでいてもしょうがないので、俺は俺の準備をしておく事にした。

 兵担部で弾薬を補給する。俺は正規の作戦人員ではなかったが、問題はなかった。ミルバーグ隊長が根回ししてくれたらしい。

 他にもライトや無線機、各種防具などの装備を点検しておく。さらに、チョコバーと苦いコーヒーで簡単な食事を取って、エネルギー補給も済ませておいた。

 これで俺の戦闘準備が整った。

 これでいつでも出撃することが出来る。

 ジーク先生との決戦に向けて。

 後は待つだけだった。

 ジーク先生の居場所を、アオイが突き止めてくれるのを。

 指揮車両のタラップにお尻を乗せた俺は、俯き、自分のスカートから伸びた足をじっと見つめる。

 ジーク先生との決戦、か。

 思い返せば、色々な事があったなと思う。

 ウィルバートだった頃の俺からすれば、まさかこんな短いひらひらスカートを穿いてライフルを手にしているなんて状況、きっと想像も出来なかったに違いない。

 俺は1人でふふっと小さく笑ってしまった。

 今の俺は、そのスカートに拒否感を感じていない。自分でも良く馴染んだものだなと思う。

 むしろ今では、この聖フィーナの制服が妙にしっくり来ている気がしているのだ。

 ……それに。

 俺に新しい姉が出来たなんて、今でも改めて考えてみれば、びっくりする様な出来事だった。

 美人でしっかりものの姉がいて、毎日一緒に並んで学校に通うなんて、まるで俺が俺でなくなってしまったみたいだ。

 そう、魔術師への復讐を考えていただけのウィルバートとは、まったく別の人生……。

 ふっ。

 俺は胸の下で自分を抱き締める様に腕を組ながら笑った。

 この魔術テロを終わらせ、ジーク先生を捕らえる事が出きれば、またそんな日々が戻って来るのだ。

 それも悪くないと思う。

 うん。

 それも……。

 俺はスッと笑みを消して、簡易駐屯地の外に広がる夜闇を睨み付けた。

 まずはジーク先生を捕らえる。

 今はその事に全力を尽くさなければならない。

 俺は長靴下に包まれた脚をクロスさせ、首だけを捻って背後の指揮車両を見た。

 ジーク先生の居場所の特定、まだかな。

「ウィルちゃん!」

 そこへ俺の名を呼ぶ声と近付いて来る足音が聞こえて来た。

 髪を振ってそちらを見ると、黒尽くめの戦闘装備にヘルメットを脇に抱えたブフナー分隊長が駆けて来るところだった。

「お疲れ様です」

 俺は指揮車両のタラップからお尻を離し、脇に立て掛けてあったライフルを手に取った。

「ウィルちゃんも作戦に参加するのか?」

 俺の前に立ったブフナー分隊長が爽やかに微笑んだ。

「ブフナー隊長はミルバーグ隊長のところですか?」

「ああ、俺の隊に召集が掛かった」

 ブフナー分隊長は指揮車両の扉に向かう。俺もライフルを抱えながらその後を小走りについて行く。

 このタイミングでブフナー分隊長が呼ばれたという事は……。

「騎士団の拠点に対する強襲ですね」

 俺はブフナー分隊長を見上げた。

「もちろん俺も行きます」

 俺は力を込めてコクリと頷いた。

「ウィルちゃんがいてくれるのは嬉しいが」

 ブフナー分隊長が俺を一瞥した。

「無理はしなくていいぞ。恐らく今度は激しい戦闘になる」

 俺は思わずむっと眉をひそめた。

 状況が良くないのは毎度の事だ。何を今更、だ。

「ウィルちゃんがもともとうちの隊員だってのは百も承知だけど、やっぱり君みたいな女の子が戦うのは良くないと思うんだ」

 ブフナー分隊長の視線が下がる。俺のスカートと脚を見ているみたいだ。

 む。

 女の子とか……。

「ブフナー隊長。俺も軍警の隊員ですから」

 俺はむうと唇を尖らせ、上目遣いにブフナー分隊長を睨んだ。

 ブフナー分隊長は、ははっと軽く笑った。

「でもさ、グラムの奴も敵討ちなんか望んでいないだろ」

 微笑みながらブフナー分隊長が軽くそんな事を口にする。

 ……グラム分隊長。

 あの廃工場での戦いで、最初の自爆術式陣の餌食となったのは、グラム分隊長以下俺の分隊の仲間たちだ。

 みんな……。

 俺は少しだけ目を伏せる。

 しかし、直ぐにパッと顔を上げた俺は、ブフナー分隊長を見て微笑んだ。

「グラム分隊長だったら、女子だろうが子供だろうがお尻を蹴飛ばして命令しますよ。人の悪そうな笑みを浮かべて。容赦ないから」

 俺の台詞に、ブフナー分隊長が一瞬だけ驚いたような顔をした。しかし直ぐにニヤリと笑った。

「グラムだったら、多分そうだな」

 ブフナー分隊長は前を向き、また俺をちらりと見た。

「女の子にこんな事を頼むのは男として恥ずかしい話だが……」

 ブフナー分隊長はもう笑っていなかった。

「ウィルちゃんは、戦力として期待させてもらう。よろしくな」

「……はい!」

 俺はブフナー分隊長の目を真っ直ぐに見ながらコクリと頷いた。

 力を込めて。

 その時、ガラガラと指揮車の扉が開いた。中から長い黒髪をポニーテールにしたアオイが、ひょこりと顔を出した。

「ウィル。そんなところにいたら寒いだろう。中へ」

「うん」

 俺はたたたっと駆けて指揮車両に飛び乗った。後ろからブフナー分隊長もついて来る。

 照明の抑えられた車両内でモニターに向かっていたミルバーグ隊長が振り返った。そして俺とブフナー分隊長を見る。

「敵拠点が判明した」

 ボソリと告げるミルバーグ隊長。

 ドキリと胸が高鳴る。

 俺は自然と背筋を伸ばして、ミルバーグ隊長の次の言葉を待った。

 ミルバーグ隊長が僅かに目を細め、親指を立ててモニターに映し出された複雑な構造体の図面を指差した。

「ルーベル川河畔の地下調整貯水路。その最奥部が、自爆術式陣を操る魔素の発信源だ。我々は1時間後、この敵拠点を強襲する。決着をつけるぞ。気合を入れろ」



『CPよりΩ、Ε、Λ各隊。聞こえるか』

『感度良好』

『問題なし』

 ヘッドセットからΩとΕ各分隊長の声が聞こえる。

 俺は少し緊張しながら、「Λ分隊、大丈夫です」と応答した。

『これより敵拠点制圧作戦を開始する。ブリーフィングの通り、ルーベル川調整貯水路に対し、2つの地点より突入を試みる』

 俺はヘッドセットを押さえてミルバーグ隊長からの指示を聞きながら、周囲の仲間たちをそっと見回した。

 俺たちは今、ルヘルム宮殿のすぐ近く、ルーベル川河畔に作られた立坑入り口前で突入の指示を待っていた。

 この辺りは、最初に自爆術式陣が起動した河岸工場地区に続く一帯だ。オーリウェル市や民間の港湾施設などが川沿いに長く続いている場所の一部で、普段は立ち入り禁止になっているエリアだった。

 そのエリアの片隅、いくつかのゲートで塞がれた向こうに立つコンクリート製の小ぢんまりとした建屋が、ルーベル川に沿う様にして地下に建造された調整貯水路に続く入り口の1つだった。

 重々しく閉ざされた扉とそれを弱々しく照らし出す明かり。

 その下に集まっているのは、俺とアオイだけではない。

 闇の中で息をひそめる集団は、ブフナー分隊長以下完全武装のΩ分隊の隊員たちだ。全身を覆う黒尽くめの装備から、ギラリと光る目だけが覗いていた。

 俺にとってΩ分隊のみんなは、全員知っている顔ばかりだった。もちろんその中にはロラックの姿もあった。

 しかし、気さくで陽気で、いつもお菓子をくれる気の良い隊員たちの姿は、今はない。ただ高度に訓練され、魔術師を殲滅する為に機能する兵士たちが、じっとその命令を待っているのだ。

 俺と目が合い、そっと頷いたロラックも、先ほど話した時とはまるで雰囲気が違っていた。

 そのΩ分隊に追随するのはΛ分隊。

 俺とアオイだけの隊だ。

『ゼロタイムと同時に、市内全域で確認している自爆術式陣のポイントに対し、同時攻撃を仕掛ける。それを陽動として各隊は地下調整貯水路へ突入。各術式陣へ魔素を供給する魔術師を制圧。またはそのシステムを破壊しろ。さらには、今回のテロの首謀者と目されるジークハルト・フォン・ファーレンクロイツの逮捕、無力化を目指す。これが本作戦の目標である』

 俺はライフルを握る手にぎゅっと力を込めた。

『敵騎士団が設定したタイムリミットは本朝夜明けだ。実質的にこの突入が最後のチャンスとなるだろう。後はないぞ。確実に敵を制圧しろ』

 ガチャリと、Ω分隊の誰かがライフルのチャージングハンドルを引く音が響いた。

『騎士団は、ここに至るまで魔術師を温存している。この敵拠点には、これまで確認されている狂化兵に加えて相当数の魔術師戦力が存在するものと思われる。各員、十分に注意せよ』

 俺は、ブリーフィングで示されたルーベル川の地下調整貯水路の構図を思い出す。

 地下調整貯水路とは、オーリウェルの地下に作られた巨大な貯水用の施設だ。水量豊かなルーベル川の水を利用するために、各用水路への入水管制や浄水施設への取水管理を行っている場所である。夏場や乾期の水不足に備え、川水を大量貯水するための場所でもあり、同時に河辺に広がるオーリウェルの街を守るために増水した水を一時貯水し、近隣に逃がす役割も担っていた。

 現在、3本ある細長い地下貯水施設のうち2本には水が貯められているが、残りの1本は空の状態だった。ジーク先生たち騎士団は、その貯水路を拠点にしているというのが、アオイの分析の結果だった。

『Ε隊は第3貯水路までの経路を制圧しろ。Ω隊並びにΛ隊は自爆術式陣の遠隔操作拠点を捜索しつつ調整貯水路の中央制御室の制圧にあたれ』

 ブフナー分隊長が鋭い目でこちらを見る。

 俺はコクリと頷き返した。

『施設内には、直接的な戦力に加え、自爆術式陣を含めた様々な罠が仕掛けられていると思われる。総員、突発的な事態の変化に留意せよ』

 ミルバーグ隊長は、そこで一旦言葉を切った。

『この自爆術式陣によるテロに最初に対したのは、我々オーリウェル支部だ。そして今、我々のオーリウェルの街が、その炎に焼かれようとしている。総員、聞け。オーリウェルを守れるのはお前たちしかいない。犠牲になった多くの仲間たち。多くの罪のない市民の無念をを晴らせ。オーリウェルから始まったこの戦い、俺たちの手で決着させるぞ。全隊員の奮起奮戦に期待する。以上だ』

 俺はぎゅと目を瞑った。

 そして胸一杯に大きく息を吸い込んだ。

『Ε隊、了解』

『Ω分隊、やってやりますよ』

 各分隊長が声を上げる。

「Λ分隊、いつでも行けます!」

 俺はキッと目を見開き、ヘッドセットに向かって宣言した。

『CP了解。……時間だ。全隊突入せよ! 繰り返す、全隊突入! 続いてオーリウェルに展開中の各隊へ達する! 攻勢に出るぞ、反撃だっ!』

 無線を通してミルバーグ隊長の声が響く。

 同時に周囲の隊員たちが動き出した。

 地下調整貯水路に向かう立坑扉の前に進み出た隊員が、背中からワイヤーカッターを取り出して扉前の金網に巡らされた鎖を断ち切った。別の隊員がすかさず扉に取り付き、電子錠を解除しに掛かった。予め調整貯水路を管理する市役所から入手したパスコードを入力し、ロックを解除する。

 軽い音を立てて扉が開いた。

「突入! 行け、行け!」

 先頭の隊員が立坑内に突入する。

 扉の先には、地の底へと続く広い縦穴と、その周囲を巡りながら下っていく螺旋階段が見えた。

 俺はさっと駆け出した。

「先行します!」

 スカートをひるがえし、髪をなびかせながら、俺はΩ分隊の隊員たちの脇を駆け抜けた。後ろからアオイがすっと付いて来る。

 そのまま立坑の上部建屋に侵入する。

『Λ1、先行!』

『周辺警戒! どこから仕掛けてくるかわからんぞ!』

 立坑下方を警戒する隊員がハンドシグナルで下方クリアの旨をを伝えて来る。

 俺はその隊員とすれ違いざまに、コクリと頷いた。

 そしてタンっと鉄製の床板を蹴り、跳躍。手すりに足を掛け、ふわりと宙に身を躍らせた。

 片手でライフルを保持し片手でスカートを押さえながら、暗く広がる縦穴の底へと降下する。

 一気に5メートル程を降りる。

 穴の底に滞留する澱んだ空気を突っ切り、俺は穴の底にタンっと着地した。

 アオイの身体強化術式のおかげで、この程度の高さなら何も問題もないのだ。

 その俺の隣に、黒マントをはためかせたアオイがゆっくりと降下して来る。

「第一層クリア」

 目線に合わせてライフルを振り周囲に敵がいない事を確認すると、俺はブフナー分隊長宛に報告を送った。

『了解』

 見上げると、今し方降りてきた縦穴の上層部から、隊員の1人がハンドシグナルを送っているのが見えた。

 俺は手を上げて了解の意を示し、次の立坑に続く扉に取り付いた。

 巨大な縦穴の底は、外よりは幾らか温かい気がした。その代わり湿度が高い気がする。貯水路の影響だろうか。

 縦穴の周囲を取り囲むのは、無機質なコンクリートの壁面だ。沁み出した水が奇妙な模様を描いている。どこに続いているのだろうか、壁面には小さな扉が3つほど並んでいた。

 周囲に設置された照明の光では、この穴の底を照らすにはあまりにも力不足だった。照明のお周り以外は薄暗かった。

 静寂。

 動くものの気配はない。

 そこへ、螺旋階段を降りるΩ分隊のみんなの足音が響く。

 俺はみんなが下りて来る間も、敵に備えて通路の先を警戒する。

 地下調整貯水路へ続く立坑は、この穴の様な5メートル程度の縦穴が段階的に位置をずらして掘られており、徐々に地下に下っていく構造になっていた。

 俺が警戒する通路は、次の縦穴に続いている。非常灯が灯るだけの暗い通路の先には、今のところ敵の気配はなかった。

 もしこの先にジーク先生がいなかったら……。

 無人の通路を見つめていると、そんな不安がチラリと頭を過った。

 しかし俺は、そっと頭を振った。

 髪がパタパタと背中で跳ねた。

 大丈夫。

 この場所は、アオイが見つけてくれたのだ。

 俺はチラリとアオイを見た。

 アオイは、俺と目が合うとニコリと微笑んでくれた。輝く様な笑顔で。

 その笑顔を見ると、思わず俺も微笑んでしまう。

 そんな俺たちに、螺旋階段を下りてきたΩ分隊の隊員たちが追い付いた。

 互いに死角をカバーしながら周囲を警戒し、しかし迅速に移動する隊員たち。訓練された機敏な動作だ。

 俺の脇を通り過ぎ、連絡通路に入って行く瞬間、こちらを見て頷く隊員もいた。ロラックも目だけでこちらを見て次の立坑に突入して行く。

 皆淡々としている。

 冷静で、無駄な気負いがない。

 そんな感じだった。

 最後の隊員がポンッと俺の肩を叩き、通路に入った。

 俺はアオイに頷き掛け、先に行かせる。そして背後を警戒しながら俺も次の縦穴に続く通路に飛び込んだ。

 次の縦坑ではまたΩ分隊が停止し、下方を警戒していた。

 ブフナー分隊長がハンドシグナルを送って来る。

 俺は頷き、先ほどと同様に穴の底へ飛んだ。

 思わずばっと駆け出したくなる様なもどかしさだ。出来ることならこのまま全力で走り、ジーク先生のもとへ向かいたい。

 しかし、地味なこの安全確認作業の繰り返しが重要なのだ。

 強力な魔術の不意打ちを食らえば、どんな部隊でも容易く全滅してしまう。

 俺たちが全滅すれば、この魔術テロ鎮圧を目指して戦っている多くの人の努力を無駄にする事になる。

 そしてそれは、より多くの人々を魔術テロの恐怖にさらす結果に繋がってしまうのだ。

 ブーツが床の金属板を叩く音と戦闘装備が鳴る音だけが静に響く。

 Ω分隊の隊員たちがライフルを構えながら俺の脇を通過して行く。

「ウィルちゃん」

 ヘルメットの下に目出し帽を被ったブフナー分隊長が近付いて来ると、囁く様に話し掛けてきた。

「次を降りたら中央制御室への通路に入る。ここからはスピードが重要だ」

 俺は表情を引き締めてコクリと頷いた。

「予定通りエーレルトさんは力を温存しておいてくれ。露払いは俺たちがやる」

 ブフナー分隊長がチラリとアオイを見た。

「了解している」

 アオイが短く答えた。

 アオイは、ジーク先生と遭遇するまでは魔術の行使をなるべく控え、後方で待機している事になっていた。

 既に俺にくっ付いて前に出てしまっている訳だが……。

 アオイにはジーク先生を押さえてもらうという大事な役目をお願いしてあった。

 外部からの火力支援が期待出来ない地下では、強大な魔術を操るジーク先生のエーレクライトに対抗するには、アオイの力を借りるのが一番堅実な方法だ。

 軍警としては貴族級魔術師であるアオイに頼る事は許容し難い事かもしれないが、ミルバーグ隊長にブフナー分隊長、そしてΩ分隊のみんなも、俺が提案したこの作戦を認めてくれた。

「ウィルちゃんの頼みならしょうがねーな」

 そう言って豪快に笑っていた年配の隊員の姿が印象的だった。

 俺はその光景を見て、胸の奥がポッと温かくなるのを感じていた。

 今回は戦闘という悲しい目的に対してだが、どんな場所、どんな目的であっても、こうして魔術師と一般人が一緒に協力していけたらいいなと思ってしまう。

 そうすればきっと、お互いがもっと良く理解し合う事が出来る筈なのだ。

「では、よろしくな」

「了解です」

 俺がコクリと頷くと、ブフナー分隊長が僅かに目を細めて次の通路に向かった。

 俺はふっと息を吐いた。

 その時。

『Ω6よりΩリーダーへ。接敵。魔術師確認』

 無線から響く冷静な声。

 ……来たか。

『了解。武器使用自由。任意に敵勢力を排除せよ』

 ブフナー分隊長の声が響く。

 そして直ぐに、通路の先から銃声が響いて来た。

 俺はアオイと視線を交わしてから、スカートをひるがえして走り始めた。

 始まった。

 やはりここに魔術師がいた。

 ならば、ジーク先生もいる……!



 白い仮面に胸甲鎧を身に付けた魔術師たちは、頭全体を覆う兜を被った狂化兵を前衛に押し立て、通路の奥から魔術攻撃を仕掛けてくる。

 幾つも同時に放たれた火球が炸裂し、通路全体を揺るがした。

 濃密な魔術の弾幕が俺たちの進路を塞ぎ、その隙に狂化兵たちが接近戦を仕掛けて来る。放たれる攻撃術式はオーソドックスなものばかりだったが、どれも術式の完成度が高く、威力が高い。

 さらに魔術師たちは、前衛の狂化兵の損害など気にかけていなかった。そしてその狂化兵は、多少の負傷など気にせずに突撃して来るのだ。

 地下調整貯水路の中央制御室に向かう通路は、決して狭くはなかった。配管類がむき出しの天井は低かったが、幅は車がすれ違えるほどあった。

 敵魔術師は、その通路を塞ぐ様に展開していた。

 俺たちを一歩も進ませない構えだ。

 その戦い方は、騎士団の名の通り、連携が取れた部隊のそれだった。

 狂化兵たちが、魔術の援護のもと、突撃して来る。

『撃て』

 無線を通じて聞こえるブフナー分隊長の号令。

 同時に、ポンッという間の抜けた音が響き、狂化兵たちの前で爆発が起こった。

 グレネード弾だ。

 ライフルの銃身の下に装着したグレネードランチャーを構えるΩ分隊の隊員たち。

 その第2斉射が行われる。

 火球の爆裂以上の振動が巻き起こり、通路を揺るがした。狂化兵の壁に穴が開いた。

 遮蔽物に身を隠したΩ分隊の隊員達が、的確な射撃で魔術攻撃を迎撃する。結節点を撃ち抜かれた火球が空中で霧散し、氷の矢が次々と撃墜されてゆく。

 ブフナー分隊長が手を振ってハンドシグナルを送る。

 それを確認した俺は、4名の隊員たちと同時に、ライフルのストックを肩に当て、銃口を敵集団に向けながら素早く前進を始めた。

 その進路上。

 霧散した火球の残り火の向こうから、狂化兵が躍り出して来た。

 トリガーを引く。

 2発。

 ストックを通して発砲の反動が肩を叩く。

 胸と頭部に弾丸を受けた狂化兵が吹き飛ぶ。

 さらにその後ろから迫る狂化兵を、支援態勢を取ってた隊員が撃ち倒してくれた。

 今度は俺が膝を付き、援護態勢に入る。

 小刻みにトリガーを引きながら、敵を、敵の攻撃魔術を迎撃する。

 その隙にΩ分隊の隊員達が素早く前進し、じりじりと戦線を押し上げた。

 敵との距離は、確実に詰まっていた。

 部隊連携ならば、軍警が騎士団に劣る筈がない。

 銃弾が壁面を削る。

 銃声に混じって、薬莢が床に散らばる甲高い音が聞こえた。

「Λ1、リロード」

 周囲の仲間たちにそう宣言してから、俺はライフルの弾倉を落とす。そしてタクティカルベストから引き抜いた新しい弾倉を装填した。

 敵魔術師は、じりじりと後退し始めた。

 しかしその背後から、さらなる敵増援が姿を現した。

 ……さすがは敵の拠点だ。

 簡単には突破出来ないか……。

 積み上げられた資材に身を隠し、火炎弾をやり過ごしながら俺は眉をひそめた。

「はははっ! 政府の小汚い犬め! 頭が高いぞ!」

 不意に吹き上がる爆炎や銃声の中で、芝居掛かった台詞が大音声で響き渡った。

 そっとそちらを窺うと、周囲と同じ格好ではあるが、白い仮面を外して素顔をさらした魔術師が、身を隠す事もせず、高笑いを上げていた。

 む。

 あの顔、どこかで見た覚えが……。

 その魔術師がこちらに手をかざした。

 術式成句の詠唱と共に火球が現出する。

 しかしそれは、通常の火球ではなかった。3つの火の玉が絡まり合う様に結び付き、螺旋を描きながら飛来する。

『迎撃!』

『抜かせるなっ』

 Ω分隊から迎撃の火線が走った。

 しかし複雑に絡まりあった結節点と強力な魔素のせいで、完全に撃ち消すことが出来ない。

 俺はその火球に意識を集中する。

 ホロサイトを覗きこみながら、すっと目を細めた。

 結節点は……。

 ……そこか!

 3連射。

 弾丸がその特異な火球を撃ち貫く。

 火球が震え、霧散した。残り火が周囲に振りまかれる。

「なっ!」

 しかしその残り火を突っ切り、その背後から先ほどと同じ3連火球が現れた。

 連射か!

 くっ、迎撃が間に合わないっ!

 3連火球が炸裂する。

 爆炎が吹き上がり、通路全体が震える。周囲の照明が明滅した。

 2名の隊員が至近距離でその爆発を受け、吹き飛ぶのが見えた。

『カバー!』

『Ω7、10、応答しろ、状態はっ?』

 すかさず他の隊員たちが牽制射撃を加えながら、負傷者の回収に走る。

「はははっ! 思い知ったか、我が奥義の威力!」

 銃声が響く中でも、素顔を晒す魔術師の哄笑はよく聞こえた。

 恐らくあれが、この場の頭だ。

 ……排除出来れば、一気に敵を崩せる。

 俺は、すうっと大きく息を吸い込んだ。

 そして、身を隠していた資材の山からばっと飛び出した。

 床を蹴り、ライフルを構えながら低い姿勢で走る。狂化兵の向こう側にいる敵魔術師集団へ向かって。

 飛来する攻撃術式を避けるために横に飛ぶ。

 スカートがふわりと広がり、リボンで結った髪が流れるのがわかった。

 床に手を付き、さらに加速。

 アオイの身体強化術式のお陰で、自分でも驚く様なスピードが出る。

『Λ1、無茶を! 総員、ウィルちゃんを援護せよ!』

 無線からブフナー分隊長の声が聞こえて来る。

 同時にΩ分隊の火線が、俺の周囲に集中した。

 俺の前に立ち塞がろうとした狂化兵が、蜂の巣となって瞬時に打ち倒された。

 道が開ける。

「お前は、ウィル・アーレン! 何時かは仕損じたが、今度こそ捕らえてファーレンクロイツ卿に差し出してやろう!」

 叫ぶ魔術師の頭目。

 その前面に、他の魔術師たちが防御場を展開した。

 幾重にも重なる防御場を、俺は走りながら1つずつ撃ち貫く。

 防御場の結節点を見定め、最小の射撃で無効化する。

 しかし。

「くっ!」

 面倒なっ!

 防御場の向こうから不可視の魔素の塊が飛んでくるのを感じる。

 俺は気配だけを頼りに、咄嗟に横に飛んでそれをかわした。

「眠りの術式が! あの女、魔素がわかるのか!」

 頭目を援護する仮面の魔術師が叫んだ。

 横に走りながら、さらに防御場を突き崩す。

「最後!」

 そしてついに、無防備になった魔術師の頭目に銃口を向けた瞬間。

 自信に満ち溢れた頭目の男がニヤリと笑うのが見えた。

 背筋にチリっと冷たいものが走る。

 一瞬動きを止めた俺は、しかし直ぐにバックステップに転じた。

 俺の視界に、魔素の黄色い光がよぎった。

 その光が、一瞬前まで俺がいた空間を薙いだ。

 光の……剣!

 敵魔術師集団の中から突出して来た魔術師が、両手に魔素で編まれた光の剣を振り被り、俺に襲いかかって来る。

 すかさず迎撃のトリガーを引く。

 しかし素早く防御場が展開され、銃弾が弾かれた。

 俺と剣の魔術師、それに頭目の男は、にらみ合いながら対峙した。

 他の魔術師はΩ分隊のみんなが牽制してくれている。しかしこれでは、頭目の魔術師に迫れない。

 剣の魔術師は女か。

 顔は白い仮面に隠れているが、長い髪が見えていた。

 光の剣を構えた女魔術師がじりじりと迫って来る。

 素顔をさらしている頭目の魔術師を一瞥すると、その男は腕組みをしながらニヤニヤと下卑た笑いを浮かべてこちらを見ていた。

 観戦するつもりか。

 ……こんな遊びに付き合っている暇はない。

 決闘開始の合図も待たず、俺は無造作にライフルを振り上げてトリガーを引いた。

 頭目の魔術師に向かって。

「なっ! 貴様!」

 頭目の男が、驚きの声を上げる。

 銃弾は防御場に防がれる。

 しかし俺は、射撃と同時に腰の後ろからハンドガンを抜いていた。

 片手で狙い、撃つ。

 今度はは剣の女魔術師へと。

 不意を突かれ、頭目の援護に走ろうとした女魔術師が、9ミリ弾に貫かれ倒れた。その手から光の剣が消える。

 俺は素早くハンドガンを仕舞い、さっと両手で構えたライフルで頭目を狙った。

 反動を力で押さえつけたフルオート。

 薬莢が派手に散らばった。

「くそぉぉ、やはり銃など下賤な武器を使う輩はこれだからっ!」

 咄嗟に防御場を展開した魔術師が吠える。

 そして俺にさっと手をかざした。

 回避か迎撃か。

 俺は腰を落とし、咄嗟に動ける体勢を取りながら考える。

 その瞬間。

 頭目の周りに、青く輝く球体がふわりと舞った。

 あれは……。

「budcv gus lilvil fraou draqadw!」

 術式成句が響き渡る。

 頭目の周囲に無数の火球が生まれる。その炎はまるで生きているかの様に蠢くと、1つに合わさり合体。巨大なドラゴンの頭の形となった。

 そのドラゴンの頭がくわっと口を開く。

 なんとも派手な術式だ。

 しかし見た目通りの大きさ分の威力があれば、こんな地下通路など簡単に破壊され、埋まってしまうだろう。

 迎撃……!

 そう思った瞬間。

 頭目の周囲を浮遊する青い球体から、細い光線が放たれた。

 球体の数は3つ。

 その3方向から放たれた光が、ドラゴンの頭を貫く。それは、炎のドラゴンに比べれば遥かに弱々しい光だった。

 しかしその青い光は、容易く炎のドラゴンを吹き飛ばしてしまった。

 青の光の球がひらりと舞って位置を変えた。今度は炎のドラゴンの使い手たる頭目の魔術師の周囲へと。そして、瞬く間に、容赦なく青の光線が頭目の魔術師をも貫いた。

「ぎぼほっ!」

 頭目が吹き飛ぶ。

「ルーフェラー卿!」

「ルーフェラー卿がやられたぞ!」

 敵集団に動揺が走る。

「Ω1、今です!」

 俺は襲い来る狂化兵を撃ち倒しながら、ブフナー分隊長に向かって叫んだ。

『制圧だ! 行け、行け、行け!』

 Ω分隊が一気に攻勢を強める。

 狙い澄まされた銃弾が次々と魔術師を撃ち倒していく。

 そしてついに、敵集団は瓦解し、敗走にはいった。

 追撃するΩ分隊が、俺を追い抜いて突撃して行く。目指すは地下調整貯水路の中央制御室だ。

 俺も両手でライフルを保持しながら走るが、スピードは出さない。少し後続を待つ事にした。

 俺の脇をブフナー分隊長が通過していく。すり抜けざまに、ブフナー分隊長がぽんと俺の頭に手を置いた。

 む。

「あまり無茶するな。ウィルちゃんにもしもの事があったら、グラムに申し訳が立たなくなる」

 ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべるブフナー分隊長。

「ウィルちゃんに突破口を開いてもらったのは事実だし、感謝するよ。しかしな、注意しろ。あんまり跳ね回るとパンツ見えるぞ。まぁ、隊員の士気は上がるけどな」

 むむむ……!

 俺はスカートを抑えて目を丸くする。

 頬がカッと熱くなるのがわかった。

 はははっと軽薄な笑いを浮かべて走り去るブフナー分隊長の背中を、俺はギロリと睨み付けた。

「ウィル、どうした。まさか負傷したのか?」

 後方で待機していたアオイが、俺に追い付いて来た。

 俺はふるふると頭を振って表情を引き締めた。

「大丈夫」

 そう言ってから、俺は眉をひそめて上目遣いにアオイを睨み上げた。

「アオイ、援護助かった」

「……さて」

 俺とアオイは並んで通路の奥を目指す。

 銃弾と魔術による激しい戦闘のせいで、通路の床や壁は所々が破壊され、焼け焦げていた。一部照明が壊された所もあり、長い通路の一部が暗くなってしまっていた。

「助けてもらっといて何だが、アオイはジーク先生が出るまで温存だ。あまり魔術は使わない様にしてくれ」

 俺は横目でアオイを見た。

 アオイに援護させてしまう状況にしてしまった俺が悪いのだが……。

「ウィルが危険な目にあっているのを見過ごす事など出来ないな。ウィルが戦っているのを見ているだけなど、やはりこの姉には耐えられそうにないのだ」

 アオイは穏やか声でそう言うと、突然俺を抱き寄せて来た。

 おむ……!

 走っている途中で抱き付かれたので思わず転びそうになるが、アオイがガシッと支えてくれた。

 アオイの体の柔らかい感触、そして甘い香りに包まれる。俺は一瞬身を強張らせるが、アオイに抱き締められていると、ほうっと体の奥から疲労や緊張感が溶け出して行く様だった。

 しばらくして、アオイがそっと俺を放してくれた。

「ウィル成分を補給した。これで問題ない」

 ニコニコと微笑むアオイ。

 ……む。

 顔が熱くなる。

 胸の奥がむずむずして、思わずアオイに微笑み返してしまいそうになるのを必死で抑えるために、俺は眉をひそめて顔を逸らした。

 ここで微笑み返したら、きっとアオイは調子に乗るに違いないのだ。

『Λ1、中央制御室前を制圧した。突入するぞ』

 ヘッドセットからブフナー分隊長の声が聞こえて来た。

「了解です」

 俺は応答を返しながら走り始める。

 背後からふふっと笑い声を上げるアオイが付いて来た。



 地下調整貯水路の中央制御室は、俺たちが侵入した通路の先を2階分ほど上がった場所にあった。

 中央制御を制圧出来れば、この地下調整貯水路全体をこちら側で完全に掌握する事が出来る。各所のセキュリティーはもちろん、仮に魔素を各地の自爆術式陣に送る仕掛けが貯水路に設置されていた場合、ルーベル川の水を引き込んでこれを水没させるという選択肢を取る事も出来るのだ。

 俺が追いつくと、中央制御の扉の前では既にΩ分隊が突入準備に入っていた。

 制御室の扉の周りに次々と爆薬が仕掛けられていく。扉のロック部だけを破壊するように指向性を持たされた爆薬だ。

 俺もライフルを構えて配置に付いた。体の大きな隊員たちの間に埋もれる様にして突入のタイミングに備える。

 アオイは、部隊から離れてやや後方に待機していた。制御室内にジーク先生がいた場合、アオイに対応してもらう事になるが……。

 扉の脇についた隊員が、準備完了のサインを送って来る。

 周囲の緊張が一気に高まった。

 中央制御室内では、この施設の職員が人質になっている可能性も想定しておかなければならない。これだけ大きな施設だ。もともと沢山の職員がいた筈だ。

 それを騎士団に制圧されて発覚していなかった事も驚きだ。もしかして市側に騎士団を手引きした内通者がいるのかもしれないとバートレットは言っていたが……。

『総員、備えろ』

 ブフナー分隊長の静かな声が無線を通して響く。

 俺は息をひそめてその瞬間を待った。

 そして。

『……突入!』

 爆薬に点火される。

 ボンッと煙を上げ、中央制御室の扉のロックが焼ききられた。

 すかさずスタングレネードが数個投げ込まれる。

 数秒後。

 炸裂……!

『行け、行け、行け!』

 完全武装の隊員たちが中央制御室内に向かってなだれ込んで行く。

 直ぐに室内から銃声が響き始めた。

 俺も前の隊員に続いて制御室に飛び込んだ。

 中央制御室は、前面に施設の管制状況が映し出された巨大なモニターが設置された階段状の部屋だった。広い室内に、モニターとコンソールが設置されたブースがゆったりとした間隔で配置されていた。

 その中央。

 そこに、敵がいた。

 照明が抑えられ、各モニターの淡い明かりが照らし出す制御室の中央に、この現代的な設備には全く似つかわしくないアンティークな全身鎧が立っていた。

 エーレクライトだ。

 それも2体……!

 突入したΩ分隊の猛烈な銃撃が、その2体の鎧を包み込んでいる。

 しかし防御場を展開した鎧は、反撃する事もなくただ立っているだけだった。

 片方の鎧は人型だった。しかしその兜は、後頭部が長く後ろに伸びた異様な形をしていた。もう一方は猫背で、背中に2対の突起を生やしていた。そして腕がひょろりと異様に長かった。

 2体ともジーク先生のエーレクライトではない。

 しかし、エーレクライトをまとうのは貴族級魔術師。強力な敵である事には違いない。

 俺も他の隊員たちと一緒に攻撃に加わるべく、銃口を振り上げた。そして2体のエーレクライトの側面に回り込もうと走り出したその時。

 頭の長いエーレクライトが俺を指差した。

 攻撃術式か……?

 俺は身構えて魔素の感知に集中する。

 しかし魔素反応が起こったのは、エーレクライトではなく俺の足元だった。

 不意に光り始める床に、複雑な術式が浮かび上がる。

「何っ……!」

『ウィルちゃん!』

『Λ1!』

 エーレクライトに気を取られ、反応が一瞬遅れてしまった。

 その僅かな間に、俺の体は光に包まれる。

 くっ!

 飛び退こうとした俺は、しかしそのまま微かな浮遊感に包まれた。

 この感覚、よく知っている。

 アオイの転移術式と同じ感じだ。

「ウィル!」

 どこかでアオイが叫ぶのが聞こえた気がした。

「アオ……!」

 叫び返そうとしたその瞬間、俺の体は完全に光に包まれた。

 目眩に襲われる。

 上下の間隔が消え、頭がクラクラして目を開けていられなかった。

 しかしそれも一瞬の事だった。

 直ぐに体の重さが返ってくる。

「うっ……何が」

 足元に固い床の感触が戻ってくる。

 俺は額に手を当てながら顔を上げ、目を開いた。

 一瞬、外に出てしまったのかと思ってしまう。

 そこは、先ほどまで俺がいた中央制御室ではなかった。

 見渡す限りの広い空間。

 壁や天井は闇に沈んで見えない。しかし無数に並ぶ巨大な太い柱と足元のコンクリートの床が、ここが貯水路の施設内である事を物語っていた。

 微かに水の匂いがした。

 しかしそんな周囲の状況よりも、俺は目の前に立つ全身鎧から目が離せなくなっていた。

 こちらに背を向けて立つ鎧。

 胸が、壊れてしまいそうな勢いでドクドクと鳴る。

「良く来たな」

 広大な地下空間に響く声。

 俺の良く知っている、低い声だった。

 真紅のマントを翻して鎧が振り返る。

 鷲の意匠を施したエーレクライト。

 ……ジーク先生!

「待っていたよ、ウィル・エーレルト」

「ジーク、先生!」

 俺は、さっとライフルを構えた。

 目の前に立つジーク先生に向かって。


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