Order:56
遥か彼方、山々の稜線が白く輝き始める。
黎明。
間もなく日の出の時刻。
今まさに、新しい1日が始まろうとしている。
爆音を立てて飛行するヘリの中からでも、今この瞬間が神聖なものなんだということが感じられた。
非常灯の灯る薄暗いヘリのキャビン。仲間たちと並んで座り、ライフルを膝の上に乗せた俺は、目の前に広がる大自然の変化に目を奪われていた。
多連装砲身のミニガンを構えるヘリのドアガンナーの向こう、豊かな森とそこに点在する湖、そして万年雪を抱いた山々が、夜の闇から脱し、徐々にその鮮やかな色彩を取り戻そうとしていた。
俺がいつもエーレルト邸のベッドの中でもぞもぞしている頃、この場所では毎朝こんなにも雄大な光景が広がっているのだ。
そう思うと、何だか世界の広さというものを感じずにはいられなかった。
山の端より顔を出した朝日が、俺たちのヘリの中にも射し込んでくる。
南部高地の美しい自然の中、俺たちミルバーグ隊とブフナー隊を乗せた2機のシュバルツフォーゲルが飛ぶ。
まるで寄り添う様に飛ぶ2機は、穏やかな朝を切り裂くように高速で南下していた。
機内には程よい緊張感が満ちていた。
俺みたいに機外に目を向けている者。何やら隣とおしゃべりしている者。じっと目を瞑っている者。
待機している様子は様々だが、ミルバーグ隊長以外12名には、戦闘を前にした気負いのようなものは感じられなかった。
ヘリの前方に切り立った山岳地帯が迫る。
『総員、準備せよ』
ヘッドセットからミルバーグ隊長の低い声が流れた。
その一言で、部隊がむくりと動き出す。
鋭い目つきの隊員たちが体を起こし、ライフルを点検し始める。
チャージングハンドルを引き、初弾を装填する。
俺もそれに倣い、ストックを肩に当て、ブルパップライフルを構えた。
お腹の真ん中がすっと冷たくなる。胸の鼓動が激しくなっていく。こればっかりは、何度実戦を経験しても慣れるものではない……。
『ウィルちゃんよ、そう気張るなや』
無線から流れてくる濁声に顔を上げると、斜め向かいに座っていたベテラン隊員のおじさんが、俺に向かってくしゃっと笑いかけていた。
『そーそー。ウィルちゃんは俺らのマスコットみたいなもんだからさ。笑ってくれよ』
別の隊員も俺を覗き込んでくる。
『そう言えば、見たか、他の支部の奴ら。ウィルちゃんを見てポカーンとしてやがるの』
『はは、見た、見た。羨ましがってる奴もいたよな!』
機内にはははっと陽気な笑い声が広がった。
むう。
俺は眉をひそめる。
マスコットとか、隊の仲間に対して失礼ではないだろうか。多少なりとも戦力となっている自負はあるのだが……。
俺は機内のみんなを睨み付けた。
しかし、直ぐにふっと息を吐く。
……表面上はわからなくても、みんな戦闘を前にして緊張しているのは同じなのだ。
俺は肩の力を抜いて、少し困ったように微笑み、みんなを見回した。
先ほど笑っていた隊員が頷き返してくれる。こちらに親指を立てて見せる者もいた。
『総員、無駄口はほどほどにな。それと、ウィルは無茶をしないように』
ミルバーグ隊長が渋い声で告げた。
「隊長!」
思わず俺が抗議すると、再び笑いが巻き起こった。
ヘリの直ぐ側をゴツゴツとした山肌が通過していく。手を伸ばせば届きそうな程近くだ。
『稜線が切れれば対象が目視出来る。到着まで3分!』
副操縦士が俺たちの方を向いて声を張り上げた。
『ロートリーダーよりブラウ1、状況はどうか』
ミルバーグ隊長の低い声がヘッドセットから響いた。先ほどと違い、ぴんっと緊張感の漂う厳しい声だ。
今回の作戦では、車両部隊からなるルストシュタット隊はブラウ、俺たちオーリウェル隊はロート、ファーナウ隊はゲルプのコードで呼称される事になっていた。
『……こちらブラウ1!』
一瞬の間の後、顔をしかめたくなるような大声が流れる。
『現在城門付近で頑強な抵抗を受けている!』
髭の隊長の怒鳴り声と共に、間断なく響く銃声や、火球が炸裂したのか、その大声をかき消すような爆音が一緒に聞こえてきた。
『はっ! 奴ら投降勧告なんてお構いなしだっ! そうだとは思ったがな。ロート、ゲルプ、さっさと来てくれよ!』
『ロートリーダー了解』
苦々しくミルバーグ隊長が応えた。
『ゲルプリーダー、傍受了解』
俺たちと同時に、南側ルートから侵攻しているファーナウ隊からも応答が来た。
……やはりこうなるか。
俺はきゅっと眉を寄せた。
攻撃開始前に投降勧告を行うのが一応の交戦規定だが、それで簡単に投降して来るならばそもそもこんな状況になりはしない。
やはり、相当の激戦が予想される。
俺はライフルのグリップを握る手にぎゅっと力を込めた。
『対象を目視確認』
ヘリパイロットの声が響く。
山肌に沿って旋回するヘリ。
前方に開ける視界。
尖塔と石造りの壁が作り出す古城の人工的なシルエットが、山間に沈んでいるのが見えた。
朝日と雄大な自然、そして、吹き上がる炎と黒煙に彩られながら。
普段ならば静かな山間に佇む古城が、美しい景観を作り出しているのだろう。しかし今は、火球や銃弾が飛び交う壮絶な光景が広がっていた。
城門前には軍警の軽機動車が横転している。それを盾にしながら、ブラウ隊が城へと銃撃を加えていた。
ロケット弾が白煙を引いて城壁に炸裂し、石壁と土煙が巻きあがる。
その城壁の上には、無数の魔術師が走り回っていた。
隊列を成して放たれる魔術。複数の火球が地面を抉り、付近の木々をなぎ倒して行く。
戦争だ。
銃と魔術の。
あるいは、人民と貴族の。
俺のところまで、ものの焼け焦げる臭いと硝煙が臭ってくる様だった。
俺が今までに経験した事のない大規模な戦いの光景が、目の前に広がっていた。
『オールロート、降下準備』
『前方、火球!狙われている!』
『回避機動、注意』
アラートが響き渡り、ヘリが急激に高度を上げながら旋回する。
機外の景色がぐるりと天を向く。
俺たちはとっさに手近なものに掴まり、歯を食いしばってその衝撃に耐えた。
『思ったより対空攻撃が多い。隊長?』
『城壁の上を通過し、敵を凪ぎ払う。ロート21』
『ロート21、了解』
ヘッドセットからブフナー分隊長の声が聞こえた。
これまで寄り添うように飛行していたもう一機のシュバルツフォーゲルが、流れるような機動で離脱して行く。
急速に城壁が近付く。
ふわりと機体が傾き、その直ぐ側を火球が3つ、擦過して行った。
ガンガンと機体を鳴らすのは、氷の矢の術式だろう。高速で弾幕を張れるが、単発の威力は低い魔術だ。
城の外周を廻る城壁、その上を走る回廊に、こちらを指差す魔術師たちが見えた。
驚いているものもいれば、こちらに手をかざしている者もいる。今まさに、ヘリを狙い撃とうとしているのだ。
『レディ』
ミルバーグ隊長の声。
ドアガンナーがミニガンの銃口を持ち上げ、数名がキャビンから身を乗り出し、ライフルを構えた。
『オープンファイア!』
『射撃開始!』
銃声が爆ぜる。
アサルトカービンから排出された5.56ミリ弾の薬莢がヘリのキャビンに散らばり、それとは比にならない圧倒的な数の薬莢がミニガンから吐き出され、散らばった。
着弾の土煙が線を描き、その線が薙ぎ払った後には最早立っている魔術師の姿はなかった。
しかし他から駆けつけて来た魔術師が、不可視の壁でライフル弾を防いだ。
『ちっ、防御場を展開しやがったっ!』
誰かが毒づくのが聞こえた。
防御場の後ろに隠れ、攻撃術式を詠唱する魔術師。
『任せろ』
ドアガンナーがそちらにミニガンを向けた。
無慈悲な銃声が唸りを上げ、防御場は易々と食い千切られた。
他の隊員の弾倉交換のタイミングで射撃を交代しようと身を固めていた俺は、思わず出るタイミングを失ってしまう。
『制圧完了っ!』
ドアガンナーが俺の方を向いて親指を立てた。マスクをしていて表情はわからないが……。
『よし、降下ポイントは確保した。ロート21』
ミルバーグ隊長が頷く。
キョロキョロと周囲を見回すと、立ち上る黒煙の向こう、俺たちと同じ様に城壁近くを飛ぶシュバルツフォーゲルの姿が見えた。
『ロート2、掃討完了。クリア』
ブフナー分隊長から返答が来る。
『よし、降下する』
ミルバーグ隊長の指示により、俺たちのヘリは城の北東、城壁の内部の広場上空でホバリングを開始した。
事前に予定していた降下ポイントだ。地図では、城の裏庭のようになっている場所だった。
ヘリの両サイドからロープが垂らされる。
『降下開始! 行け、行け、行け!』
一瞬の躊躇いもなく、仲間達がロープを滑り降り始める。
『ロート12、降下だ』
直ぐに俺の番がやって来た。
「12、行きます!」
俺は気合を入れるために声を張り上げた。そしてキッと歯を食いしばると、硝煙と黒煙、そして殺意が充満する戦場へと身を踊らせた。
『くそっ』
間断なく続く銃声と仲間の毒づく声。
散らばる薬莢。
攻撃魔術の光と炎、そして雷光が煌めく戦場。
倒壊した古城の石材に身を隠しながら、俺たちは必死に周囲の魔術師集団を狙い撃つ。
『火球接近!』
警告が飛ぶ。
俺は遮蔽物から身を乗り出し、ダットサイトの向こう、飛来する炎の塊に向けてフルオート斉射を行った。
ストックを通し、射撃の反動が体を打つ。
火球が霧散し、同時にこちらの弾もなくなった。
はぁ、はぁ、はぁ……。
俺は崩れた東屋の陰に身を隠すと、空になった弾倉を落とした。そしてタクティカルベストから引き抜いた新しい弾倉を装填する。
『火球! 右の尖塔から!』
しかし次の瞬間には新たな警告が響き、迎撃の網を抜けた火球の術式が俺たちの至近に着弾した。
地面を揺るがすような衝撃。
巻き上げられた土や小石がパラパラと降って来る。
『どんだけいやがるんだよ、クソ魔術師ども!』
『これでは城内に突入が出来ません!』
誰かがグレネードを放った。
グレネードの爆発を至近で受けた魔術師の防御場が、何かが割れる音と共に消し飛んだ。
『今だ、撃て、撃て!』
朽ち果てた古城の庭園に、さらに高く銃声が轟いた。
長年放置され、植物に浸食されながら朽ち果てる古城の残骸。噴水の跡や東屋の跡、めくれ上がった石畳や倒壊した建物が散在する場所で、俺たちロート隊は四方から襲来して来る魔術師に足止めされていた。
飛来する魔術を機械的な正確さで迎撃し、突撃して来る魔術師を撃ち倒す。そして相互に援護射撃を繰り返しながら、前進する。
しかしそれで制圧できるのは、前面に展開していた敵だけだった。
敵は居館の方向から次々に現れる。
さらに俺たちは、突然現れる左右や背後からの敵にも気を配らなければならなかった。
……くっ。
事前に予想はされていたが、敵の数が多い。それに意外にも、敵集団の統制が取れている。強力な指揮官がいるのかもしれない。
早くバルディーニ他、作戦目標を押さえなければいけないというのに……。
俺たちが身を隠す場所の左、石壁の残骸の後ろを走る数名の魔術師が見えた。
回り込まれる!
俺がそちらに銃口を向けようとした瞬間。
単発の銃声が長く響き、走っていた魔術師が転がる様に倒れた。驚く他の魔術師も次々と倒れていく。
狙撃だ。
俺は遮蔽物の影に身を隠しながら、城の外部城壁を見上げた。
反り立つ石壁の上にはブフナー分隊が降下し、そこから俺たちの援護射撃を行ってくれているのだ。
ブフナー分隊長が遮蔽物から顔を出し、こちらに手を挙げるのが見えた。
俺とは少し離れた場所にいるミルバーグ隊長が、同じくハンドシグナルでそれに応えた。
城壁上からの援護射撃が止む。
ブフナー分隊が援護位置の移動を開始したみたいだ。
『前進する。ロート6、7、3、左手から回り込め。援護射撃用意、……撃て!』
ミルバーグ隊長が叫ぶ。
それに合わせて俺は、再びライフルを構えてトリガーを引いた。
『ロート1より上空のフォーゲル11。支援射撃は可能か?』
ミルバーグ隊長の声を聴きながら、俺も今まで隠れていた場所から飛び出し、仲間の援護のもと、次の石壁の残骸に駆けこんだ。
はぁ、はぁ、はぁ……。
汗がつっと頬を滴り落ちる。髪が額や頬に張り付き、不快だった。
こちらに手のひらを向ける魔術師が撃ち倒される。
しかし一歩タイミングが遅く、火球の術式は完成してしまっていた様だ。
倒れる魔術師から放たれた火球が明後日の方向に飛び、轟音と共に城壁に炸裂、炎を吹き上げた。
『……フォーゲル11、了解。ロート隊前方の敵集団へ機銃掃射を仕掛ける』
頭上から、ヘリのエンジン音が急速に近付いて来た。
漆黒のシュバルツフォーゲルが俺達の頭上でホバリングを開始。その機体のサイドから突き出したミニガンが敵魔術師集団を捉えた。
『ターゲット確認。フォーゲル11、射撃開……』
その瞬間。
どんっと地面が揺れた。
何だ……?
魔術が炸裂したのではない。
俺はとっさに姿勢を低くし、ライフルを構えて周囲を警戒する。
「うおおおおおぉぉっ!」
不気味に響く雄叫び。
魔術が炸裂する爆音と間断なく続く味方の銃撃。そして頭上のヘリのエンジン音。
そんな騒然とした中でも、確かに俺にはそんな叫び声が聞こえた。
どこだ……?
……上!
前方上空から、放物線を描き銀色の固まりが降ってくる。
それは、俺達が身を隠す十数メートル先にどんっと着地した。
衝撃で、その地点の地面がボコっと陥没する。
『エーレクライトだ!』
ロート7が叫んだ。
俺達の目の前に着地したのは、鈍く輝く銀色の全身甲冑だった。
エーレクライト。
それは、貴族級魔術師が所有する甲冑。奴らの戦装束だ。
しかし、ただの鎧ではない。
何らかの魔術的強化が仕掛けられた奴らの切り札。その威力は、俺たちの軍警の小隊戦力を凌駕すると言われている。
目の前に突如現れた甲冑は、以前俺が対峙したものではないようだが……。
甲冑がガクンと顔を上げた。
「おおおおおぉぉっ!」
雄叫びが上がる。
それは、常人の声量ではなかった。
どんっと鳴る地響き。
俺は、いや、俺達は、一瞬エーレクライトの姿を見失っていた。
次の瞬間。
ぎんっと金属のへし折れる音が頭上で響いた。
「なっ……」
絶句する。
その光景は、俺にはまるでスローモーションのように見えてしまった。
地響きを起こすような強力な踏み切りで跳躍したエーレクライトが、俺たちの頭上、ホバリングするシュバルツフォーゲルヘリのテールローターをへし折ったのだ。飛び蹴りによって。
『被弾! 被弾した! フォーゲル11、被弾した! 制御不能!』
ヘッドセットからけたたましい警告音と共にヘリパイロットの悲鳴が聞こえて来た。
ヘリの部品がパラパラと飛び散り、真下にいた隊員達が慌てて退避する。
黒煙を上げ、ぐるぐると回転し始めるヘリ。
制御を失ったシュバルツフォーゲルは、古城の上空をフラフラと漂い始めた。
俺たち軍警も、そして敵の魔術師も、まるで時が止まったかのように唖然とその光景を見上げていた。
『メーデー、メーデー、フォーゲル11、被弾!』
流れる様に高度を落としたヘリが、古城の西側にある尖塔に激突した。
火花が飛び散り、ローターが塔の石材を削るのが見えた。
そのまま尖塔に絡まるように、ヘリは古城の建物の向こうに消えてしまった。
地響き。
そして盛大な土煙が吹き上がる。
『……ロート1よりCP。フォーゲル11が撃墜された。繰り返す。フォーゲル11が撃墜された。我々は現在、ヘリを撃墜したエーレクライトと対峙している。至急援護を求む』
ミルバーグ隊長の冷静な声に、俺ははっと我に返った。
がちゃりと金属音が鳴る。
視線を戻すと、膝を突いて着地した甲冑が、ゆっくりと立ち上がろうとしているところだった。
板金鎧というよりも、全身が体にフィットしたボディスーツの様なデザインの鎧だった。体とは対照的に、兜には角状の突起が幾本も飛び出していた。
……エーレクライト。
あの動き、身体強化の術式を使用しているのか。
それもかなり強力な術式を、無詠唱で使用出来る様だ。
……くっ。
俺はぎりっと奥歯を噛み締める。
「愚民の犬ども!」
耳を塞ぎたくなるような大声が響く。
俺はライフルを保持しながら、思わず片耳を塞いだ。
俺たちの前で大仰に腕を広げる鎧。これは、あのエーレクライトの声だ。声量までもがブーストされているのか。
「我らの貴き務を阻む愚行、その命で贖え!」
咆哮が上がる。
同時に、エーレクライトが俺たちに向かって突撃し始めた。
半ば反射的にライフルを振り上げ、俺たちは迎撃を開始する。
俺はダットサイトの中央に鎧を捉え、トリガーを引いた。
小刻みに目標をずらし、3連射。
冷静に……。
無意味に連射しては弾の無駄遣いだ。
俺は一発一発狙いを付け、リズミカルにトリガーを引く。
薬莢が飛ぶ。
俺だけではない。
とっさの事態にも統制の取れた俺たちロート隊の銃口が、一斉にエーレクライトを狙い撃つ。
……しかし、当たらない!
ぴょこぴょこと軽快に動き回るエーレクライト。
やはりその動きは尋常ではなく……。
「死ねっ、下賤の犬!」
甲冑が迫る。
その瞬間。
『ロート24、26ファイア!』
インカムにブフナー分隊長の声が響いた。
「ぐはっ!」
鎧がつんのめる。
エーレクライトの左肩から、パッと血の赤が広がった。
ブフナー隊のスナイパーによる狙撃だ。
しかしぎっと顔を上げたエーレクライトが、詠唱する。
「slullg wgeg !」
防御場が展開される。
被弾した甲冑を追撃する様に放たれた無数の弾丸が、容易く弾かれてしまった。
「ぐぬっ! おのれぇぇ!」
俺たちも火力を集中させる。
防御場を展開しながら、たまらず甲冑が後退した。
俺たちは追撃を仕掛けようとするが、しかしそこに、横合いからエーレクライトを援護するように攻撃魔術が飛来した。
俺を含め、数人がそちらに対応せざる得なくなる。
俺たちの銃撃が弱まったその一瞬の隙に、再び甲冑が跳躍した。
銀色の人型が俺たちの頭上を飛び越える。
着地したのは城壁の真下。
ブフナー分隊長たちがいる真下だった。
「よくも邪魔をっ!」
絶叫したエーレクライトが、無事な方の腕を振り上げた。
その拳には、身体強化術式が行使される魔素の煌めきが見えた。
エーレクライトが石壁に拳を突き立てる。
城壁が悲鳴を上げる。
老朽化した壁が、大きく陥没した。
「ブフナー隊長!」
思わず俺は、叫んでしまっていた。
甲冑が後方に飛び、距離を取る。
『くっ、みんな退避し……』
ブフナー分隊長の声をかき消し、轟音を上げて城壁が崩れ始めた。
『くそっ、があっ!』
無線から悲鳴が聞こえる。
崩落する城壁。
舞い上がる土煙。
その中へ、城壁の上からこちらを援護していた数名が飲み込まれるのが見えた。
「ロート12、救助に向かいます!」
思わず俺は、石柱の残骸から身を踊らせた。
『待て、ロート12!』
ミルバーグ隊長の声が背後で聞こえるが、もちろん俺は止まらない。
いや、止まれない!
石材の残骸を躱し、火球の着弾で出来た穴ぼこを飛び越え、俺は走った。
前方の魔術師集団から氷の矢が放たれた。
俺は走りながらブルパップライフルを連射し、精密射撃ではなく乱射による弾幕で迎撃する。
『くっ、ロート9、4、ロート21の救助に向かえ。他はカバーするぞ』
『了解!』
エーレクライトが俺を一瞥する。そして崩れた城壁に再び接近し始めた。
つまり、ブフナー分隊長たちのもとへ。
背後から牽制射撃が飛ぶ。
しかしエーレクライトは、易々とそれを防御場で弾いてしまった。
……やらせない。
もう仲間を、やらせはしない!
「あああああっ!」
いつの間にか俺は叫んでいた。
銀色の甲冑に向けて、腰だめに構えたライフルをフルオート射撃する。
防御場を展開しながら再びこちらを一瞥するエーレクライト。
半ば瓦礫に埋もれるように倒れたブフナー分隊長が見えた。
エーレクライトが拳を振り上げる。
思わず、自爆術式陣の爆発で吹き飛ぶグラム分隊長の姿と、ブフナー分隊長の姿が重なってしまう。
ライフルは残弾ゼロ。
俺は髪を振り乱し、全力疾走からさらにスピードを上げた。
そして。
半ば転がる様にして、ブフナー分隊長とエーレクライトの間に割り込んだ。
四つん這いの姿勢で飛び込んだ勢いを殺す。
しかし顔だけはキッと上げて、無機質な鎧の顔を睨みつける。
いけるか?
いや、今出来なくてどうする!
飛び込んで来た俺などお構いなしに、エーレクライトが拳を振り上げる。
その瞬間。
俺はグローブに包まれた両手を前方に突出し、叫んでいた。
「結節、防壁!」
溢れる魔素の光。
ジーク先生に特訓してもらった俺の魔術。
この力で!
強化されたエーレクライトの拳が、俺の展開した防御場を殴り付けた。
大気を揺るがす衝撃が駆け抜ける。
「ううっ!」
俺は思わず声を漏らしてしまう。
「魔術だとっ!」
しかし声を上げたのは、目の前のエーレクライトも同じだった。
俺の作り出した防壁が、エーレクライトの拳を止めた。
成功したっ!
出撃前の特訓では、成功率は七割といったところだったが……。
しかしそんな喜びも束の間。
さらに振り上げられたエーレクライトの2撃目が、易々と俺の防御場を破壊した。
やはり急場の魔術では、術式の編み込みが甘かった。
しかし。
俺はふっと笑う。
この一瞬、ブフナー分隊長を守れれば十分!
俺は太もものホルスターからハンドガンを引き抜くと、エーレクライトにピタリと銃口を突きつけた。
銃の先がカツッと鎧の胸部装甲に当たる。
「くっ!」
鎧が呻く。
エーレクライトが後ろへ飛ぶのと、俺がトリガーを引くのは同時だった。
狙いがずれる。
しかし確かに、数発の弾丸がエーレクライトの足に突き刺さった。
「があああああ!」
不気味な鎧が、苦悶とも怒りとも取れない声で絶叫する。
距離を取りながらも、こちらをギロリと睨むように見るエーレクライト。
そこに、駆けつけてくれたロート4とロート9の牽制射撃が向けられる。
2人の隊員が、俺たちを守る様に鎧と対峙した。
肩と足から血を流した鎧は、じりじりと後退し、大きく後方へ跳躍した。
エーレクライトが離脱したのを確認し、ロート4たちがこちらに駆け寄って来る。
「う、くっ、くそ……」
俺の背後で呻き声がした。
俺は振り返るとハンドガンをホルスターに仕舞い、ブフナー隊長の傍らに膝を突いた。
「ブフナー隊長!」
倒れ伏すその姿に一瞬ドキリとしてしまうが、ブフナー分隊長と城壁の崩落に巻き込まれた他の2名の隊員も、起き上がろうと動いていた。
いずれも無事な様だ。
「くそ、酷い目にあった……」
仰向けに倒れていたブフナー分隊長が、パラパラと瓦礫を振り払いながら起き上がった。
思わず俺は、ほっと息を吐いてしまう。
城壁の高さがそれ程ではなかった事と、崩落して積み重なった瓦礫の上に落ちた事が幸いした様だ。
「大丈夫ですか」
俺は隊長を助け起こす。
「……すまない、大丈夫だ。ウィルちゃんが来てくれるなんてな。まるで女神さまが来てくれたみたいだよ」
ブフナー分隊長が片目を瞑りながら頭を振り、苦笑した。
俺はむうっと顔をしかめた後、しかしふっと微笑んでしまう。
……無事でよかった。
「しかし、ウィルちゃん。さっきのあれは……」
どこか痛むのか、顔をしかめるブフナー隊長。
「……魔術、なのか?」
……先ほどの防御術式、見られていたのか。
俺はブフナー分隊長の目を見つめ、コクリと頷いた。
誰かを守るために取得した力。そして今、その力で確かに守ることが出来たのだ。
……ジーク先生に感謝しなければ。
『ロート1よりロート12。状況は?』
俺が何か言おうと口を開こうとした瞬間、ミルバーグ隊長から通信が入った。
「こちらロート12」
俺はヘッドセットを押さえながら、ミルバーグ隊長の通信に応えた。
「全員無事です。しかしエーレクライトがそちらに」
『了解している。……あまり無茶をするな』
「……了解」
俺はミルバーグ隊長に小さく呟くように返答した。
「……事情は後で聞こう。今は、あのエーレクライトを倒すぞ」
ブフナー分隊長が立ち上がり、俺の肩をぽんと叩いた。そして改めて崩れた城壁の残骸に伏せると、ミルバーグ隊長たちと一進一退の攻防を繰り広げているエーレクライトや魔術集団に向けて牽制射撃を開始した。
俺もその横にしゃがみ込み、ライフルに新しい弾倉を装填すると、エーレクライトをレティクルに捉えた。
「左にも敵!」
ロート9が体の向きを変え、防御場を展開しながら徐々に接近してくる魔術師集団に銃口を向けた。
「フラグアウト!」
ロート24が勢い良くグレネードを投擲した。
轟音と共に爆発が巻き起こる。
今度はお返しとばかりに雷撃の魔術が飛んで来る。
狙いは外れ、近くの瓦礫が弾き飛ばされた。
「くっ、これでは切りがないな。ミルバーグ隊長!」
ブフナー隊長が射撃を続けながら声を上げる。その頬には、先ほど負傷したのか血が滴っていた。
『……しかしエーレクライトをこのまま放置は出来ない』
無線からミルバーグ隊長の苦々しい声が聞こえて来た。
俺は素早く狙いを変え、押し寄せる魔術師と火球や氷の矢を迎撃しながら、唇を噛み締めた。
時間をかければかけるほど、バルディーニらに逃走の時間を与えてしまう。さらに部隊の、仲間たちの損耗率が上がってしまう。
そして何よりも、奴らにとっての最終手段であろう、あの自爆術式陣の準備をする時間を与えてしまうのだ。
早くこの場を突破し、居館内部に突入しなくては……。
『ロート1よりCP。他の部隊の状況は?』
『こちらCP。ブラウは先ほど城内に侵入を開始した。ゲルプは撃墜されたヘリの救助に向かっている』
『了解だ。しかしこちらも敵が多い。航空支援は回せないのか?』
『ヘリはゲルプの支援についている。ロート、もう少し待て』
何とかこの場を突破する方法はないだろうか。
俺は弾倉を交換しながら、キョロキョロと周囲を窺った。
あれは……。
そこで俺は、ふと気になるものを見つけた。
もしかして……。
俺は立ち上がり、未だにパラパラと小石が転がってくる城壁の残骸の上を進んだ。
「ウィルちゃん?」
ブフナー分隊長が怪訝な顔で俺を見た。
俺が気になったのは、崩壊した城壁と未だ無事な部分の境界。半ば瓦礫に埋もれているが、ぽっかりと口を開けた穴があった。
しゃがみ込むと、俺は大人1人が通れる程の穴に銃口を向け、ライフルに装着したフラッシュライトを点灯させた。
……やはり!
「ロート12よりロート1!」
俺はミルバーグ隊長の方を振り仰いだ。
『どうした、ロート12』
「地下通路の入り口を発見しました!」
近くに火球が着弾する。
俺はミルバーグ隊長に報告しながら、こちらを狙う魔術師を撃ち倒した。
「ウィルちゃん!」
ブフナー分隊長たちも、俺が穴を見つけた地点に集まって来た。
ロート9がタクティカルベストからくしゃくしゃの地図を取り出し、現在位置と通路を確認し始める。
俺とブフナー隊長、そして他の3人は、そのロート9を囲むように防御体制をとった。
ロート9がブフナー分隊長を見上げて頷いた。
「ロート21よりロート1。確認しました。城の内部に繋がる地下通路です」
ブフナー分隊長が俺を見て頷いた。
俺もコクリと頷き返す。
俺はエーレクライトと戦闘を繰り広げているミルバーグ隊長以下ロート本隊の方を見た。あの甲冑、あれだけ負傷しながらも、隊を翻弄している。ただし、機動力も攻撃力も決め手には欠く様だ。
一瞬の間の後。
ブフナー分隊長が再び口を開こうとした瞬間。
『……よし』
無線からミルバーグ隊長の低い声が聞こえて来た。
『行け。ロート21、城内に突入し、バルディーニ及び自爆術式陣の確認、確保を行え。ロート4以下5名は21に従え』
俺の所からも、跳躍するエーレクライトが見えた。それを複数の火線が追う。
『エーレクライトは我々が押さえる。直ぐにこちらも突入する。行け!』
ミルバーグ隊長の命に、穴の周囲に集まった俺たちは顔を見合わせ、頷き合った。
俺はライフルを構え直し足場を確認すると、黒く口を開ける穴の中に身を滑り込ませた。
城壁を崩壊させたエーレクライトの一撃は、地下を走る通路の天井も破壊してしまっていたようだった。
不意に外界に繋がる事になったこの地下通路は、どれほどの期間人間が立ち入っていなかったのだろうか。
俺たちが侵入した穴以外に光源のない暗闇の中には、湿り気を帯びたかび臭い空気が滞留していた。
フラッシュライトの明かりが切り取る地下通路には、一部壁や天井が崩れ、土砂が堆積しているのが見て取れた。
そこに足跡などはない。
ここを根城にしていた魔術師たちも、この地下通路には足を踏み入れていなかったようだ。
古の地下通路に、タクティカルブーツの足音が重く反響する。
いつ敵に遭遇しても対応出来るようにブルパップライフルのストックを肩に当て、目線を銃口に合わせながら俺は走る。
はっ、はっ、はっ。
仲間たちと一緒に、隊列を組みながら駆け抜ける。
しばらく進むと十字路に出た。
ロート9が脇道を警戒し、その後ろを俺たちが通過する。最後に通過した俺がロート9の肩をポンと叩いて、全員が通過したことを知らせる。
やがて地下通路は階段に差し掛かり、上りになった。
慎重に階段を上った俺は、踊場で銃を構え、上方を警戒する。その脇をブフナー分隊長達が通過していく。
階段の上は、壁などが補強されている場所だった。比較的最近、人の手が加わった形跡があるエリアだ。
そこで俺たちは、早速魔術師集団と遭遇してしまった。
しかし遅い。
魔術師どもが反応する前に、俺たちの放った小銃弾が敵を制圧してしまう。
一瞬の出来事だ。
「クリア」
「クリアッ」
進路が開いた事を確認し、俺たちは更に城の奥へと進んで行く。
その途中にある部屋は1つ1つを確認し、バルディーニがいないかを調べる。
真っ直ぐな通路の奥から火球が飛来する。
俺は立ち止まり、すっと狙いを定めて火球を迎撃した。
結節点を撃ち抜き、火球を消滅させる。
その隙にブフナー分隊長たちが、敵魔術師を沈黙させた。
そして俺たちは、城の最奥部に到達する。
この城の謁見の間だ。
かつては豪華な装飾が施されていただろう巨大な扉。
その取っ手にロート24が手を掛けた。
俺たちはアイコンタクトを交わす。
ぎっと軋みを上げて、扉が開かれる。
その扉が開ききるのを待たず、俺たちは素早く室内に侵入した。
何よりもまず視界が捉えたのは、青白く光る術式陣。そして数人の魔術師だ。
巨大な、いままで見たことのない術式陣。
これは、まさか……。
「て、敵!」
「くそっ……!」
逃げようとする魔術師、攻撃術式を唱えようとする魔術師。
ブフナー分隊長以下が、その魔術師たちを瞬時に撃ち倒した。
広い謁見の間に、銃声が鳴り響いた。
「な、何だ?」
謁見の間の一番奥、青白く光る術式陣の上にしゃがみ込んでいた男が立ち上がり、こちらを見た。
「ぐ、軍警!」
神経質そうな男の顔が引きつる。
その顔。
見間違う筈がない。
俺は反射的にブルパップライフルの銃口を上げ、ぴたりと男に狙いを付けた。
「バルディーニ!」
やはり長くなりましたが、読んでいただき、ありがとうございました!




