Order:27
窓から見える空は、色濃くなり始めた群青。夕焼けの朱が、そこに鮮やかなアクセントを添えている。
灯り始めた街灯。
普段なら、下校して行く生徒や部活動をしている生徒たちで賑わっている時間帯。
しかし今日の聖フィーナ学院は、まるで休日のようにしんと静まり返っていた。
昼間の侵入者騒ぎを受けて、一般の生徒たちには早々に帰宅指示が出ていたからだ。
しかし俺とアオイ、それに事の成り行きを見守っていた数名の生徒や教員たちは未だ学院に残り、職員棟で市警の事情聴取を受けていた。
学院側は、あくまでもこの件を単なる不審者の侵入とその撃退という方向で片付けるようだ。
狂化の術式はもちろんのこと、派手な魔術戦が発生したと知り渡れば、対魔術組織である軍警の介入は必至だ。学院としても、それは望ましくない、という事なのだろう。
俺は顎先に手を当てそんな事を考えながら、人気のない廊下を歩いていた。俺の番の事情聴取が終わり、ロイド刑事に見送られながら待機場所である保健室まで戻る途中だった。
「そういえば、この間署に電話くれた時、何か僕に用事があったんじゃないのかな?」
隣を歩くロイド刑事が、にこやか話し掛けて来る。
俺は顔を上げ、ロイド刑事を見た。
用事……。
小首を傾げて一瞬考える。
そうだ。
以前スラムのビルに突入する際、ロイド刑事に連絡先を聞いた時の事か。
結局あの時は無事目的が達成出来たので、ロイド刑事にはこちらから連絡していなかったのだ。
「大丈夫です」
俺はにこりと笑っておく。
笑って誤魔化しておく……。
「そっか、はははっ……」
ロイド刑事が少し残念そうに笑っていた。
俺みたいな外見だけ小娘の相談にも親身になってくれるなんて、市警にも真面目な人がいるんだなと思う。
「でも、何かあったら必ずご相談しますから、その時はよろしくお願いします」
俺は立ち止まってぺこっと頭を下げた。
今は背中に流したままになっている髪が、ふわりと揺れる。
「ああ、任せて! ま、待っているから!」
どんと胸を張るロイド刑事。
俺は愛想良く微笑みを返しておく。
しかし、身長の高いロイド刑事と話していると、改めて自分の身長が縮んでしまった事を実感してしまう。
アオイも俺より少しだけ背が高いが、普段はあんまり気にならなかった。しかしロイド刑事のようにこうも違っては、凄い違和感を覚えてしまう。
「で、でも、制服姿も似合ってるね。この前のスーツ姿もかっこよかったけど」
背、高いなと思いながら俺がじっと見つめていると、ロイド刑事が照れたように頭を掻いた。そしてごにょごにょと何かを言っている。
スーツ……。
なんの事だろう。
「ウィル。早く戻りなさい」
俺とロイド刑事しかいない廊下に、不意に凛とした声が響いた。
きょろきょろと周囲を窺うと、少し先の保健室の入り口から、顔だけを覗かせたアオイが、じっとこちらを見ていた。
何かを探るような目で。
睨むような鋭い目で。
「ではロイドさん。お手数をお掛けしました」
俺は再びロイド刑事に頭を下げる。
「いや、とんでもない! ウィルちゃんこそ、勇敢な行為、立派だったよ」
俺はロイド刑事に挨拶すると、たたっとアオイの元に向かった。
保健室に入ると、腕組みをしたアオイが俺を待ち構えていた。ベッドの上には既にカバンが2つ。俺とアオイのものだ。
「今日の所はこれで終わりだそうだ。帰るぞ」
アオイが睨み付けるように俺を見る。
む。
何だ。
市警の2人が来てから、アオイはずっと機嫌が悪そうだった。クラスメイトの輪から俺を連れ出し、保健室でそっと治癒術式を施してくれた時は、すこぶる上機嫌だったのに。
「随分と可愛らしく話しているではないか、あの刑事と」
アオイの低い声。
可愛らしいって……。
一瞬固まった後、俺はかっと顔が熱くなるのがわかった。
「そ、そんなつもりはない。俺はただ、俺の妹っぽく振る舞おうしているだけだ」
そう反論してから、自分でも何を言っているか良くわからないなと眉をひそめる。
アオイにはロイド刑事との出会いやその経緯をきちんと説明しておいた。しかし、何故かこうしてネチネチと絡んで来るのだ。
「ふん。私に接する時とあまりにも態度が違うのが気になるが。それに、先ほどもじっと見つめ合って……」
すっと目を細めるアオイ。
「まぁいいさ。さぁ、車がもう待っている」
アオイが俺にカバンを差し出した。それを受け取り、俺たちは並んで歩き出した。
「ウィル。わかりました、お姉さま。一緒に帰りましょうと言ってみて欲しい」
アオイが俺を見る。真顔で。
俺はギロリとアオイを睨んだ。
「言えるか、そんな恥ずかしい!」
アオイが不満そうな顔をする。
俺たちは人気のない校舎に実りの無い応酬を響かせながら、帰路についた。
お風呂上がり。
Tシャツに短パンという部屋着姿で、俺は浴室から自分の部屋に戻って来た。
いつもならばこれからアオイとの勉強タイムだ。お互い寝間着姿で気楽に、アオイの部屋で勉強を教えてもらう。夜遅くまで没頭する事もあって、そのままアオイの部屋で寝てしまう事もしばしばだった。
そんな次の朝は、起こしに来たレーミアに殺気みなぎる目で睨まれてしまうのだが……。
しかし今日は、さすがにその勉強会も中止だった。
浴室で体を洗いながら良く確認したが、アオイの治癒術式のおかげで打ち身や擦り傷は綺麗に消えていた。
しかし、体の奥に残る疲労感まで消えた訳ではなかった。
今直ぐにベッドに横になれば、一瞬で眠れる自信がある。しかし、寝る前にしておかなければならない事があった。
バートレットに学院侵入男と狂化の術式のことを報告しておかなければいけないのだ。
学院からの帰り道、車の中でアオイが気になるな事を言っていた。
禁呪の術式を用いた襲撃。
もしかしたら、騎士団の活動が活発化しているのかもしれない、と。
騎士団の主目的が、アオイへの嫌がらせや彼女に付き従う俺の排除だとは思えない。むしろ、アオイや俺たちへの出来事こそがついでだとしたら……。
俺はベッドに腰掛け、携帯を見る。
「うっ」
その瞬間、絶句した。
大量の着信とメール。
全部ソフィアからだ。
侵入者事件に俺が関わっている事を知ったのだろう。
……心配、掛けてしまったな。
俺はバートレットの前にソフィアに電話しておくことにした。
ソフィアには、危ない事をしたと散々怒鳴られてしまった。直接指導してあげるから、明日も音楽準備室に出頭しなさいと命じられてしまった。
……まぁ、明日の事は明日考えよう。
続いてバートレットに電話する。
『やぁ、ウィルくん。女の園では上手くやっているかな?』
「……まぁ、それなりに」
ここ最近決まった挨拶と化しているこのやり取りを終えてから、俺は今日の出来事を報告した。
狂化の禁呪とアオイの推測についても付け加えておく。
『ふむ。興味深いな』
バートレットが考え込むように言葉を切った。
しばらくの沈黙の後、バートレットは静かな調子で口を開いた。
『一昨日の事だが、ブラウブルグで、向こうの軍警が例の自爆術式陣を押さえた』
俺は、はっと息を呑んだ。
「被害者は?」
『いや、発動前だった。陣形を敷設中だったらしい』
俺はほっと胸を撫で下ろす。
……良かった。
あれが発動してしまえば、大惨事だ。既に首都では大きな被害を出しているし、オーリウェルの爆発も凄かった。
事前に制圧出来て何よりだ。
『そんな動きもある。エーレルト伯爵の読みは当たっているかもしれないな』
俺は電話口で、はいっと頷いた。
『刑事部としても、廃工場の一件とエーレルト伯爵襲撃の件から遡って、とある貴族に的を絞って捜査しているところだ。それが成功すれば、勢いを増す貴族派の一角を抑えられるだろう」
「はい……!」
俺は携帯を握り締める手にギュッと力を込めた。
それで勢い付く騎士団の気勢を制し、魔術犯罪の被害を少しでも減らせるのなから素晴らしい事だと思う。
『ウィルくん。君のいる場所は、魔術師の世界の内側と言っていい。些細な予兆でも構わない。気をつけておいて欲しい』
珍しく真面目なバートレットの声。
予兆を掴む、か……。
学園のみんなを少し知ってしまえば、彼女たちがそんな魔術犯罪の端緒になり得るなどとは、とても信じられない。
彼女たちは、普通の学生だ。
しかし。
俺は眉をひそめる。
貴族の子女が集まる場所と聞いて魔術師の巣窟だと思っていたのは、俺も同じか……。
『ウィルくん。健闘を祈る』
「了解です」
俺はそっとバートレットとの通話を終えた。
携帯を放り出し、ごろんとベッドに横になる。ちょうどいいところにあった猫頭のぬいぐるみを頭の下に敷いて、その柔らかさに埋もれる。
予兆、か。
学院のみんなもそうだが、アオイに相談してみるのも良いかもしれない。
アオイはレディ・ヘクセとして、裏で魔術犯罪防止の為に動いていた事があるらしい。ならば、そうした裏社会の事情にも詳しいかもしれない……。
そうだ。
俺は腹筋を使って、ガバッと勢い良く起き上がった。
アオイと話をしてみよう。
俺はスリッパを引っ掛け、ぱたぱたと髪を揺らしながら、扉に向かった。
そこに、不意にノックの音が響いた。
扉を開けると、淡いブルーの着物を身に付け、艶やかに輝く黒髪を背中に流したアオイが立っていた。アオイは突然開いた扉に少し驚いている様子だった。
「ウィル。夜分に済まないな。傷は大丈夫か気になってね」
「あ、うん。それは大丈夫だ」
俺はアオイに微笑み返す。
「それより、少し相談があるんだ。時間、大丈夫か?」
俺は大きく扉を開き道を空けると、アオイを部屋に招き入れた。
ふふっと微笑みながら、アオイが俺の部屋に入って来た。
「もちろんだ。私もウィルと話しておかなければならない事がある」
「うん」
頷きながら扉を閉めようとした時、アオイに続いてするっと部屋に侵入して来る者があった。
萌葱色のパジャマに銀色の頭が揺れる。
「レーミア?」
「こんばんは、ウィルさま」
毎朝一緒に登校しているからレーミアの制服姿は見慣れてしまったが、やはり屋敷の中で彼女がメイド服以外の姿をしているのは、珍しく感じてしまう。
説明を求めるようにアオイを見ると、俺のベッドに腰掛けたアオイがふっと微笑んでレーミアを見た。
「すまないな、ウィル。レーミアは寂しいのだ」
「違います」
即座に反論するレーミア。
「お嬢さまはウィルさまと一緒に過ごされていると夜更かしされます。そうならないよう、ご注意申し上げたいのです」
睨むように俺を見上げるレーミア。
少し恥ずかしげなレーミアの顔が可愛らしく思えて、俺はへへっと笑った。
「寂しかったのか、レーミア。なら、今度は3人で勉強するか」
「だから、違うのです」
あくまでも冷たい声音でそう言い放ったレーミアは、そそくさと部屋の隅のソファーに向かうとぽすっと座ってしまった。
どうやらそれ以上話す気は無いらしい。
「可愛い妹が2人いて、私は嬉しい」
膝の上に俺の猫頭くんを置いたアオイが、楽しそうに微笑んでいた。
「だから、誰が妹だ」
俺はすぐさま抗議しておくが、レーミアは恥ずかしそうに顔を赤くして目を伏せていた。
……何だ、その反応は。
「ところでウィル。私に話というのは?」
アオイが微笑みながら俺を見た。
「そうだ。明日からの事なんだが……」
俺は顔を引き締める。そして、バートレットから聞いた話をアオイに説明した。
もちろん、近々貴族派の誰かへ捜査が入るかもしれないということは話さない。アオイを信用していない訳ではないが、あまり口外すべきことではないと思えたからだ。
「貴族派内部の過激派とか騎士団とか、アオイの言う通り警戒を強めた方がいいと俺も思うんだ。基本的な捜査は軍警がやっている。でも、アオイに協力してもらって、別の角度からも何か掴めないかと思うんだが……」
俺は正面からアオイを見据えた。
アオイも笑みを消し、すっと目を細めて俺を見ていた。
結果的に軍警の捜査に協力するという事は、穏健派とはいえ貴族派に属するエーレルト伯爵にとって魔術師社会への裏切りになるのではないか。
そんな不安が一瞬頭をよぎる。
しかしアオイは、ふっと笑った。
「実は、私も同じ様な事を話そうと思っていた」
アオイが猫頭くんを脇に置いて、胸の下で腕を組んだ。
「私も、今は情報収集に動くべきではないかと思っている」
アオイは一瞬だけ目を閉じる。そしてまた直ぐに俺を見た。
「知人や顔見知りを当たって、最近異常はないかと確かめるつもりでいたのだ。だから、明日からは、放課後、少し出掛けるとウィルに伝えておこうと思ってな。私がダメだと言っても……」
そこでアオイはニヤリと笑った。
「どうせウィルはついて来るのだろう?」
……そうか。
魔術で人が不幸になるのは嫌だと、以前アオイは言っていた。軍警とか貴族派とか関係なく、アオイは、この魔女は、その目的の為に動くのだ。
あのスラムのビルに向かった夜と同じだ。
俺が提案しなくても、アオイは動く。
もうこれ以上、悲しい被害者を出さない為に……。
「もちろんだ。俺もついて行く。俺はアオイの護衛だからな」
俺もアオイを見てニヤリと笑った。
「そう言うと思ったよ」
アオイが小さく頷いた。
ふふふっと笑い合う俺たちの声が、静かに室内に響き渡った。
「こほん」
そこに、わざとらしく小さな咳の音が響いた。
ん?
俺とアオイは揃ってそちら、レーミアの方を見た。
「お二人とも。くれぐれも、危ないのは禁止です」
膝の上に置いた手をピンと伸ばしたレーミアが、俺たちを睨み付けていた。
「ああ。大丈夫だ、レーミア」
俺は力強くレーミアに頷き掛ける。
「そうだよ、レーミア。さぁ、難しい話はここまでだ。こちらに来なさい。2人でウィルの事を追求してやろう」
アオイが手を差し出すと、レーミアが立ち上がりこちらにやって来た。
俺を追及……?
「どうやらウィルに悪い虫が付きそうなのだ。その対策を練らなければな、レーミア」
ふふふっと笑うアオイの顔が何だか怖い。昼間の保健室の時と同じ顔だ。
「虫?」
俺は首を傾げる。
何の事だ?
重々しく終業の鐘が鳴り響く。
今日も1日が終わったという開放感がさっと教室の中を満たしていく。
鞄を出して帰り支度をする者や、友人と集まってさっそくお喋りを始める者。
少女たちの声が溢れる。
いつもと同じ教室の風景。
昨日は突然の侵入者騒ぎで騒然となった聖フィーナ学院エーデルヴァイスだったが、今日は概ね平穏を取り戻していた。
表面上は。
朝。登校時には校門に制服の警官が警戒に立っていたし、俺とアオイが戦った教室棟前の芝生庭園には黄色いテープの規制線が張られたままだった。
きっとロイド刑事たち私服も、どこかで警戒に当たっているのだろう。
それに、学院側もずっと職員会議をしているし、何よりも生徒たちの間には、平静を装いつつも隠しきれない興奮が広がっていた。
表立って騒がないのは、皆、エーデルヴァイスの一員たるプライドがあるからだろうか。
昨日の捕り物で悪目立ちしてしまった俺も、平穏ではいられなかった。
知らない同級生に挨拶されたり、上級生のお姉さま方に労われたり……。
1日が終わってみると、俺はほっと安堵の溜め息を吐いていた。
……今日は、これからが本番だというのに。
そう。
俺はこれから、アオイと一緒に、騎士団や魔術犯罪者の動向について情報収集に出かけるのだ。
「ウィル、もう帰るのですか?」
俺が教科書やノートを手早く鞄に詰め込んでいると、隣のアリシアがこちらを向いた。
「うん。用事があってな」
「どうせ今日もエーレルトさまとデートでしょ」
ふらりとやって来たジゼルが唇を尖らせる。その隣でエマがうんうんと頷いていた。
普段なら憮然と否定するところだが、まぁ、今日は2人で出掛けるのだ。
「そんなものだ」
俺はニコッと微笑んでおく。
まぁ、とアリシアが微笑み、ジゼルが半眼で俺を睨む。エマがソフィア先生はどうなんだろうとぶつぶつ言っている。
何故ソフィアの名前が……?
「ウィルさん。エーレルトお姉さまがいらしているわ」
そんな話をしている俺たちの所へ、イングリッドさんが声を掛けてくれた。
教室の入り口を見ると、アオイが微笑みながら手を振っていた。その周囲からは、何故か黄色い声が上がっている。
「じゃあ、みんな。また明日」
俺はジゼルたちに手を振ると鞄を掴む。いつもの通学鞄に加え、今日はもう一つ大きめのスポーツバックも肩に掛ける。
クラスメイトたちに挨拶しながら教室を出る。そして俺とアオイは、連れ立って教室棟を出た。
「図書館棟だったか?」
スポーツバックを背負い直しながら、俺は隣のアオイを見た。
「ああ。レーミアが待っている」
アオイが頷いた。
聖フィーナ学院の図書館棟は、クラシカルな外観の多い学院の建物の中にあっても別格の雰囲気を漂わせていた。もともとは、ルヘルム宮殿の離宮の一部だったようだ。今はその遺構をそのまま利用し、図書館としているのだ。
複雑な紋様を描いて石壁を覆う蔦が、そんな図書館棟の古さを表しているかの様だった。
重い木製の扉を開いて薄暗い図書館の中に入る。
古い紙の香りがふっと香る。
図書館棟の一階と二階は開架書庫と閲覧スペースだった。放課後を静かな空間で勉強して過ごす生徒たちの姿ががちらほら見て取れる。
その中には、男子生徒の姿もあった。
この図書館棟は、俺たちエーデルヴァイスの生徒と一般科の生徒たちが共有出来る数少ない場所だった。
俺とアオイは、そんな図書館の中を突っ切り、書庫の奥の階段へと向かう。
ただ歩いているだけなのに、見られているような視線を感じる。特に男子生徒たちが、ジロジロとこちらを見ているのがわかった。
……なんか注目されている。
きっとアオイが目立つのが悪いのだ。
そんな一般生徒や図書館の主たる本には目もくれず、俺たちは上へ上へと階段を上がった。
そして屋上へ。
離宮であった時からそのままではないかと思える様な重苦しい扉を押し開き、俺とアオイは図書館棟の屋上に出た。
ひんやりとした宵の風が吹き抜ける。
スパッツの上のスカートが大きくはためく。
俺はそっと髪を押さえた。
見上げる空。
暗く沈み始めた天頂部には、もう気の早い夜がやって来ている様だった。
冷たい空気の中に、微かに夜の匂いがする。
「お待ちしておりました」
そんな屋上に、静かに透き通った声音が響く。
風に銀髪を揺らすレーミアが、丁寧な動作で頭を下げた。
アオイがレーミアに頷き掛ける。
「待たせたな、レーミア」
「いえ」
レーミアは微笑むと、足元に置いていた大きな鞄を持ってアオイに駆け寄って来た。
俺も、出発の準備を始めよう。
俺とアオイはこれから情報収集に出掛ける。もしかしたら、危険な場面に遭遇することもあるかもしれない。そんな時は、俺がアオイを守らなくてはいけないのだ。
俺はスポーツバックを下ろすと、ファスナーを開いた。そして、その中からブルパップカービンライフルを取り出した。
同じくバックのサイドポケットから、弾倉を取り出す。5.56ミリ弾のカートリッジが、鈍い光沢を放っていた。
俺はガチャリと弾倉をライフルに収めた。そして初弾を装填した状態で安全装置をかけ、再びバックにしまう。よいしょとそのショルダーバックを背負うと、スポーツバックにスパッツというどこにでもいそうな運動部の女学生の出来上がりだ。
よし。
俺は拳を握りしめて小さく頷いた。
前回、このライフルを持って出掛けた時は、アオイについて行き、その行動を監視するためだった。
しかし今回は違う。
情報を集め、魔術犯罪やその被害を食い止めたいというのは、アオイの目的でもあり、俺の目的でもあるのだ。
俺はアオイと共に進む。
今、俺が出来る事に向かって。
「行こうか、ウィル」
バサリと漆黒のマントが宙に舞う。
レーミアが持参した鞄から魔女の装束である黒マントを受け取ったアオイが、制服の上からその黒衣を身にまとう。
「うん、行こう」
俺はアオイに頷き掛けた。
何か情報が得られればいいが……。
何かが起こる前に。
誰かが被害に合う前に。
読んでいただき、ありがとうございました!




