Order:23
「ウィル! あなたがどうしてここにいるのよ!」
肩を怒らせ、ぐっと俺に詰め寄って来るソフィア。
俺は思わず後ずさってしまう。
ソフィアがなんで……。
「ウィル、ソフィア先生と知り合いなの?」
ジゼルとエマが、きょとんとした顔で俺を見ていた。
先生……。
……む。そうだった。
ソフィアは地元の学校に就職して、音楽教師をしているのだった。それが、まさか、この聖フィーナだったとは……。
ソフィアの就職先については、以前に聞いていたかもしれないが、すっかり忘れていた。ここ最近は環境が激変しすぎて、それどころではなかったのだ。
「ちょっと、こっちに来なさい!」
ソフィアが俺の腕を取り、ジゼルとエマから離れた場所へ引っ張って行く。そして彼女たちに聞こえないように、ぐいっと顔を近付けていた。
古馴染みの見慣れた顔が近付く。キリっと整った顔、その眉間には深いシワが刻まれていた。
……おっかない。極めておっかない。
ソフィアの鋭い視線が、俺を正面から捉える。そして、その大きな目がさっと動いて、俺の全身をなぞった。
「その制服、うちの……。なんて格好をしてるの、ウィル。ホントに、なにやってるのよ……」
困惑したようなソフィアの声。
はっとする。
そう、今の俺は聖フィーナ学院エーデルヴァイスの制服姿であるわけで……。
あああ……、あがががが……。
ぼんっと顔が赤くなってしまった。
言い訳よりも何よりも、まるで雷に打たれたような衝撃が全身を走り抜けた。
見られた!
見られてしまった!
女学生の制服を、スバッツがあるとはいえ、こんなに短いスカートを身に付けているところを。
呆れたようにすっと目を細めるソフィア。
羞恥心のせいか、俺は視界がぐらぐら揺れているような気がしてきた……。
「最近全然家に帰ってないじゃない。仕事仕事って。それが、こんなところでこんな格好をして……」
一瞬唇を噛み締め、その後の言葉を飲み込むソフィア。
「……心配してたんだからねっ」
そして一言、絞り出すように呟いた。
……そんな悲しそうな顔でそう言われてしまえば、俺には何も言い返せなくなる。かっと熱くなった顔に、冷水を浴びせられたように恥ずかしさが引いていく。
「悪い、ソフィア……」
俺は、視線を伏せて呟いた。
その俺の声に、今度はソフィアがはっとした様に息を呑む。
「ち、違うのよ」
顔をしかめて目線を泳がせるソフィア。
「心配してたのは、お母さん。そ、お母さんなのっ」
ぬっと恥ずかしそうに俺を睨み付けるソフィアに、俺は一瞬きょとんとする。そして、思わずふっと微笑んでしまった。
学校の廊下という場所で向かいあっているからだろうか。
何故か、本当の学生だった昔を思い出す。
あの頃は、俺の方がずっと背が高かった。
今は、ソフィアの方が少し背が高い。
「あのう〜」
ひそひそ話を続ける俺たちに、ほったらかしになっていたジゼルがおずおずと手を上げた。小柄なエマが、その隣からキラキラした視線を俺たちに向けている。
この状況をなんと誤魔化したら良いのか言葉に詰まる俺に代わって、ソフィアがぱっとジゼル達に向き直った。
「ごめんね、邪魔しちゃって!」
明るい笑顔。俺に向ける苦虫を噛み潰したような顔とは、雲泥の差だった。
「じゃあ、アーレンさん」
ジゼル達に笑顔を振りまいてから、再び俺へと向き直るソフィア。ジゼルたちから見えない角度になると、その顔が真顔になって俺を睨み付ける。
「さっき話した通り、放課後に音楽準備室に来てね。待ってるから。そこでお話、聞かせてね」
えっ。
ギクリと固まる俺。
そんな俺を放置し、再びジゼルたちに微笑み掛けたソフィアは、さっさと歩き出してしまった。
「行こうよ、ウィル」
ジゼルにそう声を掛けられるまで、俺は呆然とその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
ジゼルやエマと話すようになり、視聴覚室で他の子たちからも話しかけられて以来、俺はクラスメイトたちと普通に会話をするようになっていた。
最初、しばらく俺を遠巻きにしていたのは、貴族かどうかも分からない得体の知れない俺に、話しかけづらかったからだそうだ。アオイの関係者だという噂はあっても、アーレンという家名は聞いた事もなく、どう接したらいいかわからなかったらしい。
しかし、一度話をしてしまえば好奇心旺盛な彼女たちは、積極的に俺に近付いて来た。俺の事、アオイとの事、そんな質問の度に、俺は苦笑いを浮かべて言葉を濁す事しか出来なかったが……。
お昼も、ジゼルたちや他のクラスメイトたちと一緒に学食に行った。
本当はフリーな時間はアオイに張り付いておくべきだと思ったが、ジゼルとエマに強引に連れて行かれたのだ。
一応アオイには、注意喚起のメールを送っておいた。すると、黒猫の絵文字と一緒に「楽しんで来るといい」という返信がすぐさま帰って来た。
何だかアオイに微笑ましく見守られているような気がして、複雑な気分だった。
ジゼルや他のクラスメイトたちと話しながらも午後の授業を終える。
そして、放課後がやって来た。
ジゼルやエマ、他のクラスメイトからは、もう少し一緒にお話をしていかないかと誘いを受けたが、俺は先生に呼び出しを受けているからと丁重にお断りした。
……先生が、そう、ソフィアが待っているからと言い訳して。
教科書とノート、ハンドガンとグレネードでパンパンになった鞄を持ち、俺は教室棟とは別の建物である音楽棟に向かった。
アオイには再びメールして、事情を説明しておいた。個人的な知り合いであるソフィアがこの学院で働いていて、それに出会ってしまった。事情を説明しなければいけないから、少しだけ帰宅を待ってくれないか、と。
返信はまだなかったが……。
教室棟と職員棟の間。芝生や並木が綺麗に整えられた緑地の中をうねりながら進む小径を、俺は足早に進む。
傾き始めた日差しが街路樹の陰影を濃くし始める時間帯。すれ違う生徒たちは皆手に鞄を持ち、友人たちと談笑しながら、ゆっくりと校門へと流れて行く。
微かに響く運動部の掛け声。勇ましい少女の声が夕方の微風にのって聞こえて来る。同時に、誰かがどこか遠くで演奏している管楽器の音が、少し悲しげに響き渡り、今日も1日が終わる事をそっと告げていた。
夕日に輝く校舎の窓。
歩きながらすっと目を細め、それを見上げた俺は、軽いめまいに襲われる。
心地よいこの弛緩した空気。
どこか懐かしい。
昔を思い出す。
悲しみに包まれていただけの高校時代ではない。家族みんなが揃っていた、あの中学の頃……。
もしかして、全部夢だったのかもしれないという錯覚が、ふと脳裏を過った。
実は俺はまだ中学生で、テロとか魔術師とか軍警とか、全部一時の俺の夢に過ぎなかったのではないかという妄想。
あるいは、願い。
そんなものは悲しく虚しい願望に過ぎないとは十二分にわかっていても、そう妄想せずにはいられなかった。
だんだんと俺の歩調が緩まる。
ソフィアへの釈明を終わらせて、早く任務に戻らなければいけないのに……。
俺は立ち止まる。
下を向き、そっと息を吐いた。
……ダメだ。
気持ちを切り替えようと軽く首を振る。
そして、またさっさと走り出そうとした瞬間。
俺は前からやって来た人に勢い良くぶつかってしまった。
「わぷっ」
男の広い胸板に、俺はまともに顔面をぶつけてしまう。柑橘系に甘い花の香りが混じった香水が、ふわりと爽やかに香った。
「大丈夫か」
頭上から、低い声が振って来た。
鼻の頭を押さえてよろける俺の肩を、大きな手ががっしりと掴んで支えてくれた。
「す、すみません」
俺は小さく呟き、ぶつかってしまったその男性を見上げた。
黒のスーツに、やはり黒のネクタイを締めている。一瞬喪服かと思ってしまった。
学生よりは年上に見えるが、教師にしては随分若そうだった。がっしりとしていて背が高い。短い黒髪は丁寧に撫で付けられていて、シャープな輪郭の顔に鋭い目が印象的だったが、今は柔和な笑みが浮かんでいた。
「こちらこそすまない。怪我はないかな?」
低く良く通る声が響いた。
「だ、大丈夫です。すみません……」
謝りながらも俺は、体の前で鞄を両手に持つと数歩後退した。
そこで初めて、ダークスーツの男は俺の肩を離してくれた。
ふっと微笑む男。
「綺麗な髪の色だね。私の知人にも、そんな女性がいたなと思い出した」
俺は少し眉をひそめた。
こいつは、何者だ?
「そんなに急いでどこに行くんだ?」
男の口調には、粗野な感じはせず、寧ろ丁寧で親しみを感じる。
「あの、音楽棟へ……」
俺はぼそぼそと答えた。
男の目が細まる。
俺は、その鋭い目に違和感を感じてしまう。
目だけが、笑っていなかったのだ。
俺は、こんな目を知っている。
例えば、ブリーフィングに臨む軍警の隊員たちの様だ。口では冗談を言い合っていても、目だけには闘志をみなぎらせている。任務完遂という目的だけを見据えた、強い意志の宿った目だ。
「ふっ。来たかいがあったな」
男は小さくそう呟くと、ズボンのポケットに片手を突っ込み、笑みを浮かべたままじっと俺を凝視した。
な、何だ……?
俺はどうしていいかわからず、腕をぎゅっと寄せて鞄を強く握り締めた。
えっと……。
「あ、あの……」
俺は顎を引き、上目遣いに男を窺った。若い先生か学校関係者であるのだろうから、邪険に扱うことは出来ない。
「ぶつかってすみませんでした。あの、失礼します」
俺はばっと頭を下げ、そのまま早足で男の脇を通り過ぎようとする。
その瞬間。
「ウィル・アーレン」
低く囁くような声が耳朶を打つ。
俺ははっとして立ち止まった。そして、男を見る。
スーツの男は、親しげに微笑み掛けて来る。
「しっかり前を見て進むといい。気を付けて」
「……はい、すみませんでした」
俺はぺこりと頭を下げる。バレッタでまとめた髪が、ぴょこっと跳ねた。
俺はそのままスカートを翻し、駆けるようにして音楽棟に向かった。
あの男、俺の名前をフルネームで知っていた。やはり、学院の関係者だろうか?
何者だろう。
少し、胸騒ぎがする。
緩やかに右へとカーブする芝生の中の小径を少し進んでから、俺は立ち止まった。そして、そっと後方を窺った。
しかしそこには、既に誰もいなかった。
音楽棟の建物は、音楽関連の施設が入っているだけなのに、教室棟と同様の大きさがあった。コンサートが行えるような大きなホールや、逆に個人レッスンに使う様な個室まで、様々な設備が整えられていた。
俺はその4階、音楽教員達の部屋や目的地の準備室が並ぶフロアまで階段を上る。たたたっと駆ける度に、短いスカートがふわりと広がった。
……実に心許ない。スパッツ様々だ。
しかしスカートばかり気にしていれば、また誰かにぶつかったり、転んだりするかもしれない。
気を付けなければ。
俺はうんっと小さく頷く。
しかし、あの男は何だったんだろう。
あの剣呑な目には、何か引っかかるものを感じてしまう。
そんな事を考えているうちに、俺はあっという間に音楽準備室に到着してしまった。
ドアの前で深呼吸をする。
とりあえず今は、ソフィアと話す事に集中しなければ……。
ノックする。そして、扉を開いた。
「入るぞ、ソフィア」
指定された音楽準備室は広かった。普通の教室の半分くらいはあるだろうか。
一番奥の窓際には、蛍光灯の光を受けて黒く輝くグランドピアノが鎮座していた。壁面にはぐるりと棚が設えられ、様々な楽器や楽譜類、書籍が並んでいる。その周囲には大小様々な楽器ケース、そして折り畳まれた譜面台が並んでいた。
その部屋の右手奥、ピアノの脇に、こぢんまりとした事務机が置かれていた。その机に向かって座っているのが、パリッとした濃紺のスーツに身を包み、輝く金髪を結い上げたソフィアだった。
そして、グランドピアノにもたれ掛かるようにしてもう1人、別の人影があった。
紺のプリーツスカートから伸びる長い足。胸の下で腕を組み、俺と目が合うとふわりと微笑んだ黒髪の少女。
アオイだ。
何でアオイがここに……。
俺は目を丸くしてアオイを見てから、またソフィアを見た。
事務机に肘をついていたソフィアが俺を横目で見る。
……なんか、不機嫌そうだ。
沈黙。
何事だ……?
この不穏でピリピリした雰囲気は……。
重たい空気にきょどきょどするだけの俺に、まず声を掛けて来たのはアオイだった。
「遅かったではないか、ウィル」
アオイが微笑んでいる。
「あ、うん……」
あまりの圧迫感に部屋の入り口で立ち尽くしたままになっていた俺は、そこで初めてアオイとソフィアのもとに歩み寄った。
2人の痛いほどの視線を受けながらも、近くのコントラバスのケースの前に、鞄をそっと置く。
「ソフィア?」
そして俺は、不機嫌そうなソフィアの顔を窺った。
半眼で俺を睨み付けるソフィア。
いつもと同じように余裕の笑みをたたえているアオイ。
これでは、どちらが年上かわからない。
「ウィル。どういう事か説明しなさいよ」
低い声でソフィアがボソッと呟いた。
「あ、えっと、その、こ、これはだな……」
俺は自分の短いスカートを摘んでみる。
「それもだけど!」
ソフィアが椅子を回して俺に向き直った。
「ウィル。エーレルトさんと暮らしているって本当なの?」
えっ!
俺は思わずアオイを見た。
アオイはふうっと息を吐いている。
「ソフィア先生には私から説明しておいた。ウィルには特別に私の護衛をしてもらっているのだと。住み込みで。だから私の護衛として、学校にも通ってもらっているのだとな」
むむ。
全てちゃんと話してしまったのか。
依頼主であるアオイがソフィアに事情を話したのならしょうがない。
しかし同時に、俺は内心、ほっと胸をなで下ろしていた。これでソフィアに嘘をついたり、苦しい言い訳をせずに済むと。
ソフィアを騙すことは、出来ればしたくない。
「ウィルが、ウィルバートが、エーレルトさんみたいな綺麗なお嬢さまと一緒に暮らしているだなんて、そんな……」
ソフィアが俺を睨みながらごにょごにょと何かを呟いていた。
……顔がおっかないぞ、ソフィア。
「黙っていて悪かったな、ソフィ」
俺は左手で右の肘を抱き寄せながら、そっと頭を下げた。
「でもこれは軍警の任務でもあるんだ。周りには、秘密にしておいて欲しい」
俺は大きく息を吸い込んで、ソフィアを見つめた。
「でもわかってるの、ウィル。エーデルヴァイスは女子校みたいなものなのよ?」
眉をひそめたソフィアが、俺を睨み返した。
うっと俺は、言葉に詰まる。
そうだ。
それは、俺が目を背けてきたポイント。聖フィーナ学院エーデルヴァイスに通う上で、スカート着用の他に存在するもう1つの大きな問題点だった。
俺は、俺。
こんな姿でも以前は……。
俺は唇をキュッと噛み締めて、ソフィアから目を逸らす。
俺は、女子生徒たちの間に入り込んだ異分子だ。
ソフィアはこの学校の先生。こんな俺を排除すると言い出しても、俺には抵抗することは出来ない。
正しいのはソフィアだ。
言葉を探すが、俺は一旦口を開いてまた直ぐに閉じる事しか出来なかった。
沈黙する俺。
そこへ、つかつかとアオイが近寄って来た。そして、突然俺をぎゅっと抱き締めた。
「なっ!」
ガタンッと回転椅子を蹴ってソフィアが立ち上がった。
またか……!
俺は固まってしまう。
俺の背に回した腕に力を込めるアオイ。彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。柔らかい感触が俺の全身を包み込んだ。
「エ、エーレルトさん、離れなさい! こら、ウィル! ウィルバート! あなたも離れるのっ!」
ソフィアが俺の手を力一杯引っ張った。しかしアオイも離すまじと力を込める。
あがががが……。
「先生。何も慌てる必要などないのです。同性なのだから、問題ないでしょう、この程度」
アオイは俺を開放すると、長い黒髪をひるがえしてソフィアに向き直った。そしてふわりと微笑む。
「同性って、ウィルは、ウィルバートなのよ!」
俺の手を離したソフィアが、アオイを睨みつけた。
動揺の為か、俺の事情を知らない者が聞いたら意味不明の台詞だ。しかしアオイは、俺の事情を知っているのだ。
「過去など関係ない。重要なのは、これからをどうしたいのかでしょう。先生」
アオイが冷静な声で言い放った。
一瞬、ソフィアが鼻白む。しかし直ぐに、きっとアオイを睨みつけた。
「エーレルトさん。ウィルが生きて来た今までは、あなたのように恵まれてもいなければ、幸せでも、いいえ、普通ですらないの。複雑に入り組んだ辛くて悲しい思い出なの」
ソフィアが俺を一瞥する。
「……あなたには、ウィルの痛みなんてわからないでしょうけど」
ソフィア……。
胸の奥が、ぽっと温かくなった。
俺の為にこうして苦しげな顔を浮かべてくれる。
それだけで俺は、嬉しかった。
「……ソフィア先生。先ほど先生は、ウィルの幼なじみだとお聞きしましたが、お2人は深い関係だったのですか?」
あくまでも冷静なアオイの言葉に、ソフィアがうっと唸った。
整ったソフィアの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
深い?
確かに俺とソフィアは家族ぐるみの付き合いだった。ソフィアは俺の大切な家族みたいなものだ。
姉みたいな。
確かに深い関係ではある。
しかしソフィアは、顔を真っ赤にしながらふんっと顔を背けた。
「た、ただの弟みたいなものよ。手間のかかるね!」
うっ。
確かにソフィアには迷惑ばかり掛けているが、直接その口から迷惑だと告げられれば、やはり少しショックだった。
俺はそっと肩を落とす。
「うっ。ウ、ウィル。何捨てられた子猫みたいな顔してるのよ」
またソフィアに睨まれる。
「弟、か」
アオイがポツリと呟いた。
「先生は、私がウィルの事などわからないとおっしゃったが、それは違う」
アオイが俺を一瞥した。
「私はウィルの事なら大抵知っている。例えばスリーサイズ。上から83、57……」
「エ、エーレルトさんっ、何でそんな事を!」
83……。
そんな数値だったのか。
今まで下着類はレインにソフィア、レーミアにまかせきりだったので良くわからない。
自分の胸をむにっと指で押してみる。柔らかい。
「こら、ウィル!触らない!」
……ソフィアに怒られた。
「何せ、私が設定したからな」
ふふんっと胸を張るアオイ。
「だから私は、ウィルのこれからに責任を持つ義務があるのです、先生。言うなれば、ウィルは私の妹みたいなものなのです」
アオイ……。
魔術師と戦う事が正しい道だと信じる俺に、別の道があるかもしれないという事を示してくれようとしているアオイ。魔術師という存在に負の感情以外を持てる可能性があるなど、今はまだ信じられない。しかし、もしかしたらという一筋の光明は感じていた。
それに惹かれたからこそ、俺は今ここにいるのだ……。
「妹って、何を言っているの、エーレルトさん……?」
ソフィアが困惑の表情を浮かべる。しかしあくまでも穏やかな声で、アオイは言葉を紡いだ。
「どういう種類かは別として、私も先生もウィルの事を思っている。ウィルの姉たらんとするなら、今はウィルを見守っていただきたいのです。つまりは、それだけの事です」
アオイは静かにそう告げ、そっと頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、ソフィアも根負けしたように、ふうっと大きく息を吐いて。
「……わかったわ」
額に手を当てて一瞬目を瞑った後、ソフィアが俺を見た。
「ウィル。そのかわり、学院生活については私が監督します。それが条件よ。それで良いかしら?」
少し拗ねたようなソフィアに、俺はふふっと微笑みかけた。
「よろしく頼む」
ありがとう、アオイ。ソフィア。
俺は確かな温かさが宿る胸にそっと手をあてる。
多くの悲しいことがあって、失ったものも多い。しかし俺にはまだ、この2人みたいな大切な人達がいるのだ。
「さぁ、一緒に帰ろう、ウィル。そうだ。夜は私と一緒に勉強だったな」
ガシッと俺の手を取るアオイ。
え……?
「夜、一緒……。だ、ダメだからね、ウィル! 久しぶりにこっちに帰って来なさい!」
ガシッと俺の手を取るソフィア。
え……?
窓の外はすっかり暗くなり、木立の向こうに微かにオーリウェルの街の灯りが見えた。
読んでいただき、ありがとうございました!




