Order:21
日が落ちて空の青が濃紺に変わり始めると、室内もだんだんと灯りが必要なほど薄暗くなり始める。開け放った窓からは相変わらず爽やかな風が吹き込んで来るけれど、それにもやはり微かな夜の気配が感じられた。
伯爵邸を取り囲む森からは、盛大にヒグラシの鳴き声が響き渡っていた。
少し切なくなってしまう夏の日の夕べ。
俺は伯爵邸の自室のベッドに腰掛けて、壁のラックに吊らされた制服を見つめていた。
白のシャツと赤いネクタイ。紺のプリーツスカートの一揃え。
聖フィーナ学院エーデルヴァイスの制服。
アオイのものではない。
……俺の。
どれだけ長時間見つめていても、目が点になったままだ。
昼間の出来事を思い出す。学院の購買部でアオイがあらかじめ注文していたこの制服を手にしてからも、俺はまったく状況が飲み込めなかった。
「ふふ。学院に潜入するなら、生徒という身分が一番だろう? ウィルが聖フィーナに転入する手続き、私が整えておいたよ」
2人並んで教室棟を見て歩いていた俺とアオイ。
俺の手には、制服の入った紙袋があった。状況を飲み込めず、紙袋を手にきょとんとしたまま歩く俺を見て、アオイが悪戯っぽく微笑んでいた。
「丁寧に作り込まれていた君の個人情報もおあつらえ向きの設定にされていたし、手続きは簡単だった」
俺はゼンマイ仕掛けの人形のように、カチコチとアオイを見た。
軍警が作り上げたウィルの偽装身分を、逆に利用したというのか……?
微笑むアオイ。
口を開けて呆然とする俺。
いや。いやいや、しかし、俺が女子校に潜入など……。正確には、今はもう女子校ではないが、しかし、今更高校生なんて、でも、見た目的には相応であるわけで、いや、だからといって、しかしそんな……、でも他に良い方法は思い付かないし、アオイに学内でも張り付くなら同じ生徒として学院に潜り込むのは確かに悪くない手なのだが……。
いや、いやいやいやいやいやいや!
ブンブンと頭を振った。はらはらと髪が舞う。
俺はぽつんと立ち止まった。前方へ歩いて行くアオイのスカートと、スラリとした足を見る。
こ、こんな、短いスカートを穿くなんて……。
ヒラヒラ揺れる腰のリボン。
「む、無理だ……」
人気のない教室棟の廊下に、微かな俺の呟きが響いた。
俺はがくりと肩を落とす。
人には、限界というものが存在する。限界は、やがては克服する事が出来るだろうが、今はそれ以上進んではいけないという無意識のシグナルでもあるのだ。
体が女になっても、俺は俺として生きて行く。でも、あんなスカート姿で自分は女学生だと喧伝して歩く事は、さすがに今の俺には限界を超えた事なのだ。
「どうした、ウィル。何をぶつぶつと言っている?」
アオイが振り返る。黒髪がふわりと弧を描いた。
「大丈夫だ、ウィル。君なら、聖フィーナでも上手くやれるよ。何も心配する必要はない」
俺はやはり首を振った。
「そうだな」
アオイはふっと息を吐き周囲を見回すと、おもむろに近くの教室に足を踏み入れた。
聖フィーナの教室は、無個性な椅子と机が並べられただけの一般的な教室とは違った。大学の講義室のように、教壇を囲むように配置された飴色の長机が、後ろに行くほどせり上がって行くような構造になっていた。
「ウィルはそこ」
アオイが一番前の席を指し示す。
しょうがない。
戸惑いながらも、俺は制服の入った紙袋を胸に抱いて椅子に座った。
カツンと教壇に立つアオイ。制服姿でも、本物の教師のような威厳に満ちていた。
「ウィル。私が君をエーデルヴァイスに入れたのは、何も楽しそう……」
楽し……?
俺は眉をひそめる。
アオイはふわりと微笑んだ。
「君の任務の手助けをするためだけではないんだ」
あ。
……誤魔化した。
俺はううっと、アオイを上目遣いに睨む。
「……繰り返しになるが、エーデルヴァイスは貴族の息女が大半を占める。つまりは、力の大小はあっても、皆魔術師だ」
俺は更にアオイを睨む。
「わかってる」
そんな事は既に察していた。言わばここは、俺にとって敵地になるのだ。そんな場所でスカートをヒラヒラさせるなんて……。
「顔が怖い、ウィル」
アオイが微笑む。
「勘違いするな。魔術師と言っても、皆魔術のある環境で育って来ただけの普通の少女たちだ」
俺は眉をひそめた。
アオイは何が言いたいのだろう?
「ここには、今までウィルが対峙して来たような凶悪な魔術犯罪者はいない。私は、そんな環境で魔術師の社会というものを体験して欲しいんだ。そして、みんなを知って欲しい」
「知る……」
俺はアオイの顔を見つめる。
教壇を降りたアオイが俺に歩み寄って来た。そしてすっと手を差し出した。
「さぁ行こう、ウィル。まだ図書館棟にも行っていないし、部活棟やグラウンドだってある。まだまだ知っておかなければならない事は、山の様にある。そうだろう?」
俺はふうっと息を吐いた。
しばらく、じっとアオイを見つめる。彼女の黒い瞳を。そしてその白い手を。
そして俺は、そっとアオイの手を取った。
……作戦部に戻らず、アオイの元にいようと決断したのは俺だ。アオイに強制されたからではない。
ならば、嫌な事があるからと言って直ぐに投げ出す事は良くない事だ。……きっと、姉貴やソフィアにも怒られるだろう。
昼間の事を思い出しているうちに完全に暗くなってしまった伯爵邸の自室で、俺はそっと自分の手を見た。
アオイの手を取った自分の手を……。
……やるしか、ないのか。
夕食の後、自室に戻った俺は、事の成り行きをバートレットたちにも説明しておく事にした。
部屋に戻った瞬間、吊り下げられた制服が視界に入る。
俺はそっと目を逸らす。
……ふうっ。
ベッドに腰掛けて、携帯を取り出す。
スラム街のビルで軍警の作戦に横槍を入れた時は、軍警に報告していなかった。……そこまで思い至る余裕がなかったからなのだが、聖フィーナ学院に入学してしまうなど、今度は黙っていて誤魔化せるレベルの話ではない。
バートレットたちにも話を通しておかなければ……。
いや、むしろ。
きゅっと携帯を握り締める。
俺は、期待していた。大きな期待を抱いていたのだ。
学院内での護衛について、バートレットや軍警が何かしら良いプランを持っているのではないか、と。
対案があれば、堂々とスカートから逃れられる。
戦略的撤退。
よしっ。
それに、もしかしたら聖フィーナ入学など軍警が認めないかもしれない。そうなれば、無念だが、本当に無念だが、学生生活は断念……。
「わわっ!」
その瞬間、携帯が鳴った。俺は思わず携帯を取り落としそうになった。
着信はアリスからだった。
『ウィル、今いい?』
「だ、大丈夫。何だろう?」
『ヘルガ部長からお話があるみたいだから、代わるわね』
ごそごそと音がする。
部長?
『ウィル・アーレン。何があったの? いえ、いいわ。これはもう決定事項なのだから、今更言ってもしょうがないわね』
携帯から聞こえるヘルガ部長の声は、少し疲れている様子だった。
『軍警本部から勅命があったわ。あなたを聖フィーナ学院へ生徒の身分で潜入させ、エーレルト伯の護衛を継続させろとね。トップダウンでねじ込んでくるこのやり方、伯爵の護衛にあなたを指名して来た時とそっくりだわ』
俺ははっとした。
アオイだ!
学院側に俺の入学を認めさせ、軍警にも認めさせるよう圧力を掛けたのだ。エーレルト伯爵たるアオイならば、それくらいのコネはある筈……。
ふふっと微笑むアオイの顔が目に浮かぶようだった。何と抜け目のない魔女だ……。
『ふうっ』
ヘルガ部長が溜め息を吐く。
『上の命令では従わざるを得ないわ。ウィル。正式に聖フィーナへの潜入を命じます。ただし』
ヘルガ部長が一瞬言葉を切った。
『あなたが軍警の隊員であると悟られてはダメよ。絶対に。学院内は、多くの貴族の娘たちが集まる場所。そこに軍警が隊員を送り込んだと公になれば、どんなスキャンダルになるか想像できるでしょ?』
息を呑む。
アオイや俺がどうだという程度ではすまない。貴族と軍警という大きな構図での対立が、表面化してしまう可能性があるということだろう。
『……だから、出来る限りのバックアップはするわ。定期報告も忘れずに。その、何て言っていいのか分からないけれど、頑張りなさい。健闘を祈るわ』
最初と同じように疲れた声でそう告げたヘルガ部長が、電話を代わる。またアリスが出た。
『ウィル。大丈夫? 何でも相談に乗るからね』
『ひゅー、凄いね。お嬢さま学校とは。ウィル君は、軍警男子みんなの憧れの的だな』
笑みを含んだバートレットの声が、少し遠くに聞こえた。
『もう、茶化さないで、イーサン。女だらけの場所っていうのは、それだけで大変なものなの。ドロドロしたものとか……』
ドロ……?
『ネチネチしたものとかあるんだから!』
ネチ……。
気持ちがどんどんと沈み込んでいく。到底俺に務まる任務ではない気が……。
『アリス。ウィル君に頑張れと言っておいてくれ』
『もう。でも、みんなウィルちゃんの任務達成を祈ってるから。頑張ってね!』
ぷつりと電話が切れた。
俺はがくりと肩を落とした。
任務……。
ああ……。
俺は肩を震わせる。
スカートが任務になってしまった!
うぐ、うぐぐぐぐ……。
チラリと壁の制服を窺う。
逃げ道を作るつもりが、完全に退路を断たれてしまったではないか……。
アオイに対抗する策を得るどころか、ヘルガ部長やオーリウェル支部も含めて完全にアオイにしてやられている。
俺はぽてりとベッドに倒れ込んだ。そして、クッションに顔を埋める。
うううう……。
待ち遠しいものはなかなかやって来ないのに、嫌なものはあっという間に近付いて来てしまうものだ。
まだだ、まだまだ来週だと思っていた聖フィーナ学院秋期授業の開始の日は、あまりにもあっさりとやって来てしまった。
運命の朝。
閉ざしたカーテンの向こうで、小鳥たちがチチチっと鳴いていた。
きっと今日も良いお天気なのだろう。さっと窓を開ければ、きっと爽やかな朝の空気が流れ込んで来るに違いない。
しかし随分と前から目覚めていた俺は起きあがろうともせずに、猫頭くんを抱き締めたままじっとベッドの天蓋を見つめていた。
指先がじんっと痺れるような緊張がずっと続いている。まるで全身がふわっと熱に包まれている様だった。
……起きなければ、な。
俺はふうっと息を吐く。
固まっていても、何も変わらないし逃げる事も出来ない。
俺は身を起こすと、ベッドからすっと足を下ろして立ち上がる。そのまま洗面所に行って洗顔や歯磨きを終わらせると、また自室に戻る。
ドレッサーに向かって桜色の髪を簡単に梳くと、後ろ髪をまとめて軽く捻り上げ、バレッタで留める。レーミアがよく整えてくれる髪型を、見よう見まねでやってみた。
鏡の前で頭を振り、おかしくないか確認する。
よし。多分大丈夫だろう。
俺はそっと頷いた。鏡の中の少女も、微かに顔を紅潮させながらもこくりと頷いていた。
俺は壁に掛けられた制服に歩み寄る。
ボタンを外してパジャマを脱ぎ捨てる。水色と白のツートンの下着だけになると、素肌に直に触れる朝の空気に、少し肌寒く感じてしまう。
一瞬の間を置き、俺は吊された制服に手を伸ばした。
聖フィーナに潜入する事が決まって数日が経つが、そんな短期間でスカートへの抵抗がなくなることはなかった。現に今も濃紺のスカートに足を差し入れる事に、大きな抵抗感があった。
しかし、嫌だからと言って避ける事は出来ない。嫌なものから逃れているだけでは前に進めない。
少なくともそれがわかる程の経験は、俺も積んで来た。
これは、俺が、アオイといると決めた結果なのだから、なおさら駄々をこねているだけではいけないのだ。
それに、これは任務。アオイの護衛任務のため。
復調したアオイは俺個人より遥かに強く、護衛なんてものはアオイが俺を側に置く方便に過ぎない。
そんな事は分かっている。
しかし女生徒の制服を身につけている俺には、その任務という言葉が凄く心強かった。
任務。
スカートは任務……。
ぶつぶつ言いながら俺は身支度を整えていく。
着替えを終えた俺は、恐る恐る鏡の前に立ってみた。
胸の形に合わせて膨らむ白いシャツに赤いネクタイ。紺のプリーツスカートとそこから伸びる白い足。頬を赤く染めたストロベリーブロンドの少女は、緊張した面持ちで直立している。
すっかり見慣れてしまった自分の姿。
しかしこんな格好をしていると、本当の女子生徒にしか見えなくなって来る。
……うう。
ますます顔が赤くなる。俺は目を伏せて、そっと鏡から目を逸らした。
そうだ。懸念事項がもう一つあった。
それは、武器の携行方法についてだ。
いくらお飾りの護衛役だったとしても、万が一の事態に対応出来なければ意味がない。伯爵邸襲撃の実行犯グループは確保したとはいえ、背後に控えるだろう騎士団がアオイへの干渉を諦めたとは思えない。
別の形での襲撃がある可能性は、なお高い筈だ。
俺は机に向かうと、引き出しからハンドガンを取り出した。ずしりとくるその重みと、表面の乾いた感触を確かめるようにグリップを握る。
少しだけ弾倉を抜いて弾丸をチェック。9ミリ弾が詰まっているのを確認して、カチャリと弾倉を元に戻した。
ライフルは無理にしてもハンドガンくらいは持っていたい。しかし制服の夏服は薄くて、いつもみたいに腰の後ろにホルスターは付けていられそうになかった。
映画で見た女スパイみたいに、レッグホルスターをつけてスカートの中に隠してみるか。
ふとそう思い立った俺は、ベッドに腰掛けスカートをまくると、白い太ももに直接ホルスターを巻いてみた。
ん……。
何だかムズムズする。
それにスカートが不自然に膨らんでいるし……。
ハンドガンを差し、取りあえず試しに歩いて見る。
「ひゃ」
思わず悲鳴が口をついた。
ホルスターが内股に擦れて変な感じがする。
……これはダメだ。
しょうがない。
俺はホルスターごとハンドガンを学院指定のカバンに入れる。ついでにスタングレネードも2、3個入れておこう。
その時、控え目なノックの音が響いた。
「おはようございます、ウィルさま」
「おはよう、レーミア」
俺はドアの方を向いた。
レーミアはいつもと同じメイド服姿だった。レーミアもこれから登校しなければならないのに、朝の仕事もきちりとこなしているのだ。
真面目な子だ。
「ウィルさま。着替えはキチンとされていますね。良かったです」
レーミアが俺の姿を凝視する。
……恥ずかしい。
俺はスカートをキュッと握り締め、レーミアから視線を逸らせた。
「あれほど嫌がられていたのに、安心致しました」
最近のレーミアは饒舌だ。俺がアオイと同じ学校に通う事が分かってから、何だかレーミアの雰囲気が変わった。
頼んでもいないのに聖フィーナについてあれこれ教えてくれたり、俺の事は任せて欲しいとアオイに宣言していたり……。
普通長期休暇の終わりというものは気分が沈むものだと思うが、学校の再開が待ち遠しくてたまらないといった雰囲気だった。
「しかし、ウィルさま」
そのレーミアは、しかし難しい顔でじっと俺を見つめている。
きっと俺を指さすレーミア。俺の、スカートを……。
「可愛くないです。スカートが長すぎです」
「えっ!」
「アオイお嬢さまの従者たるもの、美しく、可愛くしておくのも当然の義務ですから」
レーミアが徐に近付いて来る。俺は反射的に後退する。
レ、レーミア、顔が怖い。
「俺、従者じゃ……」
「俺も禁止です」
背中が壁にあたる。
ずいっと体を寄せてきたレーミアが、俺のスカートに手を掛けた。
「ひゃっ」
思わず俺の口から悲鳴が漏れた。
「スカートを短くする方法、教えて差し上げます」
「レ、レーミアっ」
「何だ、楽しそうだな」
不意に別の声が響いた。
開けっ放しのドアから、既に制服姿のアオイがこちらを見ていた。
……生暖かい笑顔で。
「レーミアとウィルが仲良しで、私は嬉しいな」
「ち、違います!これは、ウィルさまのスカートが長すぎるのがいけないのです!」
「ほほう」
レーミアの良くわからない訴えに、アオイの目が怪しく輝いた。
ダメだ。
形勢は圧倒的に俺が不利……。
「1年生は総勢67名。そのうち私たちの2組は22名在籍しているわ」
落ち着いた内装の聖フィーナ学院エーデルヴァイスの廊下。既に予鈴が鳴り終わり、静まり返ったその廊下を、白衣を揺らして歩くヒュリツ先生。
俺もその後に従って歩く。
どうやら先生は、アオイの担任ではなく俺の担任だったみたいだ。
初めて顔を合わせた時は、そんな事想像もしなかったが……。
「今日のところはオリエンテーションで終わりだから、アーレンも顔見せ程度しか出来ないわね」
「……はい」
緊張で少し声が掠れてしまう。
もちろん新しい環境に飛び込むという意味でも緊張はしているが、問題はやはりこの短いスカートだ。
アオイとレーミアの圧力により、短かったスカートがさらに短くなってしまった。
具体的には膝上にまで!
何だ、これは! こんな姿でどうやって動けばいいんだ!
それでも俺が何とか耐えて、こうして廊下を歩いていられるのは、短いスカートへの対応策を見付ける事が出来たからだ。
俺は今、スカートの下にスパッツを穿いている。体力トレーニング用に持って来ていた俺の私物だ。
これでスカートを穿いた時のあの開放感はなくなった。ただし、ヒラヒラのスカートを揺らして歩いているという状況が解消された訳ではないので、制服への抵抗感が完全に消え去ることはなかったが……。
俺はハンドガンやらグレネードで重くなったカバンを握る手に力を込めた。
人間、窮地に陥れば何かしらの救済策を見つけ出せるものなのだ。
スパッツ作戦がなければ、俺は今頃……。
「ここが2組の教室よ」
ヒュリツ先生が立ち止まる。そしてすっと目を細めて俺を見た。
「では行くわね。自己紹介ははっきりと、ね」
「……了解です」
俺は踵を合わせ姿勢を正す。きっとヒュリツ先生を見つめ返す。
やはり緊張している。
軽く頷いたヒュリツ先生が、そのまま教室のドアを開いた。
瞬間、女の子たちの明るい声が溢れ出して来た。
大きな窓から差し込む初秋の陽光。その光で満たされた明るい教室の中に、ヒュリツ先生が踏み込んで行く。
慌てて俺もその後に続く。
さっと静まる話し声。
俺と先生の足音が妙に大きく響き渡った。
教壇に立つ。
生徒たちに向き直る。
少女たちの目が俺に集まっているのがわかった。ちらちらと好奇心に溢れた視線が俺に注がれる。未だかつて、これほどまで大勢の女性に注目された経験など、俺にはなかった。
俺は静かに息を吐き、視線を教室の奥の壁へと固定する。
「みんな、久し振りね。長いお休みで変わりはなかったかしら」
ヒュリツ先生の声が響き渡った。
「積もるお話もあるでしょうし、新学期のお話も沢山あるけれど、その前に転入生を紹介するわ」
先生に促され、俺は一歩前に進み出た。
背筋を伸ばし、かつっとローファーの踵を合わせる。
「ウィル・アーレンです。本日よりよろしくお願い致します!」
声を張る。
メリハリをつけた動作で腰を30度ほど傾けて、無帽での敬礼を行った。
少女たちがざわつく。少し驚いた顔をする者や、隣の者と何かひそひそと話している者もいた。
Λ分隊に着任した時の事を思い出す。もっとも、あの時みたいに面倒くさそうな野次も下品な歓声も上がらなかったが……。
その代わり無数の女の子たちの視線に晒されているという状況は、とんでもなく落ち着かない。軍警の男臭い空間の方が、まだ気楽だ……。
「元気の良い事は良いことね。アーレンは3列目の右側に座りなさい」
「はい」
俺はヒュリツ先生に示された席へと向かう。胸を張り背筋を伸ばして、キッと前を向いて歩く。スカートがはらりと揺れ、腰の後ろで飾り紐のリボンがすっと流れているのがわかった。
「少しかっこいいわね」
「騎士級かしら」
「エーレルトさまの従者みたいだから」
「えっ、そうなの?」
「伯爵さまの騎士、か」
風に揺れる森のざわめきの様に広がる少女たちの囁き。
綺麗に整えられた髪。微かに漂う良い香。アンティークな木製の机に、椅子、棚。静かな教室に響く先生の声と、黒板を叩くチョークの音。
硝煙の香も弾痕もなく、魔術攻撃の跡もない。
しかし、今日からここが俺の任務の場なのだ。
席に着く。
そっと溜め息を吐く。
……果たしてやっていけるのだろうか、俺は。
読んでいただき、ありがとうございました!




