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Hexe Complex  作者:
20/85

Order:20

 窓から吹き込む爽やかな風がふわりとカーテンを揺らす。少しひんやりとした夏の終わりの風に、机に向かっていた俺は顔を上げた。

 なんだか季節の移ろいを感じてしまう。

 晴天の空が広がる朝。早朝トレーニングを終えた俺は、エーレルト伯爵邸の中、あてがわれた自室へと戻ると机に向かい、銃の整備に取り掛かっていた。

 最新型のブルパップカービンは、分解も簡単だ。一度バラしてパーツを清掃。ガンオイルを差し、再び組み上げる。徐々に手に馴染んで来たライフルを構えて、不具合がないか確かめる。

 銃の分解組み立ては、メンテナンスと同時に命を預ける道具を良く知るための重要な作業だった。

 整備が一段落した俺は、揺れるカーテンを見てほっと息を吐いた。

 気持ちの良い風だ。

 少し前は、あんなに暑かったのに。

 目を閉じて髪を揺らす風を感じていると、居眠りしそうになってしまう。

 いけない、いけない。

 ライフルをケースに戻す。

 さて、今日も1日が始まるな。アオイの護衛の任、果たさなければ。

 ヘルガ部長の同意を得てアオイ護衛任務を継続する事になった俺は、アオイに温かく迎え入れられ、アレクスさんにも喜ばれながら伯爵邸での生活に戻っていた。

 メイドのレーミアだけは、無表情に俺を睨んでいる事が多いけれど……。

 しかし、こちらからお願いしなくても屋敷での生活のあれこれや、エーレルト伯の従者たる者の心構えを教えてくれようとするので、少なくとも嫌われているという事はなさそうだが。

 あと俺は、アオイの従者でもないが。

 アオイたちとの生活。

 今までのように只の護衛役として過ごしていては意味がない。

 ここから俺は、何かを学ばなくてはいけない。具体的には、まだよく分からないが。

 取り敢えず、今日も日課の周辺警戒を進めなくてはと俺が部屋を出ようとした瞬間、コンコンとリズミカルなノックの音が響いた。

「どうぞ」

 俺が返事をすると、扉がすっと開いた。

「ウィル」

 ひょっこりと顔を出したのは、アオイだった。

 あのスラムのビルでの出来事以来、アオイは良く俺の部屋にやって来た。特に何をするでもなく、雑談をしていくだけだったが。

 扉から顔だけを出したアオイの黒髪が、さらりと落ちる。

「ウィル。出掛けるぞ」

 俺はきょとんとしてしまう。

 今日は、外出の予定があるとは聞いていなかったが……。

「どこへ行くんだ?」

 俺は扉を開いて廊下に出た。

「アオ……?」

 瞬間、目が点になった。

 ヒラリと揺れる濃紺のプリーツスカート。そこから伸びるスラリとした長い足は、黒いタイツに包まれていた。白のシャツは半袖で、スカートに入れず出したままの裾には黒いラインが入っている。左袖には白い花のエンブレム。襟元はきっちり閉じられ、青いネクタイがきゅっと締められていた。

 腰に手を当てたアオイが俺を見ている。

 涼やかにふふっと笑うその姿は、シンプルな服のデザインも相まって清楚で健康的な美しさに満ちていた。

「アオイ、それは……」

「ふふっ。私の学校の制服だ。どうだ」

 悪戯っぽく笑うアオイ。

 いつもはロングスカートでいる事の多いアオイが、膝上のスカートを穿いているなんて初めて見た光景かもしれない。

 新鮮だ……。

「そんな格好をして、何事だ?」

「何事だとは何だ。これから学校に行くのだから、制服を着るのは当たり前だろう」

 アオイが後ろ手を組む。

 む。

 そう言えばアオイも学生なのだった。普段の大人っぽい雰囲気を見ているとつい成人のように思ってしまうが、まだ今年が高校2年生の筈だ。

 俺の実年齢よりも、ずっと下なのだ。

 ……もっとも、軍警が作ったウィルの偽装身分では、年上になるのだけれど。

「早いものだが、夏期休暇も終わる。来週からは学校が始まる。その前に、ウィルにも学校を見ておいてもらった方が良いだろうと思った」

 ふふっと楽しそうに笑うアオイ。

 服装の力とは大きなものだ。

 そうして笑っていると、貴族でも魔女でもなく、ただの女学生に見えてしまう。

「学校……」

 俺は眉をひそめた。

 そうか。

 アオイが学校に行っている間の護衛方法も考えなければいけない。この屋敷の警戒ばかりで、そちらには考えが及んでいなかった。

 確かに学校が始まれば、学生たるアオイはそちらで過ごす時間が長くなる。その間に何かあっては、護衛の意味がない。

「今のうちに私の学校を確認しておくのも重要だと思うのだ」

 アオイが胸を張る。白い夏服を押し上げる胸がずいっと突き出される。

「確かに」

 俺は神妙に頷いた。

 学校という閉ざされた世界では、異分子の存在は目立ってしまう。なかなか入り込みづらい場所だ。

 いかにしてアオイを護衛するか……。

 その方法が咄嗟に思いつかない。後でバートレットやアリスに相談してみなければいけないだろう。

 しかし、まずアオイがどんな場所で学校生活を送っているのかを知っておく事は、今後の任務や護衛の方針を決める上でも重要な事の様に思えた。

「わかった。アオイ、是非案内して欲しい」

 俺はアオイを見つめてこくりと頷いた。

 アオイが微笑む。

 楽しそうに。

 む。

 俺は微かな違和感を覚える。

 アオイにしては、なんだか陽気過ぎる気がするが……。

「もちろんだ、ウィル。さぁ、行こう。車を待たせてある」

 アオイがくるりと踵を返した。そしてゆっくりと玄関に向かい、歩き始める。

 俺は学校内での護衛任務について考えながら、スカートと黒髪を揺らすアオイの背中を見る。

 前から見ていた時は気が付かなかったが、アオイの制服の腰には、飾り紐で結ばれたリボンがふわふわと揺れていた。



 俺とアオイを乗せたエーレルト伯爵家の黒塗りのセダン、つまりはアオイの所有車は、屋敷を出るとそのままオーリウェル市街へと向かった。しかし市中には入らず、そのまま街を取り囲む外周通りへと入って行く。

 込み入ったオーリウェル中心部とは違い、広い区画に整然と並ぶ大きな家々の間を通り抜け、車は街を見下ろす丘を上って行く。

 この辺りは俺もあまり来た事がなかったが、大学や企業の研究機関、大きな総合病院や天文台なんかが集まっているエリアだった。

 緑に埋もれるようにしてそれら大きな施設が点在し、さらには古都オーリウェルの名に恥じず、古い時代の史跡も広がっていた。

 今日も晴天だ。

 整備された広い道路の脇に並ぶ街路樹が、お昼の眩しい陽光を受けてキラキラと輝いていた。車は右に大きくカーブしながらその下を軽快に走り抜けていく。

 並んでランニングするカップルとすれ違い、ヒルクライムに挑むサイクリストたちをすっと追い越して行く。

 左手に目を向けると、ルーベル川に向かって広がるオーリウェルの街並みを一望する事が出来た。

 なだらかに広がる旧市街の赤い屋根。その先に広がる川面の輝き。

 気持ちの良い所だなと、俺は思う。

 アオイは、毎日この道を車で送迎してもらっているそうだ。

 ……さすがはお屋敷に住むお嬢さまだ。

 因みにレーミアもアオイと同じ系列の中学に通っているらしく、毎朝一緒の車で通学しているようだった。

 セダンの後部座席。

 俺の隣に座るアオイが、そんな学校生活の説明をしてくれる。スカートから伸びたすらりとした足が、優雅に組み替えられる。

 俺は頷きながら、ふと疑問に思った。

「魔術師なんだから、この前の転移術式で一気に跳べばいいんじゃないのか?」

 首を傾げる俺に、しかし制服姿のアオイは困ったように微笑んだ。

「魔術とは、そう大っぴらに使うべきではないのだ」

 ふむ。

 そういうものなのか。

 魔術師の事は、やはり良くわからない。今まで知ろうともしてこなかったし、知らないと言うべきか……。

「ほら、ウィル。到着するぞ」

 むうっと眉をひそめる俺に体を寄せたアオイが、車の進行方向右側の先を指差した。

 緑鮮やかな木々に囲まれた外壁の先に、大きな正門が見えてくる。アオイの屋敷よりもさらに立派な門だった。

 車はその正門を通過する。

 芝生と生け垣が丁寧に整えられた敷地の向こう。レンガ造りの大きな建物が近付いて来た。年代を感じさせる古びた建物。レンガの赤と絡まったツタの緑が、鮮やかなコントラストを描いていた。

 そんなレトロな雰囲気の建物が幾重にも続いている。その脇には、クラシカルな装飾が施された文字盤が特徴的な時計塔がそびえていた。

 アオイが微笑みながら車窓を見つめる。

「ここが私たちの学び舎、聖フィーナ学院だ」

「聖フィーナ……。ここが……」

 俺は窓に張り付くように車外の景色を見つめながら、そう呟いていた。

 まるで博物館とか美術館、又は宮殿とかお城と表現してもおかしくない建物群だ。とても学校には見えなかった。

 緑の中に点在する古風な建物。その向こうには、真新しい近代建築も見て取れる。

 まだ夏期休暇中という事で学生の姿は見えなかったが、高校というにはあまりにもゆったりとした作りに俺は圧倒されてしまっていた。

 俺もオーリウェルの地元民なので、聖フィーナ学院の名前くらいは聞いた事があった。

 貴族や名士のご令嬢しか入学を認められない超お嬢さま学校。

 そう、女子校だ。

 アオイはエーレルト伯爵家の当主なのだから、学校と言えば聖フィーナしか有り得ないことはわかっていた。しかし、改めてその学院に足を踏み入れると、その何もかもに驚かざるを得なかった。

「でも、女子校内の護衛には、この姿は役に立つな」

 明らかに場違いなこの場所で、広すぎるこの場所でいかにして護衛任務を果たそうかと思案しながら、俺はそう呟いた。

 男のままこんな場所に侵入し、うろうろしていれば、護衛どころの話ではない騒ぎになってしまう。しかし、今の俺の姿ならば、幾分かはましというものだろう。

 あそこが食堂棟だとかあれが芸術棟だとか指を差して教えてくれていたアオイが、俺の呟きを聞いてこちらを見た。

「そうだな」

 アオイが薄く微笑む。

 何故か俺は、その笑顔にゾクッとするもの感じてしまった。

 ……何だ?

「しかし、女子校というのは誤りだよ、ウィル。聖フィーナは、4年程前に共学化している」

「そうなのか」

 俺はきょとんとしてアオイを見た。

 4年前か。

 軍警に入ろうと必死に心身を鍛えていた頃だ。自分にはまったく関係ないお嬢さま学校の変化など、知る由もなかった。

「そう。聖フィーナの編成はいささか複雑なのだ。共学と言っても、完全ではない」

 微笑みをたたえて俺を見つめるアオイ。

 しかし、その説明が始まる前に、車は建物脇の駐車場に到着してしまった。



 車を降りると、緑の匂いをはらんだ爽やかな風が吹き抜ける。細波のような木々のざわめきが、生徒のいないしんと静まり返った校内に響き渡っていた。

 綺麗に刈り込まれた芝生に並ぶベンチは可愛らしい装飾が施されている。見上げるレンガ造りの校舎もあちこち凝った作りで、窓枠1つ1つにも精緻な装飾が施されていた。

 まるで名跡を訪れた観光客のようにぽかんと口を開けて周囲を見ていた俺は、さっさと歩いていくアオイに置いていかれそうになる。

 はっとして、慌ててアオイを追いかける。

「ここは職員棟。先生にウィルを紹介したい。教室棟の案内はその後にしよう」

 アオイが振り返って俺を一瞥した。

「うん、よろしく……」

 こんなに広いのに、案内は1日で終わるのだろうか……。

 アオイについて職員棟に入る。やはり内装も、想像に違わず立派なものだった。床は板張り。年月を経た木材の落ち着いた色調が作り出すノーブルな空間。ここが教職員の為だけの建物だとは。

「待っていたわ、エーレルト。そちらが例の子ね」

 職員棟のエントランスホールに、落ち着いた女性の声が響いた。

 奥の待合スペースに座っていた白衣の女性が立ち上がり、俺たちに近付いて来た。

 スラリとした長身に揺れる白衣。赤毛をアップにまとめ、同じく赤の下縁メガネを掛けたその人は、切れ長の目を細めて俺を見た。

「お久しぶりです、ヒュリツ先生」

 アオイが頭を下げる。

 俺もそれに倣って頭を下げた。

「ああ。夏休み中も変わりはなかったかしら、エーレルト」

「はい」

 ヒュリツ先生が微かに微笑んだ。

 アオイの担任教師だろうか。まだ随分と若そうだ。多分、ソフィアと同年代ぐらいか。

 先生が俺を見る。

「よろしく。新学期から君の担当を務めるヒュリツだ」

 ヒュリツ先生が手を差し出して来た。

 担当……?

 アオイが、自分に護衛が付く事を学校側にも根回ししておいてくれたのだろうか。この人は、つまりその学校側の窓口役というわけか。

「よろしくお願いします」

 俺は先生の手を握り返しながら、内心安堵していた。

 学校が始まった後の護衛について準備し忘れていたのは失態だったが、護衛に対する学校側の同意が既に得られているなら、色々と話は簡単になる。

「こちらへ。渡す書類があるわ。それと、当校の制度のお話をしておきましょう」

 ヒュリツ先生に促されて、俺たちは高級そうな革張りのソファーが置かれた応接スペースに入った。

 俺とアオイが並んで腰掛け、対面にヒュリツ先生が座った。

 ちらりと窺うと、アオイはやはり上機嫌そうだった。

「改めて、ようこそ、ウィル・アーレン。聖フィーナ学院エーデルヴァイスは、君を歓迎します」

「よろしくお願いします」

 俺はそっと頭を下げた。

 アオイの護衛として付き添い、学内に立ち入るだけの俺を、そこまで丁重に歓迎してくれるとは。

 少し、気恥ずかしくなってしまう。

「でも、異例の事なのよ。エーデルヴァイスに外部の子が入ってくるのはね」

 ヒュリツ先生が目を細める。鋭い視線だ。なかなか厳しい先生なのかもしれない。

 先生は、俺に聖フィーナの校章の入った封筒を差し出した。

「あなたのように一般の家の者がエーデルヴァイスに入る事は、本来ならば難しいのだけれど。でも、エーレルトの、エーレルト伯の推挙があれば、何も問題はなくなるけれどね」

 俺は封筒の中をチェックする。学校案内のパンフレットなんかが入っていた。

 なるほど。

 聖フィーナの概要を下調べしておくには、いい資料だ。

 しかし……。

 俺はむっと眉を寄せる。

「あの、すみません。エーデルヴァイスというのは、何でしょう?」

 小さく手を上げ、俺は先ほどから感じていた疑問を口にした。

 ヒュリツ先生がアオイを見る。

「先ほど、ちょうどその辺りを説明しようと思っていたのです」

 アオイがふふっと微笑んだ。今日のアオイは本当に上機嫌だった。

「では、私から大まかに説明しましょう。そもそも当校は……」

 静かだが良く通る声で、ヒュリツ先生が説明を始めた。

 さすが先生。聞き取りやすい話し方だった。

 エーデルヴァイスとは、もともと聖フィーナに通う女子学生の事を指す言葉だったそうだ。

 しかし4年前。

 家格を入学の基準の1つにしていた聖フィーナの体制に批判が集まり、教育機会の平等を謳う国からの圧力も加わって、聖フィーナが一般生徒を受け入れ、共学化せざるを得ない状況になると、その言葉の意味が変化した。

 聖フィーナは、共学化、一般生徒受け入れに際し、その新規生徒を在校生と同一の扱いにしなかった。つまり、新規の一般生徒は在校生のお嬢さまたちとは完全に別コース、別学科とされてしまったのだ。

 これは、貴族のご令嬢たちに相応しい教育をという聖フィーナの方針を貫く為だった様だが、結果生まれた旧女子校生徒たちのみで構成されたコースが、エーデルヴァイスと呼ばれることになった、ということだった。よってエーデルヴァイスには、昔の聖フィーナと同じように名家のご令嬢である女子生徒しかいないのだ。

「先ほど見えていただろう?向こう側にある新しい建物が、一般科の校舎だ。こちらの旧校舎はエーデルヴァイスの領域になる」

 アオイが補足説明をしてくれた。

 俺は、そうなのかと頷く事しか出来なかった。やはり、今までの俺とは住む世界がまるで違う。違い過ぎて、正直何が凄くて何が普通なのか分からなくなりそうだった。

 しかし、なるほど、先ほどのヒュリツ先生の言葉の意味がようやくわかった。確かにそんなお嬢さまたちしかいない場所に、俺なんかが立ち入る事は出来ないのだろう。

 アオイの推薦がなければ……。

「慣れない環境で色々と苦労する事もあるだろうが、困った事は直ぐに相談するといいわ」

 ヒュリツ先生はそこでふっと笑った。

「もっとも、エーレルトのような頼れる姉がいれば、私たち教員が口を出すような事も無いかもしれないけれど」

 姉!

 俺ははっとしてアオイを見た。

 アオイは透き通るような微笑みを俺に返してくるだけだった。

 ……謀られた。

 こんな仕込みをして俺をからかうつもりだったから、そんなに上機嫌だったのか……。

 全く、この魔女は。

 大人っぽいんだか、子供っぽいんだか。

 ヒュリツ先生が立ち上がる。そして再び俺に手を差し出して来た。

「では、来週からよろしくね、アーレン。有意義な学院生活にしましょう」

 俺も立ち上がり、握手を返した。

「こちらこそ、ご協力に感謝いたします」

 何も起こらない事が一番だが。

 何故か一瞬怪訝そうな表情を浮かべたヒュリツ先生だったが、そのままヒールに音を響かせて職員棟の奥に去っていった。

「ではウィル。次は食堂棟に行こう」

 アオイも立ち上がり、歩き出した。

「何か食べるのか?」

 ふわりと髪を揺らして、封筒を小脇に抱えた俺もその後に続いた。

「ああ。ふふっ、そうだな……」

 アオイが笑う。

 ちょうどその時、外から職員棟に入って来た他の生徒たちと出くわした。登校している生徒もいる様だ。部活とか、自習とかだろうか。

 アオイと同じ制服を着ている。その袖には、白い花のエンブレムが見て取れた。

 エーデルヴァイス。

 高貴な白、か。

「こ、こんにちは、エーレルトさまっ!」

「きゃ、エーレルトさまっ!」

 2人の女子生徒は、慌てて俺たちに道を譲ると、頭を下げた。

「こんにちは」

 アオイが慣れた様子で手を上げ、通過する。俺も彼女たちの前を通過しようとした瞬間、ふと顔を上げた一方の女の子と目があった。

 睨むような鋭い目。

 不審者を見咎めるような鋭い目。

 まるで初めて会った時のレーミアみたいな……。

 む。

 俺、何かしたか……?

 俺は眉をひそめながらアオイに並んだ。

「アオイは人気者だな」

「ん? そうでもない。若年の爵位持ちとして身構えられているだけさ」

 俺は隣のアオイを半眼で見る。

「……もしかしたら、生徒会長とかしてるのか?」

 うちの姉貴は生徒会長だった。高校の時。

「いや、辞退したよ。伯爵の仕事が忙しくてね」

 でも、やっぱり候補ではあったのか。まぁ、そうだと思ったが。

 外に出る。

 俺は、んっと伸びをした。

 午後になって少し傾き始めた日差し。それでも頑張っている蝉の声が、遠くに聞こえた。

「学食か。名門の学食ってどんなかな?」

 俺は先ほどの食堂の話を思い出して、何となくそんな事を口にした。

「食堂には行かない。食堂棟の購買に用があるのだ」

 弾むようなアオイの声。

 何だ?

 俺は訝しむようにアオイを窺った。

「何か買うのか」

「いや、制服を受け取らねば、な」

「新しい服か?」

 俺は首を傾げる。

 今着ているのに、予備か?

「いや」

 アオイが俺を見る。

 ふわりと微笑んで。

「ウィル。君の制服だよ」

 ご一読、ありがとうございました!

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