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Hexe Complex  作者:
18/85

Order:18

 コツコツと踵を鳴らして歩き出したアオイの後ろについて行きながら、俺はふと疑問に思う。

 対象の魔術犯罪者たちがたむろしているのは、オーリウェル旧市街のスラム街。この屋敷からは些か距離があるが、俺たちは車で現場に向かうのだろうか?

 しかし運転してくれそうなアレクスさんは、お気をつけてと頭を下げ、俺たちを見送る態勢だった。

 タクシーでも呼んであるのだろうか。

 どちらにせよ急がないと、軍警の突入部隊と鉢合わせになる可能性がある。

 もしそうなってしまえば、俺は例え引きずってでも、アオイを連れて帰るつもりだったが……。

「アオイ」

 俺は時計に目を落として、アオイに駆け寄った。

「説得するにしろ何にせよ、急がないと時間がないぞ。ここからオーリウェルじゃ……」

 アオイがくるりと振り返った。

 鍔広の帽子の下から俺を見据え、にやりと微笑む。

「大丈夫」

 そして黒マントの下からすっと細い腕を伸ばすと、ポンと俺の頭の上に掌を置いた。

 むっ……。

 何だか屈辱的なポーズだ。

「ふふ。やはりウィルは、私の魔素と相性がいい」

 アオイがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「大丈夫。ここから直接オーリウェルに跳ぶ」

「跳ぶ?」

 俺はアオイの手をそっと払いのける。

「転移術式は本来自分以外の転移は難しいのだが、君なら大丈夫だろう。何せウィルの中には私の……。そうだな。私たちは所謂……」

 尖り帽子の鍔の下から片目だけを覗かせてアオイ微笑む。

「姉妹みたいなものなのだから」

 う。

 俺は身を強ばらせる。

 ここでその話を持ち出すのか……。

 今度は俺の肩に手を置くアオイ。

「では行くぞ」

 始まる術式の詠唱。

「流転。転化。波形たる空。あまねく歪みを越える。天への階……」

 紡がれる術式成句。

 連なるその句言の数が、今成されようとしている現象が並のものでない事を告げていた。

 俺とアオイの周りを取り囲む光の粒。それは、やがて集積回路のような複雑な文様を形作ると、眩く輝き始めた。

「ウィルさま!」

 その光の壁の向こうから、レーミアが俺をじっと見ていた。

「アオイお嬢さまを、よろしくお願いいたします」

 展開される術式にキョドキョドしていた俺は、はっとしてレーミアの顔を見る。

 そうだ。

 俺がアオイを守る。

 俺は力を込めて、しっかりとレーミアに頷き返した。

 その瞬間。

 眩い光が俺たちを包み込む。



 軽い目眩にきゅっと目を瞑る。

 一瞬の浮遊感。

 そしてゆっくりと目を開けた瞬間。

 俺の眼前には、光が散りばめられたオーリウェルの夜景が広がっていた。

 ルーベル川から吹き付ける冷たい夜気が頬を撫でる。ふんっと鼻につく夜の匂い。

 何だ……。

 何が起こって……。

「ふらふらすると危ない、ウィル」

 思わず一歩踏み出そうとした俺の腕を、アオイがぐっと引き寄せてくれた。

 片手で帽子を抑え、吹き付ける風に大きくマントをはためかせているアオイ。その背後にも、キラキラと瞬くオーリウェルの街の光が見て取れた。

 俺は改めて周囲を見回す。

 全周囲に広がる夜の街。夜空よりも眩い明かりが煌めく古都の夜景。

 俺は今、それを見下ろしていた。

 高い塔の上から。

「ここは……」

「ルヘルム宮殿の物見塔の上だよ」

 足元を見る。

 普段は立ち入り禁止になっている塔の頂上。石造りの狭いスペースに、俺とアオイは立っていた。

 足元に広がる暗闇に、吸い込まれてしまいそうになる。

 胸の間がキュッと冷たくなった。

 俺は思わず、隣のアオイの腕をきゅっと抱き締めていた。

「な、何でこんな所に……」

「驚かせたか。いや、しかし少し照れるな、ウィル」

 はっ。

 俺は咄嗟にアオイから身を離す。しかし足場の都合上そんなに離れられず、やむを得ずアオイのマントの裾を握ったままになってしまった。

 ははっとアオイが笑う。

「すまないな。転移術式は色々と制限があってね。その最たるものが、自分の良く知っている場所か、目視した場所にしか跳べないということなんだ」

 転移術式……。

 俺たちは一瞬にして、伯爵邸からルヘルム宮殿まで移動してしまったということなのだろうか?

 アオイがまた、ぶつぶつと何かを唱える。

 風の音で、それが術式の詠唱だとわかるには少し時間が掛かってしまった。

「ふむ。あのビルかな」

 アオイはスラムのある方角に目を向けていた。

「見えるのか?」

 この暗さで目標がわかるのだろうか。

「遠見の魔術だ。目的地はわかった。さぁ、乗り込むぞ」

 悪戯っぽく微笑むアオイ。

 その手が再び俺の肩に触れた。

「え、ちょと、待っ……」

 まだ心の準備がっ!

 瞬間、再び視界が揺れる。

 ふわりと体が持ち上がる感覚と、自分の体の重さが帰ってくる感覚が一瞬で入れ替わる。

 タンッと床に足がつくと、思わず俺は、数歩よろけてしまった。

「ウィル。着いたよ」

 すぐ側でアオイの声がした。

 俺は慣れない感覚に顔をしかめながらも、再び周囲を見渡した。

 積み上がったままの建築資材や、夜風にはためくブルーシート。不気味なシルエットと化している工作機械。足元は荒いコンクリートで、開けた視界と周囲に立ち並ぶ他のビルから、ここがビルの屋上だという事がわかった。

 未だに建築途中のような雰囲気の場所だ。

 バートレットの話を思い出す。

 魔術師集団は、スラム街で放置されている建築途中のビルを根城にしているのだ、と。

 到着、したのか?

 俺は腕時計に目を落とした。

 屋敷を出てから数分しか経っていない。

 なんということだ……。

 俺は戦慄を覚える。

 魔術師全てがこんな瞬間移動の使い手なら、俺たちに勝ち目なんてなくなってしまうのではないか……。

 いや。

 もっとも、俺が認識出来た転移術式の成句は7言。そんな高等術式を扱える魔術師がざらにいてもらっては困るのだが……。

「行こう」

 当のアオイは落ち着き払った声でそう告げると、黒マントを翻してさっさと歩き出してしまった。

「アオイ!慎重に!」

 俺はライフルを構え直して、慌ててその後を追った。



 アオイに手で止まるように告げ、俺は慎重にペントハウスの中をのぞき込んだ。

 薄暗い闇に呑まれる階段の先。

 どうやら見張りはいないみたいだが、明かりがない。暗視ゴーグルがあれば良かったのだが……。

「クリア。よし」

 俺はブルパップカービンのストックを肩に当て、ゆっくりとビル内に侵入する。

 目線と銃口を同じに。

 何かあっても即座に発砲出来る態勢を取る。

 俺は足音を忍ばせながら階段を下りて行く。その俺の後ろから、帽子とマントのせいで黒い筒みたいなシルエットになったアオイが、音もなくついて来ていた。

 敵集団がどこにいるかわからない以上、各階をしらみつぶしにしていくしかない。それに、魔術師共に戦闘停止を呼び掛けるにせよ、雑魚を相手にしていては意味がない。

 頭を、リーダー格を押さえなければ……。

 建設途中のこのビルは、まだ骨組みだけが出来た状況のようだった。

 屋上の下の階、またその下の階も、幸い床はあったが窓や外壁はなく、直接外気が吹き込んでいるような有り様だった。

 ごろつきと言えども人間がくつろげる状態ではないように思えるが……。

 俺はブルパップカービンを構えながら、各階をクリアにしていく。

 そして屋上から4階分下った階段の踊場。

 俺はふと気配を感じ、止まるようにアオイに合図した。

 階段の手すりからそろりと顔を出し、下を窺う。

 コツコツという足音と、階段スペースに反響する話し声。

 数階下に、誰かがいるみたいだ。

「ふむ。ちょうど良いな。彼らに頭目の居場所を聞こう」

 しかし警戒する俺などお構いなしに、アオイはすたすたと階段を下り始めてしまった。

「おい、アオイ!」

 俺は慌ててその後を追う。

「誰だ!誰かいやがるのかっ!」

「おい、姿を見せろ!」

 案の定、階下から怒声が響いて来た。続いてカンカンと勢い良く階段を駆け上がって来る足音。

 くっ。

 隠れ場所はない。

 俺はアオイの腕を引いて背中に押し隠すと、階段の下へ向けて銃を構えた。

 それと同時に姿を現した男が2人。

「お、女の子かぁ?」

「馬鹿やろう、銃を持ってる!軍警だっ!」

 こちらに手をかざす男。

「抵抗するなっ!」

 引き金に指を掛けたまま、俺は叫ぶ。

「うぐ……!」

 睨み合う俺と魔術師。

 一瞬の拮抗。

「ウィル、危ないのは……」

 アオイがぼそりと呟く。

 その瞬間、一方の男が先に動いた。

「lrroyx xceeic!」

 男の術式が完成する。

 ……なかなか早い!

 空間に出現したのは、長さ30センチくらいの鋭い氷塊。それが、一斉に俺に向かって殺到して来る。

 氷の矢。

 ポピュラーな氷系攻撃汎用術式だ。

 ちっ。

 俺はその鋭い切っ先に向け、トリガーを引いた。

 薄暗い階段スペースにマズルフラッシュが煌めく。

 3連射。

 射撃の反動が俺の体を揺さぶる。

 照準を変える。

 そしてまた3連射。

 迫り来る氷塊を撃墜する。

 5.56ミリ弾に打ち崩される氷。

 キラキラと輝く破片となり、崩れ去る。

 氷の矢は、結節点を撃ち崩さなくても実体を破壊すれば無効化することが出来る。そういう意味では、組みしやすい術式だった。

 あっさりと氷の矢を潰され、呆然する男たち。

 俺はそちらに銃口を向ける。

「ウィル。犠牲者は出さない。そのために私たちは来たんだ」

 背後でアオイの声が聞こえた。

 ……くっ。

 俺はライフルを背中に回し、タッと踊場の床を蹴った。階段を一気に飛び越すと、若い魔術師の男2人の前に手足をついてタンッと着地した。

「あっ……?」

 思わず後ずさる氷の魔術師の男。

 俺はその呆けた顔をキッと睨み上げると、体が伸び上がる力を利用して、がら空きの男の腹に膝を叩き込んだ。

「ぐはっ……」

 男が悶絶する。

 ……次!

 もう一人に対そうとした瞬間。

 ひょろりとしたその男は、全身から力が抜けてしまったかのように、その場に崩れ落ちた。

「はっ?」

 今度は俺が呆然とする。

 俺はまだ、何もしていないんだが……。

「大丈夫。眠ってもらっただけだ。私特性の眠りの魔術だ。2日は起きないよ」

 ……いや、大丈夫なのか、それ。

 俺は戦闘態勢を解いて、コツコツとマイペースに階段を降りて来るアオイを見上げた。

「そうだ。ウィルが倒したそれにも、念のために眠りを掛けておこうか。えいっ、誘夢」

 悶絶している男に手をかざすアオイ。

 1言……。

 それで2日の昏倒か。

 恐ろしい、アオイ……。

「ウィル」

 アオイが俺を見た。

「何だよ」

 俺は何だか釈然とせず、憮然とアオイを見返した。

「さっきは、私の願いを聞き入れてくれてありがとう。やはりウィルは優しい子だ」

 ふわりと柔らかに微笑むアオイ。

 ぎゅっと包み込まれるように温かな笑顔に、俺はドキリとしてしまう。

 何故か、顔が赤くなってしまった。

「……さっさと行こう。今の戦闘音が察知されたかもしれない」

 俺はアオイから目を逸らすと、再びライフルを構え直した。

 俺にとっては憎むべき敵に過ぎない魔術師ども。

 なのに俺は、攻撃を躊躇ってしまった。

 ……いけない、いけない。

 俺はそっと首を振った。

 アオイのせいでペースを崩されてしまっている。

 ……気合いを入れなければ。

 この先には、まだまだ多くの敵が待ち受けているのだから。



 しかし俺の予想に反し、敵集団からの組織的な反撃はなかった。

 それどころか、魔術師と遭遇したのは最初の戦闘だけであり、それ以降出くわしたのは一般人ばかりだった。魔術師であるアオイが、魔素を感じられないと言うのだから、間違いはないのだろう。

 もしかしたら敵グループに占める魔術師の人数は、そう多くないのかもしれない。

 騎士団のような純魔術師集団ならまだしも、所詮は力ある魔術師を中心に集まった不良のグループに過ぎないという事か。

 出会した男たちも皆、統制が取れているとは言えない状態だった。見張りや警戒に当たっているというよりも、好き勝手にたむろしているだけといった様子だった。

 そんな男たちは、俺とアオイの姿を見つけると決まってニヤリと下卑た笑みを浮かべる。そして聞き取りにくい濁声で俺たちを茶化し始めるのだ。

 そんな雑魚と言えども、大騒ぎされては不都合だ。

 俺はツカツカとそんな奴らに歩み寄ると、ジャキっとライフルの銃口を突き付ける。その隙に、アオイが例の眠りの術式を施して行く。

 それを繰り返し、俺たちはとうとうビルの2階部分まで辿り着いた。

 ここまで来るとどうやら内装の工事も進んでいた様で、フロアの内壁や各部屋、廊下などももう作られていた。

 その分死角も多くなる。

 俺は慎重に安全を確かめながら、奥へ奥へと進んでいった。

 2階の一番奥。

 まだ扉が設置されていない部屋の前で、俺は足を止めた。

 ……声が聞こえる。それも大人数の。

 俺は壁に身を寄せながら、そっと部屋の中を窺った。

 そこは、2階フロアの半分程を占めそうな大部屋だった。

 壁や窓はあるものの、やはり作り掛けといった室内に、簡易ライトが眩く灯っていた。

 その灯りの中に、ざっと20人程の男女が集まっている。

 これが敵の本体か……。

「ガタガタッうるっせいんだよ。チャカでも持たせて立たしとけっ!」

 その集団の中心にいる大柄の男が、大声を張り上げていた。

 顎髭を生やし、太い腕が剥き出しになるタンクトップを着ている。他の者の声は聞こえなかったが、その男の声だけは良く響いていた。

「おらっ、さっさとヤレよ!ああ?このメラル子爵家に連なる家格の俺様に意見しようってのか!」

 大男が、近くにいた別の男を殴り倒す。

 ……粗暴な奴だ。

「わかってんのか、お前ら!ここでガッと俺らの力見せなきゃ、オヤジにシメられるのは俺なんだぞっ!」

 響き渡る濁声。

 俺はちらりと隣に立つアオイを窺った。

「どうする、アオイ」

 開けたこの場では、スタングレネードの効果も薄い。

 制圧するだけならあの集団にフラググレネードを投げ込み、狙い撃ちすれば数は減らせるだろうが、やはり敵の数が多い。

 ……それに、そんなやり方は何よりアオイが望まないだろう。

「アオイ?」

 再び振り返った俺の前を、はらりと揺れる黒マントが通り過ぎる。

 何を……?

 呆然とする俺の前を通り過ぎ、いつもとなんら変わらない歩調でアオイが部屋へと入って行く。

 俺は絶句してしまう。

 何を血迷って……。

「ああ?何だお前はっ?」

 響き渡る低い声。

 リーダーの動きに同調するように、その場のごろつき達が一斉にアオイに注目した。

 俺も慌ててアオイの後を追い、部屋の中に突入する。アオイの前に回り込み、膝立ちのポジションでブルパップカービンを構えた。

 狙いはリーダー格の男。

「何だ、こらぁっ!」

 俺の銃を見て魔術師どもが一斉に気色ばむ。

 20人分の殺気が、実態をもったかのような圧力で俺に押し寄せて来た。

 くっ。

 トリガーに掛けた指が緊張で引き攣りそうだった。

「そこの君」

 そんな俺と魔術師どもの対峙など全く意に介さず、アオイが口を開いた。

「メラルのおじい様はお元気かな?おじい様とは私も懇意でね」

 涼やかに舞うアオイの声。まるで、澱んだビル内の空気を吹き飛ばしてしまうかのようだった。

「ああ?ふざけんな、殺すぞ!」

「ふむ。しかし、私の知る限り、子爵のご家族に君のような男はいない筈だがな」

 貴族の世界は意外に狭いのだと続けるアオイに、ごろつき集団のリーダーはすうっと目を細めた。

 ……挑発するには、状況が良くない。

 リーダーの男がこちらに手を突き出そうとした瞬間。

「あっ!」

 先程リーダー格に殴りとばされていた男が、唐突に声を上げた。

「リーダー、コイツじゃないか?あのゴドーんとこの組を潰したとか言うのは!」

「ああ?」

 取り巻きに胡乱な視線を向けるリーダー。

「黒のマントに黒い帽子。悪魔みたいな薄ら笑いを浮かべて突然現れる魔女……。噂のレディ・ヘクセ、こいつなんじゃ?」

 レディ・ヘクセ?

 俺は銃を構えたままアオイを一瞥した。

 アオイが肩をすくめる。そして、「酷い言われようだ」と小さく呟いた。

 その笑みは、レーミアと笑い合っているときの様な柔らかな表情ではない。酷薄な、ゾクリとするような魔女の顔だった。

 アオイの口が弧を描く。

「実は、君たちにお願いがあってやって来た。どうやら君達、人様に迷惑をかけている様だが、今すぐ市警か軍警に出頭してくれないか?」

 市警、軍警と聞いて、幾人かの男たちがはっとする。

 レディ・ヘクセの名に怯んでいた者も、再び威勢の良い声を上げ始めた。

「ふざけるなよ、魔女っ。いきなり現れて、寝ぼけた事言いやがって!」

 リーダー格が吠える。しかしその勢いを、アオイは軽く受け流してしまった。

「ではしょうがな……」

「レディ・ヘクセだぁ?黒衣の魔女だぁ?そんなもん俺がブチ倒してやる!軍警の犬の前になあっ!」

 歯を剥き出しに咆哮を上げるリーダー格。

 同時に響き渡る術式詠唱。

「lilvil fraou arsse!」

 火球かと思ったが、違う。

 一言多い!

 男の前に浮かび上がる炎の塊は3つ。火球の汎用術式をブーストしたのか?

 くっ!

 トリガーを引こうとした瞬間。

 俺の肩に、ぽんとアオイの手が置かれた。

「大丈夫」

 アオイが囁く。そして、すっと俺の隣に立った。

 その全身を覆う黒マントの下から、すうっと持ち上がる細い腕。ピンと伸びた人差し指が、僅かに反った優美なラインを描きながら、迫り来る火球を指し示した。

「空」

 一瞬俺は、それがアオイの詠唱だとは気がつけなかった。

 俺たちの言葉や他の魔術師の術式言語とも違う不思議な響きの言葉……。

 炎の塊を指差していたアオイの手が開かれ、掌が上を向く。

 そして。

「圧滅」

 その白い掌がぎゅっと握られた。

 瞬間。

 炎の塊が消え去る。

 まるで握り潰されたかのように。

 俺は思わず銃口を下げ、その光景に目を奪われていた。

 それはあまりにも唐突で、禍々しい光景だった。

 火球を放ったリーダー格の魔術師でさえ、何が起こったのか分からないというような顔をしている。

「魔女、だ……」

 ごろつき集団の中の誰かがそう呟く声が、妙に大きく聞こえた気がした。

「罪を犯した者は、しっかりと償って欲しい」

 静まり返る俺たちの間に、アオイの声が響く。

「魔術を操れるというのは、素晴らしい才能なのだ。それを大切にして欲しい。これ以上、その力で悲しい事をするのはやめよう」

 静かだが、威厳に満ちた声でピシャリと言い放つアオイ。

 冷静に考えれば、アオイの言うことはおかしい。

 魔術の歴史は、魔術師による一般人の抑圧の歴史でもある。魔術という力を得た一部が他を押さえつけ、王侯貴族となって社会に君臨し続けて来たのが、近代までの人の歴史なのだ。

 アオイの言っている事は只の綺麗事だ。

 そう思うのに……。

 何故かそんな考えを抱いている自分自身が、俺は、少し、少しだけ、恥ずかしくなってしまっていた。

「くっ、何が、何が魔女だ!」

 しかし、そんなアオイの言葉も、力に溺れたごろつきには届かない。

「お前ら!全員でフルボッコにしてやれ!行くぞ!」

 リーダーのプライドも威厳もかなぐり捨てて、タンクトップの大男が叫んだ。

 それに同調するように声を上げる取り巻きたち。

「まずい……!」

 俺は慌ててライフルを構える。

「ふぅ」

 しかしアオイは動じた風もなく、少し呆れたように息を吐いた。

 俺の視界に、勢い良く翻る黒マント。

 マントを開き、アオイが再び魔術犯罪者どもに手をかざした。

「では、少し大人しくなってもらうしかないな」

 微笑むアオイ。

 白面のようなその顔は、まさに冷徹な魔女そのものに見えた。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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